第10話 魔の草花
翌日の午後――。
「ふぅ……まあ、こんなもんかな」
「上出来だと思うぞ」
土に汚れた俺とパステルは満足げに笑う。
ダンジョンのデフォルトの土だけでは植物の根が土の中で窮屈になる事を懸念して、外から土を持ってきて二人でまんべんなく広げた。
これで少々地面に厚みができた。
ダンジョン強化の第一歩、ダンジョン植物園計画。まずは第一階層に植物系モンスターを配置することから始めた。
モンスターを生み出すにはグロア毒を多めに種にかければいい。しかし、普通の植物として成長させるには毒の量を制限しなくてはならない。
その毒の量の加減を調べつつモンスターを増やしていった。
そんなこんなで半日が過ぎ去り、第一階層には数は少ないものの何体かのモンスターが配置された。
デビルスイカ――。
一番初めに生み出されたモンスターでランクはE。
【炸裂種】という爆発する種を放つ。
動けないが飛び道具が使えるので今のところ植物たちのエースポジションだ。
スイカをたくさん食べていた分その数も多い。
ヤイバソウ――。
『モンスターにするだけなら別に食べられる植物でなくてもよいのではないか?』というパステルの意見からそこらへんに生えてる雑草をとってきて毒をかけてみた。
その結果生まれたのがこのヤイバソウ。ランクは最低ランクのF。
見た目は本当に背の低い葉だけの雑草だがスキル【硬質化】を持ち、自らの葉を刃の様に硬くして触れた生き物を切り裂きその血を栄養にする。
たったそれだけのモンスターだが嫌がらや足止めには十分だろう。雑草だけあって数も多いので処理しようとすればイライラ間違いなしだ。
ヒノイチゴ――。
よく食べている野イチゴから生み出されたモンスター。ランクはF。
こいつは二つの実をつけ、一つは普通に子孫を残す種の役割を持つ実。
もう一つは踏みつけると即座に高温になる不思議な仕組みを持っている実だ。
高温の実は自身を防衛する手段であり、その実がなった後はゆらゆらと茎を揺らして周囲にばら撒く。
革製の靴くらいならすぐに穴が開き肉が焦げるだろう。靴がなくなればヤイバソウも怖くなる。上手くコンボになればいいが。
ボムアップル――。
アーノルドが残していったリンゴの食べかすから手に入れた種をモンスター化した。ランクはE。
本体は攻撃性能の無い木。
しかし、実は熟して地面に落ちると動くものを追って転がっていき、一定の距離まで近づくと爆発。その勢いで飛び出した種を対象に植え付けるという恐ろしい性質を持つ。
爆発のダメージで瀕死になった者は植え付けられた種に養分を吸い尽くされて死に、そこには新たなボムアップルの木が生える……。
怖いモンスターたちだがこのダンジョンに生まれた種は少しだけ一般のものとは違うようだ。
グロア毒という栄養がふんだんに、それも何もせずとも貰えたせいか全体的に攻撃性能が落ちている。無理に敵を攻撃して栄養を得る、または種を増やす必要がないのからだろう。
これはむしろやたらに人を殺したくない俺たちにとっては朗報だ。そこらじゅう死体から生えた植物ばかりになっては気が滅入る。
あと重要なのがこのモンスターたちは敵味方を判別できている、ということだ。
まだ敵が来てないのでハッキリとは言えないが、パステルがヤイバソウを踏んでも足は切れなかった。
俺がその威力を知ろうとボムアップルの木を揺すって実を落としてもらおうとしても、なかなか実を落としてくれなかった。
最終的には『しかたないなぁ』とでも言いたげに一つだけ実を落とし爆発させてくれたが、どうやら自分を育てた俺やパステル、そしてその味方のメイリも傷つけないように彼らなりに注意しているようだ。
これは彼らが優しいといより『栄養をいっぱいくれるから生かしておこう』という生存戦略と考えた方が良さそうだ。
なんてったて植物である彼らもモンスターなのだから。
「しかし久々に体を動かすとあちこちが痛くなるな……。それにもうなんだか眠くなってきたぞ……」
パステルがふわぁ~とあくびをする。
「晩御飯まではまだ時間があるし、シャワーで土を落とした後お昼寝したらいいんじゃない?」
「うむ、そうだな。労働の後なら気持ちよく眠れそうだ」
眠気から土のついた手で目を擦ろうとするパステルを止めつつ俺たちは第十階層へ引き返した。
● ● ●
「あぁ~、やっぱり汗をかいた後のシャワーは最高だ! しかも温かい!」
パステルがシャワーを浴び即お昼寝を開始した後、俺も彼女と同じように体についた土と汗を洗い流していた。
熱い湯のシャワーなどほとんど浴びたことがない。よほど設備の整った家を持つ金持ちか、優れた火と水の魔術使いぐらいしか毎日浴びることはできないだろう。
しかし、このダンジョンでは浴びることができる!
