第03話 怒りの再会
リヴァイアサンは沈黙した。
アイラが手に持った槍、修羅器『破嵐槍』で頭部を貫いたのだ。
強靭な鱗すらものともしないその鋭さ、何よりそれを操るアイラのパワーにサクラコたちは開いた口がふさがらない。
「さてさて、どうしてこんなバケモンがポンポン目の前に現れるのか」
アイラは多種族都市ロットポリスを治める四天王で、軍を統べる将軍でもある。
ロットポリスは一度魔獣の軍団、そして死体をゾンビ化させる謎の毒霧に襲われている。
そして彼女自身も一度は魔獣に改造されているのだ。
そのどちらの事件も首謀者はビャクイである可能性が高い。いや、ほぼ確実だ。
エンデのブラッドポイズンの治療によりアイラは元に戻ることが出来たが、彼女が治めるロットポリスには死者も出た。
将軍であるアイラにとってビャクイは始末しなければならない相手なのだ。
「おーいサクラコ! いるんだろう? どこかにビャクイってクソ野郎が。流石にこんな立派なモンスターがポッと湖には出てこない」
「あ、ああ! ビャクイは小さいボートに乗ってた。でも、今はどのあたりにいるんだ? すっとばして逃げてきたからなぁ……」
「もしかしてボートってあれか?」
アイラが指さす先には見覚えのあるボートが浮かんでいた。
しかし、その上にはビャクイはおろか一緒にいた女もいない。
サクラコたちは顔を見合わせる。
「あのボートで間違いないよな? まさかこのリヴァイアサンがビャクイの変化した姿だったりして?」
決して突飛な発想ではない。
アイラも怪鳥『フレースヴェルグ』に改造されてから回復したことで、怪鳥の力をいつでも引き出せるようになった。
ビャクイが自身を改造し、同じ状態にしていてもおかしな話ではない。
「それは違う」
しかし、それは船上に現れたビャクイ本人によって否定された。
「なにっ!? どこから!?」
ビャクイの背後には黒い渦巻きが見える。
色こそ違えどサクラコはそれに見覚えがあった。
「精霊門か!?」
「精霊門を知っているのか君は! 興味深い!」
いらぬことを口に出してしまった!
サクラコがそう思った時には、ビャクイに頭を掴まれていた。
「ほう、はぁ……ぬうッ!? クゥゥゥッ!! 私の知らぬところでお前もまた動いていたのか!? フェナメトだけではなくヒムロまで……!!」
記憶が読まれている……!
サクラコはスライム形態に戻ってビャクイの手から逃れようとする。
しかし、それ察知するとビャクイは手から冷気を放ちサクラコを凍らせた。
「逃がしはしない。精霊門をなぜ知っていたのか教えてもらおう。ふぅむ……ガハァ……ッ!!」
アイラの投げた槍がビャクイの胸を貫いた。
巨大な槍だ。傷口も大きく常人ならもう助からない。
「大丈夫かサクラコ!」
「うっ……ああ……寒いがな……」
「ササラナに水でゆっくり溶かしてもらってくれ。あたしはこいつを……」
アイラは刺さった槍を握りしめ、その先端にドリルのように風を渦巻かせる。
ビャクイの身体は難なくバラバラに切り裂かれた。
「これは入念なトドメ。そして、犠牲になった市民たちへのたむけだ」
アイラは祈るように空を見上げる。
ビャクイは死んだ。戦いは終わったのだ。
「船を汚してしまったな。あとで掃除を手伝おう」
「いやいや、構わないよ。一度水に沈めて洗えば一発だしねぇ」
湖から上がってきたササラナがサクラコに水をかけて氷を解かす。
まだ表面しか凍っていなかったのですぐに元に戻った。
「ふー! 生きた心地がしなかったぜ! それにしても……終わったんだな。なんかあっけないような。実感がわかないぜ」
「実感がわかないのは死んでないからだ」
湖からビャクイの声が聞こえる。
サクラコたちが視線を向けると、そこに彼はいた。
水面を凍らせてその上に立っているのだ。
それも五体満足の完全な状態。服すらそのままだ。
「理屈はわからんが、やはりただ者ではないな。あたしが相手をする。サクラコたちは精霊竜を探しに行け。ここまで派手に暴れて出てこないとなると何かあったのかもしれん」
