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第19話 氷解

「ひゃ~、マジで死ぬかと思ったわぁ~」


 【深海の心錨(アビス・アンカー)】を引っ込めたササラナが氷の海の上に大の字に寝転がる。


「復帰戦でこれはいやはや……。魔力も底を突きましたよ」


 ヒムロも氷の海に座り込む。


「これが本物の古代魔獣の力ってことですかね……」


 俺もスキュラクラーケンから剣を引き抜き、氷に降りたつ。

 魔力は尽きていない。しかし、疲労感はある。


「なにはともあれ、脅威は去りました。猟師さんたちも無事陸に上がれたようですし一件落着です。披露宴に関しては準備したものが流されてしまったので残念ですが……」


「まあ、命あるだけ儲けもんよ。今はそれだけ喜ぼうじゃないの」


「そうですね」


「そうですね……じゃないよ」


 声の主はフェナメトだ。

 漁船を守り切りこちらに戻ってきていたのだろう。

 盾はひしゃげ、装甲にもいくつか損傷が見られるが彼女のは気にしていない様だ。

 その代りに気にしていることは……。


「記憶が戻ったのなら教えてよ。ヒムロは誰なのか」


「……」


 場に静寂が訪れる。

 俺もササラナも知りたかったが切り出すタイミングを掴めずにいた事だ。


「そうですね。今がちょうど一番に話すのにふさわしいメンバーですから、いま話しましょう」


 ヒムロは立ち上がりフェナメトを見据える。


「私は大戦時代の技術者です。そして、フェナメト……君を造ったのは私だ」


「え」


「GKAシリーズはそれぞれコンセプトの違う機体が複数あります。そして型式番号が大きい数になるほど大戦の後期に造られたものです。フェナメトは100……私が最後に造った機体なのです。それも、私だけで」


「ど、どうして……? なんで……!?」


 フェナメトは頭を抱えて取り乱す。


「もちろん、人間がモンスターと戦うためです」


「違う! 僕はメモに無い機体と聞いた! それに自分一人で作ったのにも理由があるはずだ! 言え! ここで!」


 フェナメトは手に持ったメタルマシンガンの銃口をヒムロに向ける。


「……いえ、そこからはみなさんで集まってからしましょう。長い話になります。いまは私の正体が古代の技術者とだけわかってもらえれば……」


「言えって……言ってるだろ!」


 フェナメトが銃を撃ち鳴らす。

 いくつもの鉄の弾丸がヒムロに殺到し、その体を粉々に砕いていく。


「……」


 しかし、ヒムロの身体は氷だ。

 砕け散ってもまたすぐ元の形にもどる。


「すまない……フェナメト」


「いま言えないなら全部後から話せばいいじゃないか……」


「それでも君はきっと不機嫌になる。町に戻れば住民からの歓迎も受けます。そうなれば、しばらく集まって話もしにくくなる。だから、せめて正体だけでも明かしたいと思いました。それに記憶を取り戻したのに正体を隠し続ける奴は信用できないでしょう」


「ちっ……」


 舌打ちをしてフェナメトは町へと歩き出した。

 事情がわからないのでかける言葉も見つからない。


「とりあえず町に戻りましょうヒムロさん。みんな心配してますから」


「ええ……すいません」


 俺とササラナの【深海の心錨(アビス・アンカー)】を利用して凍りついたスキュラクラーケンを陸地へ運んでいく。

 さいわい氷の海は滑るので楽に運搬することが出来た。

 砂浜ではすでに漁師一同とパステルたちが待っていた。

 ホッとした表情を見せるもの、大いに喜ぶ者、いまだ何が起きていたのか把握できていない者……いろんな人がいたけど、死んだ人はいなかった。


「大津波が見えた時は流石にダメかと思ったぞ」


 パステルがすっかり落ち着いた夜の海を見つめて言う。

 住民たちの歓迎を受けた後、月が照らす浜辺に集まったのは関係者のみ。

 潮風は穏やかで、暑くもなければ寒くもない。

 ヒムロの話を聞くには絶好の環境だ。

 

