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第06話 海底散歩

 港町テトラには船が行き来する港と観光客用に整備された砂浜がある。

 俺たちが今いるのは砂浜の方だ。

 ここまで来てみると、波音と潮の匂いがよりハッキリとする。


「さあ、新たなクエストパックを装備したフェナメトちゃんの出番ですね!」


 フィルフィーが魔動バイクの後部に接続されたユニット『移動工房(モビルファクトリー)』の扉を開け放つ。

 この小型の工房の中にはどこでもフェナメトを整備できるような設備が揃っている。

 他にもバイクが自衛用に搭載している武装の弾薬なんかも積んでいる。

 まさに移動拠点。装甲も分厚く戦闘にも十分耐えうる高性能マシンだ。

 大人数で乗り込むとちょっと狭いけどね。


「海だ……。僕はきっと見たことはあるんだろうけど、記憶がハッキリしないな。でも、とっても綺麗だってことはわかるよ!」


 移動工房の中から現れたフェナメトはロットポリスの時に装備していた赤い装甲と機動力が持ち味のアルバトロスパックではない。

 流線型の青い装甲と大型のスクリューが特徴の新パックを装備している。


「名付けてドルフィンパック! 水の抵抗を減らすために曲線の多い装甲を採用し、水中でも十分な機動力が発揮できるように大型スクリューを背部に、小型のものを各部に搭載! 武装は腕部や脚部、腰に装備された鎖付きの(イカリ)を射出する『ショットアンカー』! 手持ち武器は普通のモリ! 人間用の物をそのまま流用です!」


 熱っぽくまくし立てるフィルフィー。

 長所を言い切ったところで彼女は少しテンションを落とす。


「水の中でも問題なく動けることは保障しますが、アルバトロスに比べて戦闘能力は低下しています。流線型の装甲は完全に新造で、造形と軽さにこだわった分脆いです。武装も威力不足と言われたメタルマシンガンよりさらに威力がありません。水の中では水の抵抗もあるのでどうしても……。あと、ビームショーテールも使えないと思っておいてください。水中では数秒の稼働も無理ですよ」


