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第23話 夕焼けのビーチサイド

「ほらっ、サクラコ! もうだいぶ慣れたでしょ?」


 ササラナがバシャバシャとサクラコに水を浴びせる。


「お、おう……いやっ、まだ怖いな……」


「今のサクラコってゴールドスライムなんでしょ? 身体を水で流されないようにするのは簡単なはずじゃない。どうしてそこまで怖がるのかしら~?」


「いやぁ、お恥ずかしながら昔海に放り出された経験があってな。あの頃は未熟だったもんでそれはそれは不安で怖かったんだ。そのせいで今もちょっと……」


「それは災難だったわねぇ。でも結局苦手なものを克服するにはそれと正面から向き合わないといけないのよ。無理する必要ないけど、今のサクラコには無理なことじゃないでしょお? ほら頑張って! 魔王軍の幹部として水の中で戦わないといけないこともあるはずよ!」


「うぅ……そうだよな……。ええいっ、やってやるぜ!」


 サクラコはササラナに手を引かれ、ゆっくりと海に浸かっていく。

 その姿を見て俺の頭にある疑問が浮かぶ。


「そういえばパステルって泳げるの?」


「魔界学園で習ったぞ。決して上手くはないし長くも持たんが泳げないわけではない。そういうエンデはこの町に来るまでに泳いだことがあるのか?」


「川とか湖とか池でね。まあまあ自信あるよ。その証拠に毒の池に沈んだ装備を潜って拾い上げたりしたでしょ?」


「ああ、そんなこともあったな。もう、ずいぶん昔のことのように……みたいなくだりももう結構やったな」


 お互いくすっと笑う。


「思い出話はやめにして、新しい思い出を作るとしようか」


「うん!」


 パステルの手を引いて海に駆け込む。

 熱い砂浜から冷たい水の中へ、ゾクゾクとした感覚が足の裏から伝わる。


「砂浜は鋭いものが落ちてることもあるから気を付けてね。エンデくんは大丈夫だと思うけどパステルちゃんはね」


「うむ、忠告ありがとうササラナ」


 すぐにパステルが肩までつかるくらいの深さまで来た。

 そこから先もパステルはひるむことなく進む。


「ほれ、浮くくらいのことは難なく出来るぞ」


 手足を軽く動かし頭だけを器用に水の上に出すパステル。

 なるほど魔界学園の教育はしっかりしているようだ。


「もっと沖の方まで行ってみる?」


「エンデが連れて行ってくれるのならば」


「よぉし!」


 パステルを背負い、翼を使わず手でゆっくりと泳いでいく。


「そんなに張り切って遠くまで行く必要はないぞ」


「やっぱり怖い?」


「ああ、海というのは綺麗ではあるが私たちのような陸上で生きる者がいるべき世界ではないと本能的にわかるのだ」


「まあ確かに」


「あとは単純に地に足がつかない感覚が不安だ。別にエンデを信用してないわけではないぞ。こうして二人身を寄せ合っているから海を眺めながら話す余裕がある」


「わかってるって」


 沖まで来て砂浜を振り返る。

 思い思いに海を楽しんでいるみんなが小さく見える。


「フェナメトは何をしているのだ、あれは」


 どうやら彼女はバケツに海水を汲んではヒムロにぶっかけているようだ。

 凍らせて抵抗しないあたりヒムロも嫌ではないのだろう。

 というか、また構ってもらえてうれしいのかも。


「愛情表現だよ、きっと」


「ふむ……変わっているな。しかし、そうなるとフィルフィーはどこだ? あのフェナメトの肩に乗っていては海に振り落とされてしまうだろう」


「確かに。溺れてないといいんだけど……」


 竜眼で探してみる。

 パッと見た感じいないな……。もしかして本当に溺れているんじゃ……。


「あっ」


「いたか?」


「う、うん……」


