第17話 誰かのための力
「エンジェ選手の自爆で決着かと思われた試合でしたがっ、彼女は驚異的な炎耐性でダメージを軽減! 地に膝をつけることすらありませんでした! 逆にこのチャンスで仕留められなかったパステル選手が今度はピンチか!? っと思いきやこちらも何やら新たな力でエンジェ選手と互角の接近戦を繰り広げていくぅ~!! はたしてこの試合の勝敗の行方は!?」
ジェイスがこれまでの試合の流れを簡単に説明する。
爆風におびえて試合があまり見れていなかった観客にはありがたい配慮だろう。
「パステルと私が互角の接近戦ですって!? いったいどこに目をつけていたらそんな実況ができますの!?」
「えっ、あっ、はい……何か問題が……?」
ジェイスは急にツッコミを入れられ戸惑う。
「ふんっ、そもそもパステルはまともに剣術を習ってないですわね? いくら剣を手放さない力を得ようが、結局あなたは適当にそれを振り回す事しか出来ませんのよ。でも、わたくしは……」
エンジェのステッキ捌きが素早くなる。
今までの力でゴリ押すスタイルから、パステルの動きを読みつつ的確に隙を突き崩していくスタイルに変わっている。
「あなた程度にギアを一段階上げたステッキ格闘術を使うのは惜しいのですが……認めてあげましょう、あなたの成長を。そしてそんなちっぽけな成長ではわたくしを超えられない事を教えて差し上げますわ!」
「余計なお世話だ……!」
パステルは剣を振り回す。確かに彼女の剣術はただぶんぶんと棒を振り回しているのとかわらない。
対してエンジェの体捌き、ステッキ捌きは何度も訓練を重ね体に刻み込まれた動きに見える。
拮抗していた状況は徐々にエンジェの方に傾き、パステルの体に彼女の攻撃が入る機会も増えた。
しかし、パステルも全強化の効果で高めた身体能力と反射神経、そして体の防衛本能に従うことで体へのダメージを最低限に抑える攻撃の受け方をしている。
「そこだっ!」
パステルがあえてエンジェの攻撃を受け、彼女の体が開いたところに盾にマウントされている魔力銃から弾丸を放つ。
その銃が盾にマウントされている状態でも撃てるということにも驚いたが、それ以上に威力の上昇っぷりに驚く。
目に当たれば怯むかも程度の威力だったはずが、今は横腹に弾丸をくらったエンジェが悶絶している。
これも全強化の効果か。彼女の魔力を強化して魔力弾の威力を上げたんだ。
しかし、肌を貫通せず血すらもでないあたり強化してもまだまだ並の魔王には及ばない魔力なのだろう。
「くっ……小細工をっ!」
エンジェがステッキで盾を打つ。
盾もまた魔力に応じて防御力を上げることができる物なので今は小さいながら十二分に盾としての役割を果たせている。そう簡単には破壊できない。
「こうなれば……奥の手ですわ!」
苦々しい表情を作るエンジェ。
「フレイムステッキ!」
宣言と共にエンジェのステッキが燃え上がる。
先端から炎が出るなんて生易しいものではなく、本当にステッキ全体が炎に包まれそれを持つエンジェの手すらも燃えている。制御できていないんだ。
しかし、攻撃力は大幅に上がってしまう!
「あっ、熱っ!」
パステルが盾を体から外す。熱されて腕を焼き始めたからだ。
「そろそろこの戦いもお開きということですわ!」
盾が無くなったためエンジェの追撃が迫る。
パステルは残った剣で受けるものの、これもまた熱されてすぐに持っていられなくなってしまった。
くっ……これだけの熱量の炎を直に受けているのにエンジェは怯まない。
スキルのおかげだけじゃない。彼女のプライドがそうさせるんだ。
「ほらほらほらっ! もう身を守るものは何もありませんわよ!」
エンジェの炎のステッキによる殴打が続く。
腕で受けてもすぐに焼かれてガードが外れてしまう。結果的にモロに何発も体に打撃をくらう。
「これでっ! 格の違いがっ! よぉくっ! おわかり!?」
エンジェの手も焼けすぎて握力を失いステッキを取り落す。
すると今度は足でうずくまるパステルを何度も踏みつける。何度も何度も踏みつけた後全力で彼女を蹴飛ばす。
パステルに受け身をとる力はもう残っておらず、ただ力なく地面を転がる。
「はぁ……はぁ……ふぅ……。わたくしとしたことがこんな落ちこぼれ相手に取り乱してしましましたわ……。でも、まあ、満足ですわ。これ以上やると死んでしまいそうですから、そうなればルール違反ですもの。さあ、私の勝利を宣言しなさい!」
黒く焼け焦げたお嬢様が実況席を指差す。
ジェイスは審判も兼任しているのか。
彼がパステルを戦闘不能と宣言すればこの戦いは終わる……。
ここで負けても褒めてあげたい。よく頑張ったと言ってあげたい。
でもパステル、君自身はまだ……。
「そうですね! これ以上は選手の命に関わると判断し……」
「待て」
「へっ?」
コロシアム中の視線が声の主に集まる。パステルにだ。
彼女はもはや体を起こす事も出来ないが、その目だけはエンジェを強く見据えている。
「……試合続行ですわ。まだ敗北を認めてはいないようですので」
パステル……何か策があるのか?
