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第16話 海上の花嫁

 天候は快晴。

 海から来る潮風が少し強いが、それもまた爽やかな門出を演出している。

 今日はナギサ、カイリの結婚式当日だ。

 予定通り式は海上で行われている。


 新郎新婦、そして神父が乗った魔動船の周囲を多くの漁船が取り囲む形だ。

 漁船には親族や友人が乗っており式の様子を見守っている。


「思うのだが……この式はちと新郎新婦が遠いな」


「近づきすぎると船同士がぶつかって大惨事だし、これくらい離れてないと危ないんだろうね」


「船上は海に生きる二人が愛を誓うにはもってこいの場所だが、それを祝う者にはちと不便な式になったかのう」


 俺とパステルはいまとある漁船の船首にいる。

 それも危なくって他の人は近寄らない船のド先端だ。

 別に目立つ場所で二人身を寄せ合って仲の良さをアピールしているわけではない。

 ただ、どの船も結構人が乗っていて狭いから俺たち余所者は少し離れた位置で見ていようと気をつかっただけだ。

 船に乗っているゲストの皆さんもパステルのことは知っているから端っこに追いやられたわけでもない。


「まっ、乗れなかったみんなのためにもしっかり式を見よう」


 船にいるのは俺とパステルだけで他のみんなは砂浜に用意された会場で待機している。

 代表がパステルで、俺はその付添い人って感じかな。

 あっ、もう一人だけ式を見ている者がいる。

 ササラナは海に潜っていつ誰が船から落っこちても助けに入れるように待っているらしい。


「そろそろ誓いのキスだぞ」


 十字架の代わりに掲げられた(イカリ)の前で神父が何かを読み上げている。

 よく聞こえないが、ナギサは執拗にうんうんとうなずいている。

 対してカイリは緊張でガッチガチだ。


「大丈夫か……カイリは」


「うーん……」


 神父が読んでいた本をパタンと閉じる。

 そろそろ問題のキスだ。

 カイリは動かない。


「……」

「……」


 普段はお喋りなナギサも彼の言葉を黙って待っている。

 十分な間をおいて、カイリの口は開かれた。


「絶対にナギサを幸せにするから! 君は僕が守る!」


 周囲の船、そして乗っているゲストにも聞こえる大きな声だった。


「本当!!? 嬉しい!!!」


 それ以上に大きな声で喜ぶナギサ。

 二人は勢いのままきつく抱き合ってキスをした。

 結婚式でやるにしては激しすぎるそれはナギサがカイリを押し倒し、船の上で転がりながら続いた。

 神父は若干引いている。この空間から距離を置きたそうだ。


 それでもめでたい事だ。

 俺たちも精一杯の拍手と祝いの言葉を贈った。


「なんとまあ……いろんな愛の形があるな……」


 長かったキスも終わり、場が落ち着いてからパステルが俺の顔を見て言う。

 その前に彼女がぼそりと『下品……』と言っていたのを俺は聞き逃していない。

 あまり人前で見せつける様な行為は好きじゃないのかな、パステルは。

 覚えておこう。


「うん、でも幸せそうだしいいんじゃないかな? カイリも大きな声が出てたし」


「うむうむ、カイリが黙ってキスをせがむようなことにならなくて良かった。他人事ながらあのシーン……と静まり返っていた時間は肝が冷えたぞ」


「俺もちょっと緊張した。さあ、この後は披露宴かな?」


「その前に船を港に戻さねばならんから少し時間がかかる。私たちは先に帰って準備を手伝うとしようぞ」


「了解!」


 もう知っている人が大半といっても目立つので、スッと翼を広げた後素早く船から飛び去った。




 ● ● ●




「おかえりなさいませパステル様」


「うむ、すまんなメイリ。船に乗せてやれなくて」


「いえ、私には十分ここからでも式の雰囲気を感じ取れましたので」


 砂浜にはテーブルやらイスやらがたくさん並べられ、もう今から披露宴を行えそうな状態だった。

 砂も綺麗にならされ歩きやすい。


「ここで食事をしたりするって聞いたときは大丈夫かなって思ったけど、なかなか開放的でいい感じだね。ちょっと風が強いのが不安だけど」


「そんときは私とメイリちゃんの風魔術で抑えるわよ」


 海から上がってきたササラナがにこやかに言う。


「もう、船の方は大丈夫そうですか?」


「いんや、あんなに船が密集してるから動きにくそうだわ。事故るかもねぇ……。まっ、まだ海に足をつけてるから何かあったら感じ取れるわよ」


 海の中ならササラナの魔力感知は恐ろしいほど正確だ。

 彼女が警戒しいれば問題ないだろう。


「それにしてもすごかったわねぇ……あのキス。カイリくんの方から向かっていって結局ナギサちゃんに押し倒されたのがポイント高いわぁ~」


「くくっ、なんのポイントだよ姉さん」


 サクラコが笑う。

 彼はかなりササラナのことを慕っており、いつからか『姉さん』『ササ姉』と呼ぶようになった。

 もしかしたら年上の女性には甘えたいタイプなのかもしれない。

 そういえば、あまりサクラコが年上の女性と接しているところは見たことがない。


 しいて言えばロットポリスのアイラだが、彼女は擬態を見抜く【鷲の目】を持っていたことからサクラコがすぐに擬態でケンカを売ってしまった。

 でも、あれももしかしたら甘えていたのかもしれない。

 これから入ろうとする町の長にケンカを売るなんて普通しないし、サクラコってどう考えても好きな子に嫌がらせするタイプだし。


「ふふっ、わかってないわねぇサクラコ。あそこで自分からキスしてくれたカイリくんの勇気を買わずに、また押し倒して主導権を握りにいったナギサちゃんはまだカイリくんを心の底から頼ってはいないのよ。もっと頑張らないと一生尻に敷かれるわね。まあ、その方が上手くいきそうな二人だけど」


「そこには俺も同意だな。男が調子に乗るとロクなことにならねぇ」


「あら、心は男の子という割にわかったような口きくじゃない?」


「だって俺は俺が調子に乗るとロクなことしないって知ってるし」


「……賢いわね、サクラコは」


「まっ、わかったうえで調子に乗るんだけどな」


「この悪がき~!」


 ササラナがサクラコの身体を抱き抱えて海に引っ張っていく。


「ちょちょちょ! 海は嫌いなんだって! 体の維持が大変だから!」


「おしおき~!」


 じゃれ合う二人を見ているとなんだかこっちまで楽しく……。


「わっ!」


 バシャっと音を立ててサクラコが波打ち際に落ちる。


「ね、姉さん……本当に海に落とすことないのに……。メイリ~乾かして~」


「はいはい。それにしてもどうされましたかササラナ様?」


 ササラナの表情にさっきまでの笑みはなかった。

 俺にはその理由がわかる。


「エンデくん感じる?」


「ええ、感じます。ゲッコウ内湾の中央……海底の方から魔力が吹き上がって来るのを……」


「式の最中は感じなかったよね?」


「まったくです」


 俺の【魔力感知】が突如現れた魔力を捉えた。

 どんどん大きくなっている……!


「膨れ上がる様に強くなるわね……。一体どうやってこれだけの魔力を隠していたの……」


 魔力の持ち主が海に影響を与えるのは思った以上に早かった。

 潮風はより強くなり、海は荒れ始める。

 心地よかった波音も今は焦りと不安を感じさせる激しい音に変わった。


「とりあえず、船に乗っている人たちを陸に戻さないと!」


「私が船を出す! おそらく普通の漁船では生きて大地を踏めない!」


 ササラナは完全に砂浜にあげられ、固定されていたプレジアンの船を動かして海まで滑らせる。


「こっちは救出優先! エンデくんは敵を叩いて! 理由はわからないけど、ヤバいのが出てきたわ!」


「了解です! お気をつけて!」


「この状況で人の心配を出来るところ……好きよ!」


 ササラナは荒れる海を進む。

 戸惑っている時間はあまりないな……。


「エンデ、少しだけ説明してくれるとありがたい。今何が起こっているのかを。そして、私たちに何が出来るのかを」


 冷静にパステルが言う。

 彼女もロットポリスの戦いでずいぶん肝が据わった。


「海の底から強力な魔物が来る。なぜ俺とササラナの魔力感知に今まで引っかからなかったのかはわからない。でも、一つ言えるのはこいつが強いってことだ」


「どの程度だ? ロットポリスに現れたAランク共よりかは強いか?」


「あの時は魔力感知のスキルがなかったから正確なことは言えないけど……フレースヴェルグのアイラ以上だ。この感覚は……」

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