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第02話 最弱魔王の少女

 ま、魔王だって……?

 魔王と言ったらあの魔王なのか?

 モンスターを従え、人間と絶えず争い続ける恐ろしい存在……。

 目の前のキュートな少女と頭の中にある魔王のイメージは合致しない。


「ふふっ、まあ驚くのも無理はない。人間であるうえ、大して強くもなかったお前には魔王と会う機会などなかっただろうからな」


 確かに町周辺に出るFランクモンスター相手にも手こずる俺は魔王討伐など考えた事もない。

 ん? そういえばパステルもFランクなんだよな。

 手こずるとはいえFランクは俺一人で倒せるのだ。つまり……。


「むっ!? なんだその目は! め、滅多なことを考えるんじゃないぞ!」


「いやぁ、ただただ可愛いなぁと見惚れていたんだ」


「えっ! ……ふんっ、わかっておったわ。さっきから正直な奴め、顔から本心が漏れていたぞ!」


 君も顔から本心がダダ漏れだぞ。

 まあ、彼女はあらゆる意味で無害な存在だと言えそうだ。

 ヘタすれば町の悪ガキにも負けてしまうんじゃないか?


 いや、それは言い過ぎか。

 ランクは低くても魔王だ。きっと何か強力なスキルとか持っているに違いない。

 ……本人に聞いてみようか。


「ちなみに魔王様はどんなスキルを持っているの?」


「はぁ……まず魔王様はやめろ、好きじゃない。そのかわり『パステル様』と呼ぶことを許してやるからこれからはそう呼べ」


「では改めて……。パステル様はどんなスキルを持っているの?」


「何故お前に言わねばならん」


 あら、結構トゲのある言い方だ。


「だって魔王と言えば一人で一国を滅ぼしたとか、大陸を不毛の地に変えたとか、恐ろしいウワサが絶えないでしょ? パステル様も魔王なら何か特別な力を持っているんじゃ……」


「そういう魔王は経験を積んで成長した者か、才能にあふれた者がしているのだ。私は魔王学園を総合成績最下位で卒業したばかりの落ちこぼれ、なんの力も持ち合わせておらんよ。『見た目にすべての能力を持っていかれた女』とか『実質愛玩用モンスター』とか、それは酷い言われようだったぞ……」


 うっ……魔界の学校がどんなところかは知らないが、ツライ日々を過ごしてきたことは彼女の表情を見ればわかる。

 俺はこれでも体格はそれなりに良かったから、スキルのいらない日々の雑用とかには重宝されていただけまだマシか。まあ、常に下に見られながらの仕事だったけど……。


「それでも見たいか? 私のステータスを」


「……うん。似た者同士出会ったのも何かの縁、隠し事はなしにしようよ。俺も使い方のわからない謎のスキルだけが書かれたスカスカのステータスを見せるからさ。実はそのスキルのことはほとんど人に話したことがないとっておきの秘密なんだ」


 俺はニッコリと笑ってみせる。

 久々に愛想笑いじゃない笑顔を作った気がする。


「ふっ、今さら恥じる事もないか……」


 パステルは空中に手をかざす。

 すると、青い光とともに文字や数字が空中に表示される。

 これが『ステータス』。

 この世界では人間や一部モンスターに一部生物、魔王が任意で表示することが出来る能力の証明書だ。

 知能が低く任意で表示できない生き物にもステータス自体は存在し、それは先ほどパステルが述べたステータス鑑定系のスキルで見ることが出来る。


 さて、パステルのステータスは……。


 ◆ステータス

 名前:パステル・ポーキュパイン

 種族:魔王

 ランク:F

 スキル:

 【淡い魅了(パステルチャーム)


 名前は名前で、種族は種族だ。

 これが何らかのスキルによって偽造された物でなければパステルは本当の魔王ということになる。

 ランクは総合的な能力の高さを表すもので最低のFからA、そして最高ランクのSまで七段階ある。つまり彼女は本当に弱いということ。


 最後にスキル。

 これが最も重要で他はオマケと言っても過言ではない。

 『その者に何ができるのか』というシンプルかつ、人間社会で生きていくうえで最も重要なことを表している。

 【火魔術】のスキルがあればその者は炎を操る能力に優れている。【大剣術】のスキルがあればその者は巨大な剣を操る事に長けている……など、得意なことが一目でわかるという具合だ。


 そう考えると今のパステルは……【淡い魅了(パステルチャーム)】?

