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第16話 動き出すダンジョン

「ふむ……サクラコの言った通り人間の第一陣が来たぞ」


 サクラコが町に潜入した昨日から一夜明けて今日、朝からダンジョンの入り口近くに設置されたダンジョンカメラから送られてきた冒険者たちの映像がタブレットに映っていた。


「見張りがしやすいようにあえて植物モンスターを置いておかなかった入り口近く、いわばエントランスで心の準備をしておるようだな」


「誰も中を知らないダンジョンだから慎重にもなるよ」


「さて、どういう守り方をする?」


「ある程度はモンスターを狩らせて素材や魔石を持って帰らせてあげないと次は来なくなると思う」


「植物系は根が残っていれば再生するしな。気軽に狩らせてやろうぞ」


「気軽に狩ってくれるならそれでいいんだけど問題は……」


『ファイアボール!』


 タブレットから冒険者の男の声が聞こえてくる。


「燃やされると大惨事だ。そしてそんなことダンジョンに来る冒険者ならすぐ気づく」


「無論、その状況を作り上げた我々もそれは重々承知だがな」


 撃ち出された炎の球体に対してデビルスイカが実から水を噴射する。スイカの豊富な水分を生かした新スキルだ。


『ぐおっ!? ちっ、流石に炎だけで攻略とはいかんか!』


 冒険者は四人、みな屈強な男。盾を構え連携をとり自らの得物で植物モンスターたちを切り開き前に進んでくる。


『痛っ!』

『熱っ!』


 ヤイバソウやヒノイチゴの実に足を重点的に傷つけられる冒険者たち。


『雑魚のくせに数が多い! やっぱ炎で焼き払うしかないぞ!』

『だな! 今度はもっと火力を上げて水如きでは消せんようにしてやる! ビッグファイア……!』


 男が両手を掲げ、そこに巨大な火球を生み出す。

 しかしそれが放たれるまで待っているスイカたちではない。冒険者たちの近くにいるスイカたちが同時に水を噴射する連携を見せ火球は放たれる前に消えた。

 そして、追撃の爆裂する種や実のせいで冒険者たちはボロボロになっていく。


『くそっ! もう退いた方が良いのか!?』

『帰してくれるのかよこれ! まだ情報にあった高ランクらしき炎のモンスターも出てきてないんだぞ!』

『くっ、もうやめてくれ!』

『……あれ?』


 攻撃が急に止み、冒険者たちはきょとんとする。


『あ、もしかして……帰れってことか?』


 植物たちは返事をしない。


『ま、魔石を拾ってもよろしいかな?』


 一人がヤイバソウの中に落ちている魔石に恐る恐る手を伸ばす。

 ヤイバソウは硬質化しない。


『か、帰らせていただく!』


 男たちはしっかり倒したモンスター分の魔石を拾いそそくさと帰っていった。

 引き際が見事だから新人冒険者というワケではなさそうだ。そこそこの冒険者にもこのダンジョンは通用する……というにはまだ早そうだ。

 俺の様に冒険者を長く続けていて逃げるのは得意だが弱いままの奴もいるだろうしな。


「まずは……だね」


「ああ、課題はやはり強力な炎使いあたりか。火魔術スキルの魔法の中でも初歩の初歩『ファイアボール』『ビッグファイアボール』程度なら何とでもなるが、もっと上の魔法や上位スキルの持ち主相手はどうにもならなさそうだ」


 パステルはタブレットに見つかった課題のメモを取る。

 彼女なりの魔王としての仕事だ。


「さて、次はいつ来るかな……。そのうち来て当然の状況になるのだろうから気にし過ぎは良くないとわかっていても、やはり初めのうちは気になるものだな」


 パステルは背もたれ付きイスに深く座り込み、一つ大きく息を吐いた。




 ● ● ●




 第一陣から数時間、もう一組パーティが来た。若い女性二人組だ。


『ファイアサイクロン!!』


 追い返されたパーティからダンジョンの情報を買ったのか、いきなり強力な火魔法を撃ってきた。

 『ファイアサイクロン』は【火魔術】をそれなりに使い慣れた者でないと難しい魔法と聞いたことがある。なんでも炎を出すだけでなく『回転』という新たな操作を加える必要があるからだとか。

