第04話 叶えたいこと
ネージュグランドに氷の精霊竜を探しに向かった班。
キュリス湖の水の精霊竜に会いに行った班。
それぞれの班ともに大きな成果を携えてパステルのダンジョンへと帰還していた。
「ビャクイに会ったぜ」
ネージュグランド班を一番驚かせたのはサクラコのその言葉だった。
パステル魔王軍は得た膨大な情報をもとにこれからの方針を決める作戦会議を開始した。
先に成果を伝えるのはキュリス湖の班だ。
ビャクイに会ったという情報が一番気になるのは間違いない。
「見た目はなんというかしょぼくれたオッサンに見えたぜ。背もそんなに高くない。でも、目だけはやけにギラついてた男だったぜ。ヒムロが知ってるビャクイと比べてどうだ?」
「ええ、かねがねそういった男です。見た目はね……」
「そうか……って見た目は別にいいんだ。問題はその能力だ」
サクラコはロットポリスに戻っているアイラの証言も加えてビャクイの能力を伝える。
まずは不死身だということ。
わずかな肉片からも再生する驚異の再生力があった。
次に精霊族でなければ使えないはずの精霊門が使えたこと。
モンスターはおそらくこの能力を使ってつながっているどこかの研究所から呼び出されたのだろう。
だが、そこはネージュグランドの研究所ではない。
あそこには海のモンスターはいなかった。
また、服まで再生するという現象も起こったが、これは精霊門を使って新しい物を取り寄せただけというのがサクラコの予想だ。
次に氷の力を使えたということ。
これは普通に魔術なのかもしれない。
最後に傷一つ付かない鎧のこと。
アイラとササラナの攻撃を同時に受けても傷一つ付かないのはハッキリ言って異常だ。
出来の良い鎧で済ませることは出来ない。
さらに付け加えておくと綺麗な女が一緒にいたこと。
彼女もおそらく魔人で体を水に変えられる。
「そういえば、その女初めて会った時と次に会った時では顔の感じが少し違ってたんだよなぁ……。鼻のあたりに少し違和感があった。まあ、女の顔はその日の体調で結構変わるし気にする必要はないな」
「ふむ……」
ヒムロは額に手を当てて考える。
そして、他のネージュグランド班と顔を見合わせた。
それは何か同じ班の中でだけ知っている秘密を共有しているように見えた。
「サクラコさん、あなたがビャクイと遭遇してくれて良かった。おかげでこちらが得た情報に確信を持てました」
「じゃあ、こんだけあるわからないことが全部そっちにはわかってんのか?」
「ええ、お話ししましょう。まず彼が不死身になったのは最近ではない。無論古代から生きているのですから不死身になったタイミングは古代なのでしょう。しかし、問題はその方法です。その方法とは……命の精霊竜の力を受け継いだのです」
「ええっ!? 俺はちゃんと話を覚えてるぜ? 確か古代の大戦の時に永遠の命欲しさに人間が命の精霊竜を食ったけど、永遠の命は得られなかったって言ってただろ? そしてその死体からヒューラが生まれた」
「はい、そのとおりです。しかし、ビャクイは命の精霊竜の心臓の一部を持ち帰らせて研究を重ね、結果的にそれを自分の体に適応させることに成功したようです」
「け、研究の力で継承者になったのか!?」
「私たちが見つけた研究所にそのデータが残してありました。しかし、その時は今ほど再生力が高くなかったのでしょう。私に火山に突き落とされ、それから時代が流れてビャクイの体の一部が溶け込んだマグマが冷えて固まり、それが表に出ることで復活を果たしたのでしょう。しかし、ダメージはあまりにも大きかった」
万全とはいえない体。
知らない時代。
そんな中でビャクイは見つけてしまった。
偶然にも『最後の精霊族』を。
理由はわからないが、なにかのために残され永遠の眠りについているその存在を。
「そして彼は、その力を体に取り込んだ」
「……最後の精霊族? うーん、よくわからないが、それだとパステルはどうなるんだ? パステルだって精霊族のはずだ」
「ここからは私の推論なのですが、まず精霊族と言うのはこの世界の創造主ですから、世界を維持するために一人はその世界に置いておかないといけない。それがビャクイがどこからか見つけた精霊族です。しかし、精霊族は……言い方は悪いですが切り刻まれて中身がビャクイに移植されました。その時、一人の精霊族というものを構築するために必要な何かが抜け落ちたのでしょう」
「すまん、わかりやすく頼むぜ!」
「最後の精霊族は永遠の眠りについてはいましたが、死んではいなかった。それが殺され、命、魂、精霊力……目に見えない『なにか』が失われた。これでは精霊族が一人この世界にいるとは言えません。0.9人ぐらいでしょう。足りてないものがありますからね。だから、その『なにか』が0.1人を生み出した。それがパステルさんです」
「じゃあ、パステルが生まれたのはビャクイのせいってことかよ! エンデもそうだしカップル揃ってあいつが親みたいなもんってことか!?」
「そう、なりますね」
「うむむ……信じたくないが、それだとパステルのスキルは優れているのに身体能力がまるで足りていないことにも説明がつく気がするし、ビャクイが精霊の力を使えたことも納得だ……」
「無論これが正しいとは限りません。そもそもこの推論はパステルさんの身体能力が低いことや、ビャクイが精霊力を使えることから逆算して考えたことですからね」
