第15話 地方小都市マカルフ
地方小都市マカルフ――。
パステルたちのダンジョンに最も近い都市であり、かつてエンデが冒険者としての活動の拠点にしていた都市でもある。
人口はさほど多くないものの土地は広く豊か。そのため農業が盛んに行われている。
娯楽は少ないが比較的治安も良く移り住んでくる者も少なくない。
総じて落ち着いた平和な町と言えるだろう。
夜――。
そのマカルフにある冒険者の集まる酒場に今、駆け込んでいくスキンヘッドの男が一人。
男は騒がしい酒場の中をきょろきょろと見渡しある人物を探す。そして人ごみの中に目当ての赤髪を見つけると急いで駆け寄り同じテーブルについた。
混んでいるというのに彼と相席したがるものは少ない……Aランク冒険者アーノルドとは。
「遅かったな」
「ああ……ギルドでちょっと気になる情報を手に入れたんだ」
「何だ? まさかあの新ダンジョンのことか?」
「流石アーノルド、耳が早いぜ。で、どうするんだ? あっちには俺たちの金の池が……」
そこで言葉を止める男。テーブルの下でアーノルドに蹴られたのだ。『話すな』の意だ。
彼らはすでにグロア毒の真の効果をとある専門家の実験で突き止めていた。そしてこの毒が単体で金稼ぎに使えることも知っている。
「す、すまねぇ……」
「まっ、新ダンジョンが見つかったらそっちに方面に人が多くなるだろうな。なんせダンジョンには希少なコアがあって、そうでなくてもダンジョンモンスターからは魔石がよく採れるしフロアにもよく転がってる。特殊な進化をしたモンスターも多い傾向にあるから新素材が見つかるかもな。そこを管理している者の性格次第だが、攻略を狙わずに稼ぎだけしてれば意図的に生かして帰してくれる例もある。まさに人によっては金の池、掬っても掬いきれない……な」
大男が漏らしてしまった『池』というキーワードを上手く誤魔化すアーノルド。
「そ、そうだな。それで……俺たちはどうする?」
「ふん……」
アーノルドは目をつぶりわざとらしく考えているそぶりを見せ思案する。
(池に近づく人間が増えればあの毒に気付く奴が出てくる確率は上がるが……そもそもアレは並みの鑑定スキルでは効果がわからんし、霧のたちこめる得体のしれない森の池の水を飲もうとする奴はいない。無理矢理飲まされでもしない限り、な……。そもそもあの池に人を寄せ付けないように監視するのは現実的じゃないか)
「現状維持だな」
「え? 良いのか?」
「俺たちはいつもそうだったろう? 誰かがもってきた情報をもとに作戦を立て最大限の利益をいただく……。ダンジョン攻略もそうだ。まずは情報からだ。今はただ待ってればいい」
「でもよ、そのダンジョンは最近できたものだぜ? つまりセオリー通りならまだダンジョンは出来上がっていない。簡単に攻略してダンジョンコアをいただけるかも……」
「かも……しれないがそうじゃないかもしれない。新しい……新人魔王だからって弱いとは限らない。これは信頼できる根拠もない風のウワサだが、最近できたダンジョンの攻略にSランク冒険者数人で挑んだ結果、次の日には皆見るも無残な姿でギルドへ送り返されてきたらしい。わざわざ魔王さんの方から返してくれたんだなこれが……くくく、趣味の悪い」
どこか楽しそうに話すアーノルドを見て男は寒気がしたのか縮こまる。
「Sランク冒険者がダメってことはSランクのモンスターがうじゃうじゃいたってことか?」
「基本的に冒険者ランクと同等のランクのモンスターには複数で戦って多少有利といったところだ。ウワサは複数で挑んでいるから……まあ、連携を乱されたかSランクまたはAなど高ランクモンスターが複数いたと考えられるな。Sランクともなればトラップ程度は苦にもならんし」
「はぁ……人間とモンスターじゃ同じランクでも強さに違いがあるんだな」
「……お前まさか冒険者ランクとステータスのランクをごっちゃにしているのか? 何年冒険者やってるんだよ」
「え!?」
