第02話 避けられぬ戦いと修羅の力
パステルがメールを読んでから数分後、みんなで彼女を落ち着かせとりあえず朝食を食べさせた。
食べ終わる頃には流石に少し落ち着き、話せる状態にはなった。しかし、その顔から焦りと絶望感は消えない。
「あの、もしよかったら……詳しく話してくれないかな?」
優しくパステルにその慌てている原因について尋ねる。
「そう……だな。焦っても仕方がない。まだ一週間あると考えなければな……。さてどこから話そうか……」
飲み物を一気にあおりパステルは一息つく。
「まず私はこれから一週間後に開かれる魔界学園主催の新人魔王一か月成績発表会に出なければならない。これは強制で先ほどきたメールはその招待状だ。そしてその会は成績発表の他に余興として新人魔王同士で模擬戦をやることになっているのだ。一か月間の成長を披露するという名目でな。一か月程度では何も変わらんだろうに……」
「模擬戦……パステルが一人で戦わないといけないの?」
「ああそうだ。ランダムで選ばれた新人魔王同士が一対一で戦う。仲間はなしだ。そしてそれは一戦だけ行われ、その結果次第で特典も貰える。だから新人魔王の誰もが私と戦いたいと思っているのだろうな……。私を対戦相手に引き当てた時点で勝利特典は手に入れたも同然だからな……」
「ちなみに対戦のルールは?」
「基本何でも有りだが殺しは無しだ。しかし血は流れるレベルのことは起こると思ってくれていい。勝利条件は相手に降参と言わせそれを認めるか、審判が止める。だがこの審判を当てにしては大けがをする。止めるラインが死のギリギリだからな。あと対戦相手もそう簡単に降参は認めてくれないと思う。私はイジメ甲斐があるからな。大怪我したくないのならばやはり勝つしかない……」
うーん……一対一の決闘のようなものか。強制されるとあらば逃げようもない。
対戦相手も直前までわからず、準備するにしても罠を仕掛けたりという卑怯な手段もとれない純粋な実力勝負……。
パステルにとっては一番過酷な状況だ。頭を悩ませるのも無理はないな。
「ちなみにその試合には観客もいてな。血の気が多くてヤジもすごいらしいぞ……」
「うわぁ……参ったね……」
「そしてその模擬戦や新人魔王一か月成績は賭け事の対象になっておるのだ。私はエンデの加入やAランク冒険者を倒したりしてるから、おそらく予想より一か月成績の順位がかなり高くなっているはず……。そのせいで賭けで大損した者たちにどんな声をかけられるか……想像しただけでも……」
話せば話すほどパステルの表情は沈んでいく。
「エンデ……助けてくれ……。私は魔界に帰りたくないぞ……」
パステルは真剣に言っているがおそらく俺にはどうにも出来ないだろう。魔界のルールに対しては。
しかし……。
「パステルが戦う運命は避けられそうにない。でも、これからどうにかしてパステルが試合で勝てる方法を一緒に探そう」
「……確かにそれしか現実に立ち向かう方法はないのだが、そう簡単なものでもないぞ。自慢ではないが私はそれなりに学園にいた頃努力してきたつもりだ。しかし結果はこのざまだ。これから一週間だけでどうなるとも思えん。それに他の魔王たちは強いぞ」
「絶対にパステルが勝てないほどに?」
「絶対と言える者もおるし、私ほどではないにしろ弱い者もおる。しかし、胸を張って言おう……一番弱いのは私だ。奇跡でも起こさなければ勝てんぞ」
「じゃあ起こそうよ奇跡を」
「……ふっ、私はどんな言葉にでもときめくワケではないぞ! エンデが私を守るために奇跡を起こすと言えば信じるがな、私自身が奇跡を起こすと信じることはできないのだ!」
鼻で笑われてしまった。
ぐぅ……根拠のない薄っぺらな言葉では逆に彼女を傷つけてしまう。
しかし、悲しむ彼女に同情して一緒に悲しんでいては何も変わらない。どうすれば……。
「みんな、何か奇跡を起こす方法を知らないか?」
俺も混乱していると思われそうな質問をメイリとサクラコに投げかける。
メイリはすぐに首を横に振ったが、サクラコは不敵な笑みを浮かべている。
「サクラコ……何か知ってるのか?」
「ああ、これで奇跡を起こせるかはパステル次第だが、運命としか言えないようなタイミングでこの情報を掴んできたんだ。きっとこれが奇跡を起こすための第一歩さ」
サクラコは一枚の古ぼけた紙をテーブルに広げる。
そこに書かれていたのは……。
「修羅神のダンジョン……ってなに?」
「おいおい……」
喜ぶ俺の姿を想像していたのかサクラコはガックリと肩を落とす。
