プロローグ 魔王学園の最悪な一日
魔界――。
そこに存在する教育施設は多々あれど、もっとも有名な物と言えば魔王学園だろう。
魔王とはある時期からぽつぽつと出現しはじめ一定人数に達するとそこからさらに一定期間を置き人間界に送り込まれる。そういう古のルールである。
魔界には法があるが人間界には魔王を守る法はない。しかし、縛る法もない。
真の自由とは人間界にあるというのが魔界の住民の認識で、彼らにとって魔王となるのは夢であり憧れであり名誉である。
人間界に魔界の住人が赴く方法は数あれど、魔界法的に合法と言えるものは少ない。その数少ない方法の一つが魔王となる事、そして魔王から招かれる事。後者は無論、招く側の魔王がそれなりの対価を支払う必要がある。
魔王になる方法は……不明である。
ある日突然ステータスの種族が魔王に書き変わる者、生まれた頃から魔王である者……基本はこのどちらかであり、どうすれば魔王になれるかというのは誰にもわからない。
ただ、なぜか魔王は定期的に一定数出現するのだ。
その者たちは過酷な人間界に送り込まれるまで魔王学園で生き残るための手段を学ぶ。
学費は無料、寮も完備、身分や年齢も関係ない。魔王ならば誰にでも門を開く。それが魔王学園だ。
あらゆる体術、さまざまなスキル知識、モンスターや人間の情報……魔王が望む物は何でも与えられる。ただし、それを習得することが出来るかは魔王本人の資質が問われるだろう。
そんな、放任主義で弱肉強食の学園も生徒がいない時期が結構ある。
その時期の職員たちは人間界に送り込まれている魔王の現在を追いその動向をまとめることを仕事にしている。
ある日の魔王学園の一室――。
ここでは一番最近送り込まれた魔王の一か月の活動をまとめる作業をしているところだ。
この新人魔王の成績というのは魔界ギャンブルの対象にもなっており毎度『獲得DP順位予想』が盛況である。
ある程度安定した時期の魔王たちの成績を賭けの対象にすることもあるが、一番不安定で番狂わせの多い新人の成績が一番ギャンブルとしては人気である。
とはいっても例年のデータを見る限り魔王学園でも成績優秀だったものが順当に上に来ることも多く、今年は成績順そのままの順位予想をする者が大半であった。
「これじゃ、何のために新人で賭けしてるかわからないよな」
職員の一人が魔界パソコンに送られてきた新人魔王の獲得DPデータを表にうちこむ作業をしながらぼやく。
傍らの魔界タブレットには『新人魔王一か月獲得DP順位予想』の文字が映っている。
「と言われても金はやっぱ欲しいさ。貰えるなら」
もう一人の職員が答える。
「それはそうだが……こんな順当な予想しても大して金は増えないぜ?」
「少しは増えるだろ。その少しが嬉しいのさ」
「でもよ? ギャンブルならこの下の方の新人たちにドカッと大金賭けてみろよって思わないか?」
「そう言うお前は誰に賭けたんだ? まさか自分は安全なところでやーやーいってるわけじゃないよな」
「当り前さ。この仕事をやってれば早く結果が知れるから毎回賭けを楽しみにしてるぜ」
「結果は発表まで言いふらすなよ。捕まるぞ……。すでに賭けは締め切られているとはいえな……。それで誰に賭けたんだ? もしかして、あの成績最下位で有名な……」
「それは流石に金をドブに捨てるのと一緒さ。賭けですらないね。俺が賭けたのは魔界名家のお嬢様エンジェ・ソーラウィンドだ」
「ほう……ふーん、確かに下位の中では一発があるかもしれない魔王だな。家も良いし」
「だろ? そう……思ってたんだけどなぁ。今獲得DPが下位の方からうちこんでたら早々に名前が出てきちゃったんだ……。とほほ……給料がとんだぜ……」
