第21話 過去から今へ
ヒムロが口を閉ざしてからどれくらいの時間が経ったか。
もしかしたら、五分も経っていないかもしれない。
しかし、俺にはとても長い時間のように感じられた。
「ねえ、さっきさ……」
口を開いたのはフェナメト。
その言葉は静かな怒気をはらんでいる。
「アンドロイドたちのデータを消したって言ったよね」
「ええ……」
「僕も?」
「はい」
ヒムロの小さなつぶやきに、フェナメトは目を見開いた。
「恋人として作っておいてかい?」
「私のことを覚えていては苦しむだけだと思ったのです」
「なら一緒に眠りにつかせれば良かったんだよ! 恋人なんだからさ! ヒムロの技術ならできるんだろ!?」
「それは……」
「最後まで見捨てきれなかったんだろ? 人間たちを! だから自分は逃げたけど、僕たちアンドロイドは残したんだ!」
「そう……なのかもしれません」
「人として正しい行動なのかもしれないけどね! 僕は……僕は悲しい! 結局最後は都合のいい道具なんだろ!!」
フェナメトの声はうわずっていたが涙は流れない。
くるりとヒムロに背中を向けると早足に砂浜から去っていった。
「フェナメトちゃん! わ、私追いますね!」
フィルフィーが彼女の後を追って砂浜から消える。
残ったのは俺とパステル、メイリ、サクラコ、ササラナ、そしてヒムロ。
「ヒムロさん」
明らかに落ち込んでいる彼に声をかける。
「私は……情けない男です」
「そんなことはないと思いますよ。僕だったら一度だって人間全体のことを考えて行動できないと思います」
「そうよそうよ。モンスターとの戦争中ならまだしも、人間同士で争いだした時点で私ならみんな殺しちゃうかも。あまりにも馬鹿だもん」
酔って真っ赤な顔のササラナが言う。
「ここにいる誰もかつての大戦を知りません。だからヒムロさんの辛さを理解できるなんてとても言えません。でも、僕は最後の最後まで逃げ出さなかったあなたを立派だと思います」
「……」
「僕らは砂漠でフェナメトに出会いました。実際はとあるピラミッドの中なのですが、そこで出会うまで彼女は祠にいたらしいです。古代の人々が残されたフェナメトに感謝していた証です。それが彼女にとって良いことなのかはわかりませんが、少なくともそれで救われた人はたくさんいます。僕らもそうです」
「エンデさんたちも……?」
「はい、砂漠では巨大人型ロボに変形したピラミッドの戦いで彼女に助けられました。僕らだけでなく一緒にいた子どもたちもです」
俺はザーラサン砂漠の戦いをヒムロに話した。
「人さらいたちは魔界に人間の子どもを健康な状態で届けるため、自分たちの食料などを削ってボロボロになっているという変な奴らでした。僕らは彼らの愚直さを信じて許しました。でも、巨大ロボ戦で子どもたちが死んでいたら……僕は彼らを殺していたと思います。フェナメトがいてくれなかったらあのロボは止められなかった」
「……」
「そしてほんの少し前のロットポリスでの戦いでも彼女はその力を発揮してくれました。フェネックアンテナで機械たちを操作して多くの敵を倒し、兵士と市民を助けました。彼女を修復した技師たちの活躍もありますが、そもそもフェナメトがいてくれなければそれも叶わなかったことです。そもそも、僕らがロットポリスに行く理由がなくなりますからね。そうするとヒューラにも出会えず、僕は精霊竜の継承者にもなれなかったわけです。これは大変なことだね、ヒューラ」
「まっ、結果論だがな。今がなければ他でお前は誰かを助けていたかもしれないし。しかし、そんなことは考えてもしょうがない。とりあえず今んところフェナメトちゃんを残してくれたことが良い方に働いていることは間違いないさ。そう気を落とすなよヒムロ」
「ありがとうございます……エンデさん、ササラナさん、そしてヒューラさん……」
「乙女心を踏みにじったことは間違いねぇから時間をかけて謝るんだぞ。お前たちにはまだまだ時間があるんだからな」
「はい……」
いい感じに話もまとまったな。
夜も更けてきたし肌寒くなってきた。
うとうとしてるパステルが風邪をひいてもおかしくない。
「じゃあ、そろそろホテルに戻って休むとしましょう」
「いいね、俺はちょっと小腹がすいたし何か食べたいけどな……って、帰るとなった途端寝ないでくれよ姉さん……」
致し方なくササラナを背負うサクラコ。
「俺も何か食べようかな~」
「待ってくださいエンデさん。最後にあなたのこと、これからのことを少しだけお話しします」
そうだ。
俺自身のことをまったく聞いていなかった!
