その一 出会い
よし!外した。僕の番だ。
暗い店の中でライトに照らされて浮かび上がるビリヤードテーブル。テーブルの周りに立ったまま自分の番を待っていた僕は、まだ動いている白いボールと赤い三番ボールが止まるのを待つ。ビリヤード場の近くにあるラーメン屋の美味しいと評判のラーメンが掛かったラストゲームだから真剣そのものだ。
この春、高校を卒業してやっと地方の国立大学の教育学部に引っかかった僕は、新しい生活の始まりにワクワクしていたものだ。高校生時代は地味で目立たなかった存在で、堅実な公務員である教師を目指していた自分としては国立の教育学部は第一志望だった。運よく、たぶんギリギリの成績で合格した僕は、それでも見知らぬ土地での新たな出会いなんかに希望を抱いていた。
でも結局高校とそれほど変わらず地味で目立たぬ存在である僕に新しい出会いなどある筈もなく、たまたま同じ県出身で近所に住む学部の一人が新たな友人となったのはラッキーだったのかも知れない。
彼とはまだ知り合ったばかりでそれほど仲良くはなかったが、田舎町で近所にはそれほど恵まれた遊び場もなく、一人で迎えたゴールデンウイークは悲惨なほど寂しかったので、遊びに誘われて断るほど強い僕ではないのだ。
唯一の友人、斎藤くんの趣味の一つがダーツだった。ダーツはやったことも無かったが斎藤くんに連れられて近所の漫画喫茶にあるダーツコーナーに遊びに行った。でも残念なことにダーツコーナーは満員。仕方なくダーツコーナーの隣にあるビリヤードコーナーで遊ぶ事にした。
きっとダーツだとボコボコにされていた筈の斎藤くんのビリヤードの腕は僕とトントンだった様だ。一時間ほどやった結果、悔しそうな顔をしていたのは僕ではなく斎藤くんだったのだ。
その後に行った近所のラーメン屋で斎藤くんに言われた言葉はこうだった。
「またやろうぜ。次は勝つから。負けた方が勝った方にラーメンおごりね」
僕の名前は、高橋勉。大人数のクラスだったら二人以上は居る様なありふれた姓だと自分でも思っている。
でも家族や親せき以外から下の名前で呼ばれるのは嫌いで「まなぶ」と呼ばれると「高橋だ」と言い返す程度に嫌っている。
もちろん性別は女。
悪かったね男みたいな名前で。しかも僕っ子で。
下の名前で呼ばれるのが嫌いな理由が分かってくれたかな。うちの親がつけたこの名前をさんざん呪ったもんだ。
ちなみに斎藤くんは男。だが彼氏ではない。
おっと、ボールが止まった。僕は構える。狙いをつけて、えいっと打つ。カコンと音を立ててボールがポケットに吸い込まれる。この音が気持ちいいんだよね。
さて、次はっと。紫色の四番ね。遠いから力を込めて打つ。当然の様に外れる。
「ちぇっ」
斎藤くんは薄い笑みを浮かべながらボールが止まるのを待つ。なかなかいい性格だ。
まだ四番ボールだから斎藤くんが打ってもたぶん後二、三回は順番が回ってくる。焦らず九番ボールだけ確実にポケットすれば僕の勝ち。そうすればラーメンご馳走様。
だが結果は。。。。
「ラーメンご馳走様」
「おう」僕は短く答える。
「女の子にラーメンおごらせるなんてヒドイ、とか思ってる?」
「女の子扱いされた事ない」
「いつでも受けて立つぜ?」
「おう」
斎藤くんに確実に勝つべくビリヤードの特訓を始めることにした。
出会ったのはビリヤードだった。