第01話 のどかな湖畔にて
エンデたちが雪山を登っている頃――。
別動隊であるサクラコ、フェナメト、フィルフィー、ササラナたちはキュリス湖に到着していた。
「ふぅー! 楽な旅だったぜ!」
サクラコの言う通り、彼らの旅は雪山登山に比べれば楽なものだった。
ただ船に乗って海から大河をさかのぼって湖にやってきただけだ。
そもそもキュリス湖から流れる大河は普段から船が行き来しているほど穏やかで、整備された街道とかわりない。
大河を下るならまだしも、さかのぼるのは大変ではないかと思うが、それも帆に風魔法をあてれば問題ない。
サクラコたちの場合は乗っている船が船幽霊ササラナの本体なのでさらに簡単。
勝手に流れに逆らって進んでくれる力があるからだ。
「で、どうするよ。もう暗くなりつつあるけど、湖に出て竜を探すか?」
一度船を岸につけてサクラコたちは作戦会議を始める。
まず口を開いたのは船を操作しているササラナだった。
「竜が迎えに来てくれるならそれでいいけど、探し出せと言われれば朝からやった方がいいねぇ。この湖はとんでもなく広いよ」
「そうか……。フェナメトとフィルフィーはどう思う?」
「うーん、結局船を動かすのはササラナさんですから、ササラナさんがそう言うならそれに従います」
「僕も同じくササラナに従うよ」
「じゃあ、それでいくか!」
作戦会議は終わった。
一行は夜を明かすべく船を湖畔の町にまで進める。
そこには船着き場もあり、観光客や漁師の船が係留されていた。
いろいろな審査はサクラコの分身擬態でごまかし、本物のフェナメトとササラナは後からこっそり町に入れる。
そうしてやっと彼らは泊まれる場所を探し始めた。
「まっ、そんなに観光シーズンでもないみたいだし、すぐ見つかるさ」
有言実行。
サクラコはすぐに空いている良い感じのホテルを見つけ手続きを済ませる。
流石は人に混じって生きてきただけあって慣れた手つきだ。
魔動バイクなど隠すのが厄介なものは船に置いてある。
特に問題なく四人は宿泊先を手に入れた。
「いやぁ~見事な手際の良さだねぇ。流石サクラコだ」
「私もほとんど経験ありませんでしたから、サクラコさんがいなきゃ野宿でしたよ!」
「僕もホテルのチェックインの仕方はプログラムされてないだろうからね」
三者三様に褒められたサクラコは頬をピンクに染める。
「そ、そうか? まあ、そう思っておくよ! ありがとな! 気分も良いことだし外食でもするか? せっかく初めてきた町だしな」
サクラコの提案に困った顔をしたのはフェナメトだ。
彼女はアンドロイド、食べ物は食べられない。
四人で店に入って一人だけまったく食べ物に手を付けなければ怪しい目で見られるだろう。
「僕は遠慮しておこうかな。食べられないしね」
「あっ、そうだった……。ごめんごめん、この話はナシで」
「いや、三人で行ってきなよ。僕だってお留守番くらいはできるからさ」
「うーん、気持ちは嬉しいけど、ちょっとこっちもそれは気を遣うし……」
悩む二人にフィルフィーが助け舟を出す。
「じゃあ、私も残ります! それなら二人と二人ですから気も遣わないですよね? 私も入った店に妖精に対応した食器がなかったらご迷惑かけますし」
ということで外食に行くのはサクラコとササラナになった。
お留守番のフェナメトとフィルフィーには何かお土産を買ってくると言い、サクラコたちは宿の外へと出た。
「気の利いた提案のつもりだったが失敗しちゃったぜ」
サクラコは落ち込んでいる。
最近ちょっと自信喪失気味の彼を元気づけるべくササラナは肩を抱いて歩く。
「なぁに、気持ちは伝わってるよ。あんたが優しい子だってことはみんな知ってるしねぇ」
「優しい……ね。でも、優しさだけじゃ誰かの役に立てないこともある。強くなりたいなぁ……。ササ姉はどうやってそんなに強くなったんだ?」
「私の場合は時間よねぇ。長い間海の底で水魔法を使いまくってたら強くなってたって感じ。暇だったってのも大きいかな」
沈没船の船幽霊であったササラナには何百年も力を磨く時間があったのだ。
彼女が今ササラナが求めているすぐに強くなる答えを持っているはずもない。
「焦らないことよサクラコ。ピンチの時、焦った奴から死に近づいていく……。海ではそうだったし、きっとどこでもそうよ。時間をかければいいさ。なんたって私たちはモンスターなんだから」
ササラナは陽気に笑い、サクラコもそれにつられて笑う。
しかし、サクラコの中には微かな焦りがまだ残っていた。
それは優しさゆえに、みんなのために強くなりたいという思いが生み出したものだった。
● ● ●
「すいません……今日はいっぱいで」
せっかくだからと町の住民に話を聞いてきた人気店はいっぱいだった。
「どうするササ姉?」
「ごちゃごちゃしたところは嫌いじゃないが、席がないとなるとねぇ……。立ち食いするわけにもいかないし」
二人が店を去ろうとしたとき、店員が何かに気がついたように二人を呼び止める。
「今、カウンターの隣り合った二席が空いたみたいです! すぐに片づけますのでどうでしょうか?」
席が空いているとなれば断る理由はない。
二人はそこへと滑り込んだ。
「大衆食堂って感じだなぁ。メニューも幅広くて迷うぜ」
「せっかくサクラコに誘ってもらったんだしガッツリ食べさせてもらうわ!」
穴が開くのではないかというほどメニューを見つめるササラナ。
それが彼女なりにサクラコのテンションを上げようとして行っているのはサクラコ本人にも伝わっていた。
「じゃあ俺も……」
パリンッ!!