 聞いた事もないスキルだ。彼女の名前が入っているし、もしやこれがユニークスキルという奴か。

 人は誰しも『自分にしかできない事』があるとよく言われているが、まさにその『自分にしかできない事』を形にしたものがユニークスキルと俗説的に呼ばれている。


 このユニークスキルはスキルの中でも最もレアとされている。

 それは『自分にしかできない事』を見つけられずに死んでいく者がほとんどという証明。

 あるじゃないかパステル、君には君にしかできない事が……。


「臭いセリフを吐きたそうな顔をしているぞ」


「あっ、えっ、いえいえそんなことは……」


「もっとよく見てみろ」


「はい……」


 もしかして俺って顔に出やすいのか……?

 それは置いといてスキルの詳細を表示する。こうするとそのスキルの効果を詳しく見られるのだ。

 なになに……『スキル所持者を認識したあらゆる者を惹きつけ、その者がスキル所有者に対して抱いている感情を高ぶらせる』?


「文字通り魅了の効果ならば私を認識した時点で誰しも言うことを聞くようになるまさに最強スキルだったのだがな。残念ながらそうではない」


 深いため息をつくパステル。


「感情とは決して良いものばかりではない。私を殴りたくなったなら殴りかかられるし、悪口を言いたくなったら言われる。そして、犯したくなれば襲い掛かってくる……。ふふっ……見た目は良いらしいのでな、これが一番多かった」


 パステルは俺に背を向ける。


「安心せい、魔界も無法ではない。実際大事に至ることははなかったが、私から誘っているようなもの。何をされても大して相手が裁かれることはない。はじめは悲しかったが、それも致し方ないかと思っている。本当に私のせいなのだから……」


「……」


「魔王はある時を境に人間界に送りこまれる。この人間界に魔王を守るものなどない。ましてや法など……。だから、エンデに見られた時は恐ろしかった。森の中に全裸で佇んでいる男など見たことがなかったからな。こいつは相当イかれた野郎だなと、何をされるんだろうと。でも、案外まともそうで安心したぞ、本当に」


「……あのさ。何か俺に出来ることはないかな? 魔王の事情とかよくわからないけど、ほっとけないよ。パステルの話を聞いていたら」


「ふんっ、バカなことを言うな。お前のような落ちこぼれ人間には何もできんよ。せめて権力者か金持ちなら私を人の目から隠して世にも珍しい愛玩魔王として飼えたかもしれんがな……あはは」


 パステルの笑い声に力はない。


「まあでもなぁ……この世界に来て一番初めに会ったのがエンデで良かったぞ」


 小さな魔王はそう呟いて歩き出した。俺から遠ざかる様に。

 このまま彼女と別れていいのか? いや、そんなわけない。だってまだ……。


「パステル、そういえばまだ俺の方のステータスを見せてなかったよな?」


 俺の言葉にパステルは立ち止まる。


「もういいよ、十分だ。そんな見るに堪えないもの見せんでいい」


「約束だろ?」


「……ふっ、物好きな奴め」


 パステルは袖で顔をぬぐう様な動作をした後、振り返ってこちらに戻ってきた。


「何か意味があるわけでもなしに……」


「まあまあ、そう言わずに。俺のスキルは【毒耐性?】っていうものなんだ。『なんで能力の証明であるスキルに【?】がついてるんだよ! そんなの見せられたら自分の存在に疑問を抱くじゃないか』って一人でステータスを眺めてた時いっつも思ってたんだ」


