第06話 精霊の力を継ぐ者たち
時は少しさかのぼる――。
エンデたちは浮遊城の中枢部分、城への突入を果たしていた。
城の中は古代の技術によって造られたギミックが満載だ。
さらには改造によって生み出された高ランクモンスターまで配置されている。
これらに仕留められる魔王軍ではないが、戦いを繰り返すごとにお互いの位置がわからなくなり、結果的に三人全員が孤立してしまった。
そして、城内を駆け回るエンデは一人ビャクイの元へとたどり着いたのだ。
「初めましてエンデくん。君のことはスライムの彼の記憶を読んで知っているよ。まさか、失敗作の君が偶然【超毒の身体】なんてスキルに目覚め、精霊族と出会い、私と戦っていたとはね。まったく運命とは恐ろしいものだよ。本当に……」
この場にはエンデとビャクイのみ。
護衛の人間やモンスターはいない。
エンデにとっては今がまさに好機だ。
「あなたの思想や今までの行動をとやかく説教する気はない。ただ、俺のパステルを奪おうというのならば殺す」
人間時代から愛用の剣を抜くエンデ。振り返れば長い付き合いになった。
竜の翼や鱗も準備万端。
もはや話し合う気はないのだと態度から見ても明らかだった。
ビャクイは思わず顔を緩める。
「まっすぐでとてもいい。君とは似たものを感じるよ。だからこそ、私が話し合いなどでは止まらないことを理解してくれた!」
複雑な機械装置や魔法陣を覆うようにドーム状のバリアが発生する。
これこそがレナスの魂をどこからか引き寄せるビャクイの夢の結晶。
戦闘で壊されては困るのだ。
「私は必ずレナスを蘇らせる!」
ビャクイがまとった精霊鎧が光を放つ。
同時に彼は二本の剣を抜く。
二刀流剣術、これが彼の戦闘スタイルだ。
「君は最後の障害なのだよ!」
その見た目からは想像もできないキレの良い動きでビャクイがエンデに切りかかる。
精霊鎧にはまとっている者の身体能力を強化する効果もあるのだ。
エンデは素早い斬撃の数々を剣と鱗で受け流していく。
「……っ! 痛みが……!」
硬い鱗を貫かれていないというのに痛みを感じるエンデ。
今までにない経験だ。
「聖属性は知っているかな? モンスターに特効がある聖なる力だよ。魔人は体をあらゆる物に変えられるからといっても所詮はモンスターだからね。この聖剣で切られればダメージは通るのさ。そして、弱ったところを特製の容器に詰めて捕獲完了だ。君は良い研究材料になる。レナスとともにじっくり調べさせてもらうよ」
ビャクイもまた三か月の間でエンデへの対策を考えていた。
だが、それはエンデも同じ。
聖剣の解説に夢中になっていたビャクイへある毒を大量に吹きかけた。
「ぬうっ!?」
素早い反応で距離をとるビャクイ。
しかし、聖剣の一本は毒を浴びてドロドロに溶けてしまった。
「スケベ溶解毒とやらか! 下品な名前だが聖剣すら溶かすとは侮れない! だが、精霊鎧には効かん!」
精霊鎧の一部にもスケベ溶解毒はかかったように見えた。
しかし、その表面に溶けた痕跡はない。
「目に見えている精霊鎧はあくまでも精霊力による鎧を発生させるために装置! 実際はこの表面に見えざる精霊力の壁が存在する! それは厳密には鎧ではない! 装備ではないということだ! 壁の存在しないときに溶解毒をかければ溶かせるかもしれんがね。精霊器すら脅かすとは、まったく恐ろしい毒だ……」
ビャクイは残ったひと振りの聖剣にオーラをまとわせる。
「安心してくれたまえ。これは精霊力ではなく聖魔術による剣の保護だ。これでもう溶かされないが……魔力を食う。私の身体はツギハギで健康体とは呼べなくてね。本当はやりたくない。しかし、これも夢を叶えるためだ!」
再び剣と剣のぶつかり合いが始まった。
ビャクイの剣が一本減ったことで攻撃を受ける回数が減り、エンデのダメージも減る。
しかし、そのことよりビャクイはあることが気になった。
そもそもなぜ目の前の男は初めから剣を鱗で受けたのだ?
