第03話 ダンジョンに招かれて
「着いたぞ」
「これは……横穴?」
岩壁にぽっかり空いた穴の前で立ち止まるパステル。
「これはダンジョンの入り口だ……って、知らんのか!? 仮にも冒険者だったのだろう?」
「いやぁ、聞いたことはあるよそりゃ。ただ、ダンジョンのモンスターは強力と聞いていたので俺には無縁だなぁ……と」
「はぁ……。まぁ、確かにダンジョンは魔王の弱点が隠されている物もあるから、強力なモンスターもいるであろうな。とにかく入るぞ」
「あっ、はい」
横穴に入る俺とパステル。
「んんっ!? 痛てっ!」
入ってそうそう頭をぶつけた。結構狭いのか……?
「って! 本当にせまっ!?」
平民の家の物置でももうちょっと広いぞ!?
俺とパステルと中央で赤く発光しながら浮いている謎の球体でもうダンジョンはいっぱいだ。
「ようこそ、私のダンジョンへ……」
「ほ、本当にダンジョンなのコレ……?」
「成績優秀者にはもっと初めから広い地形や家具やら設備やらが設置されていたりするが、最下位はこの通り何もないのだ」
とりあえずお互い隅っこに足を畳んで座る。
光源は赤く光る球体のみ。赤ってのが目にキツイ。ずっといたらおかしくなりそうだ。臆病なパステルが一人で森を歩いてた原因はこれかも……。
「と、とりあえずこの赤いのについて聞いていい?」
「それはダンジョンコア。魔王とダンジョンの心臓のような物だ。例えば今お前が気まぐれで剣を振り回し、それを破壊すると私は死ぬ」
「えっ、そうなの……」
そんな弱点を入り口付近に……ってか、このダンジョン入り口付近しかなかった。
「人間は主にこのダンジョンコアを狙ってダンジョンへ来ると習った。その砕いた破片は高い魔力を有しているうえ美しいので武器や装飾品に使われるとな。まさか、人間自身にこの知識を披露するとは思わなかったが」
「べ、勉強不足ですいません……」
確かにこのダンジョンコアは見様によっては魂を惹きつけられるような美しさがあるなぁ……。宝石とは無縁の人生だったのでうまく言えないが……。
「これ……触ってもいいの?」
「はぁ? 今の話を聞いて何故そんな言葉が出てくる?」
「いやぁ、この狭さだと意図せず触れてしまいそうだから……」
「むぅ……触れる分には問題ないぞ」
「そうなのか……」
俺は赤い球体に触れてみる。
宝石のように硬いけど、ほんの少し暖かい。
「今触れてるんだけど何も感じない?」
「ん、うん……何も感じないぞ」
今度は球体を撫でてみる。
「どう?」
「どうもこうもあるか! どんな反応が欲しいんだ! 落ち着かないからもうやめろ!」
パステルは体をくねらせて嫌がっている。
まあ弱点を撫でまわされたら誰でもそうなるか。
「ご、ごめん……」
これ以上は関係をいきなり悪化させかねないのでやめておく。
「それでここに来て何をするつもりなんだい?」
「ダンジョンにモンスターを連れてきてやる事は一つ。契約するのだ」
「契約……?」
「お前にこのダンジョンのボスになる事を命じる!」
パステルが俺を指差す。
するとダンジョンコアがさらに強く発光、俺は思わず目を瞑る。
「……契約は完了した」
「い、いきなりだね」
「もう覚悟は出来ているのだろう? わざわざまた確認する必要もないと思ってな。心変わりされても困るし……」
「しないよ、今さら」
契約したと言っても俺に何か目に見えて変わったところはない。
ボスになったから何か強化されたりすると思ったんだけど……。
「ふっふっふっ……あーはっはっはっ!」
パステルが急に高笑いする。
「ど、どうしたの?」
「これで……これで私も快適な生活を……!」
顔を赤くして喜びにうち震えているようだ。
俺が味方になったこと、そんなに喜んでくれてるのか。なんだかこっちも嬉しくなってきたぞ。
「さて……まずはこの狭いダンジョンを広くするか!」
パステルはダンジョンコアに手をかざし、ステータスとはまた違う文字列を呼び出した。
その文字列を指で操作し、何やら考え込んでいる。
「ふーむ、まあ手始めにこれでいくとするか。実行!」
その瞬間、ダンジョンが広がった。
俺とパステルとコアでいっぱいいっぱいだった入り口付近も歩き回れるぐらいになった。
「ダンジョンコアを移動!」
パステルの命令と共に赤いコアが消える。
もう何が何やら……。
「ねえパステル。さっきから何をしてるの?」
「DPを使ってダンジョンを拡張したのだ。そしてコアは一番奥に移動させた。ずっと入り口近くにあったから生きた心地がしなかった……」
「へー、それは良かったね。でも、そんな事できるならなんで今までしなかったの?」
「DPが無かったからだ。しかし、エンデがこのダンジョンと契約したことで獲得することが出来た。モンスターと新規契約することはDP獲得方法の一つだからな」
「他にはどんな方法でDPを獲得できるの?」
「ダンジョンに入ってきた人間……いや、人間に限らず敵を実力で追い返すことだ。誰かと談合して出入りを繰り返しても意味がないぞ。DPの獲得量はある基準で行われた査定の結果で決まるからな。あとはダンジョンの契約モンスターの数や質に従って月々にいくらか入ってくるぞ」
ふーん、結構細かい決まりがあるんだなぁ。魔界の誰かが決めているのだろうか?