「そりゃご愁傷様。だがお前をギャンブラーとして見直したよ。俺はやらないけどな。さぁ、最後の仕上げをしてしまおう。俺たちの作ったランキング表で喜ぶ奴も悲しむ奴もいるんだからさ。しっかり作らないとな」
「そうだな。失った分の金は働いて取り戻さないと。えーっと、後は上位五名だけか……お、五位からちょっと順位がずれてるな……。おおっ、これはもしや一位は予想にあまり名前の出てない魔王かもしれないぞ! そいつの一位だけ予想する買い方をしてる奴は儲けたかもしれないな!」
職員は自身がその儲ける者かの様にページをゆっくりとスクロールし、送られてきた集計結果を見ていく。
「お前そんなデータの見方してたのか……。そりゃ時間がかかる」
「だってこの方が楽しいじゃないか。それより一位の名前を見るぞ……あっ」
パソコンを凝視したまま職員の男は硬直する。
「おいおいどうした?」
「こ、これは何かの間違いだ……。しゅ、集計ミスがあったのかも……! これはめんどくさいぞ! 今までDPの集計ミスなんてなかったからどう対処していいかわからないよ!」
「落ち着けよ。今までなかったなら今の結果が正しいんじゃないか? まずなんでミスだってお前は思ったんだ?」
「だってこの魔王が一位のはずないんだもん!」
「何故だ? 人間界に送り込まれた時期の違う魔王が混じっていたか?」
「いや……時期はあってるけど、この魔王だけは一位はありえないんだ!」
「一体誰なんだよ。モニターに抱き着いてないで俺にも見せろ!」
ギャンブラー職員がもう一人の職員によってモニターから引きはがされる。
そしてそのモニターに映っていた名前は……。
「パステル……ポーキュパイン……。魔王学園始まって以来の落ちこぼれ、史上最弱の魔王、見た目だけは百点満点、ペットにしたい魔王ナンバーワンの……あのパステル・ポーキュパインが新人月間獲得DPで一位だと!?」
「だからミスなんだよ! ありえないよこんなの! みんなに納得してもらえないよ!」
「た、確かに……この結果をそのままお出ししたら職務怠慢で責任問題だな……。よし、上に話をしてみようか」
「そうだね……。はぁ~自分の賭けは外れて、仕事も長引きそうとか今日は厄日だなぁ……」
その後二人はこの事を上司に報告。
上司もこの事実に卒倒しかけ、さらに上に報告。
その繰り返しで学園全体が大騒ぎになり、職員総出でデータの見直しをすることになった。
この職員の中には休日に呼び出された者もおり、職場の雰囲気はかつてないほど険悪であった。
しかも呼び出された理由が最弱魔王が一位になってるなどというバカげたものだったのでさらに機嫌は悪くなる。
結果仕事の効率は悪くなりミスもどんどん増えて調べなおすのはパステルのデータだけだったはずが他の魔王のデータにまで悪影響が出始めて……。
終わることのない確認……何度も見る同じ数字……。
地獄と化した作業が与えるストレスはとどまることを知らず、屈強な魔王学園職員でも気絶する者、泣く者、怒る者、狂って踊り出す者など一線を越えてしまった者が無数に現れた。
まだ平静を保っている部署でも隣の部署から聞こえてくる奇声に恐怖しながらひたすら仕事を続けていく……。
こんなことをしてでもこのデータは期日までに仕上げなければならない。
ギャンブルのためだけではなく、魔王学園側が主催するあるイベントが控えているからだ。
耳を澄ませば学園の外にも聞こえたであろう……逃げられぬ職員たちの嘆きが……。
魔王学園の最悪な一日……それの原因となった順位表を人間界にいる魔王たちはまだ知らない。
それは渦中の人パステル・ポーキュパインも同じだ。
しかし、それを知る機会は刻一刻と新人魔王たちに近づいてきていた。
新章突入!
プロローグなので特別に定期更新時間の前に更新しました。本日も12時の更新はあります。
二章も引き続きよろしくお願いします!




