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第19話 A級冒険者アーノルド

 地方小都市マカルフの朝、町の一角の農地に人ごみが出来ていた。

 集まっているほとんどが農家、中には冒険者やただ人が集まってるから来た野次馬もいる。

 そして、その人ごみが注目しているのはアーノルド……Aランク冒険者とその一行だ。


「本当に宣伝通りの品物があるのか?」

「あのアーノルドだぜ? いまさら詐欺まがいの物を売りさばく必要はないだろう。出どころはわからんがきっと効果は本物だぜ」

「あいかわらず金稼ぎの上手い奴だ」

「本物ではあるが、信用できる品物かと聞かれればまた違うかもしれんがな」


「これが本当に作物の成長を爆発的に加速させられるのならば、この町の発展にも貢献する大発見だぞ」

「最近ダンジョンでいい活力剤が手に入ると思っていたらさらにスゴイのが出てくるとはな」

「やっぱ何かこの二つには関係があるのかね?」

「どっちでもいいぜ。知りようもないしな。ただ、アーノルドの新たな活力剤が俺でも手の出る値段であることを祈るのみさ」


 集まった人々は口々に意見を述べる。


「皆さんお集まりいただけたようですね」


 アーノルドが一言。みなそれを聞いて静まり返る。


「最近巷ではとある植物活力剤が話題になっているようですが、私が新たに発見したこの液体……活力剤なんてレベルではありません。この液体を植物の種や苗にかければものの数分で収穫可能になります! めんどくさい農作業とはこれでおさらばというワケです!」


 アーノルドが後ろで待機していた金髪の女ケイトに合図を送り、商品の上に掛けられた布を取り払わせる。

 布の下には何本もの透明なビンが置かれていた。その中にはこれまた透明な液体が入っている。


「これが……そのすげぇ水かい?」

「そんなに栄養がありそうには見えないが……」


 群衆から疑問の言葉が溢れる。


「皆さんの疑問はもっともです。しかし、ご安心ください。今からその効果のほどを実際にご覧いただきましょう!」


 今度は大男ダズが並べられた透明なビンのいくつかひっつかみ、後ろに広がっている農地に向かう。この農地にはすでに彼らによって複数の植物の種が植えられている。

 ダズはビンの中の液体をどばどばと乱暴に撒いていく。

 すると数秒で植物が芽吹き、一分と経たないうちに色とりどりさまざまな植物が農地を埋め尽くした。


「こりゃすげぇ!」

「とんでもない代物じゃねーか! 奇跡か何かか!?」

「この功績は大きいぞ……。遂にアーノルドもSランクか……?」


 人々の賞賛のまなざしにアーノルドは笑みを隠せない。


「ふふふ……私が嘘などつくはずがないでしょう。これこそが活力剤を超えた本物の活力剤なのです。さぁ、ダンジョンで拾った得体のしれない液体など捨てましょう。魔王が渡してくるものですよ? 植物がモンスター化でもしたらどうするのですか? こちらの活力剤はそんな心配無用! それでいてリーズナブル! なんとお値段……」


「うわああああああああ!!!」

「きゃあああ!!」


 アーノルドのセールストークは仲間たちの悲鳴で遮られた。


「な、なんだあれは!?」

「どうなってんだ!?」

「逃げた方が良いんじゃねーか!?」


 ついで群衆たちも驚愕の声をあげる。


「な、なんです? いったい何が……」


 振り返ったアーノルドの目に映ったのは、農地いっぱいにあふれかえる植物系モンスターの群れだった。

 大量のグロア毒を与えられた結果、案の定モンスター化してしまったのだ。さらに悪いことにこの植物系モンスターたちはパステルのダンジョンに住むものよりも巨大で強い。

 与えられたグロア毒の量が多いというのもあるが、一番大きな原因はこの土地である。

 ダンジョンのそもそも植物を育てることを考えていないデフォルト設定の土よりも、農業で大きな利益を上げている町の農地の方が栄養が圧倒的に豊富なのだ。そのうえダンジョンは狭く日光も刺していないが、ここは広い空から暖かな日の光が射している。全てが植物を育てるのに適しているのだ。