「冒険者ランクは冒険者ギルドが決めたランクだ。人間は基本的に肉体のスペックが低いからそうそうステータスランクがSにはならん。基本だ覚えておけ」
「で、でも例えばエンデの奴は冒険者ランクもFでステータスも同じFだったぜ?」
「そりゃろくなスキルの無い最底辺の雑魚はそうなる。ステータスFの能無しが冒険者として上に行けるワケがないからな」
「そりゃそうか」
「俺的にはお前が冒険者としてCに認定されてるのもおかしいと思ったがな。知能的に」
「流石に酷いぜ! ……で、何の話をしてたんだっけ?」
「今は新ダンジョンにはいかん。冒険に出るのは大金を楽しく稼ぐためだ。今ちょうど良い話があるのに無理して命を危険に晒す必要はないだろ? 落ち着いて、少し待って、考えてから行動すればいい」
「そ、そうだな。その通りだ」
「まあ、酒のつまみにダンジョンの情報だけでも聞いておくとするか。話してくれ」
「え? 情報は知ってるんじゃ……?」
「発見されたということだけはな」
「そうだったのか。と言っても今のところ第一階層に植物系の低ランクモンスターがいるのに炎の攻撃を奥から受けたという情報だけだがな」
「ふっ、危なそうなダンジョンじゃないか……。魔王本人が出てきてその程度ならまだしも配下のモンスターが炎を使ったとするならばそいつは知能が高い。そしてそいつを従える魔王はもっと上のランクだ。モンスターは弱肉強食、基本自分より雑魚には従わない」
「様子見安定ってことだな?」
「何度も言わせるな。そいえばあいつ……ケイトはどこ行ったんだ?」
アーノルドは同じ秘密を共有する金髪の女性が酒場に現れない事に不信感を抱く。
「さあな、最近付き合い悪いぜ。ちょうどアイツと別れた後からだ。案外本当に気に入ってたんじゃないか?」
「アイツ……ああエンデか。ふっ、出来が悪い子ほどかわいいってか? まあ、ケイトの好みはどうでもいいんだ。俺も最近飽きてきたころだしな」
「おっ、そろそろ別れるのか? 長続きしないなあいかわらず」
「元から俺の冒険者としての地位に惹かれてきたどこにでもいる頭の悪い女さ。他と比べて違うところといえば物知らずで割と悪名高い俺の性格を知らなかったことくらいか。あの一件の時までは必死に俺のノリに合わせていたが、流石に直接人を……ああする場面を見ると怖気づいたようだな。向こうから別れたそうなオーラが出てたぜ」
「そりゃ楽に縁を切れそうで良かったじゃないか」
「ふふふ……お前も意外と俺の性格わかってないよなぁ。ケイトも大事な秘密を共有した仲間なんだぜ? それが気の迷い……自責の念でチクられでもしたら……」
アーノルドは声をひそめる。
「キッチリお別れしないといけねぇかもなぁ……キッチリと……くくく……」
「さ、流石アーノルド!」
「おだてるのはもっといい店に移ってからにしてくれ。ここは昔から嫌いじゃなかったが……今の俺には少々合わなくなってきたかな?」
アーノルドたちは笑顔で席を立ち店を後にした。
他の客たちは特にその事を気にせず、変わらず騒ぎながら飲み食いしている。
ただ一人、店のカウンター席に座った女性を除いて……。
「あれがエンデの言ってたアーノルドか……。なるほど、性根は腐ってそうだが魔力の質は高いな」
喧騒にかき消されるほどの小さい声で呟く女性。一見冒険者風だが胸元が空いた服や丈の短いスカートを着用している。
彼女もまたアーノルドたちと同じようにスッと店から出ていく。違いといえば、彼女がいなくなったことに後々気づき残念がる男性客が多かったことだろう。
「帰る前にお土産でも買って帰るかな……」
金銭の入った袋をちゃりちゃりと鳴らす女性。
彼女の美貌に惹かれて近寄ってきた者からプレゼントされた物だ。実際は『お金が無い』などと言いながら媚を売り、相手に金銭を出させるように誘導し巻き上げたものである。
「っと、その前に……」
