エピローグ 氷に残された願い
氷の精霊竜が発見された地点は研究所から少し山を登った場所だ。
道はある程度舗装されていたので簡単に来ることができた。
つまり、ここには研究所の関係者が何度も足を運んでいたということ。
「こ、これは……なんという……」
氷の精霊竜から力を継承する予定であったヒムロにとって、ここの光景はひと際ショッキングに映っただろう。
いや、俺たちだってそうは変わらないか……。
機械に繋がれ、まるでパーツのようにその場に鎮座する竜がいたのだ。
チューブやコードが体の中から伸びていて生きているのか死んでいるのかもわからない。
ただ、微かな魔力の気配を感じるのみで竜の強大な魔力は感知できなかった。
「キューリィ! 説明なさい!」
混乱するエンジェが執事に説明を求める。
彼女もまた精霊竜の継承者なのだ。
ショックは大きい。
「かしこまりました。どうやらこの装置……精霊竜は雪山の気候をコントロールするのに使われていたようです。捕獲した関係者から聞き出しました。ただ、その仕組みはわからないと……」
「そう……ですのね。なんてことを……! きっとパステルから聞いたビャクイと言う男の仕業ですわ!」
「それはそうだと思われますが……どうしましょうか。このまま放置するのも良くない気がします。しかし、我々にはまったくどう手を付けて取り外せばいいのかもわかりません。下手に触ればもっと恐ろしいことに……」
「キーッ! ムカつきますわ!」
怒りでエンジェの温度が上がる。
気持ちはわかるが、今の俺たちに機械の仕組みを理解して解体するのは無理がある。
非情なことを言えば、すでに死体の精霊竜を埋葬するより、研究所からビャクイの目的と現在地を割り出して叩いた方が竜のためでもある。
誰ともなく研究所に戻ろうという空気を出し始めた時だった。
その竜は微かに動いたのは。
「……精霊力を感じる」
「あっ……! 生きてるんですか!?」
とんでもない事を直球で聞いてしまった俺に対して、竜は静かに瞬きをする。
生きてはいるが首を振る力も残っていないのだと、それで察することが出来た。
「こんな姿になると見えぬものが見えてくる……。精霊様だ……」
「そ、そうだ! 私が精霊族だ!」
普段は自分が精霊族であることに懐疑的なパステルもこの状況ではそのことを強く主張した。
同時にすぐに竜に駆け寄って【全強化付与】を発動する。
「おお……温かい光です……」
「今すぐ機械を外す方法を考える! だからそれまでは……」
「ありがたい……ですが、それは自分で出来ます……。もうじき私は雪となって消えます……」
「そ、そんな……」
「ははは……気合だけで生きているようなものですのでね……。いや、生かされていたのか……。結局、私は精霊様に与えられた役目を果たせたのかわかりません……。だから、これから果たします……!」
どこに隠されていたのか、氷の精霊竜から一瞬だけ魔力があふれ出る。
すると、地面を割って巨大な氷柱が姿を現した。
氷柱の中には……剣が入っている。
「奴に……立ち向かうにはこの剣……精霊剣を使うほかありません……。これを隠しぬいて精霊様に渡せてよかった……。それだけが……私が生き恥を晒しても生きた意味……」
「精霊剣? 隠しぬいた? おぬしは精霊族がこの世界にまだ存在すると知っておったのか!? そうでなければ精霊族しか使えぬ精霊器を隠す意味もないではないか!」
「真実は……奴が残した物の中にあります……。恐ろしく繊細な男……情報はすべて残す……。誰かに知られても構わない……永遠に失われることを恐れている……」
「待て! 死ぬでない! まだ名前すら聞いておらんぞ!」
「エンディゴ……です……。覚えていてくだされば……それだけで……」
「エンディゴ! エンディゴだな! 覚えたぞ!」
氷の精霊竜エンディゴは最後に微笑んで雪に変わった。
それは山に吹く風に逆らってヒムロの方へ飛び、彼を真っ白に染め上げた。
