第05話 毒の搭の最奥で
「よっ、よっ、よっと……。こっちまで飛んでこれる?」
「このくらいなら問題ない」
数メートルにわたって通路を毒の水が満たしている。
そのところどころに小島のように水に沈み切っていない部分があり、俺はそこを次々とジャンプして向こう側まで渡った。果たしてパステルは……。
「よっ、よっ、よっと……あわわわっ!」
最後の最後でバランスを崩したものの何とか飛んできたパステルを体で受け止める。
「ふー……顔から毒に突っ込むところだったぞ……」
「でもよく頑張ったよ。結果オーライさ」
「ま、そういう事にしておこう……」
現在ダンジョンの第八階層まで来ている。
攻略は予定よりも順調だ。思っていたよりパステルの感覚は敏感で、俺よりも先にモンスターの襲来に気付くことが多々あった。
俺が守らないとと思っていたのにむしろ彼女の索敵能力に助けられている。でもおかげで前に前にと進むことができた。
逆に身体能力は思っていたよりさらに低い。
今の様に足場の悪いところを進むと当然のごとくバランスを崩して転びかけていた。
でも今のところは何とか俺がカバーできている。
これならお互いの良いところを生かし合い真っ当に二人で攻略していると修羅神も認めるのではないだろうか?
そうなればパステルに修羅器を授けてもらえる可能性も高くなる。
「あとちょっとだ。頑張ろうパステル」
「確か第十階層が最奥で大きな試練が待っているのだったな。ふっ……まだまだ気は抜けんな」
「流石にでっかいダンジョンボスモンスターが出てきたら俺が一人で戦うからね」
「頼りにしているぞ」
お互い頷き合い攻略を再開する。
八階から九階へ、九階から十階へ……。
「エンデが先にルートを確立してくれたおかげでこんなに早く来ることができた。例を言うぞ」
「当然のことをしたまでだよ。さて……ここで話してても仕方ないし行こうか」
「うむ。薬の効果時間がもったいない。それに早く帰らねば手に入れた修羅器を使っての戦い方の訓練も出来んしな」
そうだ。あくまで修羅器の入手は魔界での試合に勝つという大きな目標の過程でしかない。
「そうと決まればサクッと試練を乗り越えよう!」
「私も出来る限りサポートするぞ」
二人で巨大な扉を押し開ける。
力の差のせいでパステルが押してる方の扉は大して開かなかったが、気にせず開いた隙間から奥へと入り込む。
目の前に現れたのは円形の広間だった。床はここまでの通路と違い全く崩れていない。壁には何らかの模様が描かれていて神秘的な雰囲気を醸し出している。天井も高く明るい。
……動き回って戦いやすそうな場所だ。
「俺の後ろに」
「うむ……」
さてどこから来るか……と思った矢先、天井の中央がパカッと開きぼとりっと何かが落ちてきた。
それは長い体を持つヘビのようなものだった。しかし、本物のヘビではない。
楕円の筒と筒の間に関節の役割をする球体を挟み込み、それでヘビ特有のにょろにょろという動きを再現。ウロコはなくその代わりに体の表面には美しい木目が見えている。
「絡繰のヘビか……」
「良く出来ているのう」
感心している俺たちの方をカラクリヘビが睨む。
頭部の造形も非常に凝っていて目の部分には紫に光る石が使われている。出しては引っ込める長い舌はぼんやりとした紫の光で出来ていて、これは物質ではなく魔力によって生み出されているものだとわかる。
「どう倒そうかな」
「エンデの普通の剣はあの体に通りそうにないな。となると溶解毒しかない。少々あの絡繰のヘビを溶かすのは惜しいがな……」
「でも仕方ない」
グロア毒とスケベ溶解毒を組み合わせた強溶解液を浴びせようとヘビに接近……しようとした時、ヘビの方から先に仕掛けてきた。
口を大きく開き喉にある輝く大きな紫色の宝石を晒したかと思うと、そこからシューっと紫の煙を吹き出す。
「やはり毒蛇だったか」
俺はあえて煙に突っ込み毒を吸収、そして解析する。
……ちっ、ダンジョンに満ちていた麻痺毒を強化した感じか。皮膚からもじわじわと体にしみこみ自由を奪う効果がある。
すぐさま対抗薬を生成しパステルのもとへ急いで戻る。小ビンに薬を入れている時間はない。
「パステル口を開けて!」
「えっ、うむ……あー……んぐっ!」
小さな口に指を一本だけ入れる。パステルは驚いた顔をするがこれなら体から生成した薬をダイレクトに飲ませることができる。
毒の煙の広がる速度は速くすぐに俺とパステルを包み込んだ。視界が紫に覆われる。
「んー!!」
パステルが何かを訴えたそうに俺の指を吸う。
「大丈夫、もうすぐ倒せるから薬の量はこのくらいでいい。だから吸うのを止めてほしいな」
「ぷはっ……い、いきなりなのだからもう……。早く仕留めてくれ!」
「了解!」
今度こそカラクリ毒蛇に接近する。紫の煙の中でも奴の場所だけはハッキリわかる。怪しく光る目と喉の石が目印だ。
強溶解毒を右腕にコーティングする。あの喉の石の方を破壊すれば毒の煙も止まり、もしかしたらヘビ自体も倒せるかもしれない!
