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第14話 忘れられたもの

「あっ、そういえばあなたのお名前すらまだ聞いていませんでした。これはこれは本当に礼儀というものも忘れているみたいです。申し訳ありません」


 『いやはや……』と額に手を当てるヒムロ。

 氷が溶けだすように彼本来のクセが表に現れてきている。


「僕はエンデと言います。あなたのことはとりあえずヒムロさんと呼んで構いませんか?」


「ええ、なんだかしっくりきます。本名かもしれません」


 御名答。

 さて、ヒムロに【超氷の身体】のことを伝えるべきか……。

 彼は俺と同じく魔人、それも後天的にそうなった人だ。

 俺は自分の過去が全く分からないが、彼なら何か知っているかもしれない。


 しかし、記憶を取り戻したヒムロが味方とは限らない。

 暴れられれば……いや、町中で唐突に思い出された方が危険か。

 ここで話そう。


「ヒムロさん、あなたは自分が人間だと思っていますか?」


「え? 私、人間じゃないんですか?」


「ええ、僕がステータスを見た限りあなたはSランクモンスターの氷魔人です。人間ではありません」


「わ、私が魔人……?」


「そして、僕も毒魔人というSランクモンスターです。でも生まれた時からそうではありませんでした。後天的に魔人になったんです。おそらくそれはヒムロさんも同じ。記憶を失って人間だと思ってるということは、魔人になった過程を忘れた元人間という証明です」


「えっと……」


「クエスチョンマークがついたスキルに覚えがありませんか? あなたの場合なら【氷耐性?】あたりが……」


「ちょっと待ってください。情報を整理する時間が欲しいです」


 手のひらを俺に突きつけ、ヒムロは額に手を当てる。


「私が魔人ですか……。にわかには信じられませんね」


「自分でステータスを開いてみればわかるはずです」


「確かに」


 ヒムロは空中に手をかざす。

 しかし、ステータスの文字は現れない。


「ステータスが……出ませんね」


「えっ!?」


 出ない……なんてことがあるのか?

 会話ができるほどの知能がある生き物なら絶対に展開できるはずだ。

 ましてやヒムロは俺より知能は高いはず……。


「記憶喪失が関係しているのでしょう。とりあえず、エンデさんの話は覚えておきますよ」


 話が終わってしまった。

 これが記憶を取り戻す一番大きな手掛かりだと思ったんだけどな……。


「それで……私はこれからどうすればいいでしょうか? 身体は動きますから肉体労働くらいなら出来ると思いますが」


「記憶が戻るまでは安静にしててもらって構いませんよ。えっと、住むところは……」


 俺たちと一緒のホテルの方が何かと都合がいいけど、パステルや町長に相談した方がいいかな……?

 判断に迷っていると、波打ち際でずっと不機嫌そうな顔をしていたフェナメトがゆっくりとヒムロに近づいてきた。


「僕らのいるホテルに住むといいよ。お金はこっちが払うから気にせず一日中ゴロゴロしてればいいさ」


 自分のことを嫌っていると思っていたフェナメトに声をかけられ、ヒムロは驚く。


「いいのですか?」


「フェアメラがそう言ってた。僕は気に入らないけどね」


「そ、そうですか……。でも、ありがとうございます。フェアメラさんの方にもお礼を言っといてください」


「あいあい」


 適当な返事をするフェナメト。

 フェアメラがそう言うならホテルに連れていってもいいのだろう。

 あと数日はこの町にいるつもりだったけど、どれだけ長引くか……。

 場合によってはヒムロをダンジョンに連れていかないといけないかも。




 ● ● ●




 港町テトラに来てから十日目。

 ナギサの結婚式は三日後に迫ってきていた。


 ヒムロの記憶はいまだ戻らない。

 身体の方はすこぶる健康なようで、数日前までは氷の棺に閉じ込められていたとは思えない。

 やはり彼が人外の存在であることは間違いない。


 だからといって悪者というわけではない。

 ヒムロはいまフェアメラからのそれとない許可を得て、ナギサの結婚式の準備を手伝っている。

 何かをすることで頭に刺激を与え、記憶を呼び戻そうというところだ。


 パステルとは違いやるのは主に力仕事。

 顔立ちの良さに加えて肉体もたくましいものだから、港町の女性陣のみならず男性陣からも評判がいい。

 『次の結婚式は俺の娘とお前だな!』なんて冗談を言われるくらいにはこの町に馴染んでいる。

 生まれ持った人当たりの良さというのは、記憶を失ってもなくならないものなんだなぁ。


「ふぁ~あ……日光浴も飽きてきて、久しぶりに海水浴でもしたい気分ねぇ~」


 もはや座り慣れたビーチチェアの横にパラソルまで設置してくつろいでいるササラナが言う。


「ヒムロって男さ、なかなかよく働くじゃない。記憶を失うってことは素に戻るということ。それであれだけ人が良いなら記憶を取り戻しても心配ないわ」


「僕もそう願っていますよ」


「あら、まだ信用できないの?」


「信用できないわけじゃないんですが、彼は僕が知らない僕のことを知っているかもしれないんで。それがいつ明かされるかわからないというのは、毎日がそわそわなんですよ」


「あははっ、そうかぁ、エンデくんとヒムロには浅からぬ因縁があるのよねぇ~」


「超身体の名を持つスキル、そして魔人という種族……ヒムロさんだけならば多少無理があっても偶然で片付けてもいいかもしれない。でも、もう一人僕は似たような例を知っているので……」


