第10話 超える力
「それにしても高いところに来た……。誰にも見つけてほしくない建物を建てるなら確かに最適な場所だ。移動のことを考えなければだけど」
雪深く標高も高いので空気が薄い。
いるだけで苦しくなる環境だ。
そうまでして隠したい研究……だったのだろう。
「このまま正面から乗り込むか? 向こうには山の部族たちもいるし、ペルプが見つかると人質にされる可能性も高いのが気がかりだが……」
パステルもだいぶ息が上がっている。
戦力として期待できるのは俺とメイリとヒムロ。
敵の戦力は未知数。
正面から乗り込むのは得策ではないが『ならば裏口はどこにあるのか?』という問題もある。
遠くに見える研究所らしき建物の裏に回るのにも山をぐるっと回らなければならない。
お屋敷の裏から入るように気軽にはいかないのが現状だが……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「……ん、地鳴り? どこかで雪崩でも起こったかな?」
「エンデ! ちょうど私たちの真上だ!」
パステルの指さす先、つまり俺たちのちょうど上の山肌から大きな雪崩が起こっていた。
ここは雪山だ。
登っている間にも何度か遠くで起こる雪崩を見てきた。
だからこそ平地暮らしの俺でも今回の雪崩は大きいと言える。
そして、直撃コースだ!
「エンデさん、私が氷壁を作りましょう!」
ヒムロが前に進み出ようとするのを俺は止める。
足元は雪だ。壁を作っても固定できない。
「ならば私が魔法で吹き飛ばして見せます!」
俺はメイリも止める。
彼女が新たに習得した魔法ならば雪崩を吹き飛ばせるかもしれない。
しかし、強い衝撃はまた新たな雪崩を生むかもしれない。
「ここは俺に任せて! パステルはいざという時に全強化を俺にかける準備を!」
「うむ、わかった!」
イエティたちも含めて全員を俺の周囲に寄せて、新たな技を発動する。
「毒霧の領域!」
毒と言いつつ今回使うのは薬だ。
それを霧状にして俺たちを包むように展開する。
今までは強い風や魔法で簡単に吹き飛ばされていたが、毒霧の領域は吹き飛ばない!
それでいて物理的、魔法的な攻撃を遮断することも出来る。
問題点を挙げるとするならば、霧は透明ではないので周囲の状況を確認できないことだ。
……割と大問題だったりする。
しかし、俺は霧に触れているものがあれば感知できる。
攻撃が止んでいるか、霧の中に何か紛れ込んでいないかは判断できるといことだ。
そして、いま雪崩をやり過ごしたことがわかった。
俺の表情の変化を察したパステルがすぐに話しかけてくる。
「強化の必要はなかったか。また頼りになるようになったなエンデ」
「まだまだ、君をどんな敵からも守れるようになるまで俺は強くなるさ」
「ふっ……。のろけはこれくらいにしておこう。またかと思われてしまうからな」
霧を解除して竜眼で広い範囲の状況を確認する。
今回の雪崩は偶然にしてはあまりにもタイミングと位置が良すぎる。
攻撃と考えても行動した方が正しい。
それはみんなもわかっているようで、それぞれの死角をカバーするようにポジションをとる。
ペルプなんてすでに刀を抜いている。
そして、その対応が正しいことはすぐに分かった。
「仁王立ちとは堂々とした黒幕だなぁ……」
雪崩の発生地点と思しき場所に腕を組んだ半裸の男。
距離から見ても異常な身長、筋肉の付き方、変色した肌。
こいつが山賊の頭にしてこの山に国を作ろうとしている男ガロンだ。
周囲には薬物ブーストされたらしきモンスターも何頭かいる。
しかも鎖らしきものはついていない放し飼いスタイル。
戦闘準備は万端と言うわけか……。
「パステルとペルプは少し下がって。いざという時はゲートに一時避難だ」
「うむ!」
「わ、私は戦う!」
「ペルプ、君に何かあったら……わかるよね?」
もしかしたら部族の生き残りは彼女だけかもしれないのだ。
その意図を察してくれたのか、ペルプは剣を抜いたまま後方に下がった。
イエティたちもそれに従うように後ろに下がる。本来大人しい種族なのだ。
「ヒムロさんは後ろに気を配ってください。メイリは遠距離から俺の支援、俺は前に出てモンスターを正常に戻せるだけ戻す!」
「了解です!」
「了解しました!」
そうこうしているうちにガロンはモンスターを放ってきた。
狂ったケダモノが純白の地面を駆け下りてくる。
流石にあの数が一斉に降りてきてはブラッドポイズンもやりにくい。
俺が支援を頼もうとした時、すでに二人は動き出していた。
「寒冷地は良い……。普段よりすこぶる力が出せますからね!」
ヒムロは氷の身体を持つ魔人。
彼と出会った場所である港町テトラは温かい場所だったが、ここはとんでもなく寒い。
一般人でも水をぶちまければ氷を作れるほどなのだから、まさにホームグラウンドだ。
無数の氷弾でモンスターたちの身体を凍らせ行動不能にしていく。
「雪崩を誘発しない程度の威力で……撃ちます!」
メイリは新装備『アラカルトライフルII』から魔法弾を撃ちだす。
多種族都市ロットポリスの技師たちによって造られた複数の魔法弾を撃ちだせる『アラカルトライフル』。
それを小型化をコンセプトに再設計したのが『II』だ。
以前の物が大型ライフルだったのに対し、『II』は二丁の銃となっている。
この状態での威力は『アラカルトライフル』に劣るが、二丁の銃を連結させることで威力を高めることが出来る。
攻撃力と扱いやすさ、さらにはメンテナンス性も向上させた『II』の何恥じない兵器だ。
さらに撃ちだす魔法弾も進化している。
こちらはメイリの努力の成果と言っていいだろう。
その名も『水蒸気爆弾』。
小さな泡のような弾丸の中では何やらすごい反応が起こっていて、爆発するとすごい威力になるらしい。
よくわからないが繊細なコントロールがなせる業とメイリは言っていた。
今は大きな爆発で雪崩を起こしてはいけないので、最低限の威力でモンスターたちを鈍らせている。
「俺も頑張らないとな……!」
活きのいいモンスターからどんどんブラッドポイズンで正常な状態にしていく。
雪山には大人しいモンスターが多いのか、薬物から解き放たれるとみなすぐに逃げていく。
きっと大暴れするような奴はエネルギーを使いすぎて吹雪の中で生きていけないのだろう。
とにかく治した後も襲いかかってくるようなことがなくて良かった。
「やるじゃねぇか小僧ォ!」
「あ、どうも」
「その様子じゃ人間ではないなァ! お前も魔人ってところか!」
「えっ……お前は!?」
ガロンがすでにその巨体を俺の射程距離にまで詰めてきている!
いったいどうやって……?
戦闘中も山の上にいるガロンの姿をチラチラと確認していたはずだ。
目を離したのは一瞬。どうやってここまで来た?
飛んできたにしても着地の衝撃を消せるほど重量が軽いとは思えない。
ただ、俺の距離に入ってきたなら攻撃あるのみか!
「毒蛇剣ッ!」
金属の刃が紫の蛇のように変質しガロンに伸びていく。
噛みついてしまえばこっちのものだが……。
「攻撃が簡単すぎるなァ! ふんっ!!」
ガロンが手のひらを向けると、毒蛇剣が地面にくぎ付けにされた。
こっちから力を込めてもまるで動かない。
何か見えない重いものでも乗せられているように……。
「重力か!?」
俺は毒針をガロンに撃つ。
だが、それはガロンの体に刺さるギリギリのところでフワッと浮かび上がった。
そして、頭の上まで浮かんでからストンと地面に落ちた。
魔法か、スキルか、わからないけどこいつの能力は『重力操作』だ。
気付かれずに一気に距離を詰めてきたのも能力をうまく利用したに違いない。
自分にかかる重力を軽くして高く飛び、重くして素早く降りる。
そして着地前にまた軽くすれば衝撃も少ない。
「考え事をしてる余裕があるたぁな! 大物なのか大馬鹿者なのかッ!」
ガロンの重力操作が俺に及ぶ。
ズシッと体の重さが何倍にもなる感覚を味わう。
動けないわけじゃいないが……これで戦えはしない!
しかし、ガロンは重力操作の射程が極端に短いことはわかった。
奴の腕が届く範囲からほんの少し先までだ。
しかもそれは重力を増す方の能力だけで、軽くする能力はガロン自身とその周囲ギリギリにしか発生しない。
ならば、あの二人の遠距離攻撃で……!
「いきなりボスのお出ましですか!」
「殺さず無力化が望ましいですね」
ヒムロは地面をつたうように氷を広げてガロンを冷凍しにかかる。
この方法なら重力の影響は受けにくい。
メイリの『水蒸気爆弾』は爆発する。
体の近くで地面に落とすなり浮かせるなりしても爆風は受けることになる。
俺よりも相性の良い二人の攻撃がガロンに迫る。
さて、どう対応するか……という俺の思いとは裏腹にガロンにすべての攻撃が命中した。
魔力切れか……?
いや、だとしても腕で急所をかばうくらいはするはず。
おそらくは……。
「ほう……警戒を解かねぇか。流石魔人と言っておこうか」
ガロンは予想通り無傷だった。
変色し青黒くなっている肌は不健康に見えるが、相当に頑丈らしい。
「霧……いや薬か毒の魔人と氷の魔人、それにそこそこ魔力の高い女のモンスター、それにガキか。ハハッ! よくわからん組み合わせだなァ! 俺様は頭を使うのが苦手なんだよ。お前たちが何の目的で集まってここに来たのか考えたくもない。ただ、邪魔なんで大人しくしててもらうぜェ!」
ガロンは思い切り地面を殴った。
重量を増したその拳は大きな揺れを生み、先ほどよりも大きな雪崩を発生させた。
それと同時に俺を含めて仲間全員が地面に膝をついた。
ガロンを中心として円形の重力場が発生している!
「すまねぇなァ! 重力場は意外と広範囲まで届くんだ! ただ、これをすると俺も動けなくなる! それでいて押し潰して殺せるほどの重力は発生しないもんだから本来無駄な特技なんだわ。まっ、この状況だとそうでもないがな」
このまま雪崩に俺たちを巻き込むつもりだ。
もちろんガロンも巻き込まれることになるが、奴の超人的な肉体ならば無傷で済むのだろう。
対してこちらも俺とヒムロは問題ないはず。
だが、メイリも含めて女性陣は……。
「ハッ! 良いねェ! その顔だァ! 恐ろしいだろこの力が……! 俺様も実際に改造を受けるまでは半信半疑だったが、直感を信じてよかったと思ってる! この魔人を超えた魔人、超魔人の力……これがあれば伝承の精霊竜すら恐ろしくはない!!」
「超魔人……だと!?」
ビャクイの関係者ならば人造魔人のことは知っていると思っていたが、奴自身がその発展形とは……。
研究施設で行われていたのは超魔人を生み出す研究だったのか?
いや、今は考える必要はない。雪崩からみんなを守りガロンを倒すのが先だ!
危険だが……ここは奥の手を!
その時だった。
急に日差しが強くなり、まばゆい光がその場にいる全員の目をくらませた。
気温がどんどん上昇し、雪が柔らかくなっていく。
「な、なんだこれは!?」
ガロンは重力操作を止めて天を仰ぐ。
重力から解放された俺たちも異変の原因を探る。
まるで太陽が落ちてきているかのような急激な環境の変化だ。
雪崩となっていた雪もすべて水と化し、一瞬で蒸発した。
人間の力どころか、大自然の力でもなかなかこうはならない。
だが、この熱い風を俺は知っているような……。
答えを探して見上げた空に太陽は二つあった。
「ごきげんよう、パステル」
艶のある赤い髪をくるくるとロールさせ、スタイルの良い体を真っ赤なドレスに身を包み、竜のような真紅の瞳でこちらを見つめる少女がいた。
「お久しぶりの方はお久しぶりですわ。そして、初めての方はお初にお目にかかりますわ。わたくし、エンジェ・ソーラウィンドと申しますの。以後お見知りおきを」