「うおりゃあぁ!!」
ヘビの頭部の高さまでジャンプし、そのままの勢いで口に腕を突っ込む。
初めは拳に硬い感覚が伝わったがすぐにそれはドロドロとしたものに変わり、最後にはズルッと腕まで何かの中に入っていく感覚になった。
紫の石を俺の腕が貫いたのだ。
カタカタカタ……とカラクリヘビは痙攣した後、その体をだらんと地面に横たえた。
それと同時に次第に煙も晴れていき、パステルの姿や広間の全貌が見えるようになった。
にしても余裕に見えて結構危ない戦いだった。毒の煙が溶解系だったらパステルをすぐ守るのは難しかっただろう。
俺の【超毒の身体】……俺自身を守ったり多くの人間を殺すのには向いてるが、手加減したり誰かを守るのにはかなり工夫がいる。
このスキルだけに頼るのではなく俺自身も今回のパステルみたいに新しい力を探し求めないとこの先もずっと彼女を……仲間たちを守ることができないかもしれない。
「どうしたエンデ? そんなに顔をしかめて……。どこか無理をしたか……?」
パステルが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ああ……ちょっと考え事をしてただけさ。元気元気だよ」
「うむ、ならいいのだが……」
まあ、今回は俺よりもパステルの強化計画がメインだ。
試練は乗り越えた。さあ、どのようにして修羅器を授けてくるのか……。
辺りをキョロキョロ見渡していると、先ほどカラクリヘビを落としてきた天井のふたがまた開き、そこから魔力の紐が何本か伸びてきた。
その紐はヘビの残骸……といっても外見はほとんど無傷な物にくっつくと、それごと天井の穴に引き上げていった。
それを目で追っていると今度は広間の奥の壁が左右にスライドし開いた。
壁の向こうは小部屋になっているようだがカーテンに遮られていてその全貌は見えない。しかし、そのカーテンには人影が写っている。
「よくぞ試練を乗り越えた攻略者」
「ど、どうも……。もしかして修羅神様ですか?」
「いかにも」
これはありがたい。修羅神と会話可能ならパステルに修羅器を渡すように説得できるかもしれない。
「ではこのダンジョンを攻略したその実力を称えそなたに修羅器を……」
「ちょっと待ってください! あのー、僕ではなくこっちの女の子に修羅器を上げてくれませんか? もちろん僕の方はいりませんので」
「よ、よろしくお願いするぞ」
パステルもぎこちなくお願いする。
「…………」
修羅神の表情はカーテン越しで読み取れない。
「ふーむ……うーん……どうしたものか……。修羅ダンジョンの攻略者というのはパーティを組んで試練を乗り越えたというのに、修羅器を取り合って仲間内で醜い争いを始めるものだと聞いていたのだが……。お前は他者にそれを譲るというのか?」
「はい。僕はいいんです。別に優しさとかじゃなくてそれが今回の目的なんです」
「ほーん……率直に言うと嫌なのだがな、修羅器をそのチンチクリンに渡すのは。ほとんど何もしてないし」
「くっ……」
パステルは言い返せない。
俺も正直この指摘は来ると思っていた。
「だが、いらぬという者に無理にこちらが頼んでまで渡すというのはもっと癪だ。攻略者がいる以上誰かには渡さねばならんし……。そうだなぁ、お前たちの関係性でも話してもらおうか。ワケありそうなコンビだし、我も最近攻略者がいなくて暇でしょうがなかったからな。面白い関係ならばそっちのチンチクリンにやろうぞ修羅器を。あと男、お前の毒の力の出どころも毒の修羅神として気になる。話せば修羅器だけでなく追加で褒美をやろうではないか」
修羅神はカラカラと笑う。
「どうだ? 悪い条件ではないだろう? 別につまらん話でも殺したりはせんから安心して話せ」
「わかりました……」
よし、俺とパステルの関係性なら初めて聞く者はほぼ確実に興味を惹くはずだ!
俺は自信を持って堂々とこれまでの経緯を話し始めた。
3000pt突破感謝です!
期待に応えられるように引き続き頑張ります!




