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エピローグ 明日への船出

「私としては氷の精霊竜に出会い、可能ならばその力を継承したいと思っています」


 宿泊しているホテルの一室に全員が集まり、これからの行動方針を決める話し合いの中でヒムロはそう言った。

 ここはホテルで一番広く値段も高い部屋なので八人いても空間に余裕はある。

 ただ、空気は少し張りつめていた。


「魔人ならば精霊竜の力にも耐えられることはエンデさんで証明済みです。あとは氷の精霊竜の居場所を見つけ了承を得られればよいのですが、何か居場所の手掛かりを知っている方はいませんか?」


 ヒムロは目覚めたばかりの古代の人間、いま現在の地理を知らない。フェナメトも似たようなものだ。

 俺とメイリは純粋に知識がなく、パステルは魔界出身なのでわからない。

 こうなるとサクラコ、フィルフィー、ササラナが頼りだけど……。


「うーん、雪の降ってる寒い土地出身の人とは何度か話したことありますけど、世間話なので内容をハッキリとは覚えていないんですよね……。竜の話をされたことはないってのは確かですけど」


 フィルフィーは多くの種族が行きかうロットポリスに住んでいただけあって様々な土地の話を聞いたことがあるそうだが、彼女自身はロットポリスの外にほとんど出ていない。

 わからなくても当然だ。


「私は……船だからねぇ。世界には海が凍って氷の大地が出来ている海域もあるって船長が言ってたような気がするけど、あいにくただの船だったころの私に氷を砕いて進む能力はなくてねぇ。寒いところには縁がなかったよ」


 窓辺で海風に当たっているササラナは少し申し訳なさそうな顔をする。

 彼女にも心当たりがないか……。


「となると俺だな」


 ベッドに胡坐をかいて座っていたサクラコが声を上げる。

 俺たちが行動方針を決めるときはいつも彼の知識が頼りだ。


「ササ姉の言ってた氷の海ってのも気になるが、俺的には断然雪山を推すね。ここからはるか北にあるといわれる未開の大雪山脈……ネージュグランドさ」


「北の雪山……私の時代にも北に誰も踏み入れないほど雪深い山々がありました」


「きっとそこと一緒だろうさ。今なお誰も踏み入れたことがない……正確には踏み入れて帰ってきた者がいない場所なんだ。吹雪にさらされて帰る道がわからなくなったのか、雪崩に埋もれたか、そこ特有の種族にやられたか、帰りたくないほどの楽園があるか……誰も知らないからこそ定期的に山に挑む者が絶えない。でも、誰も戻ってこないんだ」


 サクラコの話を聞いているだけでも肌寒さを感じる。

 ネージュグランド……正直な話行きたくはないが、それほどまでに人を拒む土地に精霊竜がいる可能性が高い。

 氷の精霊竜が存在するのならば、交信を何らかの理由で拒絶しているんだ。

 そもそも他者と関わることが嫌いな可能性もある。

 となると、山に入った人間が帰れない理由は竜にあるのかもしれない。

 交渉決裂後、戦いながら撤退することも考えられるか……。


「とにもかくにもネージュグランドに関する情報はないんだ。山の外から見るといつも吹雪いていて山肌すら見えないらしいからな。どんな生き物が住んでいるのか……そもそも何もいない死の土地かもしれない。行くなら人数は絞った方がいいぜ。俺なんかはきっと足手まといになる」


「ど、どうしたのサクラコ。妙に弱気じゃないか」


 いつも明るい彼が表情を曇らせていることは見逃せなかった。


「そりゃ弱気にもなるぜ! 極寒の地で精霊竜を相手にすることになるかもしれないんだぜ? 寒いところではスライムの身体は弾力を失い凍るし、金化すると金属になるからより体が冷える。水が苦手なのは個人的な都合もあったが、寒さは本当に弱いんだ。それに加えて単純に俺はもう力不足だ。Aランクになったといえど、それは戦闘能力じゃなくて擬態能力の評価の高さもある。竜や古代魔獣とは正面切って戦えないんだ」


「それは……」


 冷静に考えればサクラコの言っていることは当然だ。

 精霊竜はSランク、古代魔獣もSランク。どちらも国のひとつは簡単に潰せる異常な存在。

 サクラコだってやりようによっては出来るだろうけど、それは擬態能力を生かして争いを起こさせて自滅とかの方向になると思う。

 そもそも彼本来の強さは戦闘の強さではない。

 一緒に戦えと命令する方が酷なことなんだ。


「ごめん……サクラコ」


「謝らないでくれよ! あくまでも今回は戦えないって話さ。もっと強くなれるように頑張るって!」


 サクラコの空元気にみんな気づいていた。

 場の空気が重く苦しいものに変わりかけた時、ヒムロが口を開いた。


「同時進行しましょう。氷の精霊竜探索と水の精霊竜に会いに行く……二つを同時に進めるんです」


 彼の言っていることが俺を含めすぐに理解できず、誰も口を出さない。

 その間にもヒムロは言葉をつなぐ。


「ネージュグランドとキュリス湖……二つの土地も情報を同時に集めれば手間が減ります。それに水の精霊竜の継承者はすでに見つかっている。キュリス湖周辺の安全さえ確かめられればネージュグランドに向かわないメンバーで会いに行くことも可能です。水の竜キャナルさんは短気そうでしたから早めに行った方が良いですしね」


