その五 フォームとマイキュー
「それでは一番基本となるフォームを」
やっぱり話の長いジジイの戯言を端的にまとめるとこう言う事だ。
・キューを向ける方向の延長線上を左足で踏む。
「そう言えば高橋さん左利きですよね。私がフォームを教えた左利きって長男だけなんです。ところが長男は『真似するのが難しいから』って利き腕じゃない右手でキューを握ってフォーム作ったんですよ。でも一緒に撞いていてズルいと思ったのは教えたほとんどの事がある程度利き腕の左手でもできるんですよね」
僕はサッとキューを利き腕じゃない右手で持つ。
「え?高橋さん、そう言う意味じゃ……」
「良いから続けて」
・キューを向ける方向の延長線上を右足で踏む
・キューを握るこぶしは右足の上または右腰のあたりで右ひじはその真上
・一番重要なのはレストはキューボールのエイミングラインの延長線上
ジジイ最後かなり無理したな。そこそこ英語ができるらしいジジイは、一番重要なのは、の後の単語を全部英語にしたかったらしい。まあ想像だが。さっき普通の女子大生にゴルフの例は分からないよって言ったけど、今度は英語。英語が格好いいって昭和かよ。あ、ジジイは昭和世代ど真ん中だった。
ジジイ無理しすぎ。ちょっと可愛いなんて思ってない。
とりあえずここまでがフォームの最低限の基本的な事らしい。これを意識しないくらいまで、呼吸や歩くがごとく自然に出来るまで反復練習するのが練習って事だそうだ。赤ん坊が歩くまでにだいたい一年くらいかかるけどそんくらい練習してやっとヨチヨチ歩きか?って聞いたらジジイの答えは…。
「そうですね。赤ちゃんは起きてる間中練習しますからそれくらい練習して一年でヨチヨチでしょうね」
分かったよ。斎藤くんはハイハイレベルで撃破してみせる。
「最高に練習したのは?」
師匠は素晴らしい。さっきの僕の最低限の言葉で理解してくれる。ほとんどエスパー。
「東京に単身赴任してた時は他にやる事無いから余暇は全部ビリヤードでしたね。一週間に七日、最高十八時間、一週間の平均で一日五時間くらだったでしょうか」
このジジイは間違いなく馬鹿だ。ビリヤード馬鹿じゃなくて本物の馬鹿だ。
「とりあえず『習うより慣れろ』です。ゲームしましょう」
ジジイの表現はやっぱりジジイだ。
教えられたフォームのコツを意識しながら構えてみる。ギクシャクして操り人形みたいだ。
「そんなに力入れたら疲れますよ。リラックスしてください」
いや無理。
手で作るレストはブリッジとも言い、教えて貰ったのはオープンブリッジ。よく見る指で丸を作るスタンダードブリッジは難しいので、フォームがある程度出来てからでも良いらしい。
手球の位置によってはブリッジが組みにくい事もあるので、その都度師匠に教えを乞う。狙いについても同じく都度教えて貰った。顔の位置を低くしたフォームの方が狙いやすいらしい。
最後に一人練習の方法を教わる。まあ一人で練習することはないだろう。師匠いつも居るらしいし。
一人練習の基本中の基本がセンターショットと呼ばれるものだそうだ。
ラックを組む場所にある印のところに的球を置いてやる短い距離のとテーブルの中心に的球を置いてやる長い距離の二種類あるみたい。僕には今は短い距離のが良いと言われた。
それとお金のかからない練習方法も教えて貰った。
自分の部屋にあるテーブルと同じくらいの高さの場所で素振りをすると良いらしい。同じくらいと言っても高いとダメで低い方じゃないといけないみたい。素振り用にと師匠の持ってた古いキューを貰った。タダで。キューが一本いくらするのか知らないけど、師匠太っ腹だな。痩せてるけど。
持ち帰るのに新聞紙でキューをくるもうとしてたから、みっともないから止めてと頼んだら、なんとお古のキューケースも貰った。もちろんタダで。
自分の話が長かったからとゲーム代も払ってくれた。それほどお金持ちには見えないけど師匠大丈夫なんだろうか。見返りは求めないで欲しいものだ。ラーメンくらいなら奢るけど。
用語もあれこれ教えて貰ったけど、いっぺんに覚えるのは無理だ。
さてまた今度。