「うん、わかったよ。こんないい物を作ってくれてありがとねフィルフィーちゃん」


 フェナメトはフィルフィーの頭に触れないよう少しだけ手を浮かせて頭を撫でる動作をする。


「いえいえ、まだまだ未熟者ですから。何かあったらフェネックアンテナで工房に通信をいれてください。受信装置はちゃんと増設してありますから」


「りょーかいだよ」


 フェナメトの方は準備万端か。

 俺はいつも通りの装備に剣だけ持って海に潜ることになる。

 呼吸は問題なし、移動も翼があればなんとかなるだろう。


「エンデさん、これを持って行ってください」


 フィルフィーから短い棒の先に丸く白い球体が付いた物を手渡される。


「魔力をそそぐと光る魔法道具です。攻撃力は皆無なので視界を確保することくらいにしか使えませんが、海は底に行くほど暗くなりますから、きっと役に立ちますよ」


 至れり尽くせりだ。

 礼を言ってその効果のほどを試す。

 なるほど、人間が直視するのが辛いくらいの光は出ている。

 これなら多少暗くとも広範囲の視界が確保できるな。


「それじゃ行ってくるよ。日没までには戻ってくるつもりさ」


「うむ、我々は海でも眺めながら待っているとしようぞ。これだけ雄大なものだ、半日見ていても飽きんだろう」


「午後と言ってもまだ日差しが強いし、ホテルに戻っててもいいんだよ?」


「いや、ここで待っておる。パラソルでも用意してもらうから心配無用だ。皆の者もそれでよいかな?」


 パステルは背後に待機しているメイリやサクラコに語りかける。


「パステル様の命令とあらば。パラソル以外にも砂浜に敷くシートや何か食べるもの、飲むもの買って参ります」


「俺は一緒に行きたいんだけどなぁ、海の中。でもスライムの体を液体の中で維持するのって普通より神経使うから足手まといになっちまう。今回は任せるぜお二人さん!」


「うん、二人がパステルの側にいてくれれば俺も安心して探索できる」


 フェナメトは地上の魔動バイクと連絡が取れる。

 最悪海から上がって駆けつけることもできるからそんなに心配はしていない。


 俺とフェナメトはゆっくりと砂浜から海へと入っていく。

 足から順に体が冷たい海水に包まれる。

 首まで浸かったところで俺は無意識に息を止める。

 今となっては呼吸をせずとも生きられるが、人間だったころのくせは抜けない。


 目をつむって頭も海水に沈める。

 しばらくしてからゆっくりと目を開ける。

 竜眼のおかげで塩がしみることもないし、視界もハッキリしていた。

 こんな浅瀬だと言うのに多くの魚が泳ぎまわり、地上から見ただけではわからない騒がしい景色が海中にはあった。


 見たこともない光景に見とれていた俺をフェナメトがツンツンと突っつく。

 海中で彼女と言葉を交わす手段はないためジェスチャーが必要になる。

 彼女は前方歩指さし『前に進もう』という意志を示す。

 俺はうなずいて賛成の意を伝える。


 フェナメトは背面の大型スクリューを起動させ勢いよく前に進む。

 それに対して俺は……上手く翼を使えずにいた。

 水の抵抗とか重力のバランスとかいろいろ慣れてなくて上手く前に進まない。


 そんな俺を見てフェナメトは腰の両側面に装備されたアンカーを後ろに射出。

 これにつかまれと言う意味だろう。

 無言のお言葉に甘えそれを掴み、俺たちは海の底へと沈んでいった。




 ● ● ●




 何時間くらいたったのだろうか。

 海はどんどん暗くなっていった。

 これは地上の太陽が沈んだから暗いのか、それとも深いところまで来たから暗くなったのかよくわからない。


 俺も水中にだいぶ慣れ、今はフェナメトのスクリュー推進にも十分自力でついていける。

 しかし、目標のプレジアンの沈没船は見つからない。

 特にトラブルはないが、進展もない。

 初めは景色を楽しめたので気分は良かった。

 が、今となっては似たような景色が続く海の底に飽きたというか……うすら寒い恐怖を感じていた。

 こんなだだっ広い海の底に沈んだ一隻の船を探し出せるのだろうか……。


 ツンツンと何かが俺の体に触れる。

 もちろんフェナメトだった。

 彼女は親指で真上を射す。これは浮上の合図だ。

 つまり今日の探索は終わり。

 俺は少し嬉しい気持ちになった。


「ぷはっ! ふぅ……」


 海上にでる。

 すでに日は沈み、水面は漆黒。

 俺たちはまん丸い形をした湾『ゲッコウ内湾』のちょうど真ん中まで来ていたらしい。

 ここから見えるテトラの町は小さい。


「こんなこと初日に言うのは何だけど、不安になるね海の中って」


「僕もちょっと怖かった。深いところに来るとお魚さんまで不安になる変な姿になるんだもん」


「探し出せるかなぁ……沈没船」


「それはきっと大丈夫! 初めはこんなもんだよ。とりあえずやってみて、次からもっといい方法を考えればいいんだ。まっ、僕には思いつかないからフィルフィーちゃん任せだけどね」


「確かに初日からお宝大発見とはいかないと覚悟してた。明日も頑張ろうフェナメト」


「うん! その調子! じゃあ、最後に町まで競争だ!」


 フェナメトはスクリューをフル回転、水をまき上げながら前に進みだした。


「ちょ、卑怯だぞ!」


 泳いでいては追いつけない!

 ならば……。


「……あっ! 空を飛ぶのは反則だよ!」


「そんなルール聞いてないもんね~」


「この~!」


「うわっ!? アンカー飛ばすのはやめて! もうそれ攻撃だって!」


 意外と負けず嫌いなのか熱くなっているフェナメトに勝ちを譲ることにした。

 別に罰ゲームとかなかったし、まあいいか。


「お帰りエンデ、フェナメト。そんなに急いで帰ってきて何か恐ろしいものにでも会ったか?」


 パステルは出発前に言った通り砂浜で待っていた。

 パラソルにシート、小さなテーブルにはオシャレな形のグラスまで乗っていて相当バカンスを楽しんでいたことがわかる。

 暇してないようでよかったよかった。


「まあ、これでも飲んで体を温めてくれ」


 パステルは俺にマグカップを渡す。

 温かい。中には黒いひらひらとした物が浮かんだ透明の液体が入っていた。


「わかめスープだ。わかめは海藻だ。ちと塩味が強いが今はその方が良いだろう」


「ありがとうパステル」


 マグカップに口をつけ、熱いスープを流し込む。

 わかめは野菜のようにしゃきしゃきはしていないんだな。

 にゅるっとしてて舌触りは良い。

 見た目は噛み切りにくそうな感じだったけど、意外と素直に切れる。

 苦味もないし食べやすいなぁ。


「あっ! 美味しそう! って言っても僕は食べられないんだけどね。でも、そうやって体を温かくしておくことは大事さ。体が冷えると心も冷えるってよく言うからね」


 メイリの水魔法でボディについた海水を洗い流してもらっているフェナメトが笑顔で言う。

 ロットポリスの時はばたばたじて気付かなかったけど、彼女も出会った頃に比べて明るく素直な女の子になった。


「見ろエンデ、水面に月が映っておるぞ」


 パステルが指差す先には満天の星空、そしてその星空を映す穏やかな海が広がっていた。


「そういえば町長が海と月の町って言ってたね。納得したよ」


「うむ、打ち寄せる波の音がこんなに星空に似合うとはな……」


「よし、明日も頑張るとしますか」


 さっきまでは怖さすら感じていた海が美しく見える。

 少しの間、みんな何も言わずに砂浜に腰を下ろしその景色に見入っていた。

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