第07話 潜む悪意
「部族の者が減りだした最初の事件は、交流の途絶えた部族の集落を心配してこちらから出向いたことからだった」
低いがハッキリとした声色に変わるペルプ。
彼女の強い意思が伝わってくる。
「出向いた者たちは……帰らなかった。その後、手練れの男たちの一団が準備に準備を重ねて赴いたが……帰らなかった。そこには父も加わっていた。いなくなってはならない族長だが、戦力としては最も優れていて、じっとしていられない人だったから……」
「その……交流が絶たれた部族は一つだけだったの? 他の部族が無事なら協力して……」
「残った者たちはそう思った。そして、別の部族のもとに協力を要請しに向かい……同じ結果だ。雪山は広すぎるし、他の部族の集落に向かうのも時間がかかるうえ、何があったか確認のしようがない……」
気まずくてこれ以上の疑問をぶつけられずにいた俺に変わってヒムロがペルプから情報を引き出す。
「雪山の環境は厳しいようですね。外もすごく吹雪いていますし、ここで生活などそもそも出来ていたのですか?」
「……これは言っていいのか? いや、いいんだ」
一瞬だけペルプはためらうそぶりを見せた。
「それぞれの部族の集落には太陽石と呼ばれる光放つ石がある。石は周囲の空間に温もりを与え、我々を吹雪から守るんだ。ずっと昔から存在する特別な物で、お祈りをささげるのが日課になっている我々の宝だ」
「ふむ、その石の力によって集落は生きていくに適した場所になっていたということですね。それはお祈りをささげるのもわかる話です。ですが、見たところ外は吹雪にさらされていて、石も見当たりませんでした」
「我々部族がその数を減らし、どうにもならなくなっていたある日なくなった。夜のうちに根元から力づくで引っこ抜かれていたんだ。見たことがないものにはわからないと思うけど、石は巨大でとても人間が持ち上げられるものじゃない。そのうえ、それを吹雪の中どこかに持ち去るとなれば……とんでもない怪物しかいないと思った」
「むぅ、山から下りて助けを求め……られませんよね。すいません……」
雪山しか知らない少女にとっては外の世界は未知の領域。
俺たちから見たネージュグランド並みに立ち入りたくない場所のはずだ。
「その通りだ。どこにも行き場所のなくなった我々はみんな家に引きこもってどうにか事態が良い方に転がらないかと祈った。私は両親をすでに失っていたのでこの家に一人でいた。怖くて怖くて……前に教えられていた隠し部屋でずっと震えていた。でも、もしかしたらみんな帰って来てるんじゃないかってある日、外に出たら……みんないなくなってた」
「それからは……その……」
「備蓄されていた物を食べて細々と震えながら生きていた。いつか私も怪物に連れていかれるんだって……。それがずっと続くと頭もおかしくなってきて……。今日外に出てたのはそなたたちを迎え撃とうとしたわけじゃない……。みんなを探しに山の上を目指そうか、ここから逃げ出すために山を下りようか悩んでいたんだ。そこでこっちに来る人が見えたから、最期は部族の役目を果たしてから死のうって……」
涙を流すペルプ。
彼女をそっと抱きしめるパステル。
俺に出来ることは……。
「ペルプ、君を怪物には連れて行かせない。俺が戦う」
同情からの言葉、そして行動であることは間違いない。
俺たちは明確な目的をもってこの山に入ってきたのだから、そちらを優先すべきだ。
しかし、この山に巣くう怪物が俺たちの目的とする精霊竜とまったく無関係とは思えない。
いったいこの雪の中に何が潜んでいるというんだ……?