 フィルフィーはメイリの胸の谷間に収まっていた。

 振り落とされないし、妖精である彼女にしか味わえない特等席だ。

 それに大きな胸は浮くので浮き輪代わりにもなる。

 声は聞こえないけど、おそらくフィルフィーは『最高……』と言っているんだろう。


「それでフィルフィーはどこにおったのだ?」


「メイリの胸の谷間」


「……流石フィルフィー、頭がきれる」


 うんうんとうなずき感心するパステル。


「私たちも私たちで特別なことをやろうか。エンデ、潜れるか?」


「いいけど、パステルは大丈夫? 目とかさ」


「なんの」


 すっと目元に手を当て、パステルはそこに光をまとわせる。


「防性魔流の応用だ。目に海水が触れるのを防げる」


「いつの間にそんな器用なことを覚えたの?」


「毎日少しづつでも私は訓練しているぞ。ロットポリスでの戦いの時、防性魔流を覚えていなかったら私は死んでいたからな。なかなか戦力にはなれんかもしれんが、自分の身くらいは守りたいと常々思っておる。さぁ、少し海の中を散歩しようぞ」


「うん」


 俺たちはゆっくりと海に沈んでいく。

 海の中にはカラフルな魚たちがいた。

 数が多いのか少ないのかはわからないけど、何はともあれ全滅していなくて良かった。


 パステルを背中から抱きしめて離さずに景色を楽しむ。

 潮の流れは穏やかだけど、抵抗しなければ流されていってるのがわかる。

 どこかに行ってしまわないようにしっかり掴んでおかないと……。


「う……うっ……!」


 パステルがじたばたしながら指で上を示す。


「あっ!」


 そうだ!

 俺は大丈夫でもパステルは息が続かないんだ!

 水圧の変化で体を壊さないように気を使いつつも海面まで急いで上昇する。


「ぷはっ! はぁ……はぁ……自分が海の中で息ができないことすら忘れるとは、相当浮かれているな私は……」


「僕も自分基準で考えてたよ……」


「まあ、それでも景色は楽しめたぞ。ありがとうエンデ」


「どういたしまして……って程のことじゃないけど、どういたしまして!」




 ● ● ●




「じゃ、ご飯も食べたしスイカ割でもやるかー! デザートにもなるしねぇ」


 砂浜で昼食を食べ終えたところでササラナが大きなスイカを持ってきた。


「スイカか……」


 俺の脳裏にダンジョンで待っているスイカのアルラウネ、ココメロの姿が浮かぶ。

 その姿は色合いといいスイカそのものだ。

 少しスイカを割るのも申し訳ない気持ちになるな……。


 とはいえ、フルーツの実は本来食べてもらって種を遠くに運んでもらうためのものだ。

 食べるために割るのならば彼女も悪い気はしないだろう。

 ちゃんと割るスイカの下に何か敷いて、あとで全部食べないとな。


 お留守番してもらってるココメロへのせめてもの誠意だ。

 本当は彼女にも自由に……なんて言ってたらまたダンジョンががら空きになる。

 簡単にダンジョンと外を行き来できればいいんだけどなぁ……って、そうだ!

 パステルが手に入れたメダリオンをダンジョンに設置すればいつでもパステルとダンジョンをつなぐことができるじゃないか!

 自力で精霊門を遠くに作り出すことは出来ないけど、メダリオンをポイントに精霊門を作り出すなら距離が離れていても可能なことは確認した。


 これからはどこかに向かうときは今まで通り魔導バイクとかを利用しないといけないけど、帰るだけならばパステルのゲートで一瞬だ。

 それにパステルがいる場所へならばダンジョンからもワープができる。

 つまり、ダンジョンに待機させている誰かを呼び出すことも出来るんだ。

 ココメロを呼んでその間他の誰かにダンジョンに待機してもらうというのも可能。

 移動中だって交代で見張りができる!


