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第08話 女漁師ナギサ

「はっ! 私としたことが!」


 アクセサリー類を真剣に眺めていたメイリが助けを求めるパステルの声に気付き駆け寄る。


「話し合ってどうにかなりそうな感じでもないから、関わりたくなかったんだがなぁ~」


 パステルが絡まれていることを知りつつも『何とか一人でやり過ごしてくれないか』と思っていたサクラコもやれやれとナギサの前に立ちはだかる。


「よお姉ちゃん、勝手に人のところのお嬢様を持って行かないでほしいな」


「頼みごとをするにしても少々強引ではありませんか? とりあえずお店のご迷惑になるので外に出ましょう」


 半ば強制的にナギサを店外へ連れ出す二人。


「つーか、店の中で揉めてるんだから店員も止めに入れよなぁ……。早く出ていって欲しいんだろうけど」


 静観する店員を毒づきつつサクラコはナギサに向き直る。

 当のナギサの方はなぜ自分の前に女二人が立ちはだかっているのかわからないといった表情だった。


「な、なによあんたたち! 私の式を邪魔しようっていうの!? あたしはこの子にウェディングのすそを持ってもらいたいだけなんだけど!」


「わかったから少し落ち着けよ。もしかして何かの魔法にでもかかってるのか?」


「私が何とかしましょう」


 スッと前に出たのはメイリ。

 彼女は右手でナギサの耳の下あたりから頬を撫で、顎をスッと持ち上げる。

 そして瞬きもせず目線を合わせる。

 ナギサもそこから目を離すことが出来ず、言葉も出てこなくなった。


「落ち着いて私たちに事情を話してください」


「……はい」


 返事を聞いてメイリは目を閉じ、ナギサから手を離す。

 メイリの持つ【母性の魅了(マターナルチャーム)】が進化したスキル【大母の慈愛】はただ相手を高ぶらせるだけではなく、逆に落ち着かせることもできる一種の精神操作系のスキルだ。

 強力だがあまり使うと人と正常な関係を築けないことをメイリも把握してるため、やたらと使われることはない。


「すぅ~、はぁ~……。あたしちょっと舞い上がってたみたい。ごめんなさい迷惑かけて」


「まったくだぜ。わかったらうちのパステルから手を離して欲しいもんだな」


 店から連れ出される時も、メイリのスキルを受けている時もパステルを掴んだ手は離さなかったことからナギサの感情の強さがわかる。


「改めてごめんなさい。あたしはナギサ、この町で漁師をやっているの」


「ほう、確かに肌も日に焼けていてガタイも良い……」


 解放されたパステルがナギサの容姿をまじまじと見つめる。

 ラフな服から覗く肉体は引き締まっており、腹筋も割れるほど筋肉がついている。


「まあ、こうやって漁師やれるまでにはいろいろあって、それが今回の結婚にもつながってるのよね。立ち話もなんだからお茶でもしない? 行きつけの店が近くにあるの! 行きましょう!」


 ナギサは調子を取り戻し、一人で先々進もうとする。


「本当に魅了は効いてんのかよ、あれ」


 サクラコが肘でメイリを小突く。


「性格までは捻じ曲げていませんよ。一時的に落ちつけただけです。まあ、本気でやっても彼女は変わらないタイプの人間かもしれませんが」


「無視して帰るともっと厄介なことになるかもしれんし、話だけでも聞いてやるとしよう。気にならないわけでもないしな」


 パステルの判断で一行はナギサの後について行くこととなった。

 わかりやすくせっかちな早歩きに合わせることに苦戦しつつも、たどり着いたのは浜辺に近い海の見える喫茶店だった。


 ナギサはみんなついて来ているかと背後を振り向いて確認することもなく、店員に『四名です』と伝え席に案内させる。

 今指摘しても無意味だろうと、ただパステルたちは席に着いた。


「あっ、誘っておいて申し訳ないけど、それぞれ注文した物は自分で払ってもらっていいかな? こっちはちょっと結婚資金で……」


「うむ、おごってもらおうなどとは微塵も思っておらんぞ」


「ありがと!」


 ぱあっと笑顔を見せるナギサ。


(やはり、愛嬌はあるな……)