一つだけわかるとすれば、それは俺たちにとって味方ではなく、精霊竜にとっても良い存在ではないということだ。
精霊竜は古代の生き物、当然部族がこの山に住みだすよりも前から山にいるはずだ。
ここにきて急に部族を滅ぼしたくなった可能性もなくはないけど……やはり薄い。
俺たちのように外部から入ってきた者が雪山にうごめいていると考えた方が自然だ。
「ペルプ、悪いけどもう一つ聞いていい?」
「ぐずっ……なに?」
「部族になにか竜が出てくる伝承ってないかな?」
「え……ある。山の頂上にはこの山の吹雪を支配している精霊竜様がいて我ら部族を見守っていてくださるって、よく父さま母さまから聞いた」
「そうか……ありがとう」
一応確認したけど、やはりここで当たりのようだ。
目指すべき場所は頂上……わかりやすくていい。
「何か……そなたたちが雪山に入ってきた目的と関係があるのか?」
「そういえば話してなかったね。俺たちはその精霊竜様に会いに来たんだ」
「精霊竜様は実在するのか? おとぎ話の中だけじゃ……」
意外と彼女は現実主義者なのか。
ちょっと困った人を見る目で俺を見てくる。
「存在する。だって俺、別の山に住んでた精霊竜様から力を授かった継承者だもん」
「えっ!? では、精霊竜様と話したことがあるのですか!?」
「もちろん、ていうか今ここに呼ぼうか?」
パステルにお願いして精霊門を開いてもらう。
そこから現れたのは少々眠たそうなヒューラだった。
「もうお眠かいヒューラ?」
「そうだよ。もう夜だぜ。吹雪の中じゃわからんかもしれんが。で、作戦会議のメンバー割り振りで俺を忘れてたエンデくんが何の用だ?」
「ご、ごめん。何度でも謝るよ……」
「まっ、いいよいいよ。俺は戦力にはならんし」
実際すっかり忘れていたヒューラは、ココメロと同じくダンジョンでお留守番組だ。
体がトカゲのように小さくなっているヒューラに雪山の寒さは厳しい。
かといってキュリス湖組について行っても水の精霊竜ともめかねない。
ちんちくりんになってしまったヒューラを生で見て力の継承を『やだやだ!』とごねられても困る。
「いや、用っていうのはね。この子に本物の精霊竜を見せてあげたかったんだよ」
「はっ、見世物かよ! はぁ……俺が精霊竜だぞー」
前足をひょいっと上げてペルプに存在をアピールするヒューラ。
ペルプは俺への信頼を失っていそうなほど冷たい目をしていた。
それこそ外の吹雪のような冷たい……。
「小娘、俺の姿だけを見て判断するなよ! 俺はこのエンデって男にすべての力を託してこんな姿になっただけで、元は立派な竜だったのさ。翼も爪も角も鱗も牙もまるで役に立たなくなっちまったが、その分エンデは強くなってんだ! 元の俺よりもずっとな! 見せてやれエンデ!」
「よし!」
俺は部屋の中で精いっぱい翼を広げ、鱗に爪を生成する。
「ほ、本当だったのか……。いや、本当だったんですか精霊竜様」
「今まで通りの話し方でいいよ。僕は別に偉い人じゃないし」
「俺には様付けていいぞ小娘。ヒューラ様な?」
「それで、エンデとヒューラ様はなぜこの山の精霊竜様に会いに……?」
「力を授けてもらうため、そして危険を知らせるために来た。俺たちはある男を追っていて、そいつはどうやら良からぬことを企んでいるらしい。実際、町を一つ滅ぼしかけた。みんなの頑張りで何とか町は守れたけど、犠牲は多い……。もう二度とそんなことをさせないために、精霊竜の力を貸してほしいんだ。もし拒まれても、そういう危険な奴がいるってことを教えて自分の身を守ってもらいたい」
「そ、外の世界ではそんなことが……。いや、我が部族に起こったことも十分恐ろしいことだ……。はっ、もしや!」
「僕らが追っている男が引き起こした可能性もなくはない。僕らはこれから山を探索して部族に起こった事件の原因を探る。そして、場合によっては事件を起こした元凶を倒す。だからって、ペルプは僕らに気を遣わなくていい。僕たちはあくまで自分たちの利益のために戦っているんだ」
「そんなことを言われても私はそなたたちに感謝している! 孤独を……救ってくれたから……! そのうえ、我々部族の仇まで討ってくれると……! 私も何か恩を返さねば……!」
「その気持ちは嬉しいけど、ペルプはもう十分頑張った。よく一人で耐え続けた。あとは任せてゆっくりお休み」
「嫌だ! 私もそなたたちについて行く! 私は他部族の集落への道も知っているし、雪山に慣れているから軽快に動ける! 今こそ部族に伝わる霊剣術で本当の敵を討たせてくれ!」
ペルプは剣を抜き、誓いを立てるように胸の前で刃を地面に垂直に構える。
泣きはらして赤くなった目が刃に映り込み、一瞬オーラを赤く染めたそうに見えた。
「……わかった。でも、無理はしないって約束して。何かあったらさっきからパステルが出してるワープできる輪っかで僕たちの拠点に送り込むからね。そこで大人しくしてるんだ」
「わかった! 門の部族の先人たちに誓って約束はたがわない!」
「よし! じゃあ、今日は寝よう! 夜らしいしね」
「わかった。寝る」
ペルプはベッドに深く沈みこんだ。
初めはかなり警戒されてたけどだいぶ打ち解けたな。
やっぱり温かい料理は人を幸せにする。
「さぁて、俺は玄関の近くで寝ようかな」
「寝ずの番か? 気合が入っとるなエンデ。寝てしまうかもしれんが、私も隣にいよう。」
「うん、お願いするよ。もしかしたら起こすことになるかもしれないけど」
その言葉を聞いただけで、パステルは何か警戒すべきものがあることを察してくれたようだ。
黙って微笑むと静かにうなずいた。
空を飛んでいた時に感じた悪寒……寒さのせいだったらいいけど……。




