エピローグ パステルの隣に
「おーいエンデ! そっちも終わったか?」
その場に立ち尽くす俺にメイリとサクラコが近づいてくる。
メイリは息はあるが焼け焦げた大男ダズを引きずり、サクラコは少し鞭で打たれた跡が残る全裸のケイトを引き連れている。
彼女たち自身に目立った外傷はない。予想通り取り巻きの戦闘能力は大したことなかったようだ。
「ああ……こっちも終わったよ」
「おっ、なかなか派手にやったみたいだな」
「ごめん」
「なんで謝るんだよ。気にすんな」
「私が後始末しておきますね」
「いや、俺がやった事だから俺が最後までやるよ」
「では私はお手伝いします」
「……ありがとう二人とも」
まだ実感がわかないけど、とりあえず危機は去ったってことでいいのかな。
『ご苦労だったなエンデ。他に侵入者は来ていない。防衛は成功だ』
イヤホンからパステルの声が聞こえる。
「まだ二人残ってる彼らをどうするか決めないと……」
俺は意識のあるケイトの方を向く。
すると彼女はハッと驚いた顔を見せる。
「エンデくん……生きてたのね」
「ええ」
「その……アーノルドは死んだの?」
「はい、俺が殺しました」
「そう……。私も十分共犯者よね……。殺されても文句は言えない。どちらにしろここに来た時点で死ぬ予感はしてたけど……」
ケイトは諦めきった表情で虚空を見つめている。
「あなたは……アーノルドと関わってまだ日が浅いでしょう。犯した罪も俺を見殺しにしたことぐらいだ。だからといって何の責任もないというわけじゃない。だからやってもらいたいことがある。ダズを引っ張って帰って彼に今まで犯してきたすべての罪を認めさせてほしいんだ」
「見逃してくれるの……?」
「俺は……ね。でももしあなたも何か悪いことをしていたなら認めてほしい。そして法に則って裁かれてほしい。ここでみんなアーノルドみたいに殺してしまったら、あいつのやってきた事がすべて闇に消えてしまう。ダズを生かして帰す。そうしないと本当に辛い目にあった人たちがその気持ちをぶつける先が無くなってしまうから……何もわからないままで終わってしまうから……」
「わかったわ……。出来る限りの事をする。逃げずにすべてを受け入れるわ」
「俺たちはいつでも監視しているとダズに言っておいてください。そしてアーノルドの末路も。本当に四六時中監視してはいませんが、小心者のダズはそれで吐くと思います。ケイトさんは罪に問われなかったらそれまで、問われても償ったらそこまでです。もうアーノルドや俺のことは忘れて自由に自分の人生を生きてください。なにもしません」
「……ありがとう。あと、こんなこと言っても何の意味もないでしょうけど……ごめんなさい」
「いいんですよ、もう」
ケイトが一人でダズを引きづって帰るのは難しそうだったので、擬態したサクラコが町まで付き添うことになった。
正直、ケイトに責任を背負わせすぎたかもしれない。でも今はなんともやる気が起きない。感情が揺れ動きすぎた。
しばらくしてサクラコが事の顛末を携えて帰ってきた。
なんでも衛兵に自首したケイトの話で彼らがダズの住処を調べたところ、数々の犯罪計画を雑ながら書き留めてあるメモがいくつか見つかったらしい。
ダズは馬鹿だが変なんところ真面目で、アーノルドの考えた計画を忘れないようにメモしていたみたいだ。そして、計画自体をメモのおかげで忘れなかったものの、その計画が終わったら興味を失い後始末を怠っていた……というのだ。
「いやぁ、あの大男が馬鹿で助かった! アーノルドの方からは何の証拠も出てこなかったってんだから本当に良かった! 正直あの金髪の姉ちゃんだけで多くの犯罪を暴くのは無理があったからなぁ」
サクラコはテンション高めだ。