目は見えずともヒムロの思いを見抜き、たとえわずかでも力を与えようとしてくれたのだろう。
ほとんど魔力の流れを感じなかったが、それ以上に大きなものをヒムロは受け取ったようだ。
「……研究所に戻りましょう! エンディゴの遺した言葉を信じて、ビャクイの目的を……真実を突き止めるんです!」
● ● ●
研究所の資料を調べるのにはかなりの時間がかかった。
というのも、そもそも研究資料を正しく読み解けるほどの知能がある者が少ないのだ。
俺、パステル、エンジェはてんでダメ。
メイリ、キューリィは教わって何とかヒムロの足を引っ張らない程度にはなった。
そこへさらに精霊門でダンジョンからココメロを呼びだして調査班に加え、恩返しがしたいというペルプも加えた。
ペルプは一人の間本を読んでいたので相当読むスピードが速い。特定の文字列を探し出すことなどに大いに役に立った。
そして、役立たず組は読み終わった資料の整理などの雑用に追われていた。
エンディゴが言い残した言葉の通り、ビャクイは細かい情報を逐一書き記しては置いておくクセがあるようだ。
おかげでこっちは忙しいけど、その動きを詳しく知ることが出来る。
俺たちは黙々と作業に没頭した。
精霊剣もエンジェに氷柱を溶かしてもらって取り出した。
ゲートメダリオンと同じく金を基調にした美しい剣だ。
普通の剣として持つことも振ることも出来るが、真の力を引き出せるのは精霊族であるパステルだけだ。
そのパステル曰く、剣には長年蓄積された自然のエネルギー、精霊力が満ち満ちているらしい。
この剣がビャクイの打倒には必要なようだがいったいどういうことだろうか?
その答え、ビャクイの真の目的、今の行動……。
すべてを知ったのはエンディゴと出会ってから五日後の事だった。
● ● ●
「さあ、ダンジョンに戻って別動隊と合流しよう」
身支度を整えた俺たちは研究所の一画に集まった。
ここからパステルの精霊門をダンジョンのゲートメダリオンとつなぎ、一気に下山するんのだ。
「わたくしたちは来た道を帰りますわ。くれぐれもお気をつけて」
エンジェは精霊剣とともに眠っていた新たなゲートメダリオンをチラッと見せる。
これでいつでも連絡を取れるし、何かあればお互い駆けつけられる。
新たなゲートメダリオンはもう一つあって、そっちはペルプに持たせた。
ここはビャクイの研究施設のある山だ。
また戻ってきた時のために連絡を取れるようにしておかねばならない。
精霊剣もそうだけど、ゲートメダリオンも隠しとおしてくれたおかげで俺たちはぐんと戦いやすくなった。
エンディゴには感謝してもしきれない。
「エンジェよ。わかっていると思うが……」
「ビャクイと出会った時はすぐに連絡……ですわね?」
「うむ、奴を倒すには精霊剣がいる。カッコつけて倒そうなんてしても無駄だぞ」
「安心なさい。わたくし、そういう破滅の美学は好きではありませんの」
「自爆覚悟で戦う奴がよく言う……。まあ、信頼しているぞエンジェ」
「こちらこそ、頼みましたわよパステル」
二人の魔王の少女は拳を突き合わせるという男らしい挨拶をして別れた。
あと話しておくべき相手は……ペルプだ。
「毎日状況を連絡すること。そして、少しでも異変を感じたら間違っててもいいから俺たちを呼ぶこと。いいね?」
「重々承知している。私ももう怖い思いをするのは嫌だからな。本当に我が部族だけでなく、すべての部族を助け、山を取り返してくれて……ありがとうございました!」
涙を流して別れを惜しんでくれるペルプを精霊門でいつでも会えると慰める。
それに本当の山の平和を取り戻すのはこれからだ。
今一度連絡することを念押しし、俺たちはダンジョンへの門を開いた。
この山で出会った数々の願いを無駄にしないため。
そして、これ以上犠牲を出さないため。
ビャクイを見つけ出し、その野望を切る!
毎日更新継続中。
テンポ良く進めていこうと思います。




