第07話 ダンジョンの守り人たち
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
夜のうちにダンジョンに帰還することに成功した俺とパステルをメイリが迎えてくれた。
「パステル様は相当お疲れのご様子ですね」
「ああ……ちょっといろいろあってね。疲れて眠ったままなんだ。ベットに運んであげてくれるかな?」
「かしこまりました」
メイリに眠ったままのパステルをだっこさせて寝室まで運んでもらう。
移動中も彼女はまったく起きなかった。修羅神曰く問題ないそうだがそれでも少し心配になるのはやっぱり過保護なのだろうか。
「エンデ様もお疲れのようですね」
「わかる?」
「はい」
「サクラコと出会った時とは違って戦闘が多くてスキルもたくさん使ったからかな。まだ毒魔人としての感覚が馴染んでないのかもしれない。でも使い続けて慣れていくしかないよね。これからずっとこの体なんだから。Sランクの力……もっと上手く引き出さないと……」
「疲れている時に考え事は良くありません。エンデ様もご就寝になられますか? それとも熱いお風呂を沸かしましょうか? ご飯にしますか?」
「そうだな……軽く何か食べてからシャワーを浴びて寝ようかな」
「かしこまりました。ご準備いたします」
第十階層に到着。
メイリは手早くパステルを寝室に運ぶと食事の準備を始めた。
「そういえばサクラコは?」
「先ほどまでうろうろしながらエンデ様の帰りを待っていたのですが、ちょうどさっき一度寝ると言って寝てしまいました」
「ありゃ帰るのが少し遅かったか」
「帰ってきたら起こしてくれと言っていましたが……どうするかはエンデ様にお任せします。ちなみに食事の準備にはもうしばらくかかります」
「本人がそう言ってるなら起こして帰ってきたことを伝えようかな」
俺はリビングからサクラコの寝室に移動。
サクラコの部屋はメイリと相部屋でまず入り口から手前がメイリのスペースだ。
質素なベットと小さな本棚付きの机、替えのメイド服が入ったクローゼットなど最低限の私物がそれほど広くない空間にキッチリ収められている。
そしてカーテンで仕切られた奥のスペースがサクラコの物。寝ているパステルにイタズラを仕掛けないようにメイリのスペースを通らないとサクラコは他の部屋に行けないのだ。
とはいえ今のサクラコは大人しいので『部屋を分けてあげてもいいのでは?』とパステルとメイリに相談しようとしたらサクラコ本人が『このままでいい』と言っていた。
理由は……聞きそびれちゃったけど。
カーテンをめくりサクラコスペースに入る。何気にこっちを見るのは初めてだな。
性格的に結構物が散らかってそうな……と思ったけど意外や意外、サクラコの部屋には大きなベット以外何もなかった。
もともと野生で暮らしていた彼女的に寝床には寝るための物以外いらないのかも。
「う……うぅ……」
寝ているサクラコだが表情は険しく、呻き声のようなものが漏れている。
悪夢でも見てるのか?
「サクラコ、サクラコ、無事帰ってこれたよ」
「……ぐ……あ……あっ、エンデ」
虚ろでぼーっとした表情のサクラコ。
「うなされてたけど大丈夫?」
「ん、ああ……悪い夢さ。エンデたちのことを心配したまま寝ちまったからな、俺としたことが。で、結果はどうだった?」
「結論から言うと大成功さ。修羅器はパステルが手に入れた。俺も少しばかし修羅神から褒美をもらえた」
「そうか! そりゃあ良かったな!」
サクラコのはじけるような笑顔が戻ってきた。
「で、どんな修羅器なんだ? 教えてくれよ」
「そう言うと思った」
俺はメモを取り出しそれを時折見つつ説明する。流石にまだ頭でも内容を覚えていたけど一応ね。
「ほうほう、召喚型か。俺の聞いた話だと他の型ほどの爆発力はないが、地道に経験を積み手足の様に操れるようになれば常に手数を二倍三倍に出来る渋い型だとかなんとか。確かにパステルにドデカイ強力武器なんて渡されても持ち上げることすら出来ないかもしれないからなぁ。パワーはゼロに等しいし。でも器用さはどんくさいけどゼロってわけじゃない。何かを操って動かす方が向いてると思うし的確なチョイスだ。良い修羅神に出会えたみたいだな!」
「うん、すごく親切だった。ただ修羅神はこんなのばかりではないみたいな事を言ってた気もする」
