第20話 エンデの戦い
「今日は人がなかなか来ないな。もう飽きられてしまったのだろうか? まあ、それはそれでまたゆっくりどうするかを考えられて良いのだがな」
ダンジョンの最上階、第十階層で今日もモニターを見つめるパステルと俺。
今朝は冒険者が全く来ず、静かな昼を迎えそうな感じだ。
「ランチは何にしようかな。久々に暇だし皆で集まって食べるというのはどうだエンデ」
「それもいいね。今はもうモニターである程度入り口は確認できるし、スピード自慢の冒険者に一瞬で突破されないように開くのに時間がかかる重い扉もいくつか設置してるし……」
ここ最近で溜めたDPは基本的には貯蓄、後は最低限の防衛機能の強化に回している。
まあ、それでも戦力が充実しているのは第一階層のみだが……。
「さーて、ではメイリとサクラコを呼び戻すか」
インカムに手を当てるパステル。
メイリとサクラコは昼間第一階層で待機している。最近はそれぞれの待機場所に趣味の品を持ち込みプライベート空間を作り出していたりする二人だ。
しかし、侵入者とあらばしっかり働いてくれている。
「あー、あー、二人とも……」
「まって、パステル」
ダンジョンの外の様子を映しているモニターに人影を見つけた俺はパステルを止める。
「侵入者か?」
「ああ、間違いない」
モニターに映る人間の顔には見覚えがあった。
「来たか……遂に」
体の中を何かが駆け巡る。いろんな感情が入り混じったドロドロしたものだ。
「パステル、君はここにいてモニターを見ながら指示を出してくれ。俺はいかなくちゃ」
「……わかった。行って来い」
パステルも不安そうな表情を一瞬見せたが、そのまま俺を見送ってくれた。
すばやく第十階層にある魔法円から第一階層に転移する。
「メイリ、サクラコ聞こえる?」
『聞こえています』
『こっちもだ』
「奴が来た。アーノルドとその仲間二人、計三人組だ」
『エンデ様を殺そうとした男……でしたね』
『おっ、ついに来やがったか! 俺がエンデの仇討ちをしてやるぜ!』
「二人はアーノルドには手を出さないでほしい。俺が倒す」
『了解しました。他二名を抑えます』
『えー! 俺にやらせてくれよ! せめて一緒に戦おうぜ! エンデを殺そうとした奴を一発殴りたい!』
「残念だけど奴は強い。今の二人じゃきっと歯が立たない。これ以上アーノルドに何かを奪われたくはない。俺にやらせてくれ」
『…………』
『そんな強い奴にお前は一人で大丈夫なのかよ?』
「大丈夫、その為に準備してきたんだ。負けようがないよ」
『ご武運をお祈りしています』
『男がそこまで覚悟してるならもう何も言わない。負けるなよ!』
「みんな、ありがとう」
二人からの通信を終え、続いてパステルから敵の位置情報を聞く。
『敵は三方向に分かれたぞ。今までの冒険者は絶対にはぐれないように気を遣っていたから真逆だな』
「アーノルドは本気で戦う時は一人になりたがるらしい。足手まといがいるとうっとおしいんだろう」
『他の二人の進行方向はメイリとサクラコに伝えたが、勝てるだろうか……』
「ほか二人の実力は大したことないよ。アーノルドにくっ付いてるだけさ。俺がアーノルドを抑えれば問題ない」
『私のために戦ってもらっててなんだが……無理しないでくれよ』
「うん」
情報をもとに第一階層を駆ける。
初めの頃に比べれば迷路のように入り組み、防衛に有利なような構造に作り直されている。立派になったもんだ。
俺以外の足音が聞こえてきた。この曲がり角をまがった先にアーノルドがいる。
「……ふっ、お出ましか。こんな植物じゃ相手にならんぞ。早く姿を現せ」
向こうもまた俺の足音に気付いていた。忘れようもない奴の声だ。
意を決し、アーノルドの前に姿を現す。
「なに……っ! お前は……!」
アーノルドも驚きを隠せないといった表情だ。それでこそ生き返った甲斐があるというもの。
「久しぶりだな、アーノルド」
「エンデ……だなぁ? ふふふっ、まさか生きていたとは魔王の手先として。髪が黒から白に変わっているじゃないか。死にかけた時のストレスでそうなったのか?」
感心するほどに悪びれないアーノルドはにやにやと笑っている。
