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第14話 絶望の知らせとかすかな光

 試合当日の朝――。

 寮の窓からは朝日が差し込んでいる。

 魔界にも青空はあり、朝は爽やかだという事を初めて知った。


 明るい朝……なのに俺とパステルの心は沈んでいた。

 それは早朝に部屋に届けられたある知らせが原因だった。


「パステル……寝込んでても仕方ないさ。文句はいっぱい学園側に言ったけど変更は覆せなかった。もう今はこの状況から勝つ方法を考えるしかないよ」


「…………」


 パステルは布団にくるまったまま一言もしゃべらない。

 あの知らせが来た時はそれはもう怒っていたから疲れてしまったというのもあるだろう。

 しかし、本当の原因は知らせの内容の方だ。


 俺は無造作に机に置かれた紙をとって再度内容を確認する。

 簡単に言うと『試合では修羅器は使用不可になった』ということだった。

 これが急に来たのだ。つまり魔王を集めて成績発表会をしていた段階では決まっていなかったということ。

 その時点で決まっていたのならば発表会の時に魔王たちに伝えているだろう。


 そもそも前から魔界では新人魔王同士の力試しの試合で強力な修羅器は使用すべきではないという意見自体はあったらしい。

 しかし、こんなギリギリになって変えてくるとは思えない。

 では何故これだけ急遽変更になったのか……。


 そもそも新人魔王の中で修羅器を持っていると明かされたのはパステルのみ。

 パステルから修羅器を取り上げて得する者自体は多い。純粋に彼女の負けるところを見たい観客だっているだろうから。

 でも、そう思っていても学園側に意見して実際に急遽アクションを起こさせるにはそれなりの学園との繋がり、そして圧力がいる……。

 答えは一つしかなかった。


 犯人はエンジェ・ソーラウィンド。

 それしか考えられなかった。彼女が家の力を使い学園にルールを変更させたのだ。

 一か月成績でパステルに負けた上に最下位。魔界にいた頃はパステルを一番虐めていた魔王。

 そんな彼女が一対一の試合でまでパステルに負けるわけにはいかなかった。

 だからこういう卑怯な手段をとった……それがパステルと二人で導き出した答えだ。


 もちろん学園側に抗議はしたが俺たちの味方は魔界にはいない。

 圧力をはねのけることは出来なかった。


「パステル……」


「もう……帰りたい……ダンジョンに。私たちの家に……」


 涙声が布団の中から聞こえてくる。


「うん……そうだね……。でも、試合には出なければならない。棄権はないから」


「勝てるはずもないのに……」


「俺も逃がしてあげられるなら逃がしてあげたい。代わりに俺が戦いたいぐらいだ。でも、それはできない。君の名誉のために」


「皆の前で無様を晒すのが名誉のためか!?」


 ガバッと布団を跳ね飛ばしパステルが起き上がる。

 目は赤くはれ、その赤さは顔全体に広がっている。


「逃げるよりは……ね。そもそも逃げられやしないんだからこの想定も無駄さ。なら少しでも勝つ可能性のあることを考えた方がいい」


「死にかける程いたぶられるのかもしれんのだぞ! 私は怖くて何も考えられない……。エンデにはわからんのか私の気持ちが!?」


「わかるさ、俺にも。でも実際死にかけるところまでいってしまったらもう自分の意思ではどうにもならない。経験したから知ってるんだ。だからこそ可能性は薄くても何か結果を変える方法を自分の意思で考えられる今が大事なんだ」


「くっ……考えると言ってもエンジェに私が勝っているものなどない。魔術だけでなく体術やそもそもの身体の力すら私が劣っているのだぞ」


「エンジェの魔術には欠点があるって昨日の夜言ってたよね? それを話してほしいんだ」


「うむ、エンジェは火属性の魔法が得意だ。スキル的には【火魔術】を超えて上位スキル……いやさらに上の火属性スキルになっているかもしれん。火力は折り紙つきで私が直撃をくらえば死ぬだろうな」


 少し冷静さを取り戻したパステルは時折涙をぬぐいながら話を続ける。


「しかし……制御力に難があるのだ。当てるのはもちろん苦手で油断すると魔法を放つ前に自爆する。強力な分自爆すればエンジェも危険なのは間違いない」


「じゃあその自爆を誘えば……!」


 俺の緩みかけた顔に対してパステルの視線は冷ややかだ。


「それぐらい私も考えていた。修羅器があれば余裕だったどころかそもそも火魔法を準備する隙すら与えなかっただろう。しかし、こうなってしまってはそもそも体術で勝るエンジェがリスクを冒して魔法を使う必要が無い。格闘戦でボコボコにされてお終いだ。まあ、動けなくなったところで最後にトドメの大火球が飛んでくる可能性はあるがな」


