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第13話 氷の男

 『ヒムロ』。

 確かにフェナメトはそう言った。

 それはこの男の名前なのだろうか。


「……ヒムロ、それが私の名前なんですか?」


 フェナメトにその言葉の意味を尋ねたのは、他でもない男自身だった。


「え? なんで僕に聞くんだよ。会ったばっかりなのに」


「えっと……いま私にむかってヒムロとおっしゃられたので……」


「そんなこと言ってないよ!」


「ええ……」


 男は困惑している。

 確かにフェナメトの今までにない反応を見せているが、この男も男で自分の名前がわかっていないとみえる。

 体からしたたる水、棺桶に残った水滴、漏れ出した液体……この男は長い間氷の中で眠らされていて、そのせいで記憶を失っているのか?


「とにかく服着ろよ! 服!」


 なぜか当たりの強いフェナメトは剣を抜いて男につきつける。


「あっ、すいません……」


 自分が服を着ていない事にも今気づいた男は棺桶のふたをひょいと持ち上げて体を隠す。

 なかなか重そうなふたなのに軽々と……。


「あの……私どうやら服も持っていない様なので、貸していただけませんか?」


「はぁ~!? どうして僕が……っ」


「フェナメト、ストップ!」


 明らかにイライラしているフェナメトを制止する。

 彼女にも機嫌が悪い日というものがあるんだなぁ……。


「どうしたの今日は? ずいぶん不機嫌みたいだけど」


「だってあいつが変なこと言うから……!」


「俺も確かにフェナメトが『ヒムロ』って呟くのを聞いたよ。間違いない」


「ええっ!? そんな……」


 俺の言葉を聞いてフェナメトは大人しくなる。

 無意識に口から出た名前だったのか?

 彼女もまた記憶がハッキリしていない。

 砂漠にいた時も人を守るという使命のみで動いていた。


 ただ、彼女は機械だ。

 抜け落ちた記憶や断片的にしか覚えていない記憶が本人の意思関係なく出てきた可能性がある。

 つまり、フェナメトの記憶に『ヒムロ』という人物は確実にいて、それが今目の前にいる男だと彼女の記憶は判断した。


「そうだ、フェアメラはどう? 彼のことなにか覚えていない?」


 フェナメトより古代の記憶を把握しているフェアメラなら……。


「……知らない」


「本当に?」


「ああ」


 知っているな……これは。

 戦闘補助人格の彼女ならばたとえ覚えのない言葉が出たとしても、それはいま自分が忘れているだけだと気づき、その記憶を取り戻そうと男からいろいろな情報を引き出すはず。

 今の反応はあまりに無関心すぎる。

 しかし、知っていて話せないことには理由があるはず……。


「フェアメラ、一つだけ聞きたいんだけど」


「なんだ?」


「彼は危険?」


「……さあな、時と場合によるとしか」


「わかった」


 今はここまでだな。


「フェナメト、俺が彼の服を用意するし面倒も見るからもう怒らないでね」


「怒ってないよ。でも、なんかザワザワする……アイツを見てると……」


「なにか不具合かもしれないよ。フィルフィーに見てもらおう」


「うん……」


 フェナメトを移動工房の中に帰し、俺は男に向き直る。


「私のせいで彼女は機嫌を損ねてしまったようですね……。申し訳ない」


「あっ、いえ、気にしなくてもいいですよ。こちらこそすいませんね、ちょっと今日はご機嫌斜めみたいで……。それであなたの名前は……わからない感じですか?」


「ええ、記憶がありません。立ったり歩いたり食べたり……日常の動作に関する記憶はありますがそれ以外は……」


「なぜこの箱に入っていたかとかも?」


「わかりません……」


 竜眼でステータスを覗き見るか?

 初対面の人間にそれは無礼だし、場合によっては察知されるとササラナも言っていた。

 しかし、いま彼は記憶喪失。

 彼の記憶を取り戻すためには少しでも彼に関する情報が欲しい。

 ここは……怒られないだろう。


 俺は竜眼を発動する。

 視界に輝く文字列が浮かび上がる。


 ◆ステータス

 名前:ヒムロ・マキナエル

 種族:氷魔人

 ランク:S

 スキル:

 【超氷の身体】


「あっ……!」


「ど、どうしました? 私、何か驚かせるような顔をしてしまったでしょうか?」


「いやっ、別に……! ふ、服持ってきますね!」


 俺を含めて三人目だ……。

 ザンバラで出会った【超運の身体】を持つナージャに続き、三人目の【超身体】のスキルを持つ人物。

 それが古代の秘宝の中から現れた。

 そのうえ彼にはフェナメトの関係者の疑惑もある。

 なにがなんだかわからなくなってきたぞ……。


「エンデ、何か驚いていたようだが……」


 不安そうな顔のパステルが声をかけてきた。


「ごめん、大丈夫だよ。ただ、俺と同族を見つけてしまった」


「同族……?」


超氷(ちょうひょう)の身体……彼のステータスにはそう書かれていた。ランクもSだ。ナージャはFだったからまだ疑惑だったけど、彼はほぼ確定だ」


「つまりエンデの出生に何か関係のある男なのだな」


「ああ、いきなりで実感がわかないけど……。とりあえず、裸はかわいそうだから服を持ってくるよ。パステルもついてきて」


「うむ」


 ヒムロを信用しきれない。

 パステルを置いて行くのは不安だ。

 それにしても、一仕事終えたと思ったらまた大事が転がり込んできたなぁ……。


 俺はチラッとササラナの方を見る。

 ……まだ寝てた。




 ● ● ●




「なにからなにまで……本当にありがとうございます。こんな素性も知れない男に」


「いえいえ、そんなお気になさらずに」


 半袖の白いシャツに褐色の短パン。

 我ながらセンスのない服の選び方だと思ったが、不思議とヒムロには似合っていた。

 いや、ハンサムな彼にはどんな適当な服も似合うのかもしれない。

 鋭い切れ長の目をしたクールな顔立ちから繰り出される柔和な笑顔……町を歩けば女性が振り返って仕方ないだろう。


 だからというワケではないが、俺は彼を町中にはまだ入れていない。

 超氷の身体ということは、使う力は氷や冷気。

 鍛え方によっては広範囲の人々を瞬時に行動不能にでき、そのまま殺せる能力。

 自らの体を氷に出来るなら物理攻撃も効かないだろう。


 そこらへんを警戒して俺は砂浜に新たなビーチチェアを設置し話を続ける。

 ちなみに設置場所はササラナの真横に二つ。

 いざという時は彼女にも戦ってもらう。


 パステルはメイリとサクラコに預け、離れてもらっている。

 フィルフィーも同じく。

 フェナメトだけはどうしてもヒムロが気になるのか、少し離れた波打ち際からにらみをきかせている。


「……そちらの青い髪の女性は気持ちよさそうに眠っておられますね」


「ああ、やっぱ気になります? 実は彼女はあそこにある大きな船の船幽霊なんです。もともとは沈没船で、あなたはその船の中にお宝として保管されていたわけですが……なんでかわかります?」


 俺も説明しててこんがらがりそうになる。

 本当にどうしてそんなところに……。


「……すいません、わかりません。ただ、お宝として保管されていたのならば、手に入れた場所や状況がどこかに記録されているかもしれません。そういった物は残されていませんか?」


「あったよ。あの棺は『空かずの棺』って呼ばれてたわ」


 ササラナがむくりと起き上がり、サングラスを外す。

 深い青の瞳がヒムロを捉える。


「あんたが入っていたあれは外から開かない構造になってたのよ。それに恐ろしく頑丈で、物理的にも魔法を用いても壊せなかった。だから開かずの棺としてウワサに尾ひれが付いてお宝になった……らしい。詳しい入手場所はわからないわ。壊して中を確かめようとした奴が何人もいて、挫折するたびに持ち主が変わったからねぇ」


「ふむ……そうですか。ならばなぜ今開いたのか……」


「中からあけたんでしょ? 自分で」


「それはそうですが、今まで私は意識がありませんでした。なぜこのタイミングで覚醒したのか……。棺の中には水がありました。そして棺の周囲にも水がしみ込んだ砂がありました。この事から、どうやら私は凍らされていたようです。そして、このタイミングで溶かされた……」


 ヒムロは次第に饒舌(じょうぜつ)になっていく。


「他人の意思で無理矢理そうされたのではありませんね。それならば中から開くようにはしません。自分の意思、もしくは仲間の意思で私は棺に入った。そして、棺の隠された効果で凍った状態が維持され、何かがきっかけで解凍された。そのきっかけはあなたです」


 ビシッと俺を指差すヒムロ。


「初めは砂浜が温かいので氷が溶けたのかと思いましたが、そもそも地上で売り買いされてたのならばその時点で溶けているはずです。加えて、今までに炎魔法を当てるくらいはされていそうですしね。仕組みはわかりませんが、棺には何かを感知する機能があり、その何かが近くに来た時私を目覚めさせるようになっていた」


「その何かが……僕と?」


「ええ、あなたが棺に近づいたときに開いたようですしね。どうやら、お互い覚えのない関係が私たちの間にはあるようです。何か心当たりはありませんか?」


 ありますね……。


「ちょっとちょっと、人を指差すのは失礼だってことも忘れちゃってるの? いくらハンサムでもそういうところちゃんとしないと嫌われるわよぉ~」


 ササラナが気だるげに指摘する。


「おっと、これは大変失礼しました。どうやらこれは私にとって無意識に出るクセのようです。何の手がかりもないと思いきや、意外と自分を知る手がかりは転がっているものですね。もっと、お話聞かせてもらえませんか?」


 ヒムロは好奇心にあふれた子どものような笑顔でそう言った。

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