第06話 孤独な門の部族
眠る少女の住む家はすぐに見つかった。
予想通り他の家の扉の前には雪が降り積もっておりとても出入りできる状態ではなかった。
ただ一つだけ雪がどけられ出入り可能な家があり、そこに俺たちは入り込む。
分厚い扉は二つあり、順番に開閉することで中に冷気を吹き込ませない構造になっていた。
さらにはこのドーム状の家に使われている素材が特別なのか、外の冷たさが遮断され中は温かくはないものの平温といえる状態だった。
「思ったより広いし二階建てなのかな?」
「家具も木製でしっかりしておるし、動物の毛皮で作られた物も毛糸で編まれた物もある。とても家畜を飼育できる環境とは思えなかったが、やはりどこにでも適応した生き物というのはいるのだろうか」
俺とパステルは外の厳しい自然とは打って変わって生活に必要なものがギュッと適切に収められた居住スペースに目を見張る。
こういうほどよく狭いところって落ち着くんだよなぁ、なんてことを思いつつ少女を寝かせられる寝室を探す。
家に入って来ていないメイリとヒムロは二人でこの集落を探索している。
二人ならばここに住んでいる人が襲い掛かってきても問題ないだろう。
きっと誰もいないだろうけど……。
「エンデ、ここだ」
パステルが扉を開けて部屋の中から手招きする。
そこの部屋に入ると最近まで使われた形跡のあるベッドがあった。
ふわふわで非常に温かそうな布団が置かれているので思わず自分が先に寝ころびたくなるが、グッとこらえて少女をそっとベッドにおろし布団をかける。
顔色で体調を確認するために仮面を外すと、その下には想像していた通り頬のこけた少女の顔があった。
唇の色は薄く、肌も乾燥し荒れている。閉じていても目の大きさはハッキリとわかり、鼻もツンと高く整った顔をしていることは確かだが、決して健康的な暮らしをしているようには見えなかった。
「パステル様、ただいま戻りました」
外の探索をしていたメイリとヒムロが戻ってきた。
魔法による温風で衣服を乾かすと、二人も寝室へと案内する。
「やはり誰もいませんでしたね。メイリさんに入り口の前の雪を溶かしてもらって建物の中に入ったりしたのですが、最近生活してた形跡すらありませんでした。気味が悪くて震えそうです……」
「いやぁ、頼りにしてるんですからしっかりしてくださいよヒムロさん。俺も怖いんですから……」
男二人で顔を見合わせて震えていると、少女がパチリと目を開いた。
黒色の大きな瞳が天井を見つめた後、俺たちの方へと向いた。
「……あっ!?」
目を見開くと少女は布団をはねのけて立ち上がろうとする。
その後はきっと攻撃を仕掛けてくると思うので、俺たちは布団を抑えて起き上れないようにした。
「くっ……私を辱める気か!?」
「違うって!」
「では何が目的だ!? 勝手に家にあがりこんで……!」
「それは君を助けるためさ。ずいぶんと弱っているみたいだったから……」
「私が……弱っている?」
「そうだ。こんなに細い腕じゃ僕らには勝てないよ。君は僕たちと話すかどうかは力によるって言った。僕らは勝ったんだ。だから話を聞いてくれ」
「くぅ……」
しぶしぶっといった感じで少女は黙った。
ちょっと高圧的な物言いになってしまったけど、彼女みたいなタイプにはこの方がいい。
「僕の名前はエンデ。こっちの女の子はパステルでそっちの女性はメイリ。あと水色の髪の男性はヒムロって言うんだ」
俺の紹介の後にみんなそれぞれ簡単な自己紹介をする。
すると、少女は聞きたいことを察したのか自分から名乗った。
「私はペルプ。門の部族の族長の娘だ」
「ペルプ。うん、覚えた。これからよろしくね」
俺は握手をしようと手を差し出すが無視されてしまった。
もしかしたら、そういう文化がないのかもしれない。
「ペルプに聞きたいことはたくさんあるけど、とりあえず一緒にご飯を食べようか」
「施しは受けない……!」
「食べなきゃだめだよ。無理やりにでも食べさせるから」
「くぅ……! 自分で食える!」
「そうこなくっちゃ。準備するからちょっと待っててね」
精霊門を開いてメイリをダンジョンへワープさせる。
しばらく待ってメイリから連絡がきたので再び精霊門を開ける。
すると、メイリがお盆にのせられた料理とひょいひょいとこちらに送ってきて最後に自分も戻ってくる。
その光景をペルプは口をぽかんと開けて見ていた。
「さあ、なんでも食べていいけど、まずスープからかな」
俺は持ちやすいようにマグカップに入ったコーンスープを渡す。
もう布団は押さえつけていないので、ペルプは体を起こしてそれを受け取る。
「……」
無言でキッとこちらをにらみつけるペルプ。
言わんとせん事はわかった。
「毒なんて入ってないよ。先に飲もうか?」
マグカップを再び受け取ってわざとらしくスープを口に含んでから大きな音を立てて飲む。
熱かった……。
「ほ、ほら、大丈夫だろ? 熱いから気を付けてね……」
魔人の俺はこの程度の熱さで火傷はしないのだけれど、頭は人間なのでやはり熱いと思ってその感覚がのどにくる。
本気で熱くないと頭に覚えこませれば熱くなくなるんだろうけれど、それじゃ熱々の料理は楽しめない。
砂漠で食べた辛いカレーの時も一緒だ。あの程度の辛さならおそらく問題ない……とはいかないけどあそこまで苦しむことはないはず。
しかし、それじゃ激辛料理を楽しんでいるとは言えない。
戦闘の時は感覚を鈍らせることはあっても、食事の時は敏感に感じ取っていたいものだ。
融通の利く体でよかったよかった。
「……」
ペルプはマグカップを再度受け取って、わざわざ俺の口の付けたところを袖で拭いてから、そこの反対側でスープを飲み始めた。
それを見たパステルが耐え切れずにくすくすと笑う。
「ふふふ……エンデの間接キスが奪われなくてよかったよかった」
俺をからかうためにそんなことを言っているのか、それとも本当に間接的に唇に触れられることすら気に入らなかったのかわからない声色だった。
どちらの意味もあるのかもしれない。
何はともあれ、ペルプは温かいものを飲んでくれたのは事実だ。
「どう? 美味しい?」
「う……うん」
なぜか悔しそうに言うペルプだが、マグカップを傾けてスープを飲む動作は止まることがなかった。
その後も出てくる料理を一通り食べた後、彼女は幸せそうに再びベッドに横たわった。
「……ありがとう。ごちそうさまでした」
「お粗末様でした……って言うのは僕じゃなくてメイリか」
軽く微笑みかけると、ペルプも笑った。彼女は俺たちへの警戒を解いている。
今こそこの集落に何が起こったのかを聞きたいところだけど、場合によっては彼女にとってとてもショッキングな出来事を思い出させてしまうかもしれない。
出来ればそれとなく聞き出したいところだが……。
「ここ最近は食事ものどを通らなかったんだ。食べ物はあったけど、心に限界がきて……」
ペルプの方からそのことを切り出してくれた。
「みんながいなくなったのは一年くらい前だと思う……」
「い、一年!?」
「うん。発端は山に住む他の部族との定期的な交流が途絶えたことだった。我々門の部族以外にも山のいたるところにいて、それぞれ部族によって飼っている家畜や育てている作物、受け継がれている技術に違いがある。交流は主に家畜や作物のやり取りを行う。また、婚姻は部族間で行われることが多い。そういう話を進めるためにも結構な頻度で代表者がそれぞれの集落に赴く。私も族長の娘としてそろそろ婿をもらってもよい年だったが……今は……」
ここでペルプが自分の持っていた剣を欲しがった。
自決することもないと思ったので預かっていた剣をそのまま返した。
「我が部族は『門』。神聖な山に足を踏み入れんとする者を試し、山に適さない者ならば追い返す。そのための技術が霊剣術だ」
鞘からほんの少し刃を抜くと、前と同じように白く輝くオーラがあふれ出た。
「魂そのものに刃を届かせ、どんな怪物も切り捨てられるというが、私は試したことがない。それなりに腕は磨いているが実戦経験がなかった」
「じゃあ、他の部族の人が山に入ってきた人をその……切ってたの?」
「いや、基本殺生はしない。神聖な山ではその者が生きるために必要な命だけをいただく。無論、殺さねばこちらの命が奪われる状況ならば殺す。別に我々は掟が絶対で、それ以外のものに対して排他的なわけではないんだ。今までも部外者を殺したことはない。みな好奇心で山に入ってきたことはわかっていたから」
「でも、この山から帰ってきた人はいないって話なんだよねぇ。みんなどこ行ったのかな……?」
「この集落にたどり着くまでに死んだのかもしれんし、かつては試練を突破してここで共に暮らすことを選んだ者もいたらしい。他にも山の頂上を目指したり、山を越えてその先の大地を目指したり……いろいろあるみたいだ。私にはわからんが山の外の人間はよほど新しい場所に行きたいようだ」
これが未開の雪山の真実か。
死んだ者もいれば、ここを新たな生活の拠点にする者もいて、さらに先を目指す者もいた。
みんな最後にどうなったのかは知りようもないけど、もしかしたら山を下りて冒険を続けている人もいるかもしれない。
結局、自分が山に入ったことを知っている人に下りたことを伝えなければ帰ってきていないことになるんだから。
「話が逸れたな。ここからは……なぜ誰もいなくなってしまったのかを話す。私にもよくわからないが、わかることを話す……」
うつむきながらペルプは消え入りそうな声でそう言った。