とはいえ、ここでヒムロ以上にビャクイを理解し、知識のある者はいない。
誰も反論はできなかった。
「さて、私のルーツがそれとなく判明したところでビャクイをどう倒すかの話に移るぞ」
沈黙を破ったのはパステルだ。
彼女にもまた今までの人生と愛する人、仲間がいる。
いまさら生まれた理由を知っても揺らぎはしない。
「サクラコはビャクイが氷の力を使うと言っていたな。それはおそらく氷の精霊竜から奪ったものだ。氷の精霊竜もまた中身を機械と入れ替えられ、山の吹雪を制御する装置にされていた」
「ええ!?」
「まだ生きていたので少しだけ話を聞くことが出来たが……救えなかった。だが、大事なものを受け継いだ。この精霊剣を」
テーブルに光り輝く剣が置かれる。
「おそらくビャクイの着ていた鎧は精霊器だ。精霊鎧とでも呼んでおこうか。それは精霊力によって装備者を守る無敵の鎧だ。それを切り裂くには精霊器の武器がいる。それが精霊剣だ」
氷の精霊竜エンディゴはこの鎧をまとったビャクイと戦ったからその存在を知っていたのだ。
不死身だが体の脆いビャクイが精霊竜に勝つには精霊鎧を使うしかない。
ゆえにエンディゴは命を懸けて精霊剣を見つけられないように隠した。隠してくれたのだ。
「ビャクイを倒すのは私だ。この剣を使えるのは精霊族である私だけだからな。止めてくれるなよ。本当は私だって怖いのだ。だが、私がやらねばならん」
パステルに決意に口を出す者はいない。
ただエンデがその小さな肩を抱くだけだ。
「一気にいろいろわかったけど、結局ビャクイって奴はなんでこんなことしてんだろなぁ……」
サクラコが素朴な疑問をつぶやいた。
その答えをヒムロはネージュグランドで手に入れていた。
「昔……古代に死んだ恋人の復活のためですよ。私もよく知っている女性で名はレナス。頭が良くて優しくてそれは美しい女性でした。まるで彫刻のように……。彼女はビャクイのパートナーとして人造魔人の手術を受けて成功しています。私と違って、いつ受けたのかはわかりませんがね」
ビャクイの人造魔人手術はヒムロ以外成功例がなく計画が批判されていた。
それが巡り巡ってヒムロとビャクイの対立の原因となった。
だが、レナスという二件目の成功例があると話は違ってくる。
「可能性は二つ。私は手術が成功した後に前線に送られましたから、成功したけど恋人を前線に送りたくなかった。あとは彼女の体質がもともと特殊で成功例として出せなかったか。流石に古代のデータは残っていなかったのでそこのところはわかりません」
「んじゃ、あの隣にいた美女はレナスなのか……? それだともう復活は果たしてるような……」
「その女性はおそらく見た目を外科的手術で似せられた実験体の一人ですよ。レナスは……亡くなっていますから」
「そうか……」
「精霊竜の力を集めていたのは、強大な精霊力や魔力で天国か地獄か、はたまた冥界か……どこからかレナスの魂を呼び戻すため。私にも理解は及びませんが、ビャクイは時間をかけてその方法を彼なりに構築しているようです。偽物のレナスはその依り代としての役目が大きいかもしれません。ただ、連れ歩いてるということは精神安定の側面も……」
「なんか、ありきたりな話だな」
「えっと……行動理由が『恋人を取り戻すため』というところがですか?」
「うん。あっ、悪い意味じゃないぜ? 人が人を殺してでも叶えたい夢にそんないくつもバリエーションがあってもらっても困るからな。むしろ得体のしれない技術を持つ男も結局は人間なんだなって安心……というと語弊があるが、少し親近感がわいただけさ」
「し、親近感!? サクラコさんからそんな言葉が返ってくるとは思えませんでした」
「やめてくれよ、裏切る気はないぜ。ただ、俺がもし大切な人をなくして、それがほんの数ミリの確率で生き返るって言うなら俺はそれに賭ける! 本当に人を殺せるかはその時にならんとわからんが、殺すかどうかを考えるまではいく。そう思った。エンデも俺の気持ちはわかるだろ?」
「まあ……ね。ビャクイにとって大切な存在はレナス。同じように俺にとって一番大切な存在はパステルだ。この世界のすべての生き物は平等な命の価値を持っているのかもしれないけど、俺にとってはパステルが一番大事だ。たとえ、ビャクイの夢を潰して命を奪ってでも俺はパステルを守る」
「いいねぇ……ずいぶん男らしくなったよエンデ。男である俺が惚れてしまいそうなぐらいに。おっと、エンデを略奪しようとしたら今度はパステルに殺されるな! あっ……この場にはいらんジョークだったな。男と女の争いはシャレにならんし……」
サクラコがバツの悪そうにパステルを見る。
しかし、パステルは余裕の表情だ。
「許す許す。私は奪われぬように女を磨くだけだ。この戦いが終わったら……な?」
パステルの一言でよどんだ場の空気が再び流れ出した。
そう、とにかく目の前の戦いに勝たねばならんのだ。
ビャクイの言っていた期限は三か月。
敵の言葉を完全に信用するのもどうなのかと思うが、それ以外に信用できる情報はない。
三か月でパステル魔王軍の面々はさらに強くならねばならない。
すべては自分の大切なものを守るため。
「頼りにしてるぞ、エンデ」
「頼りにしてくれ、パステル」
愛の夢に魅せられた者たちの戦いが始まる。




