第04話 寒村の夜
「ふーっ……」
吐き出す息は白い。
竜の継承者といえど自然の厳しい寒さは侮れないということを肌で理解した。
草木なまばらな寒冷地帯をイノシシの精霊獣ヴィオとパプルが引く馬車に乗りながら行く。
霊山カバリで鍛え上げられた二頭の脚は雪が積もっていても、大地が荒れていても変わることのないスピードで俺たちを北へと運んだ。
町が見えてくると俺たちは馬車から降りる。
そして、パステルは精霊門を開いて二頭のイノシシと馬車をダンジョンへと返し、最低限の荷物を受け取って旅人として町に入る。
北の町は日が落ちそうになると人もまばらになる。ろくな見張りもいない。
だからといって何か悪さするわけでもなく、手ごろな宿に入って休む準備をする。
精霊門を使ってダンジョンで休むことも出来るが、パステルだけはゲートを開きっぱなしにしておかないとダンジョンに帰れない。
元いた場所にゲートを作れないため戻れなくなってしまうからだ。
気を抜くと旅が振り出しになる状態で休むことなどできない。パステルのためにも俺たちは町の宿で休んでいた。
ココメロから精霊門を通して受け取った食事を食べた後はそれぞれ早めに寝る。
この宿は石造りで頑丈そうなかわりに部屋が狭い。一部屋で寝るには二人が限界だった。
なので俺とパステル、ヒムロとメイリが同じ部屋で眠ることになる。
「申し訳ございませんヒムロ様。私などと相部屋なんて」
「いえいえメイリさん、あなたと同じ部屋で過ごすことを嫌がる男なんていませんよ。あっ、もちろん変なことはしませんからね!? フェナメトには今のセリフ内緒にしておいてくださいよ……」
一人で勝手に焦りだすヒムロ。
誰も彼が女性を無理やり襲うなどとは思っていない。そんなガツガツしてないというか、出来ない人なんだ。
仮にもし襲ってもメイリが受け入れなければ戦いになる。
その際には宿が崩壊するので俺たちもすぐに気づくだろう。
「では、おやすみなさい」
そう言ってそれぞれの部屋に分かれた。
「ふぅ、寒いと身が縮こまってなんだか肩が凝るというか……窮屈だ」
ふわふわの防寒着に毛糸の帽子をかぶったパステルはいつもより幼く見えた。
肌の白さも際立ち、頬の赤身も鮮やかだ。
「食べてる時も脱がなかったねそれ。ちゃんと暖炉に火も入れていたのに」
「だって、寒いのだからしょうがない」
『だって』なんてかわいい言葉も今日はよく使う。
「今のパステル、すごくかわいいね」
「いつもかわいい、だろ」
「今日は特にかわいいってこと」
「いつも特別かわいいぞ……って、何を言っているのだ。もう寝るぞ。明日はいよいよネージュグランドにたどり着く」
流石に防寒着と帽子は外してベッドに寝転がるパステル。
毛布を深くがぶってそのまま黙ってしまった。
寒さなのか、山が近づくにつれて感じるものがあるのか、パステルの口数は普段より少ない。
でも、今の場合は俺がつまらないことを言ったから機嫌をそこねてしまったのかもしれない。
明日になったら謝っておくか……。そう思い、俺も暖炉の火を消してからもう一つのベッドにもぐりこんだ。
「なあ、エンデ」
しばらくしてパステルが毛布にくるまったまま話しかけてきた。
「なに?」
「寒い」
「……暖炉の火をつけっぱなしで寝ようか?」
「それは……なんか怖い」
「じゃあどうしよう」
「……こっちのベッドで一緒に寝ないか?」
「え……うん、いいよ」
ベッドから出てパステルのベッドに向かう。
この数秒間がもう寒い。
すぐに俺はパステルの隣にもぐりこむ。
「うっ……寒く空気を入れるな」
「そ、そんなこと言われたって……」
ベッドは狭いので自然と体が密着し、お互いの体温が伝わってくる。
よく人肌で温めるのが一番っていうけど、確かにその通りだな。
「寒い……。もうちょっと体をくっつけてくれ……」
「大丈夫? 風邪とかひいてない?」
「そういうことではない……」
パステルが俺の体に抱き着いてくる。