「人間やモンスターと一緒さ。いろんな奴がいる。自分にとって良い人と思える人に出会えると生きるのが楽しくなる。今の俺みたいにな……ってガラでもない事を言っちまったぜ」
照れ隠しに髪をかき上げるサクラコ。
「やっぱりさ……一人じゃないって安心なのよ。外で生きてた時は寝たくなることも少なかったし、寝る時間ももっと短かった。でも、ここに住み始めてからすごくぐっすり長く寝ちゃうのよ。緩んでるってのはわかってるんだけどさ」
「見張り中に居眠りしなきゃ誰も怒らないよ。一緒の部屋のメイリだって普通に寝てるところを叩き起こしたりはしないでしょ? 彼女はちょっとサクラコに当たり強いけど」
「メイリは俺と二人っきりの時は優しいんだ。まあ、パステルがいないから多少大目に見てくれてるんだろうけど」
「メイリとはよく話すの?」
「ああ、特にお留守番の時は二人しかいないからよく話した。と言っても俺が一方的に何かを話してそれをメイリが聞いているだけって感じだけどな」
「メイリは生まれて一か月でダンジョンから出たこともないから話せる内容も少ないか……」
「パステルが言ってたけどみんなで旅行でも行きたいないつか! まあ、メイリはそのおかげで俺自身でもつまらないと思った話でも興味深そうに聞いてくれるんだ。嬉しくてつい長く話しちまう。でも仕事の時間になるとメイリは話が良いところでもスッと仕事に行く。それが魅力でもあるんだが、俺的にはあのメイリに仕事を忘れさせるような話術を身に着けたいと思うようになったね、うん。これからの目標だ」
「ははは、メイリに仕事を忘れられちゃうとこのダンジョンは大事になるな。俺やパステルなら仕事どころか時間まで忘れてしまいそうだけど」
「今はバタバタしてるけどいつか落ち着いたらエンデにもお話聞かせてやるよ。いずれな……」
「ぜひお願いするよ」
今の話でも結構な時間が経った気がする。ご飯の準備はもう出来ているだろうか。
「そういえば、エンデは褒美に何を貰ったんだ? まったく話に出てこなかったけど」
「それは明日パステルとの訓練の時に見せるよ。そんな派手な物ではないけどとても便利な物さ」
「何だよ。もったいぶらずに見せてくれよ」
「ここで見せると部屋を汚してしまうかもしれないし……」
「ちぇ、毒関係か? なら仕方ない。寝床を汚されたらたまったもんじゃないからな」
そういうとサクラコは布団を頭からすっぽりとかぶる。
「もうそろそろご飯なんだろ? 俺は今日見張り当番じゃないからもう一眠りする。その代わり明日は早起きするから、エンデもよーく眠っておけよ。修羅器とお前の隠してる褒美とやらを楽しみにしてるからな」
「修羅器はまだしも俺のはそんな大したものじゃないけどね。でもまあ楽しみにしててよ。おやすみサクラコ」
俺はそれを言い残しカーテンの向こう側へ戻る。
そして入ってきた時と同じようにカーテンをピッチリ閉めリビングへ向かう。
「エンデ様、お食事の準備は整っております」
リビングではメイリが食事とともに待っていた。
「ごめん遅くなっちゃって。話が長くなってね」
「承知しております。一度準備が整ったことをお伝えするために部屋には入ったのですが、そのドアの音にすらお気づきにならないほど熱中されておりましたので、お声掛けは控えさせていただきました」
「いやぁ、気を遣わせてばかりで悪いね……」
「いえいえ、長くなることはあらかじめ予想しておりましたので。サクラコとお話するの……楽しいですよね」
「そうだね。でも僕はこうやってメイリとお話しするのも楽しいよ」
「そう……ですか? 私などただ淡々と報告を行うだけですが……」
「それも魅力さ。もちろんずっとその話し方をしてろという命令じゃないよ」
「私にはよくわかりませんが、お褒め頂きありがとうございます」
メイリはぺこりと頭を下げる。
「こちらこそいつも留守中ダンジョンを守ってくれてありがとう」
こちらも頭を下げる。仲間内でも礼は大事だ。
「また近いうちに頼る事になると思う。その時もお願いできるかな」
「もちろんです。この命に代えてもパステル様のダンジョンをお守りします」
試合の為に魔界に向かう方法がどんなものかは知らないけど、魔王の他に付き人が一人だけついて行けることはパステルに確認済みだ。
また二人でダンジョンを空けることになる。食事をとりながらメイリとサクラコに心の中でもう一度礼を言った。




