第01話 毒の池に沈められた男
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……ッ!」
何が……どうなってるんだ……?
冷たい水に触れているようなのに体は熱い……!
なんでこんなことに……なったんだっけ……?
頭がぼんやりしている……。
なんだか冷たさとか、熱さとかも感じなくなってきた……。
そのかわり強烈な眠気のようなものが襲い掛かってくる……。
これが死ぬってことなのか……?
……もうそれもどうでもよくなってきた……。
● ● ●
「お、おい……こんな事して大丈夫なのかよ……」
今、人をひとり池に突き落とした大柄でスキンヘッドの男が体格に似合わない情けない声をあげる。
「しかたねぇだろ。あのままほっといても死んでたんだ。早めに楽にしてやっただけだよ」
赤い髪の青年が不敵な笑みを浮かべる。
「エンデくんかわいそー。Aランク冒険者のパーティーに入れたーって嬉しそうだったのにぃ。雑用でもなんでも必死でやってくれるから楽だったわー」
金髪の女が切り株に腰掛け、池に浮かんでは消えていく泡を眺めている。
「入れたといっても正式な手続きは踏んでないがな。まぁ本人の前でフリはしたが……」
「な、なんだギルドもグルだったのかい」
大柄の男はホッと一息つく。
「安心してるとこ悪いが、正確にはギルドの受付とグルな」
青年が目の前に広がる池を指差す。
「この池の水はスキルでも鑑定してもただの水だが、その正体は新種の毒って話なんだわ。毒ってのは薄めりゃ薬になるっていうだろ? まあ、現実はそんなに簡単に薬は作れんが、研究材料として新種の毒ってのは相当価値があるのはわかるよな?」
「そ、それでわざわざこんな辺鄙な土地に来たわけか……。よくそんな情報を手に入れられたな」
「言っただろ、受付とグルだって。どういう方法を使ったのかは知らんが、ここを毒だと見抜いた奴がいたらしい。そして、その毒の水の一部を持ち帰ってきて提出した。だがその受付はそれを上に通すわけでもなく手元に置いておいた。そして、俺にその情報を流した。その毒で稼げるであろう金の一部を自分にも寄越す事を条件にな」
「しかしだな。それだとその初めに持ち帰って来た奴が騒ぎ立てやしないか? 人ひとり池に沈めてまで守ったAランクの名声が揺らぐことにならなかったらいいんだが……」
「なぁ……冒険者なんて職業はさ。いつ急にいなくなってもおかしくないキビシイ職業なんだわ。お前もそう思わないか?」
大柄の男は一瞬キョトンとした顔をしたが、次第に笑みに変わっていく。
「さっ、流石だぜアーノルド!」
「ふっ、おだてるのは仕事が終わってからにしてくれ」
アーノルドと呼ばれた赤髪の青年が袋からビンをいくつか取り出す。
「このビンはその初めの奴が毒を持ち帰ってきた物と同じ種類の物だ。この毒には物を溶かすような効果は無いらしいが……まあ念のためな。お前が得意な水操作で上手く入れてくれ」
「わかったぜ!」
男はビンを持って池に近寄り、スキルを発動する。
すると、水がひとりでにビンの中に入りはじめた。
「ねぇねぇ」
「なんだ」
金髪の女がアーノルドをつっつく。
「この池の水が貴重だってのはわかったんだけど、それをエンデくんに飲ませた意味って何なの?」
「なんだアイツのこと気に入ってたのか? それなら別に他の奴を用意しても良かったんだが?」
「そういう冗談きら~い」
「……そもそもここが毒の池だと俺にもわからんかったからだ。ここら辺は霧も深く、似たような池が複数ある。が、新種の毒の池はその中の一つ。第一発見者も帰りの際、次の探索用の目印を付けたって話だが、俺には見つけられなかった」
「ふーん、それで毒を飲ませて調べさせたってワケ?」
「一発でアタリが出るとは思わなかったがな。ククク……スキル無しの能無しの割に運だけは良かったな。いや、運すらも悪いのか?」
「スキル無し? エンデくんが?」
「アイツはそれなりに冒険者を続けてるくせにスキルがまったくない世にも珍しい能無し人間なんだ。本人が言ってたんだから間違いない」
「あははっ、そんな人間がこの世にいるのね! 貴重だから殺さずにどっかに飾っておいた方が良かったんじゃないの?」
「残念ながらアイツ自身が冒険者を続けたがってたからな。誰ともパーティを組んだ事もなくずーっと一人だったのによくもまあ……。だから俺が『君の力を借りたい! ぜひパーティを組んでくれ! スキルが無くてもいい!』って言ったらそれはそれは喜んでいたよ。身寄りがなく消えても探す奴のいない最高の捨て駒として組んだとも知らずに……」
「サイテー」
「知ってるさ」
「おーい、毒の採取が終わったぜ!」
「んじゃ、帰るとしますか」
三人は荷物をまとめると、池に背を向け歩き出した。
が、一度だけアーノルドが立ち止まり振り返る。
「お前が毒を飲んでくれたおかげで今日は美味い酒が飲めそうだぜ、エンデ。せいぜい恨まないでくれよ。まっ、無理な話か!」
それだけ言い放つと三人は霧の中に姿を消した。
● ● ●
……寒い。冷たい。
俺は……生きてるのか?
それとも死後の世界ってのはこんなに寒くて冷たいのか?
……イメージとは合致するな。やはり死んだのか。
体は……う、動くぞ。
手足を動かすとバシャバシャと水音がする。
んっ、もしやここは……。
手が何かを掴む。これは……砂!
俺は死んでない。ここはあの池だ!