「そのスキルの効果は……? 毒に対する耐性はないのか?」


「ないんだな、これが。一度死なない程度の毒を飲んでみたら普通に三日三晩苦しんだ。スキル名がおかしいうえに効果が無いなんてスキル無しより笑われそうでしょ? だからずっと隠して生きてきたんだ」


「むう……効果は一応発揮してる私のスキルの方がまだマシかもしれんな……」


「でしょう? だから見て思いっきり笑ってくれればいいさ」


 俺は頭の中で『ステータス』を念じ、空中に手をかざす。

 先ほどのパステルの時と同じように空中に文字列が浮かび上がる。


 ◆ステータス

 名前:エンデ

 種族:毒魔人

 ランク:S

 スキル:

 【超毒の身体】


「……ん?」

「……ん?」


 同時に俺たちは首をかしげた。

 思っていたのと違うものが目に入ったからだ。


「ステータス」


 俺はもう一度ステータスを展開しなおす。


 ◆ステータス

 名前:エンデ

 種族:毒魔人

 ランク:S

 スキル:

 【超毒の身体】


「……なんじゃこりゃあああああああああ!!!」

「……なんじゃこりゃあああああああああ!!!」


 同時に俺たちは叫んだ。

 なんだこれは……名前以外見た事もない文字ばかりだ。

 でも確かにこれが俺のステータスのはずなんだ。


「騙したのだな……」


「パ、パステル?」


「何もかも嘘だったのだな!? 人間でもなければ、Fランクでもない! それにスキルも強そうではないか! お前は誰だ!? 魔人などそうそうそこらへんにいるものではない! どこかの魔王の手先か!?」


「ち、違うんだ。俺もこんなの初めて見て……」


 こんなはずはない!

 あの人目を避けてステータスを開いては何か他のスキルに目覚めていないかと期待して、変わり映えのしない文字列に絶望していた日々は嘘ではないはずだ。

 もしかして……毒の池で溺れるという今までにない経験でスキルが覚醒したのか? そんな隠された効果があったのか?


「私の気持ちを弄びよって! この! この!!」


 俺が必死に言い訳を考えているところをお構いなしにパステルがぽこぽこ殴りかかってくる。

 痛くはないが鬼気迫る攻撃に思わず俺は後ずさりをし……。


「あっ、うわわわわ!!」


 バッシャーンと再び毒の池に落っこちてしまった。


「うわぁぁぁぁぁぁああああああん!!!!」


 パステルの泣く声が水中でも聞こえる。

 それぐらい意識がはっきりしている。熱くもなければ冷たくもない。痛くもなければ痒くもない。

 どうやら俺は本当に変わってしまったらしい。もう人間でもない。

 実感は全くないが、受け入れなければ先に進めないのは確かだ。


 池の底に体がつく。息苦しくもない。

 これも【超毒の身体】の効果か。少し調べてみるか……。

 ステータスを開き、スキルを確認する。

 こ、これは……!




 ● ● ●




「ううぅ……ひぐっ……」


「パステル!」


「ひっ!?」


 俺は池から再び這い上がり、パステルの前に立つ。

 彼女はずっと泣いていたのか逃げるでもなく同じ場所にいた。


「お、お前……そ、その装備は」


「池の底に沈んでいたよ」


 あいつらに突き落とされる前の装備は池の底にそのまま沈んでいた。

 この池の毒に物を溶かす効果はないのだから、池に落ちて無くなった物は池の中にあるに決まっている。

 でも、なぜ脱げたのか? それは今どうでもいい。


「パステル」


 俺は拾ってきた剣を鞘から抜き、構える。


「い、いやっ……」


 パステルはすっかりおびえて頭を抱えて震えだした。

 脅して話を聞かせるために剣を抜いたのではない。

 俺は……剣を池に向かって投げた!

