第08話 吹雪の中でうごめくもの
ペルプの家には煙突がない。つまり暖炉がないのだ。
外の冷気は特殊な材質で遮断できているので、人が集まっていれば自然と家は温かくなるらしい。
しかし、今この家には五人しかいないうえ、それぞれ別の部屋にいる。
メイリはペルプの寝室にいて眠る彼女を見守っている。
ヒムロはペルプの父の書斎らしき部屋で文献を漁ってから寝るとのことだ。
そして、俺とパステルは家の玄関近くの部屋、リビングに当たる場所でランプの光を見つめながら過ごしていた。
揺れる火を見つめていると非常に心が落ち着くが、これが毎日となるとしんどいだろう。
この家には窓もないので本当に閉塞感がある。
「それにしてもパステルも気づいてたんだね」
あの吹雪の中を移動中に何者かの気配を感じ取っていたのは俺だけではなかったんだ。
やっぱりパステルも成長してるんだなぁとなんだか嬉しくなる。
「当たり前だ。エンデの出しているサインに気づかないわけなかろうが。しかしまさかあの話を聞いた後に言い出すとは思わなかったがな。人様の家だしのう」
「え、パステルなんの話?」
「ここまで来てとぼける必要はないぞ。我慢できんのだろう?」
パステルが俺の腕に抱きつく。
ま、まさか……。
「良い良い。多少申し訳ない気もするがまた体を温め合おうぞ……」
目をつむって体を預けてくる。
そういう風に受け取っちゃったのか!?
く……流石にそんな気分ではない。
傷つけないように誤解を解こう。
「パステル、あのね……何か近づいてきてる」
「何っ!?」
俺もドキッとした。
今この瞬間、俺の魔力感知の範囲内に何かが入ってきた。
家の外ではあるがそれなりに強い魔力が六体、さほどでもないのが一体感じ取れる。
少なくとも六体の方は人間ではない。モンスターだ。
しかし、そうなるとさほどでもない奴が平然とモンスターの群れに同行しているのが気になる。
まあ、出て確認すればすぐわかるが。
「エ、エンデは冷静だな……。私は急に何者かが現れてドキッとしたぞ。すっかり気を緩めておったから……」
「俺も少しドキッとしたよ。でも、この集落に着く前、飛んで周囲を確認してた時に変な感覚を覚えたんだ。もしかしたら何者かに見られたかなって。だから、警戒して今日は寝ずの番を申し出た」
「そ、そうなのか……。と、いうことは私を誘ったわけではないのだな!? これでは私が色ボケしているようではないか!」
「ひ、否定はできないね。まあ、わかりにくい言い方をした俺が悪いよ。本当ならわかりやすくみんなにも話しておくべきだったけど、本当に少し寒気が走っただけだったから不安にさせるのも悪いかなって。でも、ここはもう敵地。少しでも情報を共有して警戒してもらうべきだった」
「むぅ……いや、私が悪かった。みなにこの事を知らせてこよう。エンデはどうする?」
「少し様子を見てから仕掛ける。敵にせよ味方にせよ情報が欲しい。どこかに行ってしまう前に接触する」
「わかった」
パステルが家の奥の仲間たちの元へ向かう。
俺は玄関の扉の前まで進んで外へと魔力と意識を向ける。
外の者は何かを探すようにあたりをうろついているようだ。
おそらく空き家の中を一つ一つ探っている。
となると、ここに来るのも時間の問題だ。
屋内での戦いは避けたいし、こちらから出向くとしますか。
二重のドアを素早く開けて外へと出る。
夜だがそこまで暗くはない。
そういえば北の大地は夜でも太陽が沈み切らない場所があると聞いていたな。
まあ、吹雪は依然強いので目だけではなく魔力感知も併用しつつ周囲を確認する。
すると、雪の中にうごめく白いものが見えた。
目の錯覚じゃない。白い毛むくじゃらの生き物が六体いる。
ゴリラを少し人間に近づけて体を大きくしたような姿だ。
荒々しく息を吐きながら首輪に取り付けられた鎖をじゃらじゃらと鳴らしている。