「みなさん、そんな改まって聞く必要はありませんから、どうかご自由なスタイルで」


「そうさせてもらってるわよぉ~」


 サクラコと並んで酒を飲んでいるササラナが上機嫌に言う。

 戦いの時とは打って変わってすっかりタフな彼女に戻っている。


「まずは僕のことを聞かせてよ、ヒムロ」


 武装を取り外されたフェナメトがヒムロの前に立ちはだかる。


「……はい。ただ、出来れば笑わずに聞いてほしいのです」


「笑う……? 僕のことを!?」


「ち、違います。私のことをです。フェナメト……あなたを造った理由は他でもない、恋人になってもらうためだったのです……」


「は……?」


 目を見開くフェナメト。

 『ひゅ~』とサクラコとササラナが口笛を吹く。


「私はお察しの通り後天的に魔人となりました。魔人の寿命は人間より長い。ですから、死なない恋人を……ずっと私とともにいてくれる人が欲しくなったのです。そして、私にはそれを叶える技術があった……」


「あっ! だからフェナメトちゃんのパーツ構成はいびつだったんですね! 胴体はいわゆる人間を再現するような構造なのに対して手足は戦闘用だった。それは一緒に戦い、ときにそういう……エッチなことも出来るようにしたんだ! わぁ! 謎が一つ解けました!」


 フィルフィーが大いに喜ぶ。


「つまり、フェナメト様はヒムロ様のもっとも好む姿をしていると……。なかなか良いご趣味をしていますね」


 嫌味に聞こえるがメイリは冷静だ。


「はい……その通りです……」


 病的なまでに白いヒムロの肌が真っ赤に染まる。


「そうなんだ……僕のこと……好き……なんだね」


「好きです、今でも。ずっとほったらかしにしててすまない……」


「あ! そうだ! どうして僕は一人だったの? なぜ僕にはヒムロの記憶がない?」


「それはかつての大戦が絡んでいるのですよ。私が魔人になった理由もそこにあります。そして……」


 ヒムロが視線を俺に送る。


「おそらく、エンデさんが魔人になった原因も」


「……」


 なんて言い返せばいいのか……。

 覚悟はしていたけど、やはり彼は俺の秘密を知っているんだ。


「エンデ」


「あっ……」


 そっとパステルが俺の隣に立つ。そして、身を預けるように寄り添う。

 ……そうだ、別に気負う必要はない。

 普通ならみんな知ってる昔のことを知るだけだ。


 でも、パステルはまだ過去を知らない。

 彼女のことをいつか知るためにも、自分のことぐらいは知っておかないとな!


「聞かせてください、ヒムロさん」


 ギュッとパステルの肩を抱く。

 目の前に真実があるなら目を逸らす理由はない。

 俺の言葉にヒムロは黙ってうなずく。


「大戦時、私とある男は劣勢に立たされた人類を救うための……」


 パリンッ!

 ヒムロの言葉を遮るように何かが砕ける音が聞こえた。

 そして、次の瞬間俺たちは黄金の光に照らされていた。


 光源は空に浮かぶ金色の物体。

 それが強烈な金の光を放っている。

 まったく身に覚えのない物体……でも、俺にはその光がとても温かなものに感じられて、危険だという感情は湧いてこなかった。


 光はゆっくりと地面に降りてくる。

 そして、最後にはほんのりと発光する正六角形の物体がパステルの手に収まった。


 理解できない現象はまだ続く。

 パステルの正面に輝く文字が現れた。


 精霊門(スピリットゲート)――。


 そう読みとれる文字は唖然とする俺たちのことなど気にせず、ふっと消えた。


「……なんなのだ、いったい」


 全員金の光の余韻で動けずにいたところ、まず口を開いたのはパステルだった。


「この金色の物体は……ゲートメダリオンと書いてる。どうやらクラーケンの体内から飛び出てきたようだな。なんとも細かで美しいデザイン……きっとこれもプレジアンのお宝だろう」


