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第13話 お嬢様の憂鬱

「あぁ……あぁ……あっ! ここは……?」


「寮の一室でございますエンジェ様」


 魔界の名家のお嬢様エンジェ・ソーラウィンドは気絶したまま成績発表会を終え、執事のキューリィに背負われ寮に戻ってきたところであった。


「はっ! 成績はどうなりましたの!? まだ一位と最下位の発表が残ってましたわよね!? もちろん私が一位でしょうけど一応結果を聞いてあげますわ!」


 エンジェはいまだ混乱している。

 自分が最下位と発表された瞬間の前後の記憶が無いのだ。


「……まこと申し上げにくいのですが」


 キューリィも苦しみながら現実を自らの主へと告げる。


「お嬢様は最下位でございました」


「ヒィー!!」


 エンジェはまたしても白目をむいて気絶した。

 しかし今度はキューリィも記憶を無くすことを許さず、主の体を激しく揺すり意識を現実へと引き戻させる。


「忘れても事実は変わりません! エンジェ様!」


「うぅ……はっ! そんなはずないですわ! ふ、不正よ! そうに決まってますわ!」


「その流れはもう他の魔王や観客の皆様がやりました!」


「じゃあ学園側のミスですわ!」


「それもやりました!」


「くっ……じゃあ、コネよコネ! 誰かが改竄したのよ意図的にパステルの成績を!」


「パステル様には身寄りがござません。お嬢様と違って頼る家もございません」


「何ですのその言い方は! 私に対する当て付け!? 偉くなったもんですわねキューリィ!!」


 エンジェは手に持ったステッキで自らの執事をばしばしと叩く。


「も、申し訳ございません……。お許しください……」


「ふんっ、わかればいいのですわ。それにしても何故私が最下位に……」


 パステルが一位であることとエンジェが最下位であることには関係がありそうで実はまったくない。

 彼女が最下位になってしまったのは彼女自身に原因がある。


 まず彼女はそもそも魔界学園時代の成績も安定していなかったのだ。

 パステルとは違い一つ大きな取り柄を持っているが、それと対をなすようにある大きな弱点も持っていた。

 それ以外にも体が頑丈だが心は少し弱いところがあるなど、良いところと悪いところがハッキリしている生徒だった為、成績も教科によって良し悪しが明確に分かれいた。

 その結果、全ての成績を合わせると『平均的』『普通』というのが彼女の評価だった。


 ただ家柄の良さから同級生からは良い扱いを受けていた。

 しかし成績に家柄は影響しない。

 人間界に送り込まれた際の成績特典も平均的で、生まれた頃からの執事であるキューリィを呼び寄せた段階でDPが一度枯渇し、しばらく魔王としての活動が鈍ってしまった。


 さらには彼女のダンジョンのある場所は人里より少し距離があった。序盤を生き残るには良い立地だがDP稼ぎという側面から見れば良くなかったと言える。

 また彼女は基本的に他人に対して優しく接する。

 だからこそ彼女はお嬢様という他人から嫉妬されやすい立場でありながら同級生に好かれていたのだ。

 そしてその優しさは種の違う人間に対しても同じだった。

 なので逆にこちらから人間の町に襲いかかってデーモンポイントを稼ごうという思考にはならなかった。


 これで何故成績上位を疑わなかったのかというと、実は疑ってはいたのだ。

 ただ『流石にワースト5という事はないでしょう』『パステルには負けていませんわ』という最低限のプライドから生まれた前提のせいでトップとワーストそれぞれ五名の発表まで自分の名が呼ばれなかった時、自分がトップの方にいると思い込んでしまったのだ。


 だからこそその時点でパステルの前に姿を現した。

 『人間界であまり上手く動けませんでしたわね……』という不安は『きっとみんなはもっと動けなかったのですわ!』という希望的観測に変わり、最後に残ったのが自分とパステルになった時には自分が一位だと確信し舞い上がっていた。


 しかし、結果はあの通りである。

 高いところから落とされると痛いものでエンジェは気絶してしまった。


「お嬢様はお優しいのでそもそもこういう争い事には向かないのです」


「じゃあ、パステルは向いていたというの!? 学園では誰にも勝てなかったあのパステルが! 彼女だって戦いを好む性格ではなかったですわ!」


「確かにパステル様もお優しい方です。しかし、物事には運というものがあります。パステル様は偶然手に入れたのかもしれません。人を殺さず生かして帰せるほど絶妙な手加減が出来る仲間やその手段を」