 剣は重力に逆らえずまた池の底に沈んでいく。

 何度もすまない……我が剣よ……。


「俺はパステルの敵じゃない。証拠は見せられない。俺自身なんで今の状態になっているのかわからないからだ」


「……う……ん」


「でも俺は敵じゃない。君を傷つけたりしない。信じてくれ。頼む。このとおりだ!」


 俺はわざわざ頑張って水中で拾って来た装備も投げ捨てる。

 何も持たない丸腰の状態……昔から敵意がないことを示す究極の姿。頭も悪い俺にはこれしか彼女に信じてもらう方法が思いつかなかった。


「……」


 目が腫れていてわかりにくいが、パステルは目を見開いて驚いているようだ。


「……ふっ、ふははははははははっ」


 声こそ大きくないが、なんだか明るい気持ちになる笑い声をあげるパステル。


「ふぅ……私としたことが取り乱してしまったな。とっくに他人に愛想はつかせたと思っていたが、いざ裏切られたと思うとこんなに悲しくなるものなのだな」


 彼女はゆっくりと立ち上がる。


「すまなかったエンデ、迷惑かけたな」


「こちらこそ驚かせてしまってすまないね」


 彼女の笑顔につられて俺も笑う。


「お前のことは信じる。たとえそれで何が起ころうとな」


「いや、何かあったら疑ってくれても構わないよ」


「なに?」


「あっ、いや、そういう事はなくてね。なんでもかんでも信じるって、本当にその人のことを信じてるのかなって、時々思うんだ。だから、たまに疑ってもまた信じてくれたらいいかな……なんて」


「……お前意外と頭でっかちだな。まあいい、とりあえず信じているぞエンデ」


「ありがとうパステル」


「様だ。ずっと忘れている……が、もういいな。これからは『パステル』と呼び捨てにしてくれてかまわない。私もエンデと呼び捨てにしてく」


「うん、改めてよろしくパステル」


「うむ、早速だが服を着てくれないか。いつまでその恰好でいるつもりだ」


 パステルがぷいっと視線を逸らす。


「あっ、ごめんごめん」


 今度は自分の意思で毒の池に飛び込み、装備を拾って着る。

 なんかもうこの池に愛着湧いてきそうだよ。


「それで、これからどうしようかな……」


「もう決まっておる」


「ほ、本当に?」


「お前はモンスターだ。それもどうやらSランクのな。だとするならば、良い考えがある」


 パステルは不敵な笑みを浮かべる。

 うーむ、こういう表情もかわいい……。


「いいのか?」


「え? なにが?」


「私にこのまま着いて来ては、元の生活には戻れないかもしれんぞ?」


「もうとっくに元には戻れないよ。モンスターになった事より、その経緯が問題でね。おそらく俺が元の生活に戻ると困る人間がいるから……」


「そうか。しかし、家族などには……」


「いないんだ、これが。ゴミ捨て場に捨てられたところを拾われて、貧乏な教会で育ったんだけど、そこがまた酷いところでね……。出て行ける年齢になってからはずっと冒険者さ」


「……なんというか、大変だな」


「まあね。でも、こんな大変なことがあった日に俺のことを理解してくれる人に出会えて良かったよ。ねっ、パステル」


 パステルの頭をぽんぽんと触る。


「えっ、あっ、頭を気安くなでるでない! ほらさっさと行くぞ!」


 早歩きでどんどん進みだしたパステルを追って俺は池から遠ざかっていく。

 これからどうなるかはわからない。でも、彼女を見捨てて生きる人生はきっと色あせたものになると思うから……。

 淡い不安と淡い期待を胸に俺たちは前に進みだした。

書きためもあるのでしばらく毎日投稿できそうです。

※6/17追記

一話の赤髪の青年(アーノルド)のエンデのスキルに関するセリフの大幅変更に伴い二話も少々セリフと設定を変更。

またエンデとパステルの【毒耐性?】に対する会話を追加。よりこのスキルの存在がわかりやすいようにしました。

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