「なるほどなぁ……身内に内通者がいたというのはあながち間違った話ではなかったんだな……。お前ならあの池の毒の効果に真っ先に興味がいってもおかしくない。そうか、そういう事だったのか……妙に納得しているぞ」
「毒を使った商売は上手くいったか? 俺の予想では植物を成長させる効果には気づいても、実験に使う毒をケチったせいでモンスター化の効果までは気づけずに失敗する……みたいな感じなんだが」
「くっ……エンデのくせに鋭いじゃないか。その通りだよ。お前は毒の効果に詳しいんだな。お前というかこの奥にいる魔王が……かな?」
「俺が詳しいであってる。なんだって今の俺は毒のモンスター……毒魔人だからだ」
俺の言葉にアーノルドは『訳がわからん』といった顔をする。
「魔人化だと? あの毒の池に落ちた程度のことでか? お前は植物か? バカも休み休み言え……と言いたいところだがまあいい。俺の邪魔をするのならもう一度殺すぞ。お前の言った通り商売で失敗してな。せめて魔王でも差し出さないと収まらん状況になってるんだ」
「殺せるものならやってみたらいい。俺はお前の欲望を満たすために動くことは二度とない」
「くっ……くくく、じゃあそうさせてもらうか!」
アーノルドは右腕を何かを薙ぎ払うかのように動かす。
するとその腕の軌道に金属の刃が出現。その刃は俺に向かって飛び体を真っ二つに切り裂いた。
「<鋼鉄>のアーノルドを舐めるなよ。たとえ相手が顔見知りだろうと、一度殺した相手であろうと、邪魔なら排除する。それが俺だ」
「知ってるよ、身をもってな」
「ああ……?」
アーノルドは確かに切り裂いたはずの俺が生きていることに困惑する。
「今の俺に斬撃は効かない。さあどうした殺してみろよ。前みたいにさ」
「ちっ!」
手のひらをこちらに向けるアーノルド。その手から非常に細かな金属片が次々放たれる。
普通の人間ならこの細かな刃に体をズタズタに切り裂かれて死ぬ。
これが奴の異常な自信を支えるレアスキル【鋼鉄魔術】による攻撃だ。
魔術系のスキルの特徴は二つ。一つは魔力を消費して何かを生み出す。火なら火、水なら水、鋼鉄なら鋼鉄……。
そしてもう一つはその生み出した物を魔力を消費して操る。生成と制御が合わさって魔術となり、その二つの動作を行使することを魔法と呼ぶ。
つまり、アーノルドは鋼鉄を生み出し操る事が出来る。そのうえ練度が高い。
先ほどのように人体を真っ二つにする巨大刃から、目で捉えるのがやっとな細かな金属片まで魔力が続く限り生み出し放題、操り放題なのだ。
しかし、今の身体が毒液状化した俺には全く通用しない。
「くっ……魔人になったというのは本当らしいな。俺の攻撃がきかんとは……。だが、俺はお前を殺す事がそもそもの目的じゃない。魔王をさらいダンジョンコアをいただければいい」
アーノルドは攻撃を止め、鋼鉄を鎧のように身にまとう。
魔力で出来た鋼鉄で普通の鋼鉄とは違う。強度や重量は生み出した者しだいで変わる。奴の場合は強度と軽さを両立した鎧に適した鋼鉄を生成しているのだろう。
だが……。
「じゃあなエンデ。この鎧は毒を通さんぞ」
「俺もお前を通さんぞ」
俺はサクラコから貰った溶解毒を生成。ありったけをアーノルドにぶっかける。
すると身にまとった魔力鋼鉄の鎧どころかその下の装備まで溶かしつくし、アーノルドは素っ裸になってしまった。
「なっ! なんだこれは!? お、俺の鋼鉄鎧装が……っ!?」
驚愕の表情でその場にへたり込むアーノルド。
装備ならばなんでも溶かしてしまう。それがサクラコの情熱の結晶【スケベ溶解毒】だ。
「お前を魔王のもとには行かせない。俺が絶対に。さあどうする? 町で今までのすべての罪を白状するというのなら命だけは助けてやらんこともない」
「く……っ!」
プライドの高い奴には無理な相談か。
さて、どうしようかな……。
「す、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!」
「え、ええっ!?」
あ、あのアーノルドが全裸で俺に土下座している!?
命の危機を感じて本当に改心したのか!?