無論タダではなくDPを消費するが、この熱いシャワーを浴びればこれを維持するための努力をする気力が湧いてくる。
具体的にはDP稼ぎ、モンスターの設置、敵の撃退。そしてそれは同時にパステルを守る事にもなる。こんなにやりがいがある事はない!
「エンデ様、お湯加減はよろしいでしょうか?」
浴室の扉越しにメイリの声が聞こえてくる。
「うん、最高だよ! メイリもどう?」
っと、しまった……。『気持ちいいから俺の後でメイリも入れば?』という意味で言ったのに、これでは今入ってこいと言っているように聞こえてしまうじゃないか。
「……ではお背中お流ししますね」
「あっ、いや、それは別にいいよいいよ。後で入ったらどうかなって意味だったんだ」
「お気遣いなく……」
扉の向こうで服を脱ぐ音が聞こえる。
そうだった……メイリはサキュバスなんだ。風呂に一緒に入れなどと言われればそりゃ来るに決まっている。
どどど、どうしよう……。やっぱそういうことになるのか? 断ったら彼女を傷つけることになりそうだ。
でも、自分が寝てる間に俺たちがそういう関係になってたら今度はパステルが傷つく気がする……。黙っていればいいのか? いや、いきなり二人の間で隠し事はしたくないし……ここは断るしかない!
「失礼します」
意を決したところにメイリが入ってきた。
「あの……!」
そこで言葉が止まる。
メイリは……裸になどなっていなかった。
そうか……メイリの普段の服装で浴室に入るとなればまず手袋をとり、長い袖をまくり、タイツを脱ぎ、長いスカートをくくらなければならない。
さっきの音はそれか……。
俺はなんて奴なんだ。サキュバスというだけでメイリを……。
勝手な思い込みで二人の女性を天秤にかけていた自分を恥じ、うずくまる。
「はい、すぐに」
うずくまった俺を見てメイリは背中を見せつけてきたと判断したようで、すぐにタオルに石鹸をつけて背中を洗いだした。
ここの石鹸は良く泡立つ。面白くなってずっと泡を作っていたらシャワーが長いと心配して見に来たパステルに何とも言えない顔をされた。
「力加減はこのくらいで良いでしょうか?」
「はい、気持ちいいです……」
実際背中を誰かに洗ってもらった経験というのは記憶の中には無い。
下品な話ではなくこんなに気持ちいんだな……。俺みたいな奴がメイリにこんな事させていていいのだろうか。バチは当たらないだろうか。
「エンデ様、浮かない顔をされていますね。どこかご不満な点があるのでしたら正直に申していただいて構いません」
「いや、何でもないよ」
「本当ですか?」
「あ、いやぁ……その、メイリってサキュバスだから……」
「はっ!?」
いくら申し訳なくて謝罪したいといっても本人に打ち明けるのは間違いだったか。メイリは硬直してしまった。そして、その顔が赤くなったかと思うとすぐに青くなっていく。
「き、期待させてしまいましたか!? 私がサキュバスだから!」
「本当に申し訳ないです……」
「い、いえいえ、本来私が悪いのです……。サキュバスがそういう種族だとわかってはいるのですが、なにぶん知識が与えられていませんので……その、そっちはよくわからないのです……」
彼女は見た目こそ大人の女性だがまだ生まれたばかりなんだ。そしてどちらかというと性的な魅力より母性の強さが彼女の魅力だ。
なんだか、ますます申し訳なく思えてきた。
「お、教えていただければできます! きっと……よくわかりませんが、何とかなります!」
グイッと迫ってくるメイリ。
その側頭部からはコウモリのような羽が飛び出し、スカートからは黒いしっぽが飛び出す。
普段髪やスカートの中に隠しているサキュバスの特徴は感情が高ぶるとピンとたって見えるところに出てくる。
「いや、いいんだメイリ。君が身持ちの固い人で俺はむしろ嬉しいんだ。パステルの傍にいる者としてこれほどふさわしい人物はいないと思った」
「え?」
「それでいいんだ。メイリは今のまま、純粋なままでいてくれればいい。そして本当に好きな人が出来たらそういうことを知ればいいと思うよ」
「よ、よろしいのですか?」
「うん。それに二人で秘密を作るとパステルに悪いから……」
「はっ! そうでした、エンデ様にはパステル様が……。こちらこそエンデ様の心意気に感銘を受けました。どうか出過ぎた真似をお許しください」
なんか少し勘違いされている気がするけど、まあいいか。
「もうそろそろパステルがお腹を空かせて起きてくると思うから、晩御飯の準備お願いできるかな? こっちは一人で大丈夫だから」
「はい、了解しました」
浴室から出て扉を閉め、メイリは脱いだ衣服を着て整える。
やっぱ着るのにも結構時間かかってるなぁ。パステルに少しは肌を出す事を許してあげるように言っておこうかな。
それにしてもドキドキさせられた。メイリは間違いなく美人だしスタイルも良い。正直何も感じないかといえば嘘になる。
でもやっぱりどうしてもパステルの顔がちらつく。これが彼女のスキルの力なのか、それとも……。