「まずお察しの通りあなたは魔人計画によって生み出された魔人です。しかし、以前聞いたお話を考慮すると、魔人の中でも失敗作に分類されるといえます。魔人になりきらなかった者が、外部から受けた強い影響で覚醒する……そんな事例が過去にもありましたから」
「では、僕もあなたと同じ古代の人間なんですかね……」
「……いえ、違います。あなたは現代で生まれた見た目通りの年齢の魔人です」
「え?」
「ビャクイは生きています」
あからさまに『話長いなぁ~』といった態度を示していたサクラコも目を見開く。
俺もまた顔が引きつる。
「蒼い火山の中に消えた彼を見届けたはずなのに……あらゆるデータが彼が生きていると告げるのです。正確には現代で最近まで、または今も生きていると私は考えています。決定的な点は一つ、私の記憶がなかった頃にお話ししてくださったアイラさんのことです。彼女は短期間で強力な古代魔獣に変えられていた。それも外科的に臓器を付け足すことによって。そんなことが出来るのは私が知る限りビャクイしかいません」
「フェナメトが残されていたように、ビャクイも何かを死ぬ前に残していて、それを今になって誰かが見つけ技術を習得したという可能性は……」
「理論を理解することは非常に難しいものの可能かもしれません。しかし、手先の技術は独学ではとても無理です。彼自身か、彼の手ほどきを受けていなければ……。無論、古代からこれだけ長い時が流れたのですから、似たような技術を誰かが生み出していても不思議ではありません。でも、私はビャクイが生きている気がしてならないのです。そして、彼はまだ他人に対しての憎悪を燃やしている……」
「……今すぐにすべてを理解するには難しい話ですが、ヒムロさんの考えだと僕は彼の戦力として現代で作られた魔人の失敗作ということですね」
「その通りです。この世界のどこかで作られ、何かが原因でビャクイの手元から離れて普通の人間として生きてきた」
「そして、毒の池に沈められSランクモンスター毒魔人として目覚めた」
「あっ、確かエンデさんは毒の竜の力を継承する前はSランクに見合わないほど弱かったと言っていましたね?」
俺はこくりとうなずく。
「魔人計画は強靭な人間を作ることが目的でした。それこそSランクの人間をね。その過程で目的と手段が逆転したゆえに起こった事がありました。大して強くないのにステータスだけ『ランク:S』に改ざんすることです。それはそれですごい技術なのですが、本当の力を欲していた人間には必要ないものだったのは確かです」
「でも、僕にはその技術が使われている……」
「これはまったくの推測ですが、ビャクイもまた古代の技術というか設備を失って昔できたことができなくなっているのかも……。その結果、エンデさんのようないびつな存在が生まれた」
「ビャクイもまた完全ではない」
「ええ、しかしもう動き出してます。私は……今度こそ彼にトドメをさすために動きます。そのためには力が必要です。甘えてばかりで申し訳ないのですが……」
「俺たちも戦います」
ヒムロの言葉を最後まで聞く前に答えた。
もし生きているのならばビャクイは俺を生み出した親のような存在だ。
親の罪を子どもが償う……なんてことはまったく思っていない。
ただ、あの霧に覆われたロットポリス見た以上、あれを引き起こした奴を野放しにはできない。
いずれはこの世界にとって……そして、パステルにとって脅威になる。
まだ不完全な今のうちに見つけ出して叩く……!
「私も許可するぞエンデ。知ってしまった以上恐ろしくて放ってはおけんわ」
パステルも鋭いまなざしを見せる。
「本当に……感謝します……!」
涙を流すヒムロの肩を抱き、俺たちはホテルへ歩き出した。
彼の頬を伝う涙、水滴を見てある疑問が頭に浮かびそのまま口に出してしまった。
「そういえばあの棺は何かに反応して開くようになってたんですよね? 一体何に反応するように作ったんですか?」
「ぐすっ……ああ……あれは精霊竜の魔力に反応するように作ってあったのです」
「ええ? それはまたどうして」
「私は彼らに一緒に戦ってはくれないかとお願いしに行ったことが何度かあるのです。いい返事はもらえませんでしたが、私は竜が好きでした。なので、彼らが自由に世界を歩けるほど平和な世の中ならば目覚めていいかと思い、精霊竜の魔力に反応するようにしたのです」
だから継承者である俺に反応したというわけか。
しかし、ヒムロの目論見は外れてしまった。
平和どころか今なおビャクイの影がうごめく世界なのだから。
「エンデさん、あなたに出会えてよかったです。おかげで私はまた生きていこうと思えました。そして、過去を断ち切る決意もできた……」
グッと拳を握りしめるヒムロ。
その青い目には静かな蒼い炎が燃えているような気がした。