「まっ、何はともあれこれにてアーノルド襲来の危機は去ったってことだ。あの町では強い部類の冒険者だったんだろ? 倒せて良かったじゃないか! エンデももっと喜べよ」
「うん……そうだね」
「なんだよテンションひっくいなぁ!」
「サクラコ、今はそっとしておいてあげましょう。ではエンデ様、夕食の時にまたお呼びします。食欲はないかもしれませんが食べてください」
「細かいこと気にしてんじゃねーぞ!」
サクラコはメイリに引っ張られて奥に消えていった。
第一階層の入り口付近には俺だけが残った。すでに夜、外には大きな月が浮かんでいる。
「やけに落ち込んでいるではないか。大きな危機を乗り越えたというのに」
「パステル……」
一人でやってきたパステルは俺の隣に座り込む。
「人を殺したことを気にしているのか?」
「ちょ、直球だなぁ……。まあ、それは違うよ。俺は後悔していないし、間違っていたとも思えない」
「なら何故落ち込んでいる? 誤魔化そうとしても無駄だぞ。これでもお前に出会って一か月近くが経とうとしている。もう表情である程度のことはわかる」
「君に話すのはちょっと気が引けるんだけどな……」
「もしかしてあいつが死ぬところを私に見せたことを気にしているのか? 確かに見ていて気分のいいものではなかった。しばらく肉料理はいらんな。しかし、そのくらいでお前を責めたりしないし気にもしていないぞ」
「うーん、どっちかというと俺自身の問題なんだ。俺、アーノルドを殺すときに『パステルの為に』って思ったんだ。それがなんというか……殺しの責任を押し付けているみたいで申し訳ないなぁ……って思った。君に合わせる顔が無いなって」
「なんだそんなことか」
パステルは呆れた様なため息をつく。
「エンデ、お前は私の何なのだ?」
「えっ、それは君を守るダンジョンのボスモンスターだ。ダンジョンの外でもどこでも君を守るけど」
「ならば常に私のためを思って行動するのは当然だ。それがたとえ人を殺すときでも。お前は私が危険にさらされると思ってアーノルドを殺してくれたのだろう? 自分を殺そうとした恨みよりも私のことを思って……」
「そう、だけど……」
「私も正直怖かった。鋼鉄の棺にエンデが閉じ込められて、あいつがこちらに向かってきた時は。そしてホッとした。エンデがあいつを殺してくれて。お前がその事に大きな責任を感じて苦しいのならば私が背負う。魔王としてそのくらいのことは出来るし、そのくらいのことしか出来ないからな」
「……いや、僕が自分の意志でやった事さ。誰かにすべてを背負わせることはできない」
「なら半分ずつだ。それでいいだろう。エンデがやった事の半分は私の責任でもあり、私がやった事も半分はエンデの責任だぞ。これなら私に気にする必要はないな。いつか私もお前に何か責任を負わせることがあるだろうし、もう落ち込むのはやめろ。戦いは生きている限り続くんだ。エンデに元気でいてもらわなければ困る」
「そうだ。敵はアーノルドだけじゃない。これから先、たくさん出てくる。こんなところで落ち込んでちゃ君を守れない」
「そうだぞ。何が『合わせる顔が無い』だ。勝手に自責の念を感じて遠くに行ってもらっては困るぞ。私にはエンデが必要だ。私の隣にいろ。どんな時もだ」
「ああ、君の隣が俺の居場所だから」
人の世界で生きていくことはもうないだろう。
今の自分は魔王の配下、恐ろしい毒魔人、Sランクモンスターだ。それは自分の意思でそうなったわけじゃない。
でも何の後悔もなければ人に戻りたいとも思わない。
人やその暮らしが嫌いになったわけじゃない。これからまったく少しも関わらないというわけでもない。
ただ俺の居場所は魔王の……いや、パステルの隣りなんだ。
これにて一章完結です。引き続き二章も頑張ります!




