その六 ひねりとマッセ
時間が出来たので師匠の居るビリヤード場に来てみた。予想通り師匠は一人で練習していた。カウンターの受付に挨拶して師匠の居るテーブルに近づく。師匠はニコニコしながら声をかけてきた。
「高橋さんこんにちは。キューは持って来てますね。まずは素振りの成果を見せて頂けますか?」
僕は師匠に貰った中古のキューを組み立ててチョークを塗る。師匠がテーブルに置いた手球に向かって構える。そしてゆっくり素振りする。
「ずいぶんスムーズにキューが振れる様になりましたね。素晴らしいです」
褒められて思わず頬が緩む。
「それではゲームしますか?こないだのハンデで良いですね。試合ではゲームの先攻後攻を決めるのにはバンキングをします」
バンキングって何?
同時に手球を撞いて向こうのクッションに当てて手前のクッションに近い方が勝ちなんだそうだ。師匠から一番ボールを受け取る。え?こないだ的球は撞いちゃダメって師匠言ってたよね。
「バンキングの時は特別です。チョークの跡は後で綺麗にしますし」
師匠のダジャレに反応したら負けだ。
バンキングの時に僕の手球(一番ボールだけど)は手前のポケットに吸い込まれた。スクラッチだ。ちょっと恥ずかしい。
師匠がラックを組む。
「ブレイクどうぞ」
話が違うぞ。
ゲームが進んで僕が的球を入れた後の配置が、手球が隠れて的球が直接狙えない。
「師匠」
「はいはい。ジャンプショットはまだ早いのでクッション使って狙うしかないですね。この辺を狙って下さい。撞点は真ん中で」
”どうてん”って何?
「撞点は手球とタップが触れる場所です。真ん中撞くのが基本です」
やっぱり師匠はエスパーだ。頭の中で考えてる疑問点を的確に答えてくれる。
師匠の指さしているクッションに向かって撞くと的球にかすりもせずに通過してしまう。
「外れた」
「ひねったからですね」
「ひねってない」
「正しくは『真ん中が撞けてない』ですね」
「むぅ」
「まだひねりの話は早いのですが、納得してないみたいなので説明しますね」
要するに意図的に手球の左右を撞くのがひねりだそうだ。クッションに向かって真ん中を撞くと真っすぐ戻ってくる。右を撞くと右側に、左を撞くと左側に向かって跳ね返ってくる。
師匠が実際に撞いてみてくれた。バンキングの要領でバンキングと違って真ん中の位置で撞く。
「こうやって真ん中を撞くと。ほら真っすぐ跳ね返ってくるでしょ」
コン。手球は跳ね返ってきて師匠の突き出したタップに当たる。
「右をひねると右側に跳ね返ります」
手球は跳ね返ってきて、手前の短クッションのすぐ右の印のところに当たる。
「左をひねると左側に跳ね返ります」
右と同じ様に左の印にあたる。
「ひねりをコントロールするとこうなります。右ひねり二つ」
手球は跳ね返ってきて、右のポケットに吸い込まれる。
自由自在らしい。
「これがひねりですが、真ん中撞けないのに真ん中から右とか左とか言えないでしょ?」
「どこが真ん中?」
「真ん中は真ん中です」
また禅問答かよ。
「とりあえずクッションに向かって真ん中と思う場所を撞いて下さい。跳ね返ってきた結果で自分が撞いたのが右か左か分かります。でも高橋さんはストロークの安定が優先だと思います。ひねりは息抜き程度にしてくださいね」
「マッセとか出来る?」
「おや、どこでそんな事覚えてきたんですか?出来ますしコツを教える事も出来ますよ。聞きたいですか?」
コクコク。僕は首を縦に振る。
「教えますけど、一人の時はやらないでくださいね」
マッセのコツは第一に左脇を締めることだそうだ。左脇の緩んだマッセは切れないらしい。そして鋭く撞き抜く。撞点の選択は最終的に進ませたい方向を撞くそうだ。それだけ教わって見様見真似でマッセしてみる。
コンッ!
乾いた音を立てて手球が鋭く曲がる。見たことのない動きだ。
「驚きましたね。素晴らしい切れです。乾いた音は切れている証拠です。本当に驚いた」
師匠が目を丸くして僕を見ている。フフン。僕はやれば出来る子なんだよ。