女性は路地裏に入り込み人がいないことを確認するとホッと一息をつく。すると彼女の体がどろどろに溶け崩れた球体のように地面に転がった。
「流石に一日中擬態すると疲れるぜ……。緊張もしてるしなまったもんだな……」
女性……サクラコはぷるぷると体を震わせる。
彼女の持つ【女体擬態】のスキルは人型女性限定であるものの、ありとあらゆる姿に変化することができる。
また【能力偽装】のスキルもある程度制限はあるが自分のステータス表示を一時的に変えられる強力なスキルである。
これらに装備を溶かす【スケベ溶解毒】を加えた三つのスキルが彼女のアイデンティティであり強みなのだ。
「まあでも今の俺には帰らないといけない場所があるからな。もうひと頑張りいきますか!」
先ほどとはまた違う女性の姿に変化すると、サクラコは町中を歩き出す。
彼女をモンスターだと思う者はいない。一応町の門ではステータスの表示を要求されるがスキルの力で突破していた。
夜の町はそれなりに活気づいており酔っ払いが闊歩する。しかし、今サクラコが擬態している女性はさほど美しくないため声をかけてくる男もいない。
(さぁて、情報は十分手に入れた。アーノルドはしばらく来ない。他の冒険者はやはり比較的新しいダンジョンなので難易度が上がらないうちに攻略してコアを入手しようとしてる奴が多い。この町なら食べ物も安いしコアの破片を売れば遊んで暮らせるかもしれないしな。まあ、序盤がまず正念場だろうなぁ……)
思案しながらサクラコは怪しくない程度に視線をキョロキョロさせ、何かエンデたちにお土産になりそうな物を売っている店を探す。
「おっ」
彼女の目についたのはマカルフの中では比較的シャープなデザインの店舗を構える武器屋だった。
(そういえば植物たちだけじゃダンジョンを防衛できなかったら俺たちが戦うんだよな。メイリには銃剣に三属性魔法があるが、俺には攻撃系のスキルも武器もない。となるとメイリでもキツイ敵はエンデが戦うことになるのか……。ここの町はあいつが前まで住んでたとこだし顔を知ってる奴もいるだろう。そういう奴と戦うのは気まずいよなぁやっぱ。なんとか俺とメイリで対処してやりたいところだな)
そう思い立ったサクラコは武器屋に入る。
冒険者は冒険から帰った夜に武器の手入れをすることもあるため武器屋は比較的遅い時間まで開いていることが多い。
「いらっしゃい……」
年老いた店主は特にサクラコを気にする素振りもない。
武器屋の店主はそれなりに戦闘の経験がある者がなることも多いのでモンスターと見抜かれる危険性は多少上がるが、サクラコの偽装のレベルは高かった。
(ふーん……洒落た店構えだったが中はしっかりした武器を売ってるじゃないか。どれも無骨で頼れそうだ。でも、俺としては女の子に合うかわいいデザインがあると良かったんだが……)
店に並べられた武器はどれも黒を基調とした無骨で頑丈そうなものばかりだった。
見た目にこだわるサクラコは女の子の姿の自分が持った時に似合う武器が欲しいのだ。
「んー、おっ!」
思わず声をあげるサクラコ。
「おっさん……じゃなくて店主さん! これとっておいてね! ちょっとお金持ってくるから!」
「閉店までなら承りますが……」
「もちろん今日中に取りに来るわ!」
サクラコはドタドタと店を出る。
(良いのがあったぜ! かなり良いもんだから安い酒場で酔いつぶれてるオッサンから巻き上げた金じゃ少々足りなかったが、もう少し高そうな店で媚びうりゃすぐ集まるはずだ! 男、特に下品なオッサンは好きじゃないがみんなの為だ、もうちょっと頑張るとするか! 何より『あの武器』は俺にピッタリだ!)
久々の人間の町を笑顔で駆けるサクラコは路地裏でよりセクシーな女性の姿に変化すると少し落ち着いた雰囲気の酒場へと突撃していった。
そして数十分で金を巻き上げると閉店間際の武器屋に戻り、気に入った武器を購入。
ウキウキ気分のままスライムの弾力を生かしたスピーディなダッシュでダンジョンへと帰っていった。