【超毒の身体】は体を液体に出来る。
斬撃など無効にできるのだ。
聖剣の存在に気づいていたならば体に刃を通す方が危険なので鱗による防御に切り替えるのもわかる。
しかし、エンデは初めから鱗による防御にこだわっていたのだ。
それに彼は戦闘が始まってから一度も人型を崩していない。
毒魔人であることの強みがまったく生かせていない。
せいぜいたまに毒の塊を適当に投げつけてくるくらいだ。
元は出来の悪い冒険者のエンデも今となってはいくつもの激戦を潜り抜けた戦士。
いまさら緊張で実力を発揮できません、なんて都合の良いことはない。
謎には必ず理由がある。
研究者としてのビャクイの心はそう告げていた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
突然狂ったような叫び声をあげてビャクイが聖剣のオーラを大きく伸ばす。
そして、エンデに向けて横に大きく薙ぎ払った。
体にとんでもない負担がかかる一撃だが、これで答えが出る。
本来ならエンデは落ち着いて自ら体を真っ二つに分けて斬撃をかわせばいい。
しかし、今の彼なら……。
「ぐああああああ!!!」
ビャクイの想像通り、エンデは両腕の鱗で斬撃を受けた。
当然耐え切れず両腕が液状化し吹っ飛ぶ。
そして、ここからビャクイも想像しきれなかったことが起こった。
なんとエンデの体の中からずるりとパステルが出てきたのだ。
流石のビャクイもこれには数秒間動きが止まった。
「なるほどなるほど……考えたものだね」
脳内でこの出来事の処理を終えると、ビャクイはこれまでにないほど満面の笑みを浮かべる。
完璧な答えに行きついた快感が彼をこうさせるのだ。
「精霊剣か……! 道理で私の精霊鎧の存在を知っているはずなのにみな前向きに戦っていると思った! こんな切り札があったのか! 確かに本物の精霊族が剣を使えば精霊鎧など恐れるに足りん! そしてぇ!!」
わずかなミスで自分の長年の夢がついえたかもしれない。
それを自分の知恵と勇気で乗り越えたのだ。
ビャクイの興奮は最高潮に達する。
「毒の身体の中に精霊族の娘と精霊剣を隠してあったのか……! 確かに危険な毒の中に大切な人を入れておくとは考えない! 上手く毒をコントロールして害がないようにしているとしても、一つ間違えれば殺すことになる! 君たちは賢いし強い! 愛と勇気、信念もある! ぜひとも協力者として出会いたかったよ! まあ、今から協力してもらうのだけどね!」
ビャクイがその手をパステルに伸ばした。
「……うぐっ!? があ……あ……え……?」
パステルに手が届きかけたその時、ビャクイの背中に深々と剣が突き刺さった。
その剣は精霊剣。使い手はパステル・ポーキュパイン。
「なぜ……だ……?」
「前に会った時のギラついた目のあんたなら見抜けたと思うぜ?」
ビャクイの目の前にいたパステルの体が溶ける。
そして、ピンク色が印象的な女の子の形になった。
エンデの体の中に入っていたパステルは、サクラコの分身体だったのだ。
ササラナの船に乗って浮遊城に乗り込む前にはすでに体を二つに分け、片方をエンデの中に、そしてもう一方はサクラコとして普段通り行動していた。
すべてはビャクイを油断させるため。
パステルに安全に決着をつけてもらうための大芝居。
「だが……本物は……どこ……か……ら」
「私はゲートメダリオンから。あっちの精霊剣はヒムロが造ったそれっぽく光るおもちゃだ」
パステルの一言でビャクイは察した。
エンデが苦し紛れに投げていたと思われた毒の塊の中のどれかに、体に隠しておいたゲートメダリオンを混ぜておいたのだ。
パステルはメダリオンから音を聞いて出てくるタイミングを掴み、後は剣を構えて突くだけ。
移動距離は数歩。攻撃は一度。
まさにパステルの事だけを考えた作戦だ。
決して最も合理的な作戦ではない。
「ビャクイ……おぬしのしたことは許されないし、許す気もない。だが、十分に苦しんできたと思う。だから、同じ精霊の力を継ぐ者として一思いに殺してやる!」
パステルが深く刺さった精霊剣を抜き、ビャクイの首を切り落そうとする。
しかし、ビャクイはそれに抗った。
胸から突き抜けている刃部分を両手でがっちりと掴んで離さないのだ。
血が流れることもお構いなし。
ビャクイは体をねじってパステルの手を振りほどくと、バリアを解除して中の大きな魔法陣の上に乗った。
精霊剣を体に突き刺したまま……。
「やめろビャクイ! おぬしはもう助からん! 苦しむだけだぞ!」
「まあ……待ってくれ……。新しいギャラリーも来たことだし……」
「ギャラリーだと?」
その言葉の通り、パステルの背後の扉からメイリとサクラコ本体が入ってきた。
二人も分断されたのはわざとだ。
攻撃の効かないビャクイとの戦いに数は不要。
それにメイリが人質にされても困るし、サクラコが致命的なダメージを受けると分身も解除されてしまう。
一緒に戦うデメリットの方が多い。
なので二人は一騎打ちを邪魔させないため城内の敵をひたすら狩っていた。
そして、持たされているゲートメダリオンからパステルの声を聞きここにやってきた。
「パステル様! ご無事で何よりです!」
「俺の分身もよく頑張ったな!」
少しだけ作戦の成功を喜んだ二人もすぐに視線をビャクイに向ける。