「でも、アイラだけじゃ……」
「わかってるさ。あたしにもあいつの身体の仕組みがさっぱりわからん。ただ、時間稼ぎくらいはできる。攻撃自体は普通に通るからな。さあ行きな! ここに来た目的を思い出すんだ!」
「了解!」
アイラを残して船は進む。
ビャクイに船を追う気配はない。
望み通りの一騎打ちだ。
「あたしのこと覚えてるかい? あんたに改造されたアイラって者だけど」
「ふむ、ああ……ロットポリスのか。フレースヴェルグ製造の素材になる良いモンスターがいなくてね。強いとウワサの超人である君を使ったんだった。実際最高の素材だったが、帰ってこなかった。なぜかと思っていたが、さっき答えを知ったよ」
「さっきだと? いったいどうやって」
「まさか私自身の身から出た錆。失敗作に邪魔をされていたとは……。君を改造した後、私も身体の調整をしなければならない状態になってね。彼に直接会えなかったのは残念だ」
「質問に答えろ!」
アイラは空中からビャクイに槍を突き出す。
一見まるで届いていないように見えるが、ビャクイの胸にまた風穴があいた。
修羅器である破嵐槍は風を操る力に長けている。
アイラも嵐魔法を得意とし、フレースヴェルグの力を手に入れたことでさらに強化された。
これにより使用可能になった金属にも劣らない見えざる風の刃がビャクイを貫いたのだ。
「まだ生きてるんだろ? 何回かやれば死ぬのかい?」
「ククク……まだ研究途中だよ。私も知らない」
「じゃあ、ガラじゃないけどあたしが実験してやるよ!」
アイラは翼だけをフレースヴェルグの時のように巨大化させる。
これをはばたかせることで荒れ狂う暴風を起こすのだ。
胸の穴が塞がりつつあったビャクイの身体は、風にあおられまたもやバラバラになる。
「不死身の身体か……。でも、こんなにもろいならそこまで怖くないな」
バラバラになった体を風の渦に閉じ込めて飛んでいかないようにする。
先ほどはおそらくドリル状の風で再生に必要な肉片を湖へ飛ばしてしまったのだろう。
これなら再生されても目の前だ。不意は突かれない。
しかも、風は今もビャクイの身体を切り裂き続ける。
そもそもこの中で再生など不可能なのだ。
(時間稼ぎならこれでいい。悔しいけど殺す方法がわからない。民や兵たちの仇はとりたいが、今は目的の達成を第一に!)
● ● ●
「くっ、なんだ……こいつは!?」
湖のちょうど中心。
サクラコたちは水面でのたうち回る竜を発見した。
その長い体は確かにリヴァイアサンに似ている。
しかし、まとっている雰囲気は弱々しく思えた。
「ちょっとちょっと! あんたが水の精霊竜キャナルか?」
「いかにも……!」
サクラコの問いかけに威厳たっぷりに答えているのだろうが、今の状態では溺れているようにしか見えない。
「水の精霊竜なのに泳げないのか!?」
「そんなわけないわ! ただ、急に体の自由が利かなくなって、水がまとわりついてきたのだ!」
「水がまとわりつく!?」
よく見るとキャナルの周りの水は動きがおかしい。
まるで意思を持ってその体を縛り付けようとしている。
「ササ姉、あの水を攻撃できるか?」
「やってみるわ」
魔法でおかしな水をキャナルから引きはがそうとするササラナ。
水は抵抗するようなそぶりを見せたが、ここではササラナが勝った。
あきらめた水は一か所に集まり、人の形になる。
サクラコはその姿に見覚えがあった。
「お前は……ビャクイの女か!」
昨晩のレストラン、そして今朝のボートの上で見た彫刻のように美しい顔をした美女がそこにいた。
ビャクイの関係者で体を水に変えていたことからこの女は魔人。
スキルは【超水の身体】でも持っているのだろうとサクラコは考えた。
「くっ……私以上の水使いがいたとは……!」
女はそう吐き捨てると湖に溶け込んで逃走した。
自分より上の水魔術使いがいると、水で出来ている体が操られてしまうのだ。
