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第10話 来訪者、業火のごとく

 パステルは軽い足取りで学園内を歩いて行く。

 やはり慣れた場所ではその姿も様になるなぁ。


「着いたぞ。ここが私たちの部屋だ」


 鍵の番号と部屋の扉に書かれた番号を交互に見て確認する。


「早速入って一息つくとしよう」


 パステルはこれまた慣れた手つきで鍵を開け中に入る。

 俺もそれに続いた。さて、中は……。


「……あれ? ほとんど何にもないような?」


 中は整え得られた最低限の家具しかなくなんというか生活感が無い。


「当たり前だろう? 私の居場所はもう人間界なのだ。ここを出る時に私物は処分したし、家具も次の魔王の為に整えられておるのだ」


「あっ……そりゃそうだね」


 俺としたことが、流石にそれくらい考えればわかるはずなのに。


「しかしだな……この机や椅子などは私が使っていたものだ。名前を刻んだりはせんからその証拠は見せられんが、この元からあったちょっとしたキズや汚れで私が使っていたものだと私にはわかる」


 パステルは椅子に座って机に頬杖をつき窓の外を眺める。

 部屋に刺す赤い日の光、アンニュイな表情……どれをとっても絵のように様になる。

 彼女が学園に通っている間、こうやって何か悩みを抱えて窓の外を眺めて過ごしていたことがハッキリと想像できる。この姿がパステルがこの部屋に住んでいた証拠になると言っても過言ではない。


 感傷に浸っているのかパステルは言葉を発しない。

 俺も彼女に見惚れていて言う事が思いつかない。

 二人の間に静かな時間が流れていたが、それは少しずつ近づいてくるノックの音でかき消された。


「誰かが順番に寮の扉をノックして回っているようだな」


「もう成績発表会の準備が出来たのかな?」


「早すぎる気もするが……。私たちが魔界に転移してきた魔王の中でも最後の方だったらわからんな」


 ノックの音はなかなかの早さで近づいてくる。

 激しいノックだ。そして、次のノックまでの感覚が短い。一部屋一部屋で発表会の段取りの話をしているとも思えない。

 イタズラか……?


「あっ……この足音……この叩きつけるようなノック……」


 パステルにはこのノックの正体に心当たりがあるみたいだ。


「一体なんなのコレ?」


「今にわかる。こいつが用事があるのは私だけだ」


 コンコンコン!!


 遂にこの部屋の扉が叩かれた。


「今出る」


 パステルは少し複雑な表情で扉に向かう。俺もそのすぐ後ろにつく。

 彼女が鍵を開けると訪問者側から扉を勢いよく開けてきた。


「……あっ、パステル」


 訪問者は一瞬だけ嬉しそうな顔を見せたが、すぐに下目使いでパステルを見下すような表情に変わった。


「よく一か月も生き残っていたものですわね。悪運の強さは褒めてあげますわパステル・ポーキュパイン! もちろんわたくしのこと……覚えていますわよね?」


 パステルより頭一つ高い背、大きすぎない形の良い胸、フリルの多い赤いドレス、そして何より目を惹く縦にクルクルと巻かれた燃える様な赤髪。

 そしてこの言動……。彼女のことは全く知らないが……全身が『私はお嬢様だ!』と主張している!


「エンジェ・ソーラウィンド……。お主も来ていたのか」


「あ・た・り・ま・えですわ! この魔界きっての名家ソーラウィンド家の娘エンジェがたったの一か月人間界に居たくらいでくたばるはずありませんもの!」


 『ふんっ!』と鼻を鳴らすエンジェ。なんだか俺と名前が似てる。しかしその印象は全く違う。


「で、何しに来たのだ? わざわざ他の魔王がいる部屋にまで手当たり次第にノックして私に会いに来たのか?」


 パステルの言葉にエンジェはわかりやすくイラッとした顔をする。


「パ、パステル風情がいつからわたくしにそんな口をきくようになったの!? このっ!」


 エンジェは手に持っていたステッキでパステルを叩こうとする。

 どんな関係だか知らないが流石にそれは見過ごせない。

 俺は手でそのステッキを掴みとる。


「はうっ!? あ、あなた誰ですの!? いつからそこに!?」


「えっ!? ずっとパステルの隣にいましたけど……」


 まさかずっとパステルのことしか見えていないかったのか?