「そんな殺気立った目で見ないでくれ……というのは無理な注文か……。そのままで構わない……。私はもう戦う気はないし……戦えない……。だが、私が作り上げたこの装置……理論……それが正しかったのかだけは知りたい……」
「精霊力がなければその装置は動かんのだろう? 私は協力する気はないぞ!」
「もちろんだ……。君たちの勝ちだ……。末永く幸せに暮らしてくれ……。だが……精霊力を持っている素材はもう一人いるのだよ……この私だ……!」
「おぬし、まさか!?」
「自分の目で研究成果を見られないのは残念だ! 本当に残念だ! でも、君たちが見届けてくれるならそれも悪くない! この愛に夢を見続けた男のあまりにも長かった一世一代の大勝負! その最期を……見届けてくれ!!」
ビャクイの体から精霊力が放たれ、魔法陣が輝く。
そしてそれに接続された装置がどんどんと起動していく。
「みんな離れよう! この状態の装置に触れたら何が起こるかわからない!」
エンデの指示でみな一度装置から距離をとる。
その時、装置の一番後ろに設置されていたカプセルのカバーが内側から蹴り破られた。
そして中から彫刻のような美しい顔を持つ女性が現れる。
「レナスだ! でも本当に魂を呼び戻せたのか……?」
魂の依り代にされるはずだった偽物のレナスが騒音で目を覚まして出てきた可能性もある。
むしろ常識で考えるならばそれしかない……はずだった。
「ああ……あなた……」
装置が放つ光と音に満たされた空間に、その声はやけに通って聞こえた。
まるで別の次元からの声のように……。
エンデたちは理屈ではなく直感でこのレナスが本物の魂を宿していると思った。
「あなた……こんなになって……ああ……。もう……もう……」
レナスは傷だらけのビャクイに寄り添って泣く。
ビャクイにはまだ息はあるし、装置も止まっていない。
魂の呼び寄せはまだ不完全なのだ。
そのまま『もう、いいのよ』とレナスがビャクイの魂を冥界に連れて帰ってくれれば……。
「もう……あと少しよ……。あの子の精霊力を奪って、二人で幸せに生きるの。戦いばかりの時代に生まれた私たちにだってその資格はあるはずよ……! さあ、立ってあなた!」
「ああ……そうだな……」
追い求めていたレナスがそこにいるというのにビャクイの反応はあまりにも淡泊。
おそらく彼はもう……。
「まだよ! 精霊力さえ注ぎ込めば彼も復活する! よこしなさい……私たちの夢を!」
「似たもの夫婦だな……」
サクラコが軽口をたたく。彼なりの強がりだ。
なにしろ目の前にいるのは本物の冥界からの使者なのだから。
「精霊力ぅ……! 精霊力ぅ……!」
「んっ……なにっ!?」
サクラコが持っていた連絡用のゲートメダリオンから光が吸い取られていく。
メイリの持つ物からも、そしてパステルがダンジョンからここへの移動に使ったメダリオンも同じように光がレナスに吸われていく。
「もう逃れられないわ! 今私に注ぎ込まれている精霊力を彼へと流し込んでいるの! でも装置は私を完全復活させるまで精霊力の吸収を止めない! つまり、手当たり次第に周囲の精霊力を吸い続けるブラックホールと化すのよ! さあ、復活の時が来たわ!」
「パステル!!」
エンデがパステルを守るべく彼女の体を強く抱きしめて壁になる。
そして、遠くに連れ去ろうとする。
メダリオンはすべて持ってきてしまったので精霊門での逃走は不可能。
すべては彼の翼に託された。
「パステル!? どうして動かないの!?」
エンデの思いとは裏腹にパステルは仁王立ちでその場から動こうとしない。
そのうえ特に命に別状はなさそうなのだ。
強気な笑みを浮かべてレナスを見据えている。
「ど、どうして!? 精霊器に蓄積した精霊力は吸えて、どうして本物の精霊族からは精霊力が吸えないのよおっ!!?」
「ビャクイになら冥途の土産に私の仮説を教えてやらんこともなかったが……お前は気に入らんから教えてやらん! エンデ! メイリ! サクラコ! この戦いでの最後の命令だ! 聞け!」
パステルの言葉にうろたえていた配下の者たちはピシッと気を付けの姿勢をとる。
「この装置を破壊するのだ! 造られた経緯に方法はどうあれ、これはとんでもない発明ではある! きっと良いことにも使える! 破壊するには多少の惜しさもある! しかし、本物のレナスの魂が定着しきっていない今なら、依り代にされた娘の魂と命を取り戻せるかもしれん! 今は死者を呼ぶ発明より、生きている者の命を優先しようではないか!」
「了解!」
四人は機械の壊し方など把握していない。
ただ、爆発しそうなところは避けて細かいコードをちぎったり、描かれている呪文を足で消したりしていく。
相手は精密な装置。それだけでもどんどん機能は低下していった。
そして……。
「や、やめて……私たちの夢が……」
消え入りそな声のレナスと動かないビャクイが乗った魔法陣。
エンデとパステルは二人で一本の剣を持ち、その魔法陣に突き立てた。
「せめて……冥府では二人ともにあらんことを……」
装置から光が消え、あたりは静寂に包まれた。
その中で魔法陣の上で名もない娘がたてる小さな寝息だけが響いていた。
次回、最終回です。
あと一話、お付き合い頂けると幸いです。