「ぷはっ……!」
どうにか陸地に辿り着き、飲み込んだ水を吐き出す。
「はぁはぁ……どうしてこんなことになったんだったか」
記憶は少し混乱している。
なにやら思い出さずに生きた方が幸せな予感もするが、落ち着いたら思い出す事だろう。
とにかく、『今』の状況を把握するんだ。
「何か……無くしてないかな?」
俺の持ち物で一番高いのは武器である剣だ。無くしたらまた買うお金はない。
「腰に……ついてないかぁ……」
いつも腰にさげている剣は鞘ごとなくなっていた。
……ん!
「な、なんだこりゃ!?」
剣どころか何もつけてないじゃないか俺は!?
全裸になっているぞ!
「……落ち着け落ち着け」
幸いここは霧深い森の中。
そうそう人なんて寄ってこないし、ここで裸の人間なんて見つけたら変質者というより遭難者として優しく接してくれるはずだ。
「とはいえこのままでは寒いな。何か大きな葉っぱでもいいから探してみ……」
「はっ……」
今『はっ……』と声を発したのは俺ではない。別の人物だ。
俺から数メートル先に女の子が立っている。
何故こんなところに女の子が……これではたとえ全裸でも大人である俺が助けてあげなければならない。
「きみっ……」
その時、思い出した。
俺は毒を飲まされ、そのまま毒の池に沈められたんだ!
つまり、今俺の身体から滴っている水は猛毒!
もし、女の子が不安から俺に抱き着いてきたりしては危険だ!
「俺に近寄っちゃダメだ!」
「誰が近寄るかバカたれ!」
女の子は想像以上に大きな声で叫ぶと木の後ろに隠れてしまった。
「変態!」
木の後ろからでも追い打ちがとんできた……。
「驚かせてゴメン! でも俺はその……悪い人ではないんだ。ただ、事情があってこんな姿になってしまったんだ」
「どんな事情だよ!?」
「今から話すよ。木の後ろからでもいいから聞いてくれ! あっ、でも子どもには良くない話かも……」
「良いから話せ! 私はお前が思っているほど子どもではない」
「わ、わかった!」
確かにほんの少し威厳を感じさせる凛とした声だ。
女の子の言うとおり、俺は今に至った経緯を全て話した。
ろくなスキルもなく、何年もFランク冒険者を続けてたこと。
二十歳を前にして急にAランク冒険者のパーティに誘われ舞い上がってろくに考えもせず付き従ったこと。
毒の池の水を飲まされ、もがき苦しんでいるところ池に突き落とされたこと……。
体を隠すものも無くなった現状、みっともない人生を子どもに話して恥ずかしいなどと思うことはなかった。
ただ、いつも以上に舌が回って、自分が自分じゃないような気がしていた。
俺、こんなに話せるんだなって……。
「……」
話が終わった時、女の子はしばらく何の言葉も発しなかった。
そりゃそうだ。こんなつまらない話、年頃の女の子が聞いて楽しいはずがない。おそらく途中で寝てしまったのだろう。
俺が一歩前に踏み出そうとしたとき、こちらに何かが投げられた。
「お前もそれで拭け、涙と……体をな。それは吸水性が良い」
投げられたのは大きな葉っぱだった。
それより……。
「あっ……」
女の子の言う通り、俺の目からは涙があふれていた。
いや、これは髪の毛から滴った毒だ。きっとそうだ。
「ありがとう」
俺は渡された葉っぱで素早く全身を拭く。
「これも使え」
次に投げられたのは……ローブだった。
「私のローブだが遠慮するな。サイズが合わず大きいから、どうにかお前の腰に巻くぐらいできるだろう」
「ほんと貰ってばっかでゴメン……」
お言葉に甘えてそれを腰に巻く。
よし、なんとか大事なところは隠せた。
「ふんっ、近くで見ると案外良い身体をしてるじゃないか」
「うわっ!」
気が付くと女の子が目の前にやってきていた。
やはりかなり小柄で、髪の毛は気持ちが明るくなるような鮮やかなオレンジでそれを大きな房になる様なツインテールにしている。
顔立ちは意外と幼くない。強気な目がそう思わせるのか。
服は……シンプルなシャツにショートパンツだ。借りているローブは黒をベースにいろんな色や見慣れない模様が入っている。詳しくないのでうまく言えないが……禍々しい。
「えっと……君は近くで見ると想像以上に可愛いね」
「なっ……!」
女の子は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐにキリッとした表情に戻った。
「ふっ、安い褒め言葉だな。それで喜ぶのは男を知らぬ田舎娘ぐらいだろう……」
隠せてるつもりなのがまた可愛い。
「んっ、そういえばまだ名乗っていなかったな。私はパステル。パステル・ポーキュパイン。魔王だ」
「へー、パステル・ポーキュパイン……。キュートな名前だね……って、今なんて!?」
「魔王……だ。とはいっても私も情けないFランク魔王だがな……あはは」
自嘲気味に笑うパステル。
その顔はどこか寂しく、でもほんの少し楽しそうにも見えた。
これからよろしくお願いします!
※7/15追記
新作『白紙の冒険譚 ~パーティーに裏切られた底辺冒険者は魔界から逃げてきた最弱魔王と共に成り上がる~』(https://ncode.syosetu.com/n4155fp/)投稿開始!
『PASTEL POISON』のフルリメイク作品です!
キャラの性格は引き継ぎつつ中だるみを見直し、多くの新要素を加えてストーリーを再構成しました。
本編は完全新規書き下ろしなので前作を知ってる人も知らない人も楽しめます!
ぜひこちらも読んでみてください!