その二 ジャンプショット
とりあえず斎藤くんに確実に勝つためにはビリヤードをモノにする必要がある。回数をこなして慣れれば斎藤くんには優位になれるはず。目標は単純明解。ラーメンをおごらせる。
さて、練習するビリヤード場を探してみた。スマホで探せば簡単に見つかるはず。って、この近所にはビリヤード場が一軒しかない?こないだ行ったのはマンガ喫茶。ビリヤード場ではない。だが僕がやろうとしているのは、いわばコソ練。見つかるわけにはいかない。立地は最悪で学部の近所。しかもラーメン屋の隣。斎藤くんがいつ来るかも知れない。だが行くしかない。田舎町だから選択肢がないのだ。
カランカラン
スマホで探したビリヤード場の透明な扉を開けると、正面に受付カウンターがある。不愛想な感じの女性の店員が下を向いてマンガを読んでる。
「一時間くらいで」
「はい。大丈夫です。空いてますよ。四番台か五番台へどうぞ。奥のテーブルの方が簡単になってますから。」
この女、何を言っている。テーブルに簡単も難しいもないだろう。ポケットが六個じゃなくて八個あるとでも言うのか?
「上手くなりたい」
「上手くなるには基本的なことを覚えて繰り返し練習するのが一番です」
さっきまでマンガを読みふけっていた女性の店員が当たり前の事を言う。
「手っ取り早く上手くなる方法を」
「そんな方法があるなら私が知りたいですね」
まあそうだろう。そうかなって思ってた。
「それじゃ練習」
「ひょっとして初心者の方ですか?ビリヤード何回目ですか?」
「三回目」
「それじゃ練習方法も知らないでしょうね。『佐藤さ~ん、ちょっとお願いして良いですか?』」
「どうかしましたか?」
現れたのは隅の台で一人で練習していたらしい白髪頭の爺ちゃんだった。
「こちらのお名前は、えっと」
「高橋」
「高橋さん。練習したいらしいのですが、まだビリヤード三回目だそうで少し教えて頂ければと思いまして」
「基本的な事をお知らせすれば良いのですね。承知しました」
お客さんなのにえらく腰の低い爺ちゃんである。
「初めまして、佐藤です。よろしくお願いいたします」
「高橋です」
「それじゃとりあえず一緒にゲームしましょうか。何にしますか?」
「ナインボール」
「了解です」
爺ちゃんは手慣れた様子でナインボールの初期配置を作る。
「お先にどうぞ」
白いボールを打つと角のポケットに一個入った。なんだか斎藤くんとやった時よりボールがきれいに散らばってる気がした。
「続けてどうぞ」
言われなくてもそれくらい知ってるし。
次のボールはポケットのそば、入れるのは簡単。と思ったら外した。台のそばに立って次の順番を待つ。
「順番は座って待ってて頂くと嬉しいです」
爺ちゃん何言ってるのかな。順番なんてすぐでしょ?
反抗しても仕方ないからとりあえず席に座る。
え?え?
白髪頭の爺ちゃん、テンポ良く残ってたボールを次々と入れていく。残り四個でやっと順番になる。座って待つ理由がちょっと分かったかも。
僕はポケットのそばに残ったボールに狙いをつける。カコン。よしよし。次のボールはちょっと遠いけど強く打てばどっかには入るかも。えいっ!!
まあ入らないよね。でも白いボールは他のボールが邪魔して狙えない位置。ふヒヒ。早くやって順番回してちょうだい。
「次の的玉は穴前だし、ちょっとだけ良い格好させて下さいね」
何言ってるのかな。狙えないでしょ?爺ちゃんはキューの半分くらいの短い棒を取り出して変な格好で構えてる。
カン!甲高い音を立てて白いボールが邪魔なボールを飛び越えて見事に次のボールを入れた!
「ジャンプボール!」
「ジャンプショットと言います」
説明しながら次々とボールを入れていく。あ、九番入れた。負けた。
「ちょっとだけ格好良かったですか?」
なんじゃこの爺ちゃん。