第11話 守るための決断
翌日――。
第一階層のモンスターの植物園は完成しつつあった。
俺自身の魔力を極端に消費し過ぎない程度にグロア毒を複製し、植物にかけるだけでいいので当然と言えば当然だ。
後は植物同士で土地の奪い合いにならないように成長を抑制し、現状を維持するだけでいい。
第九階層の食用の植物園もある程度は形にはなった。
植物に与える毒の量を調整し、モンスター化させないように成長させる。
育てた植物の種類は少ないし、品種改良されていないスイカや野イチゴは毒で育てても大きくなるだけで味はあまり良くならなかった。
ここは専門家を呼ぶか、なんとか改良された品種の種や苗を入手するしかないという結論が出た。
リンゴだけは品種改良済みの物なのでとても美味しい物が食べ放題になった。三人で暇が出来れば食べている。
ダンジョン植物園計画は順調に進んでいる。
しかし、これではまだまだ戦力は足りていない。もちろんこんな短期間でどんな敵も恐れることがない無敵のダンジョンを作れるとは思っていないけど、身近な敵に対応できるぐらいの戦力は早急に欲しい。
アーノルド……あの欲深い男ならグロア毒の詳しい効果を探り当て再び採取しに来るはずだ。
性格は悪いがそのランクAとしての実力は本物だ。植物たちはもちろん、魅了が効かなければメイリでも勝てないだろう。パステルは……うん。
勝てるとすれば俺だ。
俺が知っている奴のスキルと俺のスキルは五分五分の相性だが、俺はこの相性をこっち有利に大きく傾ける『新たな力』のありかに心当たりがある。
しかし、その力を入手するためには俺たちにとって一つ大きな決断をしなければならない……。
タイミングとしてはメイリと植物たちが揃い、まだ人間にダンジョンの位置が知られていない今がチャンス。
さて、上手く説得できるかなパステルを……。
ダンジョンの入り口から見える朝日を眺めながら、俺はひたすら彼女に話す言葉を考えていた。
● ● ●
「おはようエンデ。昨晩も見張りご苦労様だ」
一時間後、今日は寝起きの機嫌が良さそうなパステルが第一階層まで降りてきてた。
さて、どう切り出すか……。
「……気難しそうな顔をしているな。何か悩み事があるのか?」
「えっ、わかる?」
「それぐらいはな。もう出会ってから何日もたったのだから。私に話せることか?」
「うん、君に話さないといけない事だ」
「今ここで聞く」
切りださずとも向こうから聞いてきてくれた。パステルも俺のこと気にかけてくれてるんだな。ありがたいことだ。
「前に話したアーノルドって奴のこと、覚えてるかな?」
「エンデを毒の池に突き落とした奴らのリーダーでAランク冒険者だったかな?」
「うん、あってる。そいつはきっとこの付近の探索をまた始めると思うんだ。それでそいつを倒すために俺は新たな『毒』を手に入れに行きたい」
「……このダンジョンを一時的に出る相談か」
「出るのは俺だけじゃなくてパステルもだ。その毒の入手にはパステルの協力が必要不可欠なんだ」
「な、なんだと!? う、うむ……その毒の情報は一体どこから?」
「人間時代にやけに記憶に残る依頼書を見つけてね。それにある毒の情報が記されていたんだ。位置もしっかり覚えてる、入手法も。それは信用して欲しい。でも、詳しいことは今話せないんだ」
「話せないというのはそれが入手に必要な条件という認識で問題ないか?」
「うん」
パステルはちょっと複雑そうな表情を見せる。
今の話だけ聞けば胡散臭いことこのうえない。
断られても仕方ないが……。
「わかった。エンデを信じようではないか」
「え、いいの?」
「私を守るために必要な物を手に入れに行くのだ。拒否する理由はない。まあ、外に出るのは少し不安だし、ここを空けるのも不安ではないと言えば嘘になるがな。だが私はエンデを信じるぞ」
「ありがとうパステル」
「礼を言われるようなことではない。だが、気をつけてもらわねばならん。私は弱いし体力もない。一緒に動けば確実に足を引っ張るぞ?」
「君を助け守るのが俺の役目さ。望むところだよ」
「ふんっ、その意気なら私も安心だ。あっ、お留守番をするメイリにも話さねばならんな。なんといっても一番危険なのはメイリになるかもしれんのだから」
「そうだね。今朝ごはんを作ってる最中かな? 第十階層に戻ろうか」
第十階層に戻り、メイリのいるキッチンに向かう。
彼女はそこで食材を切っている途中だったが、一度手を止めてもらいさっきパステルと相談したことをすべて話した。
「了解しました。出発はいつごろになるでしょうか?」
「朝ごはんを食べたら装備を整えて出発しようと思う。早い方が良いからね。ここから目的地までだいたい一日かかる距離だ。その間の食料をまとめておいてもらえるかな?」
「はい。リュックも取り寄せましょう」
メイリはダンジョンタブレットを操作する。彼女にも操作は可能にしてある。
「それと……あの、こういうこと言う立場じゃないんだけど大丈夫かな一人で?」
「それは何とも言えません。侵入者次第です。しかし、一般論で考えればまだ誰にも見つかっていないダンジョンが二日三日で攻略される確率は低いでしょう。無論絶対ではありませんが、エンデ様がダンジョンを出るタイミングとしては今が一番だと私も思います。人間に見つかってからでは遅いでしょう」
そう言った後にメイリがタブレットをこちらに見せてくる。
「植物たちの世話やダンジョンの見張りはこの新たにDPで導入されました『ダンジョンカメラ』のおかげでかなり効率的になっています。ダンジョンは私にお任せいただいて、エンデ様はパステル様を守るための力を手に入れてください。それがみんなの為になります」
タブレットにはダンジョンの入り口付近やうごめく植物たちの『映像』が映っている。
原理はまったくわからないけどこれは今現在のダンジョンの様子らしい。それが第十階層にいながら見れるのだ。
映像はタブレットだけでなく、第十階層のリビングの壁に設置された『モニター』という物でも見ることができる。魔界は進んでるなぁ。
「うむ、いつも世話になってすまないなメイリ。私も出来る限り足を引っ張らないようにして手早く帰ってくるつもりだ。その間、私のダンジョンを頼む」
「はい、この命に代えてもパステル様のダンジョンをお守りします」
気合の入ったメイリの準備は早かった。
魔界から取り寄せたリュックに素早く二人分の食料や必要な物を詰め俺に渡してくれた。
「それとパステル様にはこれを」
メイリがパステルに手渡したのは、小柄な彼女にピッタリなサイズの銃と盾だった。
「これは?」
「私が以前から所長……ゴルドの依頼で、彼の個人的な友人から流れてくる新作武器を使用し、そのデータを所長に送っているのはご存じだと思います。その際に返却必須でないものを格安で買い取っておいたのです。パステル様に合うと思って」
「おお! 確かに私の体に合った大きさだし重くない。これなら武器に振り回されることもなさそうだ」
「はい。その銃は持ち主の魔力をそのまま弾丸にして打ち出す無属性攻撃の銃。威力は持ち主依存ですが、その分保有魔力に見合った魔力消費となりますので、魔力を失い過ぎて倒れるということはないでしょう。盾も魔力を消費して表面に魔力の膜を張り防御力を上昇させられます。こちらも保有魔力に見合った防御力に自動で調整されます」
「ふむ、つまり威力にも防御力にも期待はできないというワケだな。しかし……」
パステルは右腕に盾を装備し、左手に銃を持つ。
その顔は少し得意げだ。
「なんだか少しだけ強くなった気がするぞ。ありがとうメイリ。私もメイリに何か返せるようにならんとな」
「その言葉だけで十分でございます」
準備は整った。
俺の武器は人間時代のそれもずっと前から使っている剣だ。本当は金が無くて新しい物が買えず、だましだまし修理しながら使っていたのだが、今となっては相棒みたいなもんだ。
今回も頼むぞ、俺と一緒にパステルを守ってくれ!