「そういえばダンジョンのことすらまともに知らなかったんだってなエンデは。しゃーないな!」
サクラコはすぐに気を取り直すとドヤ顔で説明を開始した。
「修羅神のダンジョンとはその名の通り『修羅神』と呼ばれる戦いに心を奪われた神が造り上げたダンジョンだ。構造的には魔王のダンジョンと一緒で、洞窟や建物の内部は異次元空間になっている」
「ふむふむ」
「そしてダンジョン内部は修羅神が配置したさまざまなトラップやモンスターが配置されている。これは防衛のためというよりも侵入者の力を試すためにあるんだ。なぜかと言えば、修羅神は自らのダンジョンを攻略した者に特別な装備……『修羅器』を授けることを楽しみとしているからだ」
「なるほど高難易度ダンジョンか。そりゃ俺に知識が無いのも仕方ない」
「まあ、俺も修羅神のダンジョンの内部の情報は知らないし、授けられる修羅器とはなんなのかというのも知らない。そのダンジョンを攻略できるほどの猛者にちょっかいをかけた事はないからな。流石に装備を溶かす前に殺されちまいそうだし。ただ……強力だとウワサはたびたび聞いた。Sランク冒険者やそれに並ぶ人間界の強者はほとんど持っているとも……」
「その修羅神のダンジョンは人間界にしかないの?」
「俺は魔界のことはあまり知らないから何とも言えんな。行ったことないし」
そうか、サクラコは人間界生まれのモンスターだから魔界のことは知らないのか。
「パステルは何か知ってる?」
「魔界に修羅神のダンジョン自体はなかったと思うぞ。ただ修羅器自体は過去の試合で新人魔王が使っていたとかなんとか記憶の隅に……。まあ、メールで使えるかどうか問い合わせてみよう」
パステルはタブレットを操作し始める。
「メールの結果待ちだけど、もし修羅器持ち込みが大丈夫なら絶対にパステルに持たせてあげたい」
「だろ? パステル自身の戦闘能力強化としてこの上ない武器が手に入るかもしれないぜ。しかも、この紙に書かれた修羅神のダンジョンの特徴が運命的なんだよ。なんでも毒の水や毒の霧で溢れた場所らしくてまったく人間が近寄らないんだってさ」
俺は紙に書かれた詳細情報をよく読む。
なるほど……毒なら今の俺にお任せだ。人間界に存在する生き物の中でもトップクラスにこのダンジョンに向いていると言えるだろう。
パステルも俺がそのダンジョンに先に入って毒を吸収し成分を鑑定、それに対する対抗薬を飲ませてあげればそんなに長い時間は無理でも毒の中で活動可能なはずだ。
「こんな俺たち向きの情報をよく見つけれくれたね。このダンジョンは最近見つかったの?」
「いんや、紙が古ぼけてるのを見てもらえればわかると思うが発見自体はずっと前にされている。だが、誰も近寄れないからそのうち話題にならなくなって結果的に他の依頼書やダンジョンの情報書に埋もれて下の方に隠れてたのさ。それを今日偶然見つけた」
「そんな見つかりにくいところまで探してくれたんだ。いつもありがとうサクラコ」
「偶然だって言っただろ? 今日はそういうところを探したい気分だっただけさ。そんな褒められるようなことじゃないって」
照れ隠しに謙遜するサクラコ。こういうところは奥ゆかしい。
「メールの返信が意外にもすぐ来たぞ。修羅器の持ち込みは例年通り可能らしいぞ」
メールを受け取ったパステルの表情は、すがる物ができたからか幾分か明るい。
「そうと決まれば俺とパステルは今日にもダンジョンに向けて旅立たないとね。時間が無いし」
俺がそう言うとメイリとサクラコは待ってましたとばかりに口を開く。
「となると俺とメイリはお留守番だな。問題ないよなメイリ?」
「無論です。パステル様の名誉を守るための戦いです。心行くまでダンジョンを空けていただいて構いません。私たちが命に代えてもパステル様の帰る場所をお守りします」
これからの動きは決まった。皆の視線がパステルに集まる。
このダンジョンの主は彼女であり、彼女の言葉が最終的に一番尊重される。
「いつも留守番させてすまないメイリ。サクラコもわざわざ人の町に毎日通って情報を集めてくれて本当に感謝している。いずれ皆でどこかに出かけたいものだな」
何かを思い描くように遠くを見つめるパステル。
しかし、その目はすぐに試練に立ち向かう者の目に戻った。
「私はこれからエンデと共に毒の修羅神のダンジョンに向かう。留守は任せたぞメイリ、サクラコ」
「承りました」
「任せとけって!」
さぁ、魔界での試合に向けてパステル強化計画始動だ。