 パステルはメダリオンを俺に手渡す。


「確かに綺麗だ。でも、文字なんて書いてないけど……」


「ほれ、ここに書いてあるだろう?」


 パステルが指差す部分は俺にとってただの模様にしか見えない。


「はっ! 確かにいつも読み書きしている文字と違う! な、なぜ読めたのだ……?」


「お、俺に聞かれても……」


 二人で困る。無論、状況がわかっていないみんなはもっと困る。

 ただ、一人を除いて。


「それは精霊器……ですかね」


 ヒムロがスッとメダリオンを覗き込む。


「私にも読めませんが、似たような模様を持つ物体が過去にも発見されていました。専門ではなかったのであまり関わる機会はありませんでしたが、なぜか鮮明に覚えています。あっ、今日まで全部忘れてたんですけどね……。思い出してからはハッキリしているということです」


「それで精霊器とはなんなのだ?」


 パステルが率直に聞く。


「その名の通り、世界を創造したものたち『精霊族』が残した物です。そして、それは精霊族にしか扱えない」


 ヒムロは額に手を当てる。

 考えている時の彼のクセだ。


「精霊器は修羅器や魔法道具と違い『精霊力』によってその効果を発揮します。精霊力とは原初の力、純粋な自然エネルギーと言われています。まあ、それを観測できたことはないので、あくまで理論の上で存在すると考えられてるものですね」


「しかし、このメダリオンは光を放っているぞ。それに強い力を感じる」


「……ここからは全くの仮説ですが、メダリオンは長い長い年月海の底で海流に揺られ続けた。そして、その間に自然のエネルギーを溜めこんだのでしょう。それが何かの拍子で海流が変わり、仮死状態だったスキュラ―クラーケンに取り込まれた。精霊力は魔力感知にはひっかからない。ですから復活の寸前まで気付けなかったのです」


「ふぅ~ん、つまり結局船長はあの時に怪物を殺しきれてなかったということねぇ~」


 ササラナが酒を飲みながら言う。


「まっ、あれだけ強いんだもん。そういうこともあるわ。でも、今日の復活までの数百年間の平和をくれたのは船長よね。それに私がキッチリ倒したから実質クルーのみんなが仕留めたようなもんよ。うふふっ、冒険者たちにかんぱ~い!」


「飲み過ぎだぜ姉さん……」


 サクラコの制止も聞かず酒をどんどんあおるササラナ。

 彼女なりに思うところはあるのだろう。


「パステルさん、一つ聞きたいことがあるのですが」


 ヒムロが話を戻す。


「なんだ?」


「精霊器のメダリオンを手に取った時、浮かび上がった内なる文字のことです」


「ああ、確か精霊門と書いてあった。私の新たなスキルのようだがなぜ今のタイミングなのかのう……。それになぜ精霊の文字が……」


「パステルさん……そのメダリオン、使い方はわかりますか?」


「わからんぞ。そもそもこれは精霊族にしか扱えんのだろう?」


「なんとなくでいいです。パステルさんが思うこのメダルの使い方はなんだと思いますか?」


「むう、では……」


 パステルがぽいっと自分から少し離れた場所にメダリオンを置く。

 そして、そこへ向けて手をかざす。


「こんな感じに力を送ると……」


 かざした手を中心にして、パステルの身長ほどの直径をもつ光の渦巻きが発生する。

 その光の渦巻きはメダリオンの方からも出ている。


「こ、これは……いったいどういうことなのだ? なぜ私が精霊器を使える……」


 ヒムロに疑問の言葉を投げかけるパステル。


「私も驚いています。なぜなのかと聞かれて確かなことは言えません。ただ……私はそういう疑問に出会った時、一番シンプルな答えをまず考えるのです。意外と今まで身につけた知識や常識で真実が見えなくなっている事がありますから。そして、今回の場合は……」


 一瞬の沈黙の後、ヒムロは少しためらいながら言った。


「パステルさんは精霊族……です」

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