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第10話 魔力海流

 プレジアンの沈没船探索五日目。

 俺は海底に胡坐(あぐら)をかき、瞑想していた。

 目を閉じ視界をなくし、音は自分の心音のみ。

 意識は水の中を漂う魔力に向ける。


「……感じる。確かに魔力の流れを感じる」


 目をパッと開けて立ち上がる。

 集中がもつのはまだ数分と言ったところだ。

 それが途切れたら気分転換と探索位置を変えるため、海底散歩を再開する。


(ずいぶん魔力の使い方が上達したんじゃねーか?)


 脳内に声が響く。

 砂浜にいるヒューラとの思念による声だ。


(ぼちぼちといったところかな。この思念話(テレパシー)は継承者としての能力だし、まだまだ魔力感知習得は遠いよ)


(だが、実際海の中を漂う魔力が存在することはわかるだろう? 後はその発生源を探るだけだ。なぁに時間はある。ゆっくりやろうぜ)


(そのつもりさ。ただ、なんというか魔力に満ちている気がするよこの海は。発生源というものが探りにくい)


(どういうことだ?)


(正直言って俺の探知範囲は狭すぎる。だから魔力を放っている財宝があるとしても、遠かったらその魔力を感知できない。でも今俺は魔力を確かに感じる……それもすぐ近くから。だから水そのものに魔力が混じっていると思った)


(実は財宝がめっちゃ近くにあるってことはねーか? もう探り当ててるんだ)


(残念ながら感知する位置を変えても同じ感覚なんだ。海底のどこにいてもすぐそばに魔力を感じる。厄介だ)


(そうか……。まっ、練度が上がれば魔力の質の違いもわかる様になってくる。焦らず心を落ち着けて感覚を研ぎ澄ますんだ)


(ああ、やってみる。今日も日が落ちる頃には戻るよ)


(無理すんなよ。愛しのパステルちゃんが悲しむぜ)


(わかってるよ)


 ヒューラとの会話を終え、俺は前に歩き出す。

 フェナメトとはすでに別行動だ。

 彼女はフィルフィーが用意していた無人水中探査機の中から上手く動くものだけを引き連れ、ひたすら泳ぎ回って海中を探索している。

 方向性の違う二つの方法で探索を行うと効率が良い……といいんだけどね。

 俺の方が今のところ役に立ってるか怪しい……。


(平常心、平常心……)


 俺は無心で海底を行く。




 ● ● ●




 プレジアンの沈没船探索七日目。

 つまり、この町に来て一週間が経った。


 パステルは最近忙しそうにしている。

 どうやらナギサという女性はいつもギリギリで行動しているようで、六日後に迫った式の準備もまだ終わっていないらしい。

 さいわい式を開く日だけはかなり早い段階で知り合いに伝えていたらしく、招かれるゲストたちには迷惑はかかっていない。


 職員や手伝いの人たちには迷惑がかかっているが、パステル本人はあまり気にしていない。

 人のために与えられた仕事をするという経験があまりなかったせいか、今の状況にむしろ生き生きしている気すらする。

 町の人に関わる機会も増え、食べ物や風土についての知識も増えた。

 この調子ならダンジョンに持って帰る海産物はパステル自身が選ぶだろう。頼もしいものだ。


 俺も魔力感知の上達につれ、この海のことがなんとなくわかってきた。

 海水に含まれている魔力には『流れ』が存在している。

 海流と同じように魔力も流れているのだ。


 これは誰か、もしくは何かが意図的に海をコントロールしているという証明。

 その目的はおそらく穏やかな海を保つこと。

 長きに渡り海難事故で犠牲者が出ていない理由はここにある。


 そして、この魔力海流とはまた違った魔力の存在もわかった。

 正確には魔力海流と同じ性質の魔力ではあるが、流体ではなくしっかりとした形になっている魔力。

 この海をコントロールしているものはその塊の魔力の場所にいる。

 俺は今、翼をはばたかせそこへと向かっていた。


(もっと深いところか……)


 海底は緩やかな斜面になっていて、それに沿って進む俺はどんどんと深いところに降りていく。

 次第に太陽の光が届かなくなり海も暗くなっていく。


(ヒューラ、まだ聞こえるかい?)


(……ああ、多少時間差が有りそうだがな)


(フェナメトはこっちに向かってる?)


(フィルフィーの話だともうじきお前のところに着くらしいぞ)


(ありがとう。一応何が起こるかわからないから二人で行動しようと思ってね)


(いよいよ沈没船とご対面ってわけか。なるべく金になるもんがたくさん沈んでいることに期待しとくぜ)


(財宝を守る亡霊とかがいなきゃいいんだけどね)


 念話を終えたところでフェナメトがやってきた。

 彼女が操る無人機の一体を俺につけておくことでいつでも位置がわかるようにしている。

 俺は進行方向を指差し、移動を再開する。


 海は完全に漆黒。

 俺たちは機械の光で周囲を照らしながら進む。

 この先に存在する魔力の形がよりハッキリしてきた。

 スキルとして完成した【魔力感知】は移動していても使うことが出来る。


 深海には障害物も目印になる物もない。

 光で照らしてもときおり奇妙な形をした魚が横切るのみ。

 進む方向は俺だけがわかる。


 あと少し……そう思った矢先、俺たちの進行を阻むような激しい流れが押し寄せてきた。

 目には見えないが、体の重みで感じとる。

 何かが俺たちが近づくのを拒んでいる。

 しかし、ここで引き返すわけにはいかない。

 フェナメトはスクリューの回転数を上げ、俺は海底に足をついて踏ん張りながら前に進む。


 すると、諦めるように水の流れがなくなった。

 同時に周囲に小さな光がふわふわと舞い始める。

 何かの攻撃か……?