「ならパステルが動ける状態で火魔法を誘わないといけないね」


「エンジェも成績は良くないが頭はそこまで悪くない。自分の弱点は把握しているし私が動ける段階では火魔法は使わんだろう。動けないフリの演技も通用するかどうか……。そもそも自爆を誘うなら接近して魔法を妨害せねばならん。そんなことしたら私も自爆に巻き込まれて身体能力の差で私が負けるぞ!」


「パステルには銃があったよね? 修羅器以外の武器は基本持ち込み可能だ。それで魔法準備中のエンジェを撃つんだ。それなら近づく必要はない」


「奴の代名詞である大火球は準備中でも熱で気流を発生させ周囲に暴風を生む! そんな中で私の魔力銃が当たるか? 訓練で体の魔力のめぐりが良くなったとはいえ未だに大した威力ではない! 流石にあの程度の弾丸が体に当たったところで魔法は妨害できない!」


「でもそんな些細な物でも目とかに入ったら痛いんじゃない?」


「なっ!? 動けないフリの演技が通用するほど痛めつけられた後に暴風吹き荒れる中エンジェの目を撃てと言うのか……? エンジェも魔法準備の時は念のため私から距離をとるだろうし、一発外せばもう次はないんだぞ!?」


「でも……可能性はゼロじゃない」


 自分でも無茶なこと言ってるのはわかってる。

 ただ、ほんの少しでも勝てる道筋……希望を持たせて送り出してあげないといけないんだ。

 何の策もなく挑めば、もし奇跡的に運良くチャンスが転がってきたとしてもそれを掴みとる心の準備が出来ていない。だから取り逃す。

 ゼロに限りなく近くとも可能性があれば人はそれに期待してすがることができる。前を向くことができるんだ。


「呆れたぞ……。そんなむちゃくちゃなことを言われれば誰だって……」


 パステルはスッとベットから立ち上がる。


「逃げられなくなるではないか」


「パステル……!」


「喜ぶにはまだ早いぞ。私の心は今にも折れてしまいそうだ。だが……とりあえずコロシアムの舞台に立つくらいのことは出来そうだ」


「それで十分だ。今のパステルには俺やダンジョンで待っていてくれるメイリとサクラコもいる。俺たちはどんな戦いでも君を笑わない。」


「知っておる」


「もし戦うパステルを笑い続ける奴がいたら……その時は……俺がみんな……」


「エンデ」


 パステルは俺を制止するように片手を上げる。


「私のことを一番に考えてくれるのは嬉しい。だが理性の無いバケモノにだけはなるな。私の配下にそんな奴はいらん。が、まあ……エンデならたとえそうなってしまっても私は側にいるだろうがな……」


 パステルが憂いる様な瞳を見せる。

 俺は……なんてことを言ってしまったんだ……。彼女を困らせてしまった。


「ごめん……君の気持ちじゃなくて自分の気持ちを満たすためにあんなこと言ってしまって……。撤回するよ……」


「行動に移さなければ良い。それに本当は他人に馬鹿にされることが怖いのではない。慣れているからな。一番怖いというか恥ずかしいのはエンデに無様な姿を見られることなのだ。私のことを……好いていてくれるからこそ……」


「俺は試合を見ずに待機してた方が良い……かな?」


「いや、それもなんだかな……。恥ずかしいけど、たとえ無様でも私の戦う姿を最後まで見ていてくれ。それでいい」


「うん、絶対に目を逸らさないよ」


 俺が笑顔を見せるとパステルも笑顔を見せた。

 戦いの行方はわからないけど彼女は前を向いている。


「そうだ。これをパステルに貸すよ」


 俺は腰から下げていた剣を鞘とベルトごと渡す。


「俺のスキルと一体化する剣だから俺だと思って……というと縁起悪そうだけど、とにかく気休めのお守りにはなると思う」


「うむ、ありがとう。……おととっ、ちょっとこれは重いが剣の一振りくらい持っていなければな」


 長剣ではない俺の剣だがパステルにはやはり大きい。彼女は背中にそれを背負う。


「ふーむ……いろいろな意味で体は重いが決心は固まった。行ってくるぞエンデ」


「ああ! 俺も観客席から応援してるよ」


 歩き出したパステルの瞳にはまだ恐怖の色が残っている。

 ただその中にほんの少し……希望のオレンジの光が宿っているように見えた。

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