「運……ですって……? くっ……それなら確かに実力で埋め合わせようもありませんわね……。今回はとっても運が良かったということですわねパステルは。そういう事にしておいてあげますわ」


 エンジェのパステルへの執着は強い。

 彼女は名家の娘としては実力不足で家族はまだしも親戚からは落ちこぼれとして扱われていた。エンジェもその事には常に負い目を感じており、それが強いコンプレックスになっている。

 仲良くしている学園の同級生やそれ以外の同年代の友人も成長が著しく、彼女は置いていかれることに何よりも恐れていた。

 だからこそパステルには執着する。彼女だけは自分を置いて行かないからだ。


 自分よりも落ちこぼれで弱く、友人も少なく家柄どころかどこで生まれたのかも定かではないパステルは彼女からすれば安心して下に見れる対象だった。

 普段人前では押さえつけている本来のわがままな性格や加虐嗜好(かぎゃくしこう)もパステルに対してなら開放することができる。


 エンジェはパステルが成長することを恐れている。

 だから学生時代魔法道具を使わせないようにしたり、二人組をわざわざ組んで授業の邪魔をしていたのだ。

 これだけ執着していたパステルが一か月会えない間に成長を見せつけてきた。

 エンジェにとってこれほどショックなことはなく、その事実を認識して気絶で済んだことは運が良かったと言ってもいい。

 それほどまでにエンジェもまたパステルに心を奪われた者の一人なのだ。


「お嬢様、我々が一か月の成績でパステル様に敗北したことは事実です。しかし、たった一か月の成績など問題ではありません。しょせんは運の差なのです」


「そう……そうよ」


「お嬢様は明日見せつければいいのです。試合でその実力の差を」


「そうですわ!」


 エンジェはやっとのことで普段のどこか自信に満ちた立ち振る舞いに戻った。


「はっ……」


 が、また何か心配事を思い出したのかその笑顔が曇ってしまった。


「どうされました? お嬢様」


「確か……パステルは修羅器を所持しているのでしょう?」


「そこは聞こえていたのですか……? すでに気絶されていたような……」


「ええ……なんとなく。思い出してみれば彼女の目は魔界にいた頃より強くそして輝いていましたわ。きっとパステルももう内心私のことをバカにしているんですわ……。いつまで経っても成長しない私を……」


 エンジェは両手に手を当て泣き出してしまった。

 一か月間パステルに会えず、やっと会えたところでこの結果。彼女の中に溜まった鬱憤を吐き出す場所が無いのだ。


「きっと……私ぐらいになら修羅器で勝てると今頃笑っていますのよ……。パステルにまで馬鹿にされたら私……」


「落ち着いてくださいお嬢様! 私に一つ提案がございます」


「なんですの……?」


「実は……」


 キューリィはエンジェの耳元でささやく。


「……こういう意見が学園内にありまして、エンジェ様のお父様にそれを後押ししていただければもしかすると」


「ふ……ふふ……ふふふっ! 流石ねキューリィ、それなら確実に私の勝ちですわ! うふふふっ!」


 涙をぬぐい高笑いするエンジェ。

 その顔には圧倒的な自信がみなぎっている。


「お父様には合わせる顔が無いと今回は実家に帰るつもりはありませんでしたけど、こうなれば仕方ありませんわ! 生き恥を晒す覚悟で家に戻り、お父様に頭を下げてお願いしますわ!」


「その意気ですエンジェ様!」


「あなたも行きますわよキューリィ!」


 エンジェはつかつかと歩き出した。

 その少し後ろをキューリィもついて行く。


(エンジェ様には運だと言いきってしましましたが、きっとその巡ってきた運を掴み取ったのはまぎれもなくパステル様の実力です。修羅器もそうでしょう。パステル様一人ではとても修羅神のダンジョンの攻略は不可能。しかし、それを共に成し遂げてくれる仲間に出会えた。その出会いは運でもそこから仲間になれたのはパステル様の力なのです……)


 キューリィは歩きながらまるで誰かに頭を下げるように俯く。


(修羅器は決して卑怯な力ではありません。しかし……申し訳ございませんパステル様、あなたが下にいなければ今のエンジェ様は壊れてしまう……。私はエンジェ様の執事としてそれを見過ごすわけにはいきません。たとえパステル様から卑怯だと言われようと私は主の為に動きます。いずれは我が主にも独り立ちしていただくつもりではありますが、今回だけは……)


 同じ目的地に向かいながらもその心に秘めている物は同じではないお嬢様と執事は、学園の敷地内から出て夜の魔界の町へと消えていった。

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