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第16話 オレンジの光

「おおっと! いきなりパステル選手の斬撃がクリーンヒットしたかに思われましたが実質無傷! 逆にエンジェ選手の反撃でダメージを負うという展開になりましたぁ!!」


 ジェイスの実況で観客がさらに盛り上がる。

 主にパステルを馬鹿にする方向でだが。


 そんな中、俺は試合開始前よりかは冷静になっていた。

 無論余裕のある状況ではないが一つだけパステルにとって良い流れがある。

 エンジェが思ったよりも調子に乗っていることだ。


 俺たちの作戦は彼女の得意技の火炎魔法を誘ってその制御を崩し、結果彼女を自爆させるというものだ。

 エンジェ自身も自分が魔力制御が苦手だということで自覚しているのでなかなか使ってはこないだろうとパステルと話をしていたが、この調子ならうっかり使ってしまってもおかしくない。


 まず最初にパステルの剣の一撃を受けたのがその証拠。

 パステルの力が上がっていると疑っているのにそれを体で受けて確かめるのは誰が見ても下策。

 エンジェはパステルに何か違和感を感じても『そんなのありえない』と無理矢理納得しようとする癖がある。

 これなら自爆を誘うための魔法銃の一撃も事前に悟られる可能性は低い。


 気休めの奇策が本当に通用するかもしれないのだ。

 これほど良い流れはない。

 後はパステルがその攻勢に転じるタイミングを見極めきれるかどうかだが……。


 アリーナではエンジェのステッキによる打撃をパステルが剣でなんとか受け止めている。

 しかし、打撃の重さうんぬんよりも剣自体が重そうだ。

 かといって盾は攻撃を受け止めるには小さすぎるうえ中に切り札の銃が隠してある……。


「うあっ!」


 またも剣を弾き飛ばされた。

 パステルはそれを目で追う。


「お腹ががら空きですわよ!」


 エンジェのステッキがパステルの腹を突く。


「あっ……がっ……!」


「ふふっ……良い声……」


 そのままエンジェはステッキでパステルを持ち上げ、皿回しのようにクルクル回転させ始めた。


「魔界にいた頃より少し背が伸びましたわね。それに体重も増えた……。随分良い暮らしをしていたようですわね」


 腕に伝わる重さや回転の度合いでパステルの僅かな成長を感じ取れるのか……。

 彼女のパステルへの執着が並々ならぬものがあると再確認する。


「私だってあの頃と全く同じというワケではありませんのよ? 課題だった魔法の制御力だって成長していますわ。それを今からお見せしましょう」


 ステッキの先端部分が赤く光る。

 火炎魔法発動の兆候だ。今のパステルには避けようがない!