 真顔でそう思いつつパステルは飲み物を注文した。


「それで何の話を聞かせてくれるんだ?」


 切り込んだのは会話が得意なサクラコだ。


「そうね、まずはあたしの身の上話からかな。私、昔は貧乏だったの。父さんの体が弱くてね。で、この町で稼げる仕事ってやっぱ漁師なのよ。私も小さいころは稼ぎと関係なく憧れてた仕事でもあるし、やってみたいなって。まぁ、観光客も多いからホテルとかも儲かるんだろうけどあいにく土地も資金もなくって……」


 神妙な表情を見せたナギサ。

 パステルたちも黙ってその話を聞く。


「でも、漁師ってやっぱり男がやるものなのね。私もすごく反対されたというか、はじめはやらせてもらえなかった。もちろんその理由はわかってるつもりよ。男より力が弱いのは認めるし、閉鎖された空間ともいえる船上で、男の中に女一人放り込んだらトラブルの元ってのも認める。でも、やっぱやりたかったの。だから、私と似たような境遇の女子たちと女の子だけの漁をしようと思ったの」


 運ばれてきたドリンクを飲みつつ、話は続く。


「そこで気づいたんだけど、そもそも船が無いのよ私たちには。これじゃもしお許しが出てもどうにもならないじゃんって……。そんな大ピンチの状況で出会ったのが私のフィアンセ、カイリなの。彼は代々続いてきた由緒ある漁師の家系で、彼の一言で私の夢はかなったの」


 ナギサの語りが熱を帯びていく。


「はじめは『いい人もいたもんだ』くらいにしか思ってなかったけど、その後も相談に乗ってくれたり、家族のことも気を遣ってくれたり、私を支え続けてくれたのよ。そして、とうとう十日後……私たちは結ばれる……」


「ふーん、そのフィアンセもやっぱ漁師なのか? 漁師の家系に生まれ育てられたのに、新しい試みを受け入れてくれるなんて器のデカイ男だな」


「いえ、彼はあまり体が強くないのよ。だから漁には出てないわ。でも、造船技術っていうのかな? 新しい船を造る勉強をしていて、とっても頭が良いの。一時期ロットポリスの工房に修行に行ってたこともあったわ。なんでも船に魔法道具の技術を使おうとかなんとか」


「へぇ、そりゃまあなかなか柔軟な発想が出来そうな彼だな」


「でしょ!? とってもユーモアがあって優しいのよ~。それでいて男気もあってね!  お義父様に私が漁に出ることをお願いしてくれたり、船を提供してくれたり、プロポーズも彼からしてくれたのよ! 私がしてくれないかな~って思ってたらそれを感じ取ったように!」


(きっと誰でも感じ取れるほど露骨に態度に出ていたのだろうな……)


 パステルは若干呆れ顔でそう思った。


「カイリってばね。体は弱いけど家系のせいか背は高くてね。抱きしめられるとすごく安心するの! そう言うと彼は照れるくらい奥手なんだけど、二人きりの時、キスとかするとすっごい求めてくるの! かわいいでしょ!?」


 暴走気味のナギサだったが、パステルの顔を見てハッとした表情を作る。


「ご、ごめんね。小さい子がいるのにこんな話……。流石の私も自分で悪い大人だってわかるわ。まだ早いもの」


 ナギサに悪気はなかったが、パステルはこの扱いに少しムッとするところがあった。


「別にかまわんぞ。私もキスくらいしたことがある」


「ふふっ、お父さんやお母さんとするのとは違うのよ? それにほっぺとかじゃなくて唇と唇、マウストゥマウスよ!」


「当然だ。相手は身内でもないし口と口でのキスのことだぞ」


「ええっ……!? う、嘘……あたし、大人になってから今の彼としたのが初めてだったのに……」


 両手を口に当てて驚くナギサ。


「私の彼も普段はおとなしくて優しいのだがな。やる時はやる男だ。体が高ぶった時には軽いキス程度では満足せん。私の体を抱え上げ、強く抱きしめてむさぼるような口付けをしてくる。それがまた良いのだ。求められているとハッキリわかるのは気分が良い」


