6.邂逅⑹
久しぶりの更新です。
今回はあまり期待しないでください。
ですが、次回は期待して下さい。新章突入です。
XI
郡山との戦闘は俺、東堂梁也の勝利に終わった。(厳密に言えば郡山が降参したので完全勝利とは言えない。)
俺は再びサタンポリスの地に足を着けている訳だが、分厚い雲が覆うハークットに突然移動させられたため時間感覚が狂わないはずがない。それを言い訳にするつもりは毛頭ないが、陽がサタンポリスの街を高くから照らし、例の暑さを取り戻しつつある。時計の針は長針短針ともに10の辺りで重なっている。
本来俺は、補習(の補習)を受けるために学校に来ていた。早くに来てしまい暇だったので散歩でもしようと血迷って外に出たらば、郡山に捕まりハークットに連れて行かれた。それが事実であろうがなかろうが、教師どもからしてみれば、「東堂堂々とすっぽかしやがって、この野郎」なんて思われていてもおかしくない。更に厄介なことに、教師どもは殆どが自分の論理は正しいと思い込んでいるため、生徒が弁解しても言い訳にしか受け取ってもらえない。
それに関して愚痴を零しても無駄なので、「具合が悪くて保健室で寝てました」とでも言おう。
いや待て、これは名案だ。
呪校の敷地はビルが犇めき合うサタンポリスにしては広い。特に俺の教室からは随分と遠い位置にあり、担任は把握できまい。それに体調不良を咎める教師がどこにいようか。(稀に体調不良を咎めるクズ教師もいるが、)大体はなってしまったものは仕方ないと水に流す教師が多数であろう。
かくして俺の嘘はバレない、はずだった。
「東堂、何故補習に参加せずに今頃になって顔出すんだ?」
と担任の高魚は左の肘と腕をデスクにつけ、長い脚を右から左に組み替えながら俺に問う。絹のような上質な艶のある黒髪ロングに、女教師にしては珍しい上下黒のフォーマルな恰好、男女ともに崇め敬う程の格好良さと美貌の黄金比。そこから滲み出る藍色のオーラ。そう形容できよう。
「かくかくしかじかありまして......」
「と、言うと思ったよ。保健室とか救護室とか全部に聞いて回ったが、誰一人お前の姿を見た先生はいなかったぞ。さて他に言い訳はないか?」
流石は担任、生徒一人一人に目が行っていると思うと同時に、死を悟った。このタイプの美人は総じて怒ると死にそうなレベルで怖い。変に言い訳して導火線に火を点けるような行為はせず、素直に時間に間に合わなかったことを謝罪する。
「実は所用で少しの間外出するