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第09話 ある男の野望

 ペルプの家に戻った俺は捕獲した男の元へ向かう。

 男は指示通り縄でぐるぐる巻きにされ地面に転がされていた。

 しびれ毒もまだ効いているようでまったく体が自由に動かせない状態だ。


「これから拷問かエンデ?」


「そんな趣味はないから素直に知っていることを全部話してくれるといいんだけどね」


 心からそう思う。

 転がされている男は髪もひげも伸びきっていてボサボサで、溶けきっていない雪が絡みついている。

 まさに雪山を根城にしている悪党って感じだ。

 俺はその首筋に手を持っていき、しびれ毒の解毒薬を撃ち込む。

 数秒して男はしゃべりだした。


「だ、誰だおまえら? 俺を……どうする気だ!?」


「返事次第って言っておこうかな? まずあなたは誰?」


 男は数秒間沈黙したが、やがてあきらめたように静かに口を開いた。


「名はゲルグだ。元は山賊をやっていたが、お(かしら)がある男に協力すると言い出してからは各地を転々として今はこんな雪山の中さ……」


 ある男……各地を転々……。

 気になる情報はたくさんあるが、一つ一つ聞き出していくか。


「なぜこの雪山に来た?」


「下っ端の俺にはハッキリとしたことはわからん。だが、お頭が協力している男の研究を人目につかないところでやりたかったという話は聞いている」


「この山のどこかにその研究施設はあるんですね?」


「山頂付近にある。俺もそこから降りてきた。山に侵入者がいるとか見張りが言うから駆り出されたのさ。どうせ見間違いかと思っていたら、本当だったようだ……」


 やはり見られていたか……。

 不用意な飛行だった。それは反省しよう。


「次の質問です。この山に住む部族たちをさらったのはあなたたちですか?」


「そうだ。ほぼ全員をな。それに加えてイエティも捕獲した」


「何のために?」


「知らねぇ。実験材料だったらしいが、今は奴隷さ」


「どういうことです? 実験はやめたんですか?」


「ここの支配者が変わったのさ。研究者から俺たちのお頭にな。俺たちには研究なんてできねぇし、さらったやつらは働かせるくらいしか使い道が思いつかなかった」


「研究者はどうしたんですか? 殺したとか?」


「外出から長い間戻らねぇのさ。最後に見たときはかなり体の調子が悪そうだったから、くたばったんじゃないかって思ってな。ありがたく研究所はもらって、そこを生活拠点にしつつこの山に国を造ろうとしてんだ」


「国を!?」


 急に何を言い出すんだと俺以外の仲間たちも全員驚く。

 その理屈がまるでわからない。


「アハハッ! だってよ、ここってなかなか攻め込めないだろ? それに見つかりにくい! 悪党の拠点にはぴったりだ!」


「でも、この吹雪の中山を下りてわざわざ悪さをしに行くのも効率が悪いんじゃ……」


「それが吹雪はどうにでもなるらしいんだ。仕組みはまったくわからんがな……。他にも研究所にいるよくわからねぇ怪物をうまく使役すれば移動も速い。十分この山を拠点に活動はできるのさ。まあ、今回俺に与えられたのはイエティだけで、吹雪も止めてくれないあたりかなり下っ端だってことがわかるだろ? 許してくれよ」


「許すかどうかはまだ生きている部族の皆さんと決めます。で、最後にその研究者の名とお頭の名を教えてください」


「へへっ……お頭の名はガロン。強いぜ……あの人はもう人間じゃないからな……。逆らわないのが身のためだ」


「安心してください。俺も人間じゃありませんよ」


「だ、だろうな……。お前も強かったさ……。だが、それを超えた存在なんだお頭は……」


「研究者の名を教えてください。予想はつきますが」


「研究者は確か……ビャクイと名乗っていた。ひょろひょろして頼りなさそうな、いかにも勉強だけしてきましたって男なんだが、なぜかお頭は従っていた。ああいうかしこぶってるタイプは嫌いなはずなんだが……。ただ、お頭は賢くないが野性的な嗅覚……直感がある。おそらくそれが奴を利用できると判断したんだろうな……」


