第05話 決戦は空
それはキッカリ三か月後に現れた。
空の彼方から。
浮かぶ黒い城――『浮遊城』。
古代に造られ実戦投入される前に戦いが終結したため、長い間眠りについていた超巨大兵器である。
空を飛べるのでどこにでも戦略拠点を生み出せるのが何よりの強み。
分厚い底面には無数の砲台や爆弾投下用のハッチが備え付けられていて、移動しながら地上を攻撃するのも得意だ。
また城全体を守るバリアユニットも搭載している。
攻防共にオーバースペック……まさに世界を滅ぼしかねない力。
それが今ロットポリス上空に浮かび、町をすっぽりと覆う影を落としている。
誰がこんなことをしているのか、答えは明白だった。
「お久しぶりだねロットポリス。まあ、実際に足を踏み入れたことはないんだが……」
浮遊城から響くビャクイの声。
彼は精霊族であるパステルを手に入れるために人質にロットポリスを選んだのだ。
パステルと関わり深いのはもちろん、四天王アイラとも彼は戦っている。
土地の広さゆえに空からの攻撃に弱く人口も多い。
住んでいる種族も多種多様、人の往来も盛んだ。
滅べばその影響は世界中に及ぶだろう。
「さあ、答えを聞かせてもらおうか」
精霊族パステルを渡すか、渡さないか。
その返事は町のいたるところからの砲撃だった。
まったくもって従う気はない。徹底抗戦という意志。
ロットポリスは襲撃事件以降、町のいたるところに技師たちによって作られた兵器が配備されていた。
古代の技術を彼らなりに取り入れて作られたこの兵器たちは、街の景観を壊さないために普段は隠されている。
しかし、いざ戦いとなれば姿を現し、敵に無慈悲な攻撃を加えるのだ。
「……予想通りだよ。ただ黙って大切な人をわたす人間がいるはずないさ! 私もその気持ちがよぉくわかる! ならば戦おうじゃないか! お互いの願いを……夢を賭けて!」
砲撃は浮遊城のバリアにすべて防がれていた。
やはり本物の古代兵器にはまだまだ性能が追いついていない。
「今度はこちらからいくよ。やたらと殺したくはないが、たくさんの人が死ねば気持ちが変わるかもしれないからね」
浮遊城底面の砲台がすべて真下の町に向けられ、特に合図もなく攻撃が開始された。
実弾に魔法、ビームまでもが混じった砲撃。
そのすべてをロットポリスに張られたドーム型の結界が受け止めた。
「バリアを貼れるのはそちらだけではない……とでも言っておこうかのぉ」
再建されたイーグルタワーの一番上で浮遊城を見上げる少女。
ロットポリス四天王フォウ・フロトミラーが展開する結界は以前とは比べ物にならないほど強固だ。
「とはいえ、これはとっておきの一発芸のようなもの。そんなに長くは場を持たせられん。さあ、こちらも反撃じゃ! さっさとケリをつけてこい! これ以上この町を戦場にされるのはごめんこうむる!」
火ぶたは切って落とされた。
ロットポリス北区画の通りがぱっくりと開き、中から竜を模した巨大な兵器が姿を現す。
それは派手にブースターを吹かせて空に飛びあがり、浮遊城のバリアと激突。これを破壊した。
「『ドレスコード=ドラゴン』! その名の通り君に送るドレスだ、フェナメト!」
「センスないね! こんなのパーティには着ていけないよ。でも、戦場にはあってるね!」
フェナメトが機体制御と火器管制。
ヒムロが作戦指示と索敵、機体冷却。
二人で動かす超大型クエストパック……それが『ドレスコード=ドラゴン』だ。
設計から開発、製造まですべてこの時代で行った完全なる新型兵器。
実弾からビームまでとにかく強力な兵装を大量に搭載。
ビャクイが浮遊城を持ち出してくることが予想されたため飛行能力も当然搭載。
ゆえにブースターが大型化し兵装も含めて冷却が追いつかない。
そのため、ヒムロの氷の力で無理やり冷却しなければならない欠陥兵器だ。
操縦もフェナメト以外が行うことを想定していない。実質二人の専用機と言える。
