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第15話 式前日のフィアンセ

 結婚式前日、一風変わった船が砂浜に打ち上げられていた。


「あー! どこが悪いんだい!? 言ってくれよぉ……」


 その船の中からは男の悲痛な叫びが漏れ出す。


「あらら、結構独自の設計してるね。私もまだ魔動エンジンは研究中だからなぁ……」


 同じ船から高い女の声……フィルフィーの声も聞こえる。


「カイリさん、ちょっと休憩しましょう。明日は大事な式なんですから、体を壊したら元も子もないですよ」


「でも、式で使うこの船が壊れたままなのも同じくらい困るんっすよ……」


「それでも休みましょう。さっきから手つきも荒くなってるし、エンジンが爆発でもしたら大変!」


「はい……」


 のそりと船から出てきたのは作業用ロボ『マッシブ』にのったフィルフィー。

 そして、革の作業着に目を守る大きなゴーグル、マスク代わりのスカーフを巻いた男『カイリ』だ。

 彼はナギサのフィアンセであり、結婚式の主役だ。


 式は海上で行われることになっていた。

 新郎新婦の二人は、新郎であるカイリが造りだした魔動船の上で愛を誓う。

 そして、それを他の船に乗ったゲストで祝うのだ。


 その後の工程も海上で行う予定であったが、流石にいろいろ不便だということで、誓いのキスの後は砂浜に作られた空の下の会場で式を進めていくことになっている。

 つまり、三人目の主役といえるこの魔動船が動かないと、式は成功しないのだ。


「手漕ぎで……何とかしますか?」


 フィルフィーが苦肉の手段を提案する。


「僕も男っす。ここぞという時はカッコよく決めたい……! 自分の造った船で海を行き、そしてその船の上で誓いのキ……キス……を……」


「子ども作った後なのにキスを言うのも恥ずかしいって珍しいですね」


 何気なくフィルフィーが言う。


「ぶっ! そ、それは……ナギサの方から迫ってきて……僕の言うこともきかずに……。あっ! 望まない子だとかそう言う意味じゃなくて、基本そっちはナギサ主導なんで……僕はそんな……されるがまま……」


「まあ、いろんな愛の形がありますよね。私は普段は多少だらけていてもいざという時頑張ってくれる男性が好みです。これをロットポリスで誰かに言うといつも『親方みたいだね』って返されるんですよ! 親方は尊敬していますが異性としては見てませんって! てか、あそこまでやる気のある仕事ない仕事ハッキリされると困るんですよ! 加減を知ってください!」


 フェナメトと出会い、ロットポリスが傷ついてからはずっとやる気のある親方ギルギスもそれまでは仕事をサボりにサボりフィルフィーが工房を維持してきた。

 工房が失われればギルギスもどうなっていたかわからない。

 彼女はギルギスに救われ彼を心から尊敬しているが、彼女もまたギルギスにとってかけがえのない弟子であり、彼とロットポリスを救った英雄なのだ。

 しかし、フィルフィー自身に自覚はない。


「あはは……やっぱり、僕って弱い男っすよね……。ナギサは愛してくれますが、僕は彼女に見合った男なのかはいまだに悩んだり……。彼女を好きな気持ちだけは負けてないですけどね……」


「強さにもいろいろありますよ。誰だって体が強いわけじゃありません。私なんか妖精だから体も小さくて、そのうえ羽もなくて魔術も使えません。でも、自分で作ったこのマッシブがあればそこらへんの悪い奴には負けません!」


 フィルフィーはマッシブの銃と盾を構える。


「それに強さは武力だけじゃないと思います。技術だって強さです。この魔動船が完成すれば、船は風に頼らずさらに早く動けます。それによって幸せになる人もたくさんいるはずです。まあ、これが普及すると今の船を造ってる人たちが職を失う可能性もありますが……。そういう、幸せになる人と不幸になる人が同時に生まれるあたりも、技術って武力と似てるんです。つまり、強さなんです」


「そう……っすね。フィルフィーさんってかわいい女性だと思ってたんですが、とても立派なお考えを……」


「いやいや、私はまだまだ未熟者ですよ。でも一つ言わせてもらうと、かわいいと立派は両立しますよ? 私、今かわいく見えなくなりましたか?」


「いえいえ! 今もかわいいっす! すいませんっ!」


 二人の間に和やかな空気が出来上がる。

 式前に新郎が他の女性とこんなに仲良くしていたら、ナギサのみならず大半の女性が不機嫌になること間違いなしの光景だ。


「あっ、でも技術も強さってことは……結局魔動船を完成させられない僕って弱いのでは……?」


「……十分休んだし、また頑張りましょう!」




 ● ● ●




「あっ、フィルフィーだ」


 パステル、ヒムロと買い物帰りに浜辺の近くを歩いていると、見知らぬ男性と一緒にいるフィルフィーを見つけた。


「カイリもおるな」


 あの男性がカイリか。

 ナギサとは会ったことがあるが、新郎であるカイリとはまだ直接会ったことがない。

 ただ、新しい船を造っているという話は聞いていた。


「見た感じ、まだ船は万全ではないようだな」


「明日が本番だし焦ってそうだけど、俺たち技術方面はさっぱりだしなぁ……」


「でも、声くらいはかけていきませんか? せっかく通りかかったんですし」


 ヒムロが提案する。


「……そうですね。一応どういう状態か聞いてみるとしましすか。単純な仕事なら手伝えるかもしれませんし」


 俺たちは二人もとへ向かう。


「やあ、フィルフィー調子はどう?」


「あっ、エンデさん! それにパステルちゃんにヒムロさんまで! お買い物のお帰りですか?」


「うん、ちょうど通りかかった時に二人が見えたんでね」


 チラっとカイリの方にも視線を送る。

 うん、大人しそうな好青年に見える。

 ナギサとは反対のタイプだ。


「初めまして、僕はエンデと言います。カイリさんのお話は聞いてます」


「ご丁寧にどうも、カイリと申します。僕もエンデさんの話はナギサからよく……聞いてます」


 歯切れが悪い……。


「あまり僕って評判が良くないみたいですかね……?」


「いえいえ! ナギサからは『小さい子が好きな人みたい』って聞いてましたから、初めは少し警戒してました。でも、パステルさんに会ってからはもう何とも思ってないっす」


「パステルに会ってから?」


「はい! だってパステルさんはもう十分女性の魅力にあふれていますもの。男なら好きになっても全然おかしくないくらい。だからエンデさんを異常だなんて思わないっす」


「ははは、ありがとう」


 パステルへの褒め言葉として受け取っておこう。


「まあ、私を魅力的だと言ってくれるのは嬉しいがな。あまりナギサの前ではその話をしないようにした方が良いぞ」


「えっ、そうっすかね? でも、お世辞じゃなくて本当にそう思ってますよ? 生まれてくるむ、娘……もこれくらい美しく育ってくれたらって……」


「あー! あー! やめろやめろ! 結構危険だぞ! その言い方は!」


「そ、そうなんっすか……」


 パステルが半分本気で怒っている。

 ナギサの気持ちを気にしてのことだろうけど、パステルも俺が目の前で他の女性を褒めてたらムッとするんだろうなぁ……。

 気をつけないと。


「あっ! そうだ! 僕たち、明日の式で使う魔動船を直してたところなんっす! でも、ぜんぜん上手くいかなくて困ってて……。どなたか知恵を貸していただけませんか?」


 我に返ったカイリが手を擦り合わせてお願いしてくる。

 が、彼以上の知恵を持った者はこの場にはいない……。


「……ん? そういえばヒムロさんはどこ行ったんだ?」


 カイリとフィルフィーに声をかけようと提案した当の本人がいなくなっている。


「こっちですよエンデさん!」


 ヒムロは魔動船のからひょっこりと顔を出した。


「いやぁ、興味深い形の船だったのでフィルフィーさんに許可を貰って見学させてもらいました。大変素晴らしかったのですが、いくつかの無駄も見つかりましたので直させていただきました。これでよりスマートに動くはずですよ」


「カカカ……カイリさん! 船直っちゃいました!」


 驚いた顔を見せるフィルフィーにカイリもまた目を見開いて驚く。


「ええ!? マジっすか!?」


 カイリが船に飛び乗る。

 そして、降りていたヒムロとフィルフィーが砂浜に乗り上げた船を海まで押す。

 海上に浮かび上がった船はゴゴゴ……と音をたてたかと思うと勢いよく加速、沖まで一直線に進んでいった。


「うわぁお……」


 顔に『信じられない』と書かれているフィルフィー。

 それに対してヒムロは笑顔だ。


「あ、あの……このメモを読んでもらっていいですか?」


 フィルフィーがヒムロに差し出したのは、フェナメトのようなアンドロイドのアイデアが書かれた数十枚の紙だ。


「どれどれ……これは……順番がバラバラですね。これでは読みにくいので並べ替えて……と」


 ヒムロは手際よく紙束の順番を入れ替えていく。


「やっぱり……あなたが書いたんですね、このメモは。そして、あなたが作ったんですね、フェナメトちゃんを」


「え? フェナメトさんというのは、あのちょっと私にトゲのある接し方をするエキゾチックな女性のことですよね? どうして彼女を……」


「わかっていると思いますが彼女は人間ではなくアンドロイドです。そして、そのメモには複数のアンドロイドのアイデアが書かれています。確かにメモの順番はバラバラでしたが、それに気づくだけならまだしも、正しく並べ替えられるのは書いた本人しかいないんですよ。だってそのメモ、ページ数すら書かれていないんですから」


「それは……」


「なにか思い出せませんか? このメモは記憶を取り戻す大きな手掛かりです」


「……う、まだ何も思い出せません。ただ、このメモと機械に関する技術や知識が私と深い関係があるのは確かだと思います。もう少し……あと少し何かあれば記憶が……」


 ヒムロは額に手を当ててうつむく。


「ご、ごめんなさい。問い詰めるようなことしてしまって……」


「いえ、いいんです。ずっと何もかも忘れては生きていけないでしょうから」


 あのメモに触れてからヒムロの瞳がより知性的になった気がする。

 記憶を取り戻すのにそう時間はかからない……そんな予感がした。


 同時に彼に対する警戒も少し緩くなった。

 彼がアンドロイドを造りだした古代の技術者ならば、人を守るために働いていたはずだ。

 それにフェアメラが彼を知っているのも納得がいく。


「ヒムロさん、僕はあなたのこと信用してますから、焦らずゆっくり記憶を取り戻していきましょう」


「ありがとうございます、エンデさん。なんだか、あなたに会えて本当に良かったって最近思うんですよ」

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