「あの生き物に隠れて姿が見えないけど、後ろに飼い主がいるな。それにしても獰猛そうな生き物だ……。あれが本来の姿なのか、それとも……」
毛むくじゃらの生き物たちが俺に気づいた。
なかなか鈍そうな見た目をしているのに敏感じゃないか。
俺は先手を取って剣を抜き、その場で振った。
すると、刃が黒く染まり蛇のようににゅるにゅると伸びで生き物の一体に突き刺さった。
ゲッコウ内湾で戦ったスキュラクラーケンの力が血を吸い切ったことによって俺の目覚めた。
名付けて『毒蛇剣』。
蛇のように空を這って敵に食らいつく剣だ。
『クラー剣』という案も人気だったが俺が却下した。ダサい。
「ブラッドポイズン!」
刃から血を吸う。
……やっぱり、狂暴化や行き過ぎたドーピング効果がある薬物が血液に混ぜ込まれている。
そして、これはアイラに使用されていたものと同じだ……。
すぐさま効果を打ち消して正常な血液を流し込んでいく。
毛むくじゃらの仲間たちは仲間が攻撃されていると判断し俺に向かって牙をむく。
しかし、襲い掛かることは出来なかった。
ペルプに使った毒で出来た針をさらに大きくして分厚い毛皮を貫通するようにしたもの『毒結晶』を打ち込み、体をマヒさせたからだ。
「大人しくしててくれよ……。そしたら元気にしてやれるから……」
まず一体目の治療が終わり次にとりかかろうとした時、白い生き物の陰から鎖を持った男が現れた。
男は倒れこんでいる生き物たちと突然現れた俺の存在に大層驚いたようで、鎖をほっぽり出して逃げ出そうとする。
無論逃がしはしない。
毒針を何発か放ち、男は白い雪に倒れこんだ。
やっぱ、飛び道具は便利だなぁ。習得しといて良かった。
液体のまま毒をばらまくよりか何倍も効率がいいし安全だ。
「エンデさん! 大丈夫ですか」
ペルプの家から飛び出してきたヒムロが声をかけてくる。
先ほどまで文献を読んでいたからか眼鏡をかけっぱなしだ。
「ええ、俺は大丈夫です。この毛むくじゃらの生き物たちは薬物に犯されているんで今から治療します。ヒムロさんはあっちに倒れている男を家に運び込んで拘束しておいてください。今は眠り薬で眠っていますけど」
「了解です。それにしても敵はイエティまでも使役しているとは……」
「イエティ?」
「彼ら白い毛むくじゃらの生き物のことです。雪山に住む非常に心優しい獣で遭難した人を見つけたら助けることもあるそうです。その優しさを利用され捕まったのかもしれませんね……」
「く……早く解放してあげないと……!」
ブラッドポイズンによる治療を素早く終え、イエティたちは健康になった。
彼らは頭が良いようで俺に向かって頭を下げてくる。
「いや、いいよいいよ。君たちも住処におかえり……と言いたいけれど、山には今悪い奴がいるんだよね……」
どうしたものかと悩んでいると、イエティたちは慣れた手つきで雪を一点に集め山のように盛るとその中を大きな手で掘ってくりぬき、その中で身を寄せ合って眠り始めた。
まだ眠っていない一体は最後に山の上の方を指さした。
「もしかして……上までついて来いってこと?」
イエティはうんうんと頭を縦に揺らした。
その後すぐに眠ってしまったので、それが眠気からくる頭の揺れか、言葉を理解して返事をしたのかまではわからなかったが、とりあえず彼らは友好的なようだ。
「さあて、これでイエティの方は良し。ただあと一人、友好的には話を進められそうにない奴がいる……」
捕獲した男を起こし情報を聞き出さないといけない。
謎が多すぎるんだ。手荒なことはしたくないけど、手加減するわけにもいかない。
俺はもう一度だけ眠るイエティを眺めつつ、周囲を魔力感知で探る。
異常はなかったのでサッとペルプの家に戻った。
ぼんやり明るくとも夜の雪山は冷える。