 巨大植物モンスターたちはその根を地上に伸ばしてくると、それを脚の様にして歩きだそうとする。高ランク植物モンスターは歩くのだ。


「ど、どうするアーノルド!?」

「このまま植物が暴れ出したら私たちの責任よ! 私捕まりたくないわ!」


 仲間たちがアーノルドにすがりついて叫ぶ。


「くそ! なんてヤバい代物売りつけようとしてやがるんだ!」

「一旦逃げねーとダメだ! この植物ども最低でもCランクはいってるぞ! 応援を呼べ!」

「逃げるったって追いかけてくるぞ! 被害が広がるだけだここで食い止めねーと!」

「おいおい、こんなとこで死にたかねーよ!! 何とか言えよアーノルド!!」


 逃げ出す者、戦う意志を固める者、アーノルドを罵る者……もはや事態は収拾不可能と思われた。


「黙れ!!!」


 アーノルドの一喝に慌てふためく人々も動きを止め彼の方を見る。


「この程度の雑魚どもが……」


 彼が右腕を振り上げると植物モンスターたちは一瞬で切り裂かれ、バラバラになった枝葉の破片が周囲に散らばった。


「これは……魔王の策略だ」


 低い声で語りだすアーノルド。


「正直に言おう。この活力剤は最近できたダンジョンの近くにある池の水だ。俺は一見他と同じに見えるその池の水の効果に気付き、皆の為になればと思い売り出そうと思った。しかし!」


 鬼気迫るアーノルドの言葉を人々は黙って聞いている。


「あのダンジョンの魔王がその池の水を変えてしまった! 今見たとおりだ! 本当は植物を成長させるだけの水だったのにモンスター化させるものに変わってしまっている! だってそうだろう? 俺があんなもの売って何の得がある? 売るにしても売る前に実演するわけがない!」


「そ、そうか……」

「金にも名声にもならない事をアーノルドがするはずないしな……」

「で、でもよ。あの魔王がやったっていう証拠はあるのか? 別に疑ってるわけじゃないが、お前が水の効果をよく確認しなかっただけなんじゃ……。この水……俺のスキルで鑑定しても何の反応も示さない。隠蔽の魔力を含んでるだろ? だから……」


 群衆の一人から疑問の声があがる。

 その人物の発言からアーノルドを信用するような空気がまた疑いを含んだものに変わる。


「証拠はあるさ。思い出してみてくれ。最近ダンジョンから持って帰ってくるようになったものを」


「……あっ!」


「そうだ、あの活力剤だ! 魔王はすでに池の水の効果に気付いていた! そしてその池の水を何らかの方法でダンジョン内に溜めこみ、薄めて配っている! そして代わりにモンスター化の効果を含んだ毒を池に流し込んだ! 俺は調査用の水……つまり毒を流し込まれる前の正しい水を入手してから研究に時間がかかった。だから後に売り出すための水を確保しに行くまでに細工する時間はたっぷりあったのさ。もしかしたらこの町にも魔王の手先が潜り込んでいて、俺の計画を掴み邪魔しようとしたのかもしれない!」


「そ、そうか……それは災難だったな……。でもよぉ、魔王は薄めているとはいえ活力剤を分けてくれてるし、下手に手を出してそれまでもらえなくなったら困る。ここは穏便に事を済ませないか? べつに今でもこの町は農業に困ってはいないし……」


「何を言ってるんだ……? 本物の池の水を入手すれば農家も、そしてこの町も大きく儲かるんだぞ! 作物は溢れ、溢れた作物は他の町に売る事が出来る! そして売れば金を得られる! その恩恵は俺たち冒険者にも及ぶだろう!」