サクラコが視線をメニューに戻した時、隣から何かが割れる音がした。
「ああ……やってしまった」
「カッコつけてコートを着ようとするからですよ」
困った顔をしているちょっとくたびれた男と呆れ顔の美人がいた。
どうやら男の方が帰る際にコートをくるりとカッコつけて着ようとしてコップを割ったようだ。
掃除に来た店員に平謝りしているあたりガラの良いカップルだな、とサクラコは思った。
逆切れするめんどくさい奴もサクラコは何人も見てきている。
そういう時はちょっかいを出して店から逃げて外へ誘導し、擬態を変えて何食わぬ顔で追跡をまくのだ。
ちょっとした人助けも今回に関しては必要なさそうだ。
サクラコがそう思ってまた食べる物を考え出した時、その男が話しかけてきた。
「お嬢さん、近くで物を割ってしまいましたが怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だよ。お気遣いなく」
「そうですか……。いやぁ、お美しい女性に怪我をさせることがなくて良かった」
「お褒めの言葉ありがとう。あんたもなかなか良い人だね」
サクラコがチラッとその男と目を合わせる。
(……ッ!)
顔が引きつりそうになるのをサクラコはこらえた。
その男の瞳の奥に得体のしれないものを感じたのだ。
「もー! 鼻の下伸ばさない! 行きますよ! ご迷惑おかけしました!」
女性の方が立場が強いのか、男は引っ張られるように店を出ていった。
そこでやっとサクラコは緊張を解く。危うく擬態も解けそうなほどショックを受けていた。
サクラコは今まで無数の人を見てきた。
女体擬態には女性の観察が必要不可欠だし、男性だって理解しなければ魅力的な女性には擬態できない。
それだけに目を見ただけである程度その人物の人柄がわかる。
だが、あの男は今まで見てきた者のどれにも属さないのだ。
(なんだったんだ……? あの男よほど壮絶な人生を送ってきたのか? ただ、風貌はなんとも覇気がない。隣の彫刻みたいに綺麗な女とは釣り合わないくらいの……。でも、目の奥だけ異質だった)
思考が堂々巡りになったところでサクラコは考えるのをやめた。
今考えるべきは食べたい料理だ。
これ以上ササラナに気を遣わせるわけにはいかない。
二人は悩みぬいた末、一つの答えを店員に伝えた。
「すいません。この店で一番人気のやつください」
● ● ●
サクラコとササラナが悩んだ末に決断できず、判断を見せにゆだねていた頃――。
コップを割ったカップルは月明かりが照らすキュリス湖を眺めていた。
「また、壊してしまった……私は……!」
「そういうこともありますよ」
震える男の背に女が手を添える。
「明日は早いですし、もう宿に帰りましょう」
「ああ、そうだな……レナス」
二人の男女はその場から離れるかと思いきや、静かに見つめあう。
そして、唇を重ねようとした寸前で男の方が目を見開く。
「やはり少し……鼻の高さが違う気がする……。すぐに修正しよう……」
急に虚ろな瞳になる男。
レナスと呼ばれた女は一瞬顔が引きつったが、すぐに笑顔に戻り答えた。
「はい、ビャクイ様」