 これにはデビルスイカの水だけではどうにもならない。地面の植物が燃えて冒険者にとって安全な足場が完成する。


『サポートお願い!』

『了解! ウィンドサイクロン!!』


 待機していたもう一人が風属性の旋風を放つ。それはいまだ威力を保っている『ファイアサイクロン』と合体し、さらに巨大な炎の竜巻となった。

 なるほど合体魔法というワケか……。これは簡単そうに見えてそうではない。自分の魔法と他人の魔法は基本反発したり打ち消し合ったりする。攻撃系の魔法ならなおさらだ。

 それをお互いを高め合うように作用させているということは相当練習を積んだか相当仲良しかだな。


「植物たちではどうにもならんのが割と早く来たな。困ったものだ」


「ダンジョン発見初期から来る冒険者はそれなりに戦闘能力に自信がある人が多いらしいよ。だからそんなに悲観することはないさ。まあ、平穏な暮らしには程遠い戦力なのは間違いないけど」


「とりあえずメイリを向かわせる。えっと……メイリ聞こえるか? 出番だ」


 パステルが右耳に装着された小型でひし形の物体に手を当てながら、その物体から口元に伸びた棒状の物の先端に向かって話しかける。

 何でも『ダンジョンインカム』といって。これと同じ物を装着した者同士で会話ができる魔界アイテムらしい。範囲はダンジョン内部限定、外に出ると全く意味のない物になる。

 俺に耳にもついているので、今はパステルの声がこのアイテムと実際隣りからとで二つ聞こえる。


『――了解です。侵入者を排除いたします』


 メイリの声が右耳から聞こえた。原理は全くわからないけど正常に動作しているようだ。


「ふむ……複数の視点を同時に見るのはモニターの方が良いな」


 パステルはタブレットと置きリビングのモニターを見る。

 食事中でもダンジョン内部を監視できるようにここにモニターを設置したらしい。今も絶え間なくダンジョン各部の様子が映っている。


「おっ、メイリが第一階層にいるぞ」


 複数あるモニターの中からパステルが指差した物にローブを被ったメイリが映っていた。

 無駄に情報を与える必要はないだろうと顔が隠れるくらい深くフードを被っている。


「怪しさ満点だな……。あんなのがダンジョンの暗がりから出てきたら私は逃げ帰るぞ」


「俺も」


 冒険者の二人は自分たちの放った炎の竜巻のせいでメイリの姿がまだ見えていないようだ。


「まず炎を消してくれるか、メイリ」


『了解です。ウォータサイクロン!』


 炎に対抗するには水と言わんばかりにメイリも水の旋風を起こす。

 流石に声で新たな敵の存在に気が付いたのか冒険者の二人が炎の竜巻の陰からヒョコッと顔を出す。


『うわっ! 出たわ!』

『ウワサの高ランクモンスターね! あれ? でも水魔術を使ってるよ?』

『関係ないわ! どっちにしろ倒さないと! 人型と言うことは知能も高いかも。油断せずいくわよ!』

『うん! あの程度の水魔法じゃ私たちのツインサイクロンに勝てっこないよ!』


『ウィンドサイクロン!』


 二人の言葉を否定するかのようにメイリもウォータサイクロンを強化する風属性の旋風を放つ。

 自身の魔法同士ならば打ち消し合わない……というワケでもないがやっぱり他人と合わせるよりか断然制御はしやすい。すぐに水の巨大竜巻が完成する。


『に、二属性使えるの!? いや三属性!?』

『こっちは二人でやっと完成なのにずるい!』


 驚く二人の竜巻とメイリの竜巻が激突。相性的にメイリが勝ち、炎を打ち消して多少威力の落ちた竜巻に巻き込まれ女性二人はダンジョンの壁に激突する。


『ぐあっ! そんな……』

『ぎゃあ! 私たちの合体魔法が……』