「その子たちはただの小さなお魚。攻撃なんてしてこないさ」


 声だ。耳が捉えた女性の声。水の中を響いてくる。


「よくここまで来たねぇ……。来て欲しくなかったような、そうでもないような。まあ、ちょっと寄っていきなよ、私に」


 光が遂にその姿を照らし出した。

 プレジアンの沈没船、確かに海の底に沈んでいた。

 船の知識はないため、この船がどれほど立派かを表現する言葉が出てこない。

 ただ、テトラの町の港に会った船のどれよりも大きく、美しいと思った。


 しかし、同時に不気味さもある。

 この船は数百年以上前に海に沈んだ木造船のはず。

 だというのに、この船はパッと見て船とわかるほど原型を保っているどころか、今にも海上を優雅に進みだしそうなほどそのまんまだ。


「私、綺麗?」


 またあの声が響く。

 どう返事をしたものか……。


(こっちの方が話しやすいかしら?)


 今度は脳内に声が響く。


(はい、水中での喋り方がわからないものでね)


(あはっ、そうなの。で、私、綺麗?)


(姿を見せてくれませんとなんとも言えません)


(目の前にいるのに……?)


(……この船が?)


 俺に語りかけているのはこの沈没船自身か?

 ならば……。


(とっても美しいと思います。僕が今まで見てきた船の中で一番立派です)


(……心からそう思ってくれてるようねぇ。あははっ、若い男の子にそう言われるとおばさん嬉しくなっちゃう)


(おばさん……?)


(そうよぉ……。船首の部分に女性の像が付いてるでしょ? まあ、像は年をとらないから若い女のままだけど、心はもうおばさんなのよ。何百年も一人で海の底にいたらね……)


 船首部分には確かに女性をモチーフにした像があった。

 これもまたまったく劣化を感じない。


(……ん?)


 女性の像が青白く発光し、光の塊が外へと放たれた。

 それは力なく海を漂い、俺たちのもとへ向かってくる。

 しだいに光は女性の形に変化していく。

 像とそっくりな女性の姿に……。


 ウェーブのかかった長い髪は海藻のように揺れ、整った顔は死人のようだ。

 まったく力なく流されていくだけの彼女が手元に来た時、俺は思わず彼女を抱き留めた。

 すり抜けない。ひんやりとした感覚が腕に伝わる。


「ああっ! 熱い……っ!」


 腕の中で跳ねる彼女を見て俺は驚いて手放す。


「嫌っ! やめないで! もっと抱きしめて……!」


 ガッチリと正面から抱きついてくる彼女を俺は拒めなかった。

 というか、意味がわからず拒む余裕がなかった。


「はぁ……あったけぇ……じゃなくて、温かい……。人肌の温もりがこれほどまでに気持ちいとはねぇ……ぐへへ。はぁー、よし!」


 パッと俺から離れると、彼女は不敵な笑みを浮かべる。


「良い身体してんねぇ兄ちゃん。私としてはもうちょっとムキムキの海の男が好きだが十分許容範囲内だよ。っと、何が何だかわからないって顔だね」


 先ほどまでの消えてしまいそうな儚い女性の姿はもうなく、自分を『おばさん』と呼ぶのもなんとなく理解できる豪快な女性が目の前にはいた。

 姿こそは変わっていないが、印象はまるで違う。


「私はササラナ。良い名前でしょ? 流れる水のような清らかな名前よねぇ……あははっ! 私は船幽霊で、この船は間違いなく私、そしてこの姿も私。おわかり?」


(わかりません)


「素直ね、好きよ。まあ、簡単に言うとねぇ……船長たちが残した大事なお宝が欲しいなら私をなんとかしないといけないってこと」


 ササラナはふわっと船上まで移動し手すりに腰掛ける。

 そして、どこから持ってきたのかキセルを口にくわえ、割れない泡をふかせ始めた。


「もちろん、まったく渡す気がないとは言わない。私がその気になるような話をしてくれたらあげるわよ、お宝。でも、どうしても事情が言えなくて力づくで奪い取るって言うなら……相手になるわよ?」


 イタズラっぽい笑みを浮かべるササラナはどこか楽しそうだ。


「言っとくけど、精霊竜の継承者と古代兵器だからって海の中で私に勝てると思ってたら痛い目見るわよぉ?」


 正体もお見通しってわけか……。


(あっ、普通に話します。ぜひ聞いてほしい事情があるんで)


 まあ、少し彼女の本気も気になるが、海の平穏を守り続ける良い船幽霊と戦う意味はまったくない。


「あらそう……。良い子ね、本当に。もうちょっとギラギラしてる方が好きだけど、まあ弟みたいで嫌いじゃないわよ?」


(あ、ありがとうございます……)


 ただ、こちら側の事情を理解してくれるかはわからない。

 話してる感じ、ちょっとめんどくさそうな女性だからなぁ……。


「まあ、立ち話もなんだし私の中においで。あらっ、変な意味じゃないわよ? 船の中に入ってって意味だから。まっ、船も私なんだけどね。ドキドキする?」


 説得できる自信……ないなぁ。

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