「俺が……俺が悪かった。自分の欲の為に人を平然と殺し、へらへら笑って生きてきた俺がおかしかったんだ。狂っていたんだ……。許してくれとは言わない……。俺を一生恨んでくれていい。それが当然だ。だが……もし慈悲の心があるのなら……町に帰って罪を認めるから生きて帰してくれ……。しんだら何もかも終わりだ。もう富も名声もいらない!」
むせび泣きながら許しを請う人の姿は、それがどういう人間であれ壮絶なものだ。
「それにしても……強くなったなエンデ。あの万年Fランク冒険者だったお前がAランクの俺に圧勝だなんてすごいよ……」
「そ、それは俺がもうSランクだから……」
媚びるような奴の目に慣れない。思わず目を逸らす。
「そうか……。そりゃ強い……。モンスターになると思考もモンスターになるのかい? 池に突き落とされてからそんなに日数は経ってないから、出会ったばかりの魔王を真剣に守ろうとしていることになる。それとも俺に殺されかけたから人間自体が嫌いになったか? 申し訳ないことをした……。でも俺以外の人間は恨まないでくれ!」
「いやいや、俺は人間自体を恨んじゃいない。お前は恨んでるがな。魔王に従っているのは彼女を守ろうという俺自身の意志だ」
「……ん! 彼女? 魔王は女性なのかい? それに守りたくなるなんて魔王は今病気か何かなのかい?」
地に這いつくばって上目づかいで俺を見続けてくる……。さっさと追い返して、その後の行動をサクラコに見張っててもらわないと……。
「病気でもなんでもない。魔王はただか弱いだけだ。さあ、町に帰れ! 帰った後もお前を見てるぞ」
「そ、そうだね……。あはは……ふふ、くくく……やっぱりお前はマヌケだエンデ。正直者すぎる……。人間としては俺よりよっぽど立派だが、それでは俺みたいな人間が上に君臨する腐った世界で生き残れないぞこれから……」
俺の視界が一瞬で暗闇に包まれる。
何かに体の周りを囲まれているんだ!
手を伸ばし叩いてみると鈍い音がした。鋼鉄……か!
「お前のさっきの毒は装備だけを溶かすもんだろ? 実戦経験豊富だからわかるぜ。鋼鉄をも一瞬で溶かす強力な酸のようなものなら俺の身体が無傷なわけないからな……くくく」
外からアーノルドの声が響く。
「鋼鉄の棺……お気に入りの魔法でな。人間もこの中に入れられて放置されるとすぐ発狂する。まあ、狂っちまうとすぐ酸欠で死ぬがな……。俺の声、中にもよく聞こえてるだろ? 外にもよく聞こえるんだぜ中の声が。せっかくの面白い断末魔が聞こえないと損だからな……。その為に多少薄くしてるんだぜ? 鋼鉄板の厚みを……あはははははは!!」
……俺はアーノルドという人間を理解していなかったのか。
「お前の目は真っ直ぐだ。ゆえに真実を映す。お前が魔王のことを語る時の目は恋する乙女のようだったぞ……。それは美しい魔王なのだろうな。そして弱い。くくく……美しい魔王ならよく聞くが、弱い魔王はそう聞かない。いいじゃないか、希少価値がある! 美しき魔王を好き勝手出来るとなれば大金を出す奴はいくらでもいるぞ! 俺は運が良い……商売に失敗したと思ったらこんな美味しい話が転がり込んでくるのだから!」
殺されかけたというのに、あの薄っぺらな謝罪に同情していたのか。
「いや待て……売りつけるのではなく客を取らせるのも良いなぁ……。ダンジョンコアさえ俺の管理下に置いておけば反抗も逃亡もできまい……。いやぁ最高だ! まだ手に入れていないというのに良い案ばかりが思い浮かぶ! なぁ、相談に乗ってくれよエンデ! お前は愛しの魔王様をどうしてほしいよ!?」
こいつを……この世に生かしておいて良いと一瞬でも思ってしまったのか。
「何も言えんか? まあいいだろう。今から直接魔王様をここに連れてきて最後の挨拶くらいさせてやるよ。返ってくる返事は悲鳴だけかもしれんがなぁ……ははは!! 俺って慈悲深いだろ?」
足音が俺から遠ざかっていく。
こいつを……生かしてはおけない! アーノルドは生きている限りパステルの敵になり続ける!
パステルの為に……俺が殺す! その為の手段はもうある!
毒と毒は混ぜ合わせると別の毒に変化することがある。その組み合わせの実験を俺は体内で常に試していた。
そして、知ってしまった。グロア毒とスケベ溶解毒……組み合わせるとスケベ溶解毒の装備以外を溶かさないという制限が狂ってただの強力な溶解毒と化す!
「アーノルド……ッ!!」
怒りで体から強溶解毒が染み出し、棺を溶かしていく。
人には使うまいと思っていた。あまりに残酷な殺し方だから。毒を分けてくれたサクラコにも申し訳ない。
だが、アイツをこの世界に存在させておくわけにはいかない! パステルの為にも!
「アーノルドォォォォォォ!!!」
「……っ! 何っ!? 俺の鋼鉄の棺すらも溶かすのか!? あっ、ひぃぃぃぃぃぃ!! それだけはやめてくれぇ!!」
俺の意図を察し先ほどとは比べ物にならないほどの命乞いをする。
だが、もう遅い。俺は強溶解毒の塊をアーノルドに向けて放った。
毒はまず顔に当たり、そこから下に流れて奴の体をドロドロに溶かしていく。舌と喉がすぐ溶けたことから断末魔がダンジョンにこだますることはなかったが、しばらくの間のた打ち回る肉の塊を見続けることになった。
後悔の気持ちはなかった。
でも、地面に転がる動かなくなった物を見ていると怒り以外の感情が微かに湧き出てくるのを感じた。