「あなたは諦めの悪さも成長しているようですわね。ここで降参すれば認めてあげますのよ?」
「……」
パステルは声を発することなくただエンジェを見つめている。
「まだまだ痛い目にあいたいようですわね。高貴なる者としてその願い全力で叶えて差し上げましょう! この最大の大技でトドメですわ!」
エンジェは両手を天に掲げる。
このポーズはまさかまた……。
「フレアスターの上をいく更なる私の業火炎魔術の最大魔法……サンライトフレア!」
火球魔法だ!
どうやら単純に威力と火力を上げた代物らしいが……。
「ま、また特大の火の玉かよ!?」
「わざわざそれで決着をつける必要あるか!?」
「今度はバリアも持ちそうにねぇデカさだ! 俺たちもくらっちまうぞ!」
「俺はズラかるぜ~!!」
観客の中には逃げ出す者も現れはじめた。
俺はもちろんのことキューリィも逃げ出さない。主の名誉を賭けた戦いから目を逸らすという選択肢はなかった。
「わ、私も目と口には少々自身がありますが、あまり戦闘は得意ではないので逃げ出したいのですが……実況者兼審判として逃げ出すわけにはいきません! 最後までお伝えしますよ!」
ジェイスも腹をくくったようだ。彼のいる場所は高い上、そもそも他とガラスのようなもので区切られた実況席なので問題はないだろう。
そう、問題があるのはパステルだ。
彼女にはもう飛び道具が無い。銃は盾とともにエンジェに遠くに蹴飛ばされてしまっている。
剣はパステルとエンジェの間にあるものの動けないパステルには取れない。それに投げて当てる力も残っていない。
この状況でわざわざ目でエンジェを挑発したのだ。何か手はある。
パステルは負けるのが悔しくて勝ち目のない戦いに挑むような女の子ではない。良い意味で臆病なんだ。
超巨大火球はぐんぐん成長している。
とんでもない魔力の量だ。しかし相変わらず揺らいでいる。
「狙いはおそらく同じ……自爆狙いか」
「しかし今のパステル様にお嬢様の集中を乱す方法はありません。流石のお嬢様も動けない的に狙いをつけるのだけで自爆したりはしませんよ」
俺の独り言にキューリィが応える。彼の声からも緊張が感じ取れる。
「きっとそれはパステルもわかっていると思います。エンジェとは長い付き合いみたいなんで……」
パステルにあるもの……スキル……。
「オレンジの光が……」
そう呟いたとき、パステルが全強化を発動。体がオレンジに輝きだす。
「まさか、受け止めるつもりでしょうか? パステル様の耐性はそもそも大したことがありません。いくら強化で何倍にしてもたかが知れているのに……。それにお嬢様の魔力量は豊富ですから魔力切れも狙えません。あのレベルの魔法すら連発出来ます。制御できればの話ですが」
それもパステルは知っている。たとえどんな形でもエンジェとずっと一緒に過ごしてきたから。
きっとエンジェは挑発すれば一度失敗した火球で自分を仕留めにくるということもわかっていてやったはず……。
「あっ……」
思いついた。それが出来るならエンジェを自爆させるのも自由自在だ。
そしてその思い付きはすぐに現実のものとなった。
オレンジ色の光がパステルの手に集中し、そこから前に向かって伸び始めたのだ。
「なっ!? 強化の光がパステル様以外の方向に!?」
驚くキューリィ。
そうだ……きっと彼女のスキルは自らを強化するだけの【全強化】ではない!
パステルは光が伸ばせるのを確認すると今度はその光をエンジェに向けて放った。
避けようがないエンジェはそのままオレンジの光に包まれる。
「な、なんですのこれは!?」
「付与……! ただの全強化ではありません……これは【全強化付与】!! 自分だけではない、誰かを強くすることができるスキル!」
偶然にもエンジェの疑問に離れているキューリィが答える形になった。
誰かを強く出来るスキル……それが今エンジェにかかっている。強化するものはもちろん……!
「サ、サンライトフレアが急に大きく! 今まで出来たことがないレベルに膨れ上がっていきますわ!」
魔力だ。エンジェの魔力を強化すればさらに制御がしにくくなる!
超巨大火球はもう崩れる!
後は崩れる寸前でエンジェの強化を解き、自分の防御力や耐性を全力で強化すればパステルの勝ちだ!
「わ、わたくしが……こんなことって……! なっ! なんてことをしてくれますのパステル……ッ!! こんなこと……っ!」
瞬間、俺の視界が白く染まった。
おそらくこのコロシアムにいる者全員がそうなったと思う。
目の前で職員の張るバリアの魔法がわれて粉々になるが、その音が聞こえない。
無音……永遠かと思われる無音の後、言葉では言い表せない爆音が響き渡った。
しかし、耳は爆音を受け入れきれず再び無音……。視界は白いまま……。
これが収まった後、俺が……コロシアムの皆が見た光景は。