「ちなみにどれくらいのDPが手に入ったの?」
「ふふふ……聞きたいか? まあ待て。まずモンスター新規契約によるDP獲得量はその契約モンスターの強さ……つまりランクが一つの基準になっている」
「ふむふむ」
「エンデのランクはSだ。つまり最高ランク」
「獲得DPも多いと?」
「そういう事だ。そのDP……実に百万!」
「ひゃ、百万!?」
……って、すごいのか?
お金に換算するとすごいけど、魔界的にどうなんだ?
「これだけあれば家具もそろえられるし、魔界ダンジョンインフラ整備も出来る。しばらく食費も困らん……」
どうやらすごいみたいだ。
「さあ、移動したコアの元に向かい更なるダンジョンの開発に取り掛かるぞ!」
「おう!」
まだよく状況は飲み込めないけど、とりあえず嬉しそうなのでテンションを合わせておこう。
● ● ●
数時間後――。
「ふぅ……これでひと段落だな」
「まあね……」
今俺たちがいるのは第十階層のパステルのマイルームだ。
手始めに階層を増やして、その一番上の階層に生活空間を作った。
他の階層は洞窟のような通路が多少迷路のようになっているだけでまだ何もない。
階層から階層への移動は移動専用の魔法陣を使う。
ちなみにダンジョンは異空間にあって、侵入者がいない状態ならばいつでも作り変えられるらしい。
「頑張ったら疲れたぞ。シャワーでも……浴びてくるとしよう」
何故かドヤ顔でパステルは部屋から出て行った。
第十階層にはシャワールームやトイレも完備している。使用の際に必要となる水は魔界から転送、使用後の汚水も魔界に転送して処理される。
すごい便利だが無料ではないらしい。月々のDPがどうのこうのパステルは呟いていた。
俺もダンジョンのボスとしてまた教えてもらわないとなぁ。
今日はパステルが嬉しそうでなかなか口を挟めなかったが……彼女はなかなか浪費癖がありそうだ。家具を選ぶときのあのギラギラした目といったら……。
長年抑圧されてきた欲望が爆発しているのだろう。
でも、DPはお金のような物。無駄遣いを続ければ破滅しそうだ。しっかり見守っておかないとな。
数十分後――。
「出たぞ!」
黒いパジャマに着替えたパステルが部屋に戻ってきた。
降ろした髪からわずかに湯気がたっている。
少し大人っぽくなるなぁ。髪を降ろすと。
「もう少ししたら夕食にしよう」
「ご飯もDPで買えるの?」
「ああ、すべて魔界産のものだからお前の口に合うかわからんがな」
「もうモンスターだからきっと大丈夫さ」
「体に毒かもしれんぞ?」
「それはむしろ望むところさ」
「そうだったな……。じゃあ、私が食べたかった物にさせてもらうぞ」
パステルが選んだのは油たっぷりのステーキだった。
貧乏人が高い食べ物と聞いて真っ先に思い浮かぶのはだいたい肉だ。なんだか親近感が湧くなぁ。
「ちなみに……何の肉?」
「人間ではないから安心せい」
精神は人間の時と大して変わってないから、流石に人間を喰うとなると抵抗がある。
が、その心配もないなら……。
「いただきます!」
俺は肉にガッついた。
濃い塩味に濃い油、胃もたれしそうだけどなんだか体も喜んでいるように思える。今までない濃厚な味わいに。
やはり肉は体を作るのに必要なんだ!
そう実感するモンスターになってから初めての食事となった。
パステルも初めはニコニコで食べていたけど、半分食べたあたりで『重い……。お腹いっぱい……』といって残りを俺にくれた。もちろんすべて食べた。
「はぁ……お腹がいっぱいになると眠くなってきたぞ」
外はそろそろ夜になっている頃とはいえ、食後すぐ欲望のままにパステルは寝室のベッドに潜り込む。
「あぁ……ふかふかだぁ……」
ダブルサイズのベッドはパステルひとりには大きい。
「あっ、そういえば俺の部屋はなかったなぁ。どこで寝ようか?」
「なんだ部屋が欲しいのか。また明日作ってやろう。エンデの稼いだDPだしな」
パステルはもぞもぞと布団の中を移動し、右に寄る。
「寝るのはここだ」
布団をめくり、ぽんぽんとベッドの左側を叩く。
「え、いいの?」
「嫌なのか?」
「全然」
お言葉に甘えて一緒の布団にもぐりこむ。
二人で寝るとダブルサイズのベッドもちょうどいいサイズになる。
DPで良いシャンプーを買ったのか、パステルのオレンジの髪からは柑橘系の良い匂いがする。
「おやすみ……エンデ」
「おやすみパステル」
彼女はすぐに寝息をたて始めた。
その寝顔は美しい。魔界でも見た目の評判は良かったと言っていたけど、確かにこれは危険な美しさだ。
油断するといけない感情が湧き出てくることを否定できない。
でも、その感情は抑え込める。彼女が裏切られたと思った時の顔を知っているから。
俺はそっと布団から出る。
今日あったことが頭の中を駆け巡って眠れそうにない。
それにやらないといけない事もある。
第十階層から第一階層まで移動。そしてダンジョンの入り口付近に座り込む。
このダンジョンの防衛戦力は俺しかいない。だから、パステルの為にも隣で寝ているわけにはいかない。見張りをしなければ。
それに俺一人なら新たなスキルの力を存分に試せる。
毒の力……下手すりゃ味方を巻き込みかねない危険な力。十分に実験しないとね。
なぁに時間はたっぷりあるさ。