「そりゃそうだが……どうやって本物を手に入れるんだ? その池はもう毒が投げ込まれちまったんだろう?」


「話を聞いていたか? 本物の池の水は魔王がため込んでいると言った! そして俺はその推理を証明すべく今から魔王討伐に向かう! このAランク冒険者アーノルドがな!」


「な、なに……っ! で、でも……」


「ダンジョンが無くなって稼ぎが減る事を危惧しているんだろう? 心配するな、真の池の水を入手すればその数倍の稼ぎが手に入る約束しよう!」


 アーノルドの言い聞かせる様な言葉に次第に群衆の声は小さくなっていく。


「では、これからすぐダンジョンに向かう! 他の者には近寄らないよう伝えておいてくれ! Aランクと魔王の戦い……場合によっては皆を巻き込んでしまうかもしれないから俺と仲間だけで行く! 待っていてくれ! 行くぞ、ダズ、ケイト」


 仲間を連れその場を足早に去っていった。

 後に残った群衆はただポカンとその背中を見送った。




 ● ● ●




 三十分後、装備をまとめたアーノルド一行がパステルのダンジョンへの道を進んでいた。

 彼の言葉が効いたのか、道に他の冒険者はいない。


「なあなあアーノルド……あのとき言った言葉は本当なのか?」


 明らかに焦っていたアーノルドに真相を聞きそびれていたダズが恐る恐る尋ねる。


「ほとんど……嘘だ。あの水には多量に植物にかけるとモンスター化させる効果があったのだろう。俺としたことが目の前の金に目がくらんで焦ったな」


「じゃ! じゃあどうするんだよ! もう事態に収拾がつかないんじゃ……」


「だから今からつけに行くんだよ。魔王を生け捕りにして皆の前に差し出す。そして、本物の水はすべて使い切られていたという。そうすれば愚民共の恨みは魔王に向かう……だろ? そしてその魔王を生きたまま嬲らせて満足したら、一緒に奪ってきたダンジョンコアを砕いて殺し、その破片を売ってお偉いさんと愚民に配れば事態は収まるさ」


「さ、流石アーノルド! でも、それだと俺たちの稼ぎが無いな……。まっ、これだけの失態が収まれば十分か!」


「まあな。流石に欲深いと自覚している俺でもこれ以上は望まん。まあ……町を大きく発展させたであろう物をつぶした邪悪な魔王を仕留めたとあれば嫌でも名声は上がっちまうがな……くくく」


「さ、流石を通り越して恐ろしいぜアーノルド!」


「おだてるのはこの計画が成功してからにしてくれよダズ。あっ、そうだケイト」


「な、なにっ?」


 急にアーノルドに声をかけられケイトはビクッと体を震わせる。

 彼女はもう今起こっている事態を把握できていない。


「お前、この戦いでちゃんと仕事しなかったら死ぬことになるからな」


「え……えっ!? なんで!?」


「何でも糞もねーよ。魔王を狩りに行くんだぞ。お前じゃ油断した瞬間死ぬってことだよ。せいぜい気をつけろよ」


「あっ……なんだ、そういう事ね……。心配ありがとう。でもビックリした……」


 ホッと胸をなでおろすケイト。

 そんな彼女を見てアーノルドは思わず吹き出しそうになるのをこらえる。


(くくっ……どこまでも頭の中お花畑な女め……。流石田舎娘といったところか……。お前は死ぬんだよ、どっちにしろ。正直その場しのぎの俺の言い訳にも無理があった。このまま魔王討伐が上手くいけば、出来過ぎだと多くの民衆が俺のことを疑う。だから……一人ぐらい仲間に死んでもらって同情を買っておいた方が良いのさ……)


 上機嫌なアーノルドは足音でリズムを作り出す。


(さあ、どう殺そうか。魔王との戦いで囮にするという俺にも得がある王道の殺し方も良いが……。喋れなくなるまでいたぶった後に魔王の手先だったと言って民衆の前に差し出しても良いなぁ……くく。どんな目に合うか……想像しただけで楽しいじゃないか! それに抜け目ないと思われている俺が出し抜かれたのも仲間に内通者がいたとなれば当然と納得するだろう。いいねぇ……これが一番俺に得があるケイトの死に方だ……)


 奇妙なリズムで歩き続けるアーノルドの後ろをダズとケイトはただついて行く。

 周囲の霧が濃くなってきた。アーノルドはもうじきダンジョンに辿り着く、邪悪な思惑と共に。

第1章クライマックスということで本日15時と18時にも投稿します!お楽しみに!

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