 すぐ隣だから確実に視界に入るはずだが……。


「紹介するぞエンジェ。私のダンジョンのボスモンスターのエンデだ。人間界で奇跡的な出会いをしてからずっと一緒におるのだぞ」


「に、人間界で? パステルが人間界でモンスターを手に入れたというの? な、生意気……! 私だって呼び出したモンスターしかいないのに……」


 エンジェは唇を噛む。顔も真っ赤だ。


「……っ! いつまでわたくしのステッキを握っているつもり!? 離しなさい!」


「パステルを傷つけないなら離すよ。約束してくれるかい?」


「くぅぅぅ……配下のモンスターまで生意気……! キューリィ!」


「はい、お嬢様」


 スッと現れた黒い服を着た執事風の男に手刀で手の握りを解かれた。

 こいつ……エンジェと違って悪意は感じないが、魔力の落ち着きからしてかなり出来る男だ。手刀も目で追うのがやっとだった。


「エンジェはやはりキューリィを人間界に呼んだのか。DPの消費も多かったろうに」


「お久しぶりですパステル様。いつもエンジェ様がお世話になっています」


「うむ、久しいな」


「私の許可も得ず勝手に口を開くんじゃないわよキューリィ! どいつもこいつも! はぁ……気分を害しましたわ。わたくしは帰らせていただきます」


「そっちから来たのに……」


 俺の口からそんな言葉がこぼれる。

 それを聞いたエンジェはキッと恐ろしい目でこちらを睨みつけた後、すたすたと去っていった。


「な、なんだったんだ彼女は……」


「エンジェはな……。魔界にいた頃私を一番虐めていたと言ってもいい女だ」


 パステルは静かに語り始めた。


「とにかく私を見つけるとすぐにちょっかいを出してくる奴だった。偶然出会った時はもちろん、待ち伏せしていじわるしてきた時もあった。機嫌のいい時は嫌味を言われるだけで済むが、機嫌が悪いと手を出してくる。前に修羅神のダンジョンで私が魔王学園の魔法道具をいつも取られていてほとんど使えなかったと言ったのを覚えているか? 私が使おうとした直前で魔法道具を取り上げていたのは大体エンジェだ」


「うへぇ……」


「また二人組を組む必要のある授業は大体エンジェと無理矢理組まされた。そしてその度に足を引っ張られた。後は放課後に寮まで押しかけてきた事もあったぞ。さっき足音とノックの仕方で奴の存在に気付いたのもそのせいだ」


「もはやパステルを一日中追い回してるじゃないか。なんでそんなことするんだろう?」


「ふっ……日々のストレスの発散だろう。お嬢様には庶民にわからん悩みとやらがあるのだろうが、それをぶつけられるこっちの身にもなってほしいものだ」


 パステルはため息をつく。


「彼女は誰にでもそんな感じで接しているの?」


「そんなわけなかろう。他の者には品行方正なお嬢様の顔しか見せないぞ。私だけ特別だ。弱いのに魔王を名乗る私が気に入らんのかもしれんな。そんなこと言われても勝手に魔王になっていたのだからどうしようもないのだが……」


 ぐでーっと机に突っ伏すパステル。完全にテンションが下がってしまっている。

 どうにか励まさないと……。


「だが……もしエンジェが試合の相手なら勝てるかもしれん」


「えっ?」


「ひたすら絡まれ続けたせいでエンジェの能力も性格も良く知っている。人間界でよほど強くなっていない限りあの修羅器を使えば十分勝てる範囲だ。ぜひとも奴と当たりたいものだな」


「そりゃ良かった。てっきりパステルがヘビに睨まれたカエルみたいに委縮しちゃうんじゃないかと心配してたんだ」


「まあ実際久々に合うと嫌なもやもやした気持ちが湧いてきたのは確かだ。しかし、今の私は昔とは違う。みんなのためにも戦う事を恐れたりはしない」


 ……ちょっとパステルのことを甘く見過ぎてたかな。

 この一週間……いや、俺と出会ってからずっと彼女も新たなことに挑戦し成長を続けている。それを一番実感しているのはまぎれもなくパステル自身だ。

 今回はただ見守ろう。俺に出来ることはそれだけだ。


 コンコンコン――。


 寮のドアが上品にノックされた。


「今度は学園の職員だろう。いよいよ発表会だな。まだ試合ではないが気を引き締めていくとしようぞ」


「うん」


 気合い入れて行ってみようじゃないか。魔王の集まる発表会に……。

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