「……ん? 水の精霊竜の継承者って見つかったの?」


 疑問をぶつけたのはササラナだった。


「あなたですよササラナさん。最後にキャナルさんから名指しで来てほしいと言われてましたよ」


「あんときはギリギリだったから聞いてなかったわよ! わ、私が継承者? 冗談やめてよ……そんな大層な存在じゃないって!」


「しかし、竜自身が選んだのです。それに私から見てもあなたは適任者です。水の力で人々を守るあなたこそ水の精霊竜の継承者にふさわしい」


「うっ……! でも、私が湖に行ったらこの海を守る者がいなくなるわよ!」


「……きっと、漁師さんたちもわかってくれます」


「無責任ねぇ! ……とは言ったもののパステルちゃんには協力するって言った手前、むげにも扱えないわ。少しだけ気持ちを整理する時間を頂戴」


「もちろんです。まだ、行動を起こすまでに時間はあります。それでネージュグランドに向かう組とキュリス湖に向かう組を分けたいと思うのですが……」


「一つ質問よいか?」


 手を挙げたのはパステルだった。


「どうぞ、パステルさん」


「同時に二つの地域の情報を集めるのには賛成だが、戦力を二手に分ける必要はあるのだろうか? 無論、ネージュグランドには精鋭で行く。しかし、キュリス湖にはまず全員で(おもむ)いても良いのではないか? そこで水の精霊竜の力をササラナに継承してもらい、強くなったササラナとともに雪山に挑む。多少時間はかかるがこちらの方が安全だ。急ぐのならヒムロの意見が正しいと思うがな」


「ふむ……パステルさんの意見は一理ある。というか、そちらの方が正しいと思います。ちなみにサクラコさん、キュリス湖の位置ってどこだかわかりますか?」


「大陸の南側だな。北のネージュグランドからはかなり遠い。ダンジョンから出発するとしたらまず南に行って、ダンジョンまで戻ってから北へって感じだから倍以上は時間がかかるぜ」


「ありがとうございます。普通に移動すれば見過ごせない時間のロスが発生しますが、エンデさんの飛行能力とパステルさんの精霊門を合わせればおそらく移動時間はなんとかなりそうですね」


 そうか、俺が精霊門のポイントとなるメダリオンを持って先に飛べば、後からみんなは一瞬で追いつける。

 これなら確かに大陸を縦断したって大して時間はかからない。

 俺に負担はかかるけどそんなの大した問題じゃないしね。


「わかりました。仮の方針としてはまず戦力を固めてキュリス湖へ。そこでササラナさんに竜の力を継承後ネージュグランドへ精鋭で向かう……ということでいきましょう。方針を変えるとしたら情報収集後ですね。例えばネージュグランドにも吹雪の強い時期、弱い時期があって今すぐ山に入った方がずっと探索が楽となれば急いだ方がいいでしょうし」


「うむ、私の意見を取り入れてくれてありがとうヒムロ」


「いえいえ、正しい意見を素直に聞いただけですよ。むしろ私の方が配慮が足りていませんでした。皆さんはパステルさんを守るために集まっているというのに、戦力を分散させてパステルさんを危険に晒すような作戦を……」


「気にすることはない。ただ、私としても未開の雪山に踏み込む以上、少しでも戦力を増強してから行きたいと思ったのだ」


 パステルも魔王として配下の動かし方を考えているんだなぁ……。

 なぜか俺も少し誇らしい……って、あれ?


「パステルもネージュグランドに来るの?」


「そのつもりだが?」


 ヒムロが仮の行動方針を打ち出し、もうすぐ作戦会議も終わりだと緩み始めた部屋の空気が一気にざわついた。


「あ、危ないよ?」


 そんな子どもを諭すようなシンプルな言葉が口から出る。


「百も承知だ。だが、氷の精霊竜は他者を拒絶している可能性が高い。ヒムロがいくら訴えてもその言葉が届かんことも想像できる。だから、私が行くのだ。不本意ながら精霊族らしい私の言葉ならば竜も聞いてくれるかもしれんしな」


 そうか……パステルは竜を説得する時のことも考えてたんだ。

 確かに俺たちを拒絶しても自らを生んだ精霊族となれば話くらいは聞いてくれるかもしれない。


「本当に頼れるようになったねパステル」


「頭が少し回るようになっただけでまだまだ未熟だ。守ってくれエンデ、どこに行ってもな」


「もちろん、いつでも」


 そうだ、俺に守る力があればどんな場所もパステルにとっては安全なんだ。

 うぬぼれた極論だけど、それを現実にするくらいの気持ちで俺自身も鍛えなければならない。

 海での戦いもササラナやヒムロに出会えていなければテトラの町は滅んでいた。


 誰かと手を取り合って戦うことは悪いことじゃない。良いことだ。

 でも、自分だけでできることも増やしていきたい。

 今までは継承した力を振るうことが精いっぱいだったけど、ここからはその力を自分の力に変えていく。

 俺とパステルが望む明日を手に入れるため、ここからがまたスタートだ。

第五章完結です。

仲間も能力も増え、戦わなければならない脅威も出てきて大変なことに!

更新ペースも大変なことになってますが安定させます。第六章が軌道に乗れば……。

これからも本作にお付き合いいただけると幸いです。

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