しかし、三か月という期限がある中で生み出された物としては驚くほど高性能である。
「何とか動いてますが、テストもあまりしていないんですよね」
「テストで爆発とかされたら完成しなくなっちゃうからね。本番で爆発したらどうするんだって話ではあるけど……」
「とにかく動くうちに浮遊城の兵器をすべて破壊します! ビャクイと直接戦いたい気持ちもありますが、私たちが過去に生み出した兵器の後始末をするのが優先です!」
「わかった! ギルギスやフィルフィーが造ってくれた竜さ! 勝つまで壊れやしないよ!」
『ドレスコード=ドラゴン』に搭載された大型ビーム砲が浮遊城の砲台を焼いていく。
しかし、巨大な城ゆえ砲台も大量にある。
とても一機では破壊しきれない。
こうしている間にもビャクイは次の砲撃の準備に入る。
「おっと、そうはさせないってね!」
「わたくしたち飛行戦力は浮遊城の無力化が役目ですもの」
風の槍と大火球が砲台を貫き溶かして破壊していく。
アイラとエンジェは本人たちの言う通り、飛行能力を生かして浮遊城を無力化することが目的だ
あくまで無力化で完全破壊はしてはいけない。
この質量の物体が飛行能力を失って墜落するのが最も危険だからだ。
「この手でビャクイを殺してやりたいのはやまやまだが……無理だって話だからな。せめてつゆ払いはさせてもらうさ」
「縁を切られかけているとはいえ名家の令嬢であるわたくしがこんな地味な役回りなんて……。うふふっ、それも構いませんわね、パステルのためなら。早く私が脇役の戦いを終わらせてらっしゃい!」
三つの飛翔体が戦う空。
その間を縫うように浮かべられた水の道を青い船が進む。
ササラナが操る竜の力を持った船『水竜船』は空も航路だ。
彼女と船の役目は浮遊城突入班、つまりビャクイを仕留める役目を負った者たちを運ぶことにある。
「ちっ……ビャクイの野郎、砲台がダメとなったら今度は飛行能力のある改造モンスターを出してきやがった。私はみんなを運んだ後に空に戻る。ビャクイに攻撃が通らないんじゃ、いても仕方ないところあるからねぇ!」
船は群がる敵を弾き飛ばしながら進み、ついに浮遊城の上面にたどり着いた。
浮遊城と言っても上にあるすべての部分が城と言うわけではない。
木々の生えている小さな森など再現された自然が城周辺に広がっている。
浮遊城突入班は次々とその森へと飛び降りていく。
「全部終わったらまた迎えに来る! 負けるんじゃないよ!」
ササラナの言葉を背に受け、三人は敵地に立った。
「やっぱ最後はこの三人で決める……ってか? パステルがいないのが残念だがな」
「パステル様は私たちがお守りすべき存在。前線にはお連れできません」
「俺たちでビャクイを仕留めるんだ!」
突入班はエンデ、メイリ、サクラコ。
最も長くパステルを守り続けている三人が最も危険な敵に挑む。
「ビャクイの居場所は……うん、やっぱりあの城だ。行こうみんな!」
「はい! エンデ様!」
「全部終わらせてやるぜ!」
三人は駆け出す。
そこにはパステル、精霊剣の姿はなかった。
● ● ●
「なるほどなるほど……考えたものだね」
無数の機械装置と呪文や魔法陣のようなものが所狭しと配置されている奇妙な場所。
科学と魔術、相容れぬように思われる二つのルールが混じる場所。
そこにビャクイはいた。
そして、床には倒れこむエンデとパステル、その手からこぼれた精霊剣があった。
一緒に突入したメイリ、サクラコの姿はない。
「毒の身体の中に精霊族の娘と精霊剣を隠してあったのか……! 確かに危険な毒の中に大切な人を入れておくとは考えない! 上手く毒をコントロールして害がないようにしているとしても、一つ間違えれば殺すことになる! 君たちは賢いし強い! 愛と勇気、信念もある! ぜひとも協力者として出会いたかったよ! まあ、今から協力してもらうのだけどね!」
ビャクイがその手をパステルに伸ばした。