「楽しそうだなエンデ」


 隣に座っているパステルが、おそらくにやけていたであろう俺の顔を見て笑う。


「うん、やっぱり楽しいことはみんなで共有するのがいいねって思ってたんだ」


「うむ、そうだな」


 その楽しいことをするにはパステルの力がいる。

 いつのまにか彼女も頼れる存在になっていた。


「で、誰が割る?」


 スイカを掲げたササラナが全員の顔を見る。


「んー、パステルちゃんに決定!」


「なぜだ!?」


 誰かがやってくれるだろうと思っていたパステルが驚きの声を上げる。


「だって他のみんなは力が強すぎて粉々にしちゃうかもしれないしねぇ。私たちSランクとAランクの集団だし、フェナメトちゃんとフィルフィーは機械の力だし」


「むうぅ……確かに。スイカなど素手でカチ割れる者ばかりだな……。仕方あるまい、準備は頼むぞ」


「そう来なくっちゃ!」


 ササラナは砂の上に布を敷いてスイカを置き、そこから離れたところにパステルを移動させ目隠しを巻き付ける。

 さらにスイカを割るための棒を持たせたら準備完了だ。


「棒はしっかり持ってね! 意外と力入れないと綺麗に割れないわよ!」


「そもそも私にスイカを割る力があるのか……? まあ、全強化付与を使うまでもない。やってやるぞ!」


 意気込みとは裏腹に棒を杖のようについてふらふら歩きだすパステル。


「こっちこっち! 右に行きすぎよ!」


「そうそう、その調子だよパステルちゃん!」


「パステル様、棒でスイカの位置を探るのは反則です」


「そっちは海だぞ!?」


 わいわいとみんなでパステルに指示を出す。


「うん、そこだ!」


「よし!」


 パステルが体全体を使って棒を振り下ろす。

 それはスイカのちょうどてっぺんに直撃し、パカンと実が綺麗に割れた。


「すっごいじゃな~い! 場所も力加減もバッチリよぉ!」


「これなら全部綺麗に食べられそうだよ、パステル。ほんと上手だった!」


「ふっ、まあ本気を出せばこんなものだ。これでココメロに説教されずに済む」


 パステルもやっぱり彼女のことを考えていたみたいだ。


「さあ、食べよーぜ!」


「綺麗に真っ二つなのでもったいないですが、皆さんにいきわたるよう私が綺麗に切り分けますね」


 メイリに切り分けてもらったスイカを受け取りみんなで食べる。

 口の中が海水でしょっぱいというのもあってとても甘く感じた。




 ● ● ●




「一日遊んでしまったな……」


「たまにはこういうのもいいもんだな」


 夕暮れ時、海は赤く染まる。

 そんな時間になってもみんなはまだまだ遊び足りないみたいだ。


「サクラコはずいぶん海になれたな」


「そうだね」


 初めはビクビクだったサクラコも今は身体の弾力と金化による硬さの変化をうまく使い分けて水中を早く移動するすべを身につけていた。

 調子に乗って泳ぎのことでササラナを煽り、捕まって鎖で縛られている。

 彼女の錨と鎖はスライムすら逃がさないようだ。


 フェナメトもヒムロに水をぶっかける手段がバケツから手に変わっている。

 彼女もあの夜はカッとしただけで本来は優しい子だ。

 ヒムロとも少しづつ距離を戻していけると思う。


「これから忙しくなるかもしれんが、それが終わったらまたこうして遊びたいものだな」


「うん、絶対に叶えてみせるよ」


「ともに頑張るとしよう。それにしてもこんな水着を着て髪も海水でべとべとで顔に張り付いておると、自分で自分がわからんくなるな。エンデにはわかるか? 私のことが……」


 こちらに顔を向け目を閉じるパステル。

 一瞬戸惑ったけど、その意味はわかった。

 彼女を抱き寄せそっと唇を重ねる。

 髪の毛からしたたる海水で冷たくしょっぱい……この前とはまた違う感触……。


「ふふっ、今回は大人しいのだな。もう私の唇に飽きたか?」


「そ、そんなことないよ! 冷静に味わってただけさ」


「そうかそうか、私としてはエンデが好きにしてくれればそれで満足だ」


「でも、本当はパステルもこうして欲しいとか……あったりするんじゃ?」


「それは私の口からは言えんな。ただ、心の準備は出来ておる。エンデの好きな時に、エンデの好きな場所で……私をエンデの好きなようにしてくれ」


 全身に緊張が走る。

 声の出し方を忘れてしまうほどの緊張が……。


「どれ、私はもうひと泳ぎしてくるとしようか!」


 何か言葉を返す前にパステルは海に走って行ってしまった。


「うっ……ううぅ……! いきなり女の子にそんなこと言われたら、どう返すのが正解なんだ……!? いつでもいいと言われると、逆にいつだか決断に困る!」


 パステルにその声が聞こえないように俺は叫んだ。

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