 流石にダンジョン攻略の先陣を切るだけあって頑丈だ。地面にへたり込んではいるがまだ帰るだけの元気はありそうだ。


「これで二組目も帰ってくれるといいのだが……って、おい! サクラコ! 何をしている!」


 パステルが叫ぶのも無理はない。植物の陰に隠れていたのか、サクラコが急に現れ女性の服を溶かしてしまったのだ。

 ただでさえ自慢の合体魔法が打ち破られて落ち込んでいるのに身包みまではがされてしまった二人はお互いの体を隠すように抱き合い泣き出してしまった。


『すまん……我慢できなかった。久々でたまってたんだ……。泣かせるつもりはなかった……』


『あなたという人は……』


 普段は冷静なメイリもこれには呆れ顔。


『申し訳ありません。あなた達を辱める気はなかったのですが……。今日はお詫びのしるしとしてこのローブを着て、魔石をお持ち帰りください』


 そう言ってメイリは着ていたローブを脱いで渡してしまった。

 その美しく妖艶な姿が人間二人の目にも映る。


『に、人間なの?』

『モンスターに決まってるじゃない。でも綺麗な人……』


『あーあ、脱いでよかったのか? 顔バレしちゃったじゃん』


『顔を隠して謝罪するわけにはいきません。それにあなたも顔見えているじゃありませんか。女性に目がくらんで勢いよく走ってきたからローブが脱げてますよ』


『俺は雰囲気作りで着てるだけだし。だって俺顔なんていくらでも変えられるもん』


『あっ……。ぐうぅぅぅ……』


 歯を食いしばるメイリ。あんなに悔しそうな顔初めて見たな。それでも美しいから美人って得だ。


『あーあー、パステル様から貰ったものをそんなに簡単に渡しちゃって良かったのかなー? 相手は一応ここを攻略しに来た敵なんだぜ?』


『あの……お二方、他の着る物を持ってくるのでそれを着て帰ってください』


 スッ……と二人の手からローブを取り返すメイリ。

 その後、二人は違うローブと魔石を手に困惑した表情で帰っていった。

 まあ、町に帰って落ち着いたら魔石を売り払って替えの服を買えるだろう。


 魔石はDPを月々払うことでダンジョン内部に自動でランダムに配置されるアイテムだ。人間界にはあまりない貴重な鉱石でその用途は多岐にわたる。

 冒険者がダンジョンに来るポピュラーな理由の一つに魔石集めがあげられるくらいダンジョンには欠かせない物だ。

 収入が不安定な冒険者にとって買い取り価格が安定して高いのが嬉しい。


「サクラコ、お話があります。来なさい」


「え……俺そんなに悪いことしてな……」


 第十階層に戻ってきてすぐサクラコはメイリの自室に連れ込まれてしまった。

 メイリの自室と言ってもサクラコとの相部屋なのでサクラコの自室でもあるのだが……。


「うんうん、初めはどうかと思ったがメイリもサクラコと仲良くやれているではないか。お互い呼び捨てにしておるしな」


「まあ、呼び捨ては親しみというより今は怒りの方が大きいかも……」


「気に入らないところもお互いそのうち魅力的に見えてくるのだ」


「パステルが魅力を語ると説得力があるね」


「ふっ、とりあえずローブは多めに取り寄せておくか。あの調子だとまた衝動的に同じことをするだろうし、単純に装備を溶かさねば追い払えぬ相手も出てくるだろう」


「そういえばサクラコの自慢したがってた新武器の出番なかったね」


「サクラコも流石にもう立ち上がらない者に攻撃を加えるほど悪い奴ではない。服は脱がすがな」


 次の冒険者が来るまでに第十階層には新たにウォークインクローゼットが追加され、歩けるほど大きな収納スペースにはたくさんのローブが並ぶことになった。

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