よってどうしても勝ち目がない。
ササラナは敵が退いたことを確認して湖に力なく浮かぶキャナルに近づく。
「大丈夫?」
「どうだかな……。おそらくあの女はわらわに毒を飲ませた。それも竜にだけ効く毒だ。末恐ろしい……遠くに感じる男もそうだが、きゃつらは竜を殺し慣れておる……! ササラナ、お前に力を継承させるかどうかを試す試練をたくさん考えていたが、そうも言ってられん! 受け継ぐ覚悟はあるか!」
「ないよそんなの。でも、嫌でもやらないといけないことはある! だらしない性格の私がこう言ったんだ。それを覚悟として受け取ってくれ!」
「ふん……! こちらも断っておる時間がないわ!」
水の精霊竜キャナルの体が光をはなつ。
水が激しく巻き上がり、ササラナの姿を隠した。
そして……。
「はあっ!!」
水を切り裂いて中から精霊竜の継承者となったササラナが現れた。
魚に近いキラキラとした鱗、水かき、長い尻尾、さほど大きくない翼……。
エンデとはまた違った姿をしている。
「力がみなぎる! 私もいよいよ働き者になっちゃうのかねぇ!」
ササラナの本体である船にも変化が起こった。
木造風の見た目であったプレジアンの船が深い青色に変わっているのだ。
質感は金属に近くなっていて、両側面には魚のひれのような物、巨大なイカリ、大砲まで装備されている。
「さあ、アイラを拾って帰るよ!」
船をぐるりと反転させてアイラとビャクイのもとへ戻る。
そのスピードもまた上昇している。
「見えた! まだ二人とも戦ってる!」
アイラとビャクイはまだ対峙していた。
アイラは肩で息をしており、外傷は少ないものの疲労の色が見える。
対してビャクイは見慣れない金色の鎧をまとっている。しかも無傷だ。
「おや、戻ってきたか。どうやら精霊竜は奪われてしまったようだね。レナスから話は聞いている。ここは大人しく私たちが退くとしようか。僕らにとっては最高に有益な情報が手に入ったから、もう精霊竜は狩らないよ。安心してくれたまえ」
ビャクイが黒い闇の渦を発生させる。
やはりあれは精霊門!
サクラコは彼らを引き留めようとする。
「おい待て! お前の目的はなんだ! なぜ精霊門が使える! それは精霊族にしか使えない力のはずだ!」
もはや精霊族との関りは記憶を読み取られてバレてしまった。
ならばもう精霊という言葉を使っても構わない。
それよりも向こうからも何かをバラしてもらうことが大事だ。
「ククク……ノーコメントだ。こちらは情報を与えたくない。ただ、ヒムロに起こったことをありのままに話せばきっと答えにたどり着いてくれるさ。あいつは賢い奴だからね」
「逃げて何をする気だ! 教えろ!」
「ふぅむ、そんなに言うなら一つ教えてあげよう。双方が得をすることをね。三か月後くらいになるかな? 私たちは君たちにもわかりやすいような行動を起こす。最後の決戦の場とでも言おうかな。そこへ精霊族の娘を連れてきてほしいんだ」
「嫌だね! その子は俺たちのボスだ! 危険な目には合わせられない!」
「連れてこなければ無関係な人たちに危害が及ぶことになる。世界を壊しかねないと言ってもいい。まあ、どちらにせよ精霊族はいただく。どんな手段を使ってでも、どれだけ時間がかかろうとも……ゴフッ!? グウッ……!!」
ビャクイが急に血を吐いて苦しみだした。
攻撃は加えていないというのに。
「力を使いすぎた……。流石ロットポリス四天王……私の改造に耐え切った女だ……。見くびっていた……」
独り言とともに闇の渦に消えようとするビャクイ。
その背中にアイラの見えざる風の槍、ササラナの圧縮された水のビームが襲い掛かる。
情報は吐いてもらったが、ただで帰す義理はない。
しかし、Sランクモンスターでも消し飛ぶ攻撃を二発食らったというのにビャクイは無傷だった。
そのまま彼は闇の中へと消えていった。
タイトル後半部分をなじみ深いものに戻しました。
せっかくクライマックスなので。