「そ、そんなに激しく……。こっちはあたしが筋肉で重いから持ち上げるのは無理そう……。で、でも、流石にそこまででしょ? それ以上はまだよね?」


 恐る恐るナギサはパステルに尋ねる。


「そ、それ以上とは……?」


「ほっ……そうよね。それは流石に罪深すぎるわ。私、お腹に赤ちゃんがいるの。最近わかったんだけどね」


「……そうか、それはおめでたいな。私には子どもはおらんぞ」


「あっ……あたしったらなんてことで張り合ってるんだか……。ごめんね、男社会で自分の意見を貫き通すには、相手の話を聞かずに自分の意見を言い続けるのが一番だったのよ。もともと気が強かったのもあるけど、こんな性格になったのはそのせい。でもそんな生活ももう終わりかな」


 パステルもナギサもここでドリンクを飲んでクールダウンする。


「やっぱ、船を降りるのか?」


 話を引き継いだのはサクラコだ。


「うん、やっぱりカイリも子どもがいるなら海には出ないでほしいって」


「まっ、当然だな。海は危険も多いだろうし……いや、ここの海は安全なんだっけか?」


「ええ、人が死ぬような事故はないの。でもそれは海に投げ出されてもすぐ死にはしない屈強な男たちだから。私も負けないくらい頑丈だとは思ってるけど、お腹の子は……」


「正しい判断だと思うぜ。一緒に漁をやってる仲間たちも祝福してくれてるんだろ?」


「それは……もうみんな喜んでくれたわ。でも、少し悪い気もしてるの。言い出しっぺの私が一番に船を降りるなんて……。あれだけ口うるさく言ってたし……」


「わかるぜその気持ち。他の漁師に、特に男にどう思われてるか気になるんだな? 余所者の俺から言えることがあるとすれば、別にそんなに気にしてる奴はいないんじゃないかってことだ。普通におめでたいと思ってくれてるんじゃねーか?」


「本当!? そう言ってくれるとあたしも少し安心するわ……」


 サクラコの言葉を素直に受け入れるナギサ。

 それを見たメイリがサクラコの耳元に口を寄せささやく。


「あなたにしては楽観的な考え方ですね。そういう励まし方もできるとは」


「俺はいつでも楽観的だぜ。それに俺の言ったことは嘘じゃない。見てりゃわかるが、この町の漁師はおおらかだぜ。結構他だと閉鎖的というか、その土地に受け継がれるしきたりが絶対なんてこともある。若い男の一言で女を海に出したんだから、ここの漁師は器がデカい」


「そういうものですか」


「そういうもんだ。古くから語り継がれるプレジアンの財宝伝説が新しい人をこの町に呼び込み続けたおかげだろうな。変化に対して寛容なところがある。まあ、ナギサに関しては海に出れない息子の代わりに漁師として家に入れようっていう魂胆かもしれねぇがな。それはそれで認めてくれてるってことだし問題ないだろう」


「あっ! そうだそうだ!」


 メイリとサクラコの話がちょうど終わったところでナギサが声をあげた。


「それで改めてお願いなんだけど、私の結婚式のベールガールをお願いできないかな? 本当にドレスのすそを持って数メートル歩いてもらうだけなんだけど……」


「うーむ、あの店で会ったのも何かの縁だ。最終的な判断はいま別行動をしている他の仲間と話してからになるが、前向きに検討するとしよう」


「ほんと!? やったぁ!! じゃあ、早速あなたのドレスを見に行こう! ……そういえば、名前を聞いてなかったわね?」


「私はパステル・ポーキュパイン。この町にはプレジアンの沈没船を探しに来た。なので、しばらくは滞在しているぞ」


「プレ……なんとかの沈没船? この町にそんなのあるんだ。それは置いといてパステルちゃん! 式の時に着るドレスを仕立ててもらいに行こう! ついでに本物のウェディングドレスも着られるかもよ!」


「それは少し興味があるな。だが、あまり遅くなると困るぞ」


「ふふっ、彼が待ってるってわけね?」


「その通りだ」


 四人は頼んだ飲み物を全て飲み干し、次なる目的地へと向かった。

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