「フレイムボンバー!!」


 ステッキの先端でポンッと小さく爆発が起こる。

 無論密着してたパステルは吹き飛ばされたがそもそもの威力はかなり低く見えた。


「わ、私としたことが威力を抑えすぎましたわ……」


「何やってんだ姉ちゃんよぉ!!」

「お遊戯会じゃねーんだぜ!」

「お前も雑魚魔王か~!?」


「くぅぅぅ……!」


 顔を真っ赤にして悶絶するエンジェ。

 しかし彼女は一応学園に圧力をかけられるほどの名家のお嬢様なのに観客は恐れることを知らないな……。


 それは置いておいて、やはりエンジェが魔法制御に不安があるのは間違いない。

 だからこそ今の決定的な場面でも威力を抑えすぎてしまったんだ。


「今度こそは目に物見せて差し上げますわっ!」


 エンジェは吹き飛んだあと動かないパステルを確認。

 ステッキを高く掲げて新たな魔法の発動の準備に入る。

 今度の魔法は超巨大な火球を生み出す物のようだ。あの膨れ上がる炎の塊を受ければパステルが戦闘不能になることは間違いない。


 しかし、パステルが動かないのは演技だ。流石の彼女もあの程度の小さい爆発で動けなくなったりはしない。

 今はじっと心を落ち着かせて銃の一撃をお見舞いするタイミングを計っている。

 冷静だ……。パステルは勝つために的確に動いている。


「フレイムボールなんて低火力な魔法ではありませんことよ。わたくしのフレアスターは……」


 巨大火球はゆらゆらと表面が揺らめく。見るからに不安定だ。

 観客の中にもあれが暴発しやしないかと恐れて腰が引けてる者もいる。実際あんな物が弾けたら観客席にも熱風が襲い掛かるだろう。

 申し訳ないけど今からそれをやろうとしてるんです……パステルは。


 今、エンジェはまったくパステルの方を見ていない。魔法の制御で精いっぱいだ。


「あ、あっ、おっとと……」


 巨大火球が一際大きく揺らめく。


「今だ」


 俺が小さく呟いた瞬間、パステルも同時に盾に隠された銃をぬきエンジェに向ける。そしてものの数秒で狙いを定めて撃った。

 放たれた小さな魔力の弾丸は火球の生み出すエネルギーのうねりで多少軌道が変わり狙いであった目から逸れたが、目から近いエンジェの鼻にクリーンヒットした。


「きゃん! は……は……はっくしゅん!!」


 エンジェは鼻に刺激があるとくしゃみをするタイプだったようだ。

 そして、くしゃみの瞬間巨大火球は爆発した。

 ドゴオオオオオォォォッッッっというとんでもない爆音とともに炎が観客席に迫る。


「ひいいいいぃぃぃぃぃっ!!」


 観客たちは大きな悲鳴を上げる。どんなことにも良い反応をする人たちだ……。

 しかし、爆風が観客に届くことはなかった。

 学園職員たちが魔力でガラスのような防壁を生み出しみんなを守ったのだ。

 とはいえ爆発の威力は相当なようで何人かの職員のガラスにはヒビが入っている。


 なんて威力だ……。これを見た後だとパステルに自爆を誘う作戦を教えたことも間違いじゃないかと思えてくる。

 彼女は大丈夫なのか……?


 爆発による煙が晴れアリーナが再び姿を現す。

 そこにはうつ伏せで体を守っているパステルがいた。不思議なことに怪我は少ない。運が良かった……だけか?


「ああ……なんて……わたくしが醜い姿に……」


 健在なのはパステルだけではないエンジェもまたドレスは燃え、髪はちじれ、肌が焦げても膝をつくことなくその場に立ち尽くしていた。

 制御は苦手と言ってもそもそも火炎を操る魔王。火炎への耐性も並ではないのか……!


「お嬢様……」


 俺の隣のキューリィが消え入りそうな声で主の名を呼ぶ。

 彼も辛いのだろう。しかし、その気持ちを理解できても同調は出来ない。パステルが勝つにはもっとエンジェを傷つけなければならない。


「パステルゥ……!!」


 エンジェは黒く焦げた顔の中で目立つ白い目でパステルを見据え、全速力で彼女目がけて走り出した。


「ぬぅ……!」


 剣は手元にない。

 パステルは盾で打撃を受け止めようとする。しかし……。


「とろい!」


「がっ……!!」


 ふらつくパステルの体を両手でガッチリつかみ膝蹴りを腹に何発も入れるエンジェ。

 高貴さのかけらもないケンカ殺法だ!


