第18話 交錯する思惑
パステルたちのダンジョンからもっとも近い人間の集落、地方小都市マカルフ。
その中に存在する冒険者が集まる酒場では新しく現れたダンジョンが話題になっていた。
「あのダンジョンが出来てしばらく経つがどれぐらい稼いだよ?」
「俺は一回装備を全部溶かされちまったからなぁ……。それを全て買い替えるのに稼ぎのほとんどを使っちまった。と言っても前よりかなり良い物が買えたがな!」
「俺は溶かされやしてねーが危うく燃やされかけたことはあるぜ。あまり奥に踏み込もうとすると急に攻撃が強くなるな」
「そりゃあちらさんも奥にあるダンジョンコアは取られたくないだろうからな。まあ俺は攻略をとっくに諦めて一階で魔石と植物の葉や種を集めて満足してるぜ」
「それが正解だな。フードをかぶった人型モンスターの素顔を見たって奴が言ってたんだが、なんでも人間と変わらない姿で言葉も話せるらしい。それに三属性の魔法を使いこなすだとかな。正直勝てっこねーぜ俺たちには」
「ぐふふっ、実は俺そのモンスターの素顔をちらっと見ちまったんだよなぁ。そりゃおめぇビックリするぐらいの美人だったぞ。あれはここらじゃあまり見ねぇサキュバスの亜種だな。それもとびっきり若いのだ」
「おいおい羨ましいなぁそりゃ!」
「ホントに羨ましいのは魔王様だぜ。あんな美人を自分の好きに出来るんだからよ。くぅ~俺も魔王に生まれたかったぜ!」
「そういや、もう一人あのダンジョンには女が出るって話だよな?」
「ああ、でも毎回容姿に関する情報が違うから複数いて交代でダンジョンを守ってるのかもしれねぇな。良い労働環境じゃねーか。俺、魔王様の部下に生まれてもよかったぜ!」
「そんなこと言っても無理なもんは無理さ。今はあのダンジョンのおかげで稼がせてもらってることを感謝しとけばいいのさ」
「まっ、それもそうだな。……感謝と言えばあいつがダンジョンまでの道の舗装に一役買って出るとは思わなかったな」
「ああ……そうだな。人の為になるがそこまで報酬の良くない仕事を受けるような奴とは思わなかったぜ。むしろその正反対の人間だとばかり」
「丸くなってきたのか、それとも裏があるのか……。アーノルド……あいつも俺たちじゃ勝てっこねーし下手に関わらない方が良さそうだな」
「そうだそうだ。ただ歩きやすい道を作ってくれたことを感謝しとけばいいのさ。他に何やってようが俺は知らん!」
「だな! さーて今日はまだまだ飲むとするか!」
中年冒険者二人の話はまだまだ続く。
一方この酒場から少し離れたところにある少々値の張る宿屋の一室には話題に上ったアーノルドと仲間の大男ダズがいた。
「まさかアーノルドがダンジョンまでの道の舗装に手を貸すとは思わなかったぜ。久々に真っ当なことをしたな」
「ふっ、流石に怪しい話ばかりが付きまとっては動きにくくなるからな。それに俺自身があのダンジョンへの道づくりを手伝うことには大きな意味があるんだよ」
「そんなに報酬が良かったのか?」
「ちげぇよ。あのダンジョンの近くには俺たちにとって大事な池があるよな?」
「そうだな。だからダンジョンへ行く奴が増えると俺たちの売り出す水を仕入れているところを見られるかもしれないって気にしてたワケだ」
「くくく……ダンジョンへの道は気付かれにくいように上手く細工して池に近づかないルートにしてあるんだ」
「えっ! さ、流石アーノルド!」
「あの霧の森の地形を一番把握してるのは俺だからな。道づくりを手伝った奴らもまったくその細工に気付いてはいないさ。なんせあの森の中に何か俺が避けて通ってほしいと思っている物があるんなんて想像もしないだろうからなぁ」
「とりあえずこれで池には気づかれにくくなったんだよな?」
「ああ、道を通したと言っても森の中は森の中、霧は濃く視界は悪い。そんな場所でわざわざ道を外れて森に突っ込みたいと思う奴はまずいない。道を作ったことであのダンジョンへ行く冒険者の数は増えるものの、道を作ったおかげでわざわざ道を外れて池に辿り着いてしまう奴はぐっと減る……いやいなくなったのさ」
「これで安心して毒を売りさばけるな!」
「毒じゃないぜ……売り出すときは植物活力剤としてだ。あの時に池から取ってきた少ないサンプルをやりくりしてやっとその効果に気付けた。震えたよ。この農業が盛んな町にピッタリの商品だ」
「遊んで暮らせるな!」
「ただ……気掛かりなことがある」
アーノルドの言葉に対してダズは間抜けな顔を晒す。今の話を聞いていて何か気掛かりになる要素があるとは思えないのだ。
