その四 マスワリと禅問答
「今回も私の方がたくさん入れましたからもう少しハンディ増やしましょうか。さっきのルールに加えて私が外したらフリーボールでスタートとかいかがでしょうか。もちろん九番外してもフリーボールからで」
「フリーボール?」
「あ、手球を好きなところにおいてスタートして良いってことです」
白いボールは手球って言うらしい。
「楽勝」
「ちなみにフリーボールで入れたら手球はその位置からでお願いいたします。次のゲームは私のブレイクからで良いでしょうか?」
普通は九番入れたら最初のブレイクは九番入れた方だよね。それくらい知ってる。さっきまでは譲ってくれてただけだって事も。
「はい」
「ラックシートの使い方にも慣れてないでしょうから私がラックを組みますね」
僕の返事を待たずにジジイはラックを組み始める。
「それではお願いいたします」
軽く頭を下げてからジジイは構えに入る。
バキャッ!!!
びっくりした!なんだよこの音。ボールが割れるんじゃないかって思えるような派手な音が響き渡り、目にもとまらぬ速さでボールがポケットに飛び込んでいく。
目を丸くしている僕を見てジジイは謝罪の言葉を投げかけてきた。
「すいません。少しびっくりさせてしまったみたいですね。若いころからブレイクはちょっとだけ自信がありました。もう全盛期の頃の勢いはありませんけど」
これで衰えただと?
テーブルの上のボールを一瞥してジジイは何かに頷きながら最初のボールに狙いをつける。ちょっとカッコいいかもって思ったら負けだ。さっきよりもさらに鋭い眼光で手球を打つジジイ。次々とボールはポケットに吸い込まれていく。え?もう九番?しかも真っすぐ。
カコンと言う音が響いて九番ボールはポケットに入る。ジジイはちょっと誇らしげな顔をしながらこちらを振り向く。
「すごく良い配置だったから久しぶりにマスワリ出来ました。すいません」
僕は思った。うちの師匠カッコいい。見てくれはジジイだけど!
師匠に質問してみる。
「上手くなるには?」
「しっかり練習する事です」
「球入れるには?」
「しっかり狙う事です」
禅問答かよ。どうやらちゃんと教える気が無いらしい。
僕のほっぺたがわずかに膨らんでいたのか追加の説明が入る。
「言葉足らずなのはすいません。でも高橋さんがA級に上がる頃には今の言葉の意味が分かると思います」
A級ってのは禅問答のスキルを持っているらしい。
「ビリヤードにもクラスがあって……」
親切にゴルフを例にとって丁寧に教えてくれる師匠。ジジイらしく例えが全く女子大生向きではない。まあ女子大生向きに例えられても理解できるほど僕の女子力は高くない。
師匠の説明をまとめるとビリヤードにはA級B級C級のクラスがあってA級の上にはタイトルホルダーだけが名乗れるSA級があるらしい。それとは別にビリヤードのプロがいるそうだ。ビリヤードのプロ食えるのか?テレビで見た事ないぞ?
「食えませんよ。ビリヤードのプロ」
ジジイはエスパーか?心を読んだな?
「クラスの話だと高橋さんは何になるんでしょうね。最近はビギナーってクラスもあるみたいです。公式戦にはなかったと思いいますけど。あ、それと高橋さんは女性だからL級ハンデがある場合がありますね」
L級ハンデってのは男性の一個下のクラスのハンデが貰えるって事らしい。LB級ならC級ハンデ。まあ試合に出るつもりもないし斎藤くんに勝つのが目的だからサラッと聞き流す。だからJPAのスキルレベルって話もほとんど聞いてなかった。コンピュータで計算するらしいから知らなくてもよくない?
ちなみにジジイと言うか師匠はA級らしい。本人はA級だったって過去形で言ってるけど。
「良いからなんか教えて」
話の長いジジイにとりあえず最後通牒突き付けてみる。ゲーム代払ってジジイの戯言聞きたくない。