 俺はヒムロと顔を見合わせる。いきなり当たりだ。

 ビャクイ自身はここにはいないが、その目的やこれまでの足跡をたどるために必要な情報がこの山の上にはある。

 何としても手に入れねば。

 そして、ペルプの家族や他の部族の人々をできる限り助け出すんだ。


 ただ、気になるのは氷の精霊竜。

 これだけ近くに悪意が潜んでいるのに出てこないということは、よほど人間に関わりたくないのか、それとも……。

 男にも一応聞いておくか。


「あなた、この山に住んでる精霊竜のことは知っていますか?」


「精霊竜……だ? あのおとぎ話とかに出てくる奴か? この山にいるのか? というか本当にいるのか?」


 ……嘘ではなさそうだ。

 この男自身あまり今のお頭を慕ってはいなさそうだし、情報を漏らすことに対して何も思っていない。

 竜の情報だけ張り切って演技して隠しているとは考えにくいな。

 知らされてないだけ……という可能性はあり得るが。


「いえ、竜のことは結構です。忘れてください」


 俺は毒針で男を眠らせる。

 何らかの通信手段を持っていると厄介だからね。


「欲しかった情報がすべて手に入ったという感じだなエンデ」


「まったくだ。上手くいきすぎかも」


 とはいえ笑顔を見せられる状況ではない。

 今も山頂で山賊の頭ガロンによって人々が苦しめられているんだ。


「みんな体は大丈夫? 夜明けとともにここを出発しようと思うんだけど」


「ええ、問題ありませんエンデ様」


「私もです。これでも魔人なんでね。一日寝ないくらいまるで苦にはなりません。ありがたい……と言っていいかは複雑なところですが」


 メイリもヒムロも流石ランクA、タフさが違う。

 ペルプもぐっすり眠った後は動けるだろう。

 もしダメなら移動中はダンジョンの方に移しておけばいざという時すぐ呼べる。


「私も問題ないぞエンデ。これでも魔王なのでな」


 パステルがドンと胸を張る。

 昨日の夜あれだけやる気だったんだから心配していない。


「じゃあ、夜明けまで出来る限り休もう。その後は山頂……ビャクイの研究所を目指す」




 ● ● ●




 出発の朝。

 夜明けの日差しが温かいと感じられるほど吹雪は弱まっていた。

 これを好機と俺たちは山頂を目指して歩き出した。


 先頭を歩くのはイエティたち。

 住処というだけあって彼らは軽快に雪の山肌を進む。

 たまに回り道をしたりするのはおそらく雪に隠れたクレバスなど危険な場所から俺たちを遠ざけてくれているのだろう。

 雪山でこれほど頼りになる先導者はいない。


 ペルプは夜明けとともに起きて歩いてついてくると言い出した。

 流石に一食二食しっかり食べただけでやせた体は元には戻らなかったけど、顔色はずいぶんと良くなっていた。

 今もその足で雪を踏みしめ集団から離れずについてきている。

 といっても、彼女はただの人間。気遣いを忘れてはいけない。

 いざという時はダンジョンに逃がすから素直に従ってほしいと言い聞かせてある。


 このように好条件が揃ったこともあって雪山登山は順調に進んだ。

 いくつか他の部族の集落にも立ち寄ったが、どこも雪に埋もれて生活の跡はない。

 ただ、見ていて寂しい気持ちになる光景だけが広がっていてた。

 そのたびに山頂へ向かう気持ちは強くなり、弱音も吐かず、それでも楽しい話はして前に進み続けた。


 それから数日を要して俺たちは山の上の方までたどり着いた。

 眼下には広い大地がどこまでも広がり、地平線が丸く曲がっている。

 とても高いところまで来たんだ……と実感する。空を飛んだことはあるけど、ここまで高くなかったと思う。

 ただこの光景は感動的だった。

 その思いを胸に山の方を振り返った俺の竜眼は、ここよりさらに高いところにある人工的な建物を捉えた。

 雄大な自然の中の異物……あれがビャクイの研究所だとすぐにわかった。

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