「知らんのか? これだ」
アーノルドが懐から取り出したのはごく小さなビンだった。中には透明の液体が入っている。
「これはあのダンジョンから帰って来た奴が知らぬ間に持たされていた物らしいが、どんな効果があると思う?」
「もったいぶらないで教えてくれ。バカの俺にはわからないぜ」
「……植物を少し成長させる効果がある。底辺冒険者が節約のためにやってる家庭菜園のような栄養がなく質の悪い土に植物を植えてもこの水をかければ普通に育つ」
「お、おいそれって……」
「ああ、あの池の毒を薄めたものだろう。魔王側もあの毒の効果に気付いている。まあ、あっちの方が池に対する立地が良いからそれ自体はおかしくない。ただ……問題は何故これを配っているかだ。ただこれを目当てにまたやってくるリピーターを増やすためか、俺たちの金儲けを潰すためか……。しかし、後者だとすればなぜ計画を知っている……なぜ潰す必要がある……」
「お、俺は魔王に情報を流したりしてないぜ! 信じてくれ!」
「わかってる。お前にそんな脳みそはない」
「じゃ、じゃあ誰が!? まさかケイトが……」
ダズはいまだ付き合いが悪いままの金髪女性冒険者を思い浮かべる。
「それもないだろう。そもそもこの想像自体がかなり飛躍している。妄想と言っても過言ではない。魔王側に俺の金稼ぎを邪魔する理由もなければ、その計画を知るすべもない。俺もデカい稼ぎを前に想像以上にビビってるのかもしれねぇな。冷静に考えればダンジョンの近くの池の効果に気付いた魔王がこりゃラッキーと人間をおびき寄せるエサに使ったというだけの話だ」
「なんだ……アーノルドも冷静さを欠く時があるんだな。しかし、ケイトの動きが不穏なのは確かだぜ」
「ああ把握している。そろそろお別れといきたいが、見た目は良いから植物活力剤の売り子でもやらせるか。エンデを殺した毒を売る反応を見て本当に切り捨てるかどうかを決めても遅くはねぇ」
「へへっ……あいかわらず冷酷だぜアーノルド」
「冷酷でなければ冒険者は務まらんよ」
「よっ、流石Aランク!」
「やめろ、せっかくのAランクが安っぽくなる」
拒絶するようでアーノルドの表情はまんざらでもない。
農業が盛んな都市で収穫の効率を大幅に上げる活力剤を売りだせばどうなるか……。彼は確実な成功を想像し笑いが止まらなくなっていた。
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「グロア毒を薄めた物はそれなりに評判が良さそうだな」
「うん。これで少しはアーノルドのやろうとしてるであろう事を邪魔できるかなーなんて」
「ダンジョンとしても人間を惹き付けるアイテムが増えていい感じだ」
パステルはモニターに映るダンジョン内部の様子とDPの稼ぎ具合を見比べてにやりと笑う。
「しかしだな。アーノルドとやらがいくら効果絶大とはいえ出どころ不明の液体を売り出そうとしたら町の偉い者に止められたりせんのか?」
「普通は止められるだろうけど、アーノルドは根回しやコネの使い方が上手いうえ社会的にそれなりに信用のあるAランク冒険者だ。売り出す許可が下りる下りないじゃなくて、下してくるんだきっと」
「嫌な奴ほどそういうところで有能なのは魔王も人間も変わらんな……」
パステルは『はぁ……』とため息をつきアンニュイな表情を作る。
嫌なことを思い出させてしまったか。
でも、奴はそういう人間なんだ。その認識を間違えると足をすくわれる。
ただ、そんなアーノルドが失敗する可能性が一つだけある。
グロア毒の植物の成長を促進させる効果に気付いても、魔物化させる効果に気付いていない場合だ。
アイツは池に来た時そんな大量の容器は持っていなかった。覚えている限りではせいぜいビンの一、二本。
それを池の水を持ち帰ることに使っていたとしたら……そのビンの水じゃいろんな実験に使うには少なすぎる。
追加で手に入れようにもダンジョンが発見されてからはこちら方面に向かってくる冒険者が増えた。
何度も池に向かうところを見られてもめんどくさいだろう。
きっと植物にかける実験をした時も少量しか使えなかったはずだ。
んー……でも最後に売りさばく時には何らかの方法で大量に町まで運んでくるだろうからその時にもう一回実験されたら気づかれるかも。
まあ、それでも計画が頓挫することには変わりないから良いんだけど、どうせなら派手に恥をかいてほしいものだなぁ。
この薄めたグロア毒をばらまいたことでアイツが焦ってくれれば……なんてね。




