第09話 魔王学園へ!
パステルがあのメールを受け取ってから一週間が経った。
その間に俺たちは修羅器を入手しそれを使いこなすための修練に明け暮れた。
結論から言えばパステルは間違いなく強くなった。修羅器のカラクリカエルが強いというのももちろんあるが、それをある程度使いこなせるだけの魔力とコントロール能力をパステルは身につけた。
カエルの能力も基本二つだけではなくいくつか応用的なものも習得。召喚持続時間も行動によって変動するものの最大で十分は持つようになった。
これで他の魔王たちに勝てるとは限らない。しかし、試合に向かうパステルに自信を持たせてあげられたと思う。
今の彼女はもう無抵抗でやられるだけの玩具ではない。
「迎えは午後に来るはずだ。それまで堂々と待っていればよい……」
そう言うパステルは先ほどからリビングをぐるぐると歩き回っている。
誰が見ても完全に緊張しているとわかる状態だ。
しかしながら俺もかなりドキドキしている。
人間の時ならば死ぬまで関わることがなかったであろう魔の者たちの世界『魔界』へこれから乗り込もうというのだから……。
「パステル様、エンデ様、お茶でもいかがですか?」
メイリがことりと音を立ててティーカップをテーブルに置く。
返事の前に淹れられているという事は『これを飲んで落ち着け』というメッセージだ。
「いただきます」
「いただきます」
俺とパステルはイスに座り紅茶を飲む。ストレートだ。
「まーまーそんな緊張すんなって。死にはしないんだろ? やるだけやってダメならダメでこれからまた頑張ればいいんだよ。俺たちはたとえパステルが負けても見捨てたりしないからな」
サクラコもメイリに紅茶を要求しテーブルにつく。
「負けても見捨てないとは言ったがパステルが負けるとは思ってねーからな。あの文字通り気の遠くなるような練習は嘘をつかねぇ」
「励ましてくれてありがとうサクラコ。練習にもたくさん付き合ってもらったな」
「ふっ、だからこそ言えるってワケよ。とにかく短期決戦を意識するんだパステル。召喚が出来なくなれば無力なのは認めないといけない。ただ召喚限界の十分まで戦っていいかと言えばそうでもない。三分……いや一分で仕留めたい。落ちこぼれのパステルがレア物の修羅器を持っていて強力な一撃を放ってくるとは誰も思わない。その隙をついて一撃で倒せればそれが理想だ。常にその動きをイメージしておいてくれよ」
「うむ!」
短期決戦……これが一週間で導き出した答えだ。
いくら魔王と言えど……いやパステルを知る魔王だからこそ修羅器の一撃は効果を発揮する。しかし、時間が経てば敵も慣れてその効果は薄まる。
試合開始と同時に召喚、そして攻撃。
それを可能にするために召喚動作の簡略化も試してみたが、今はやはりあのポーズをとった方が安定したのでただひたすらにそのポーズを素早くとる練習を繰り返した。
やることはやった。後は運次第……とわかっていてもやはり緊張するなぁ……。
「おっと、そろそろ迎えが来る時間だな」
パステルが時計を見てそう呟くとダンジョンタブレットの画面にメールが届いたことを知らせる表示が現れた。
「なになに……『ダンジョンコアの前に魔界への転移魔法陣を設置しました。次の方のこともあるのでお早めに』……だそうだ」
「いこうかパステル」
「その時が来たようだなエンデ」
魔界へは魔王本人の他に一人だけ着いて行くことができる。もちろん俺だ。
「ダンジョンの管理はお任せください。普段通りの覚悟でお守りします」
メイリの普段通りの覚悟とはつまり『命に代えてもダンジョンを守る』という事だ。パステルに『毎回ありがたいがそう言われると怖い想像をしてしまう』と言われてからこのセリフに変わった。
「パステル頑張ってこいよ! 人間界から応援してるからな!」
サクラコはグッと親指を立て笑顔を作る。
「いつもありがとう。みんなの上に立つ魔王として恥じぬ戦いをしてくるぞ」
「俺もみんなの代表としてパステルの戦いを見届けてくるよ」
俺は第十階層のダンジョンコアのある部屋の扉を開く。
その部屋はこの階層でも奥の方にあってダンジョンコアだけが置かれている。
しかし、今日だけはコアの前に真紅の光で描かれた魔法陣が展開されていた。
「なかなか禍々しい魔法陣だね。魔界に通じてそうな雰囲気があるよ」
「ふっ、そうでなければいいのだが……なんて言わないぞ。私は魔界で試練に立ち向かう!」
俺とパステルは同時に魔法陣に乗る。
そして、それはすぐに起動した。
視界が赤い閃光に埋め尽くされていく……。
● ● ●
「ん……ここが……魔界……?」
転移にかかった時間は一瞬だったと思う。俺は……魔界にいた。
空は赤いがこれが魔界特有のものなのか、それともただの夕焼けなのか判別がつかない。
今俺のいるところは綺麗に土が敷き詰められた広い場所だ。足元にはダンジョンに出現した物と同じ赤い魔法陣。周囲は壁に囲まれていて、この広い土地も何らかの施設内にあるものだとわかる。
「パステルここを知ってる?」
「知ってるも何もここが私が人間界に来る前の時間を過ごした場所、魔王学園だ」
「ここが……魔王学園」
「今いるところはグラウンドだな。広いので派手な魔法の練習もできるぞ。しかし使う者も多いのでよく場所の取り合いが起こっておった。まっ、私には関係なかったがな」
パステルにとって思い出深い土地にこんなに早く来ることになるとは……。
なんだかさらに緊張してきたぞ!
「パステル・ポーキュパイン様ですね?」
「おわっ!」
魔法陣の横で待機していたスーツを着た男に驚く。いつからいたんだ?
「うむ、まぎれもなく私はパステル・ポーキュパインだ」
「ステータスを確認させていただけますか?」
「かまわんぞ」
パステルがステータスを提示し、何らかの手続きを済ませる。
「お連れの方はパステル様の配下の方で間違いありませんか?」
「うむ、エンデという者だ。こちらもまぎれもなく私の配下……というより仲間……なのだが友達……はちょっと遠いか。とりあえず私の関係者だ」
「ステータスを確認させていただけますか?」
おっ、俺もか。拒む理由もないのでステータスを表示する。
「むっ……!」
男の目が一瞬見開かれる。やっぱり魔界でもSランクは珍しいのか?
「……ありがとうございます。これにて手続きはすべて完了しました。こちらの部屋で時間までお待ちください。新人魔王の皆様が魔界に転移し終えたらまたお呼びします」
元の冷静な表情を取り戻した男はそう言って番号札の付いた鍵をパステル渡す。
「これは寮の鍵か。わかった。行くぞエンデ」
「うん」
俺には魔王学園のことはわからないので大人しく後ろをついていく。
「本当だったのか……。今回は……荒れるな……」
ボソッと男が呟いた気がした。
俺が振り返ると男は黙って魔法陣を見つめていた。
「何をしておるのだ! はぐれると会えなくなるぞ! 魔王学園は広いのだからな!」
「あっごめんごめん!」
すぐに彼女のもとへ走っていく。
「で、どこに向かってるの?」
「魔王学園の敷地内にある学生寮だ。今は魔王がいないので空き部屋になっている場所を宿泊場所に使うのだろうな」
「へー、そういえばパステルは寮に住んでたんだっけ?」
「そうだぞ。実家から学園へ通う者もおったが私には実家がないのでずっと寮暮らしだった」
「住み慣れた場所ならこれからの戦いの前に十分リラックス出来そうだね」
「ふっ、むしろ今恐ろしくなっているところだ。この鍵の部屋番号……私が住んでいた部屋のものではないか。何の因果かな……」
「ええっ!?」
意図的にこの部屋の鍵が渡された……というワケでもなさそうだ。
本当に偶然運で引き当てたのか?
「ふー……いらぬところで運を使ってしまった気がするぞ……」
「ま、前向きに考えようよ! きっと良いことあるって!」
それにしてもパステルが住んでた部屋かぁ。彼女を守るボスとしてこれは気になるところだ。
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二章も中盤戦!これからも頑張ります!