「パステルのくせに……! パステルのくせに……! あなたは大人しくわたくしのストレスのはけ口になっていればいいんですわ!」


 今度はステッキで何度も殴打する。

 怒りに任せた攻撃は狙いが定まらず、パステルの全身をやたらめったら傷つけていく。


「アンタなんて何も背負う責任も家も血もない、どこの馬の骨とも知れない魔王のくせに! わたくしを不快な気持ちにさせるんじゃないわよ!」


 倒れたパステルを足で踏みつけようとするエンジェ。

 その時、パステルの手が伸び彼女の足を体に当たる寸前で掴んだ。


「なっ、は、離しなさい!」


 振り払えない手の力の強さにエンジェは焦る。


「確かに魔界にいた頃の私には何もなかった。ただ、自分のために強くなりたいという気持ちだけはあったが、あくまでそれは自分のため。誰かの気持ちを背負っているわけではなかった」


 パステルはエンジェの足を掴んだまま立ち上がる。

 その結果エンジェはバランスを崩しその場に転ぶ。


「っ!? な、なんですの!? 急に今までよりも力が……はっ!?」


 パステルの身体がオレンジ色に淡く輝いている。

 今まで俺も彼女になんとなくオレンジ色のオーラというか目に宿る光を感じたことがあったが、そんななんとなくのイメージではない。

 今は本当に輝いている!


「パステル様から魔力の流れを感じます。あれは彼女が意図的にやっているのですか?」


 隣のキューリィも驚いたように俺に尋ねてくる。


「俺もパステルがあんなことをしてるところは見たことがないし、おそらく俺に隠していたワケでもない……。今、目覚めたんだ。彼女自身の力が」


 修羅器の入手は無駄ではなかった。

 あれによって体が覚えた魔力の流れは彼女の中に眠っている新たなスキルを呼び起こしたんだ!


「エンジェ……今の私には背負うものがある。お前の様に代々続く重い血の責任とは違うかもしれん。私の場合、本当は私の方が背負われていると言ってもいいかもしれん。それでも私はもう慕ってくれる仲間を持つ魔王なのだ。魔王が簡単に負けを認めては……諦めては……いけない! みんなのために!」


 パステルは俺の剣を拾い上げる。


「来い! 決着をつけようぞ!」


 その構えも様になっている。明らかに腕力や握力が上昇している。


「もしや全強化(フルエンハンス)……なのですか?」


 キューリィが震える声で呟く。


「全強化?」


 俺は素直に尋ねる。


「その名の通りの効果で魔力を消費して全能力を上昇させるスキルです……。その強化点は任意に選択できて例えば腕力だけのピンポイントから、脚力と魔法制御力など複数の強化もお手の物と言われる最強の強化系スキルです!」


「な、なんだって!?」


「今のパステル様は少なくとも剣を握る握力、剣を振るう腕力、それにお嬢様の攻撃を追う動体視力や反応速度、そして攻撃を受けても簡単には怯まない総合的防御力……などなどあらゆる部分が強化されていると推測できます!」


 俺はパステルをもう一度見る。

 剣とステッキをぶつけ合いエンジェとの死闘を繰り広げている。

 しかし、決してパステルが押している状況ではない。


「いろんなところを強化している割には……」


「ええ、配下であるあなたの前で言うのは申し訳ないのですが……パステル様はそもそもの能力が低すぎます! 強化で上昇させても限界が早いのだと思われます」


「くっ……」


 強力なスキルではあるがパステルが持っていてもエンジェに勝つには今一歩及ばないのか……。

 そもそも体の弱いパステルになぜ強化スキルが目覚めたんだ?

 正直合っていないような……。


 俺の疑問をよそにアリーナではエンジェが猛攻を仕掛けている。


「何やら妙な力に目覚めたようですわね? でも、その程度の身体強化スキルではわたくしの素の力にも及びませんことよ!」


「だが大切な人から貰った剣を取り落さなくなった」


「なんですって?」


「ぬおおっ!!」


 剣の一振りでパステルがエンジェを押し返す。


「くぅぅぅ……」


「もう……お前に武器を取り上げられて泣いていた頃の私はいないぞ」


 あくまで強気の姿勢のパステル。

 そのオレンジに輝く目には俺にもわからない勝利への道が映っている気がした。

遂に10000pt突破しました! そして初レビューも頂きました!

ついでに連載開始から一か月です! 本当にありがとうございます!

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