「うんうん、あとは棺がエンデくんに反応して開いたというのも気になるわねぇ。あの棺が作られた時期には君はまだ生まれていないはずなのに……。もしかしたら、エンデくんはもっと昔の人間で、記憶を失っているだけとか!?」


「物心ついた時からの記憶はあるのでその可能性は薄いと思うんですがね……」


 両親を知らないので、本当に幼いころは何とも言えない。

 自分のことがわからないからって不安になったことはあんまりないけど、いざその秘密がわかるかもしれないと目の前でちらつかせられると気になる。


「……そういえば、ササラナさんに一つ聞きたいことがあるんですけど」


「なぁに、エンデくん? 年齢とかスリーサイズ? サイズは基本船首に取り付けられた像と一緒よ。よーく見るとあの像結構な巨乳でしょ? 女性の像ってのは身体のラインの美しさを楽しむものなのにあんなに大きくして……。スケベだねぇ船長も。あっ、具体的な数値はわからないわよ、測ったことないから。今度は測って教えるね」


「いやいや、勝手に話を終わらせないでください! まあ、今の話にも出てきたんですが、ササラナさんって船長の記憶があるんですよね? 船幽霊にはいつなったんですか?」


「あっ、その話か。なったのはもちろん沈んだ後よ。沈んでしばらくして生まれて、船だった時の記憶もあったって感じ。だから船長や船員とは直接話したことはないわよ。あくまで思い出の中だけの存在」


「あっ……なんかすいませ……」


「男がすぐに謝らない! どうせ謝るなら年齢を聞いてしまったデリカシーのなさに謝りなさい!」


「年齢は聞いてないですよ!」


「あれぇ~? そうだっけぇ~?」


「まあ、いいですけど……」


「そうやって冗談をすぐ許してくれるところは良い男よ」


「もう一つ聞いてもいいですか?」


「はいよ」


「海の底に何百年も沈んでた割に船は綺麗なままですよね。それは船幽霊であるササラナさんが元気だから、ということで間違いないですか?」


「そうそう、船幽霊と船は一心同体。船が破壊されたって船幽霊が存在すれば完全に直る。逆に船幽霊が消し去られても船があればまた復活する。記憶を持ったままね。結構強いわよぉ、私」


 同時に二つを破壊しないと消滅しないということか。


「では、なぜそもそも船は沈んだんですか? この内湾は陸も近いですし、地形的にそもそも海が荒れにくい。伝説の冒険家が沈むにはあまり相応しくない場所かと……」


「それはね……」


 先ほどまで冗談を交えて小気味よく話していたササラナが言葉に詰まる。


「うーん……言うか。敵と戦ったのよ。それも今までにないほど恐ろしい怪物と」


「怪物……?」


「でっかいタコみたいな奴だったわ……。それだけならいくらでも危険な海域にいそうだけど、奴は格が違った。大波を引き起こし、陸にあった町まで飲み込もうとしたの。船長はそいつを倒すためにスキルを使った。海に生きた船長が目覚めた力……。今まで集めてきた富、名声をすべて失うことで発揮されるそれはそんな災害のようなモンスターを一撃で仕留めた……」


「じゃあ、ササラナさんはスキル発動の代償に……」


「そういうことよね。まあ、でもそのおかげで中にあったお宝は無事で済んだ。ぶっ壊されて沈んでたら海に散らばっちゃうからねぇ……」


 キセルを取り出し、空中にぷかぷかと泡を作り出すササラナ。


「悲しいけど立派だと思うよ。そもそもこの悲しいという感情も船が沈んで一体のモンスターとして生まれなければ存在しないものなんだから、私が思い悩んでも無駄。でも、海の底にいる時はそんなキッパリと割り切れなかった。まあ、今は私がいるおかげで救われた命もあるし生まれてきてよかったって思うけどねぇ~」


「僕もそう思います、ササラナさん」


「もう敬語もやめて呼び捨てでいいよ。私は変わらず『くん』付けで呼ぶけど」


「なら僕も『さん』付けて呼び続けます。なんとなくですけど」


「まっ、それが好きならそれでいいけど」


 呼び捨てにするほど親しみがないわけじゃなくて、本当になんとなく『さん』をつけて呼びたくなる。

 そういう魅力が彼女にはある。


「ササラナさんはこれからどうするか考えてます?」


「なーんも! でも、海からは離れたくないなぁ……。エンデくんはヒムロの件が片付いたら帰っちゃうのよね?」


「はい、その予定です」


「それはそれで寂しいなぁ……。どうしたもんかねぇ……。まっ、まずはあの子の結婚式を成功に導いてからでいいかな。なんだか派手な式を考えてるみたいだし、私が駆り出されなきゃいいけど!」


 ササラナはパッと立ち上がると海まで駆け出す。


「ひと泳ぎしてくらぁ!」


 そう言って彼女はばしゃばしゃと水しぶきをあげながら沖まで泳いでいった。

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