その体は冷たいかと思いきやかなり温かい。
これで寒いということは、やはり風邪でも引いてるんじゃ……。
「パステル、まだ寒い?」
「うむ」
「でも、体は熱いよ?」
「そ、それはそうだろうな……」
「顔も赤いし……」
「そ、そうだろう」
反応がよくわからない。
とにかく寒いというので俺からもパステルを抱きしめる。
相変わらず華奢できつく抱くと壊れてしまいそうだ。
でも、心臓の音や息遣いはハッキリと伝わってきて、彼女は生きているんだということを実感させる。
愛おしくなって思わず頭をなでる。
「少し暖かくなってきたな」
「そう? 良かった」
「でも、もっと温めてほしいぞ」
真っ赤な顔でこちらを見つめてくるパステルを見て、俺はその真意に気づいた。
「……まだ寒いぞ」
そう言ってパステルは目を閉じた。
何かを待ち望むように。
● ● ●
「おはようございますエンデ様、パステル様」
翌朝、朝食はこの町の店で食べようということでそれぞれ準備をして宿のロビーに集まることになった。
俺とパステルがそこへ向かう頃にはメイリとヒムロがすでに待っていた。
「おはようメイリ。ここは朝でも寒いな」
「そうですね、夜ほどではないにしろ温かい格好で動かないといけません。パステル様は昨晩はぐっすり眠れましたか?」
「うむ、あまりかな」
「それは……寒さからですか?」
「まあ、そんなところだ」
「申し訳ございません。私がそばで夜通し温めて差し上げれば……」
「いや、問題ないぞメイリ。エンデに温めてもらったからな」
満面の笑みでパステルは答えた。
「……あっ、エンデ様と一緒に寝たのでドキドキしてあまり寝付けなかったということですね?」
「ふふっ、あははっ、まあ、その通りだぞメイリ」
「私も最近少し人の気持ちというのがわかってきました」
「うむ、その調子で頑張るのだぞ。では、食事に行こうか」
パステルは先陣を切って意気揚々と歩きだす。
単純に元気な子どもを見守るような目でヒムロは彼女を見つめ、その後ろについていく。
「エンデ様も寝不足ですか?」
後ろをのろのろついて行っていた俺を心配してメイリが振り返る。
「あっ! うん、ちょっとね……。でも全然大丈夫だよ」
「流石ですね、エンデ様は」
「えっ!? それはどういう……」
「睡眠時間を削ってまでパステル様を見守るエンデ様は素晴らしいという意味ですが……。何か気に障るような発言を……」
「いやいやいや! ごめん! 俺が全部悪いんだ!」
平常心……いつも通りでいい。なにか目に見えて変わったわけじゃないさ。
こんな調子で山に入ったら一番大切な人を失ってしまう。
それだけは嫌だろう、エンデ! 気を引き締めろ!
「くしゅんっ!」
メイリが珍しくくしゃみをした。
「も、申し訳ありませんエンデ様! お見苦しいものをお見せしました! 私も昨晩少し寒かったもので……。やはり体を温めるのには人のぬくもりが良いのでしょうか。エンデ様のぬくもりでパステル様は元気いっぱいですね」
メイリはおそらくそのままのことを言っているだけなんだろうけど、俺はなんだか恥ずかしくなって走り出してしまった。
「エンデ様? あっ、体を動かせと言うことですね! お供します!」
メイリ……君が素直な人、いやサキュバスだから相当変わり者なのか。
とりあえず、君が変わり者で良かった。
薄く積もった雪の上を楽しそうに走る彼女はまるで無垢な少女だ。
もし、俺がメイリのベッドに一緒に入って彼女を抱きしめたらいったいどんな反応をするのだろうか。
『温かいですね』と言ってそのままぐっすり寝そうだなぁ。
「エンデ! メイリ! なに二人で遊んでおるのだ!」
パステルの少し怒気をはらんだ声が飛んだ時、俺は最低な妄想を止めてパステルの隣に並んだ。
そして、どちらともなく手をつなぐ。手袋越しで肌のぬくもりは伝わらないけど、これだけでもお互いを愛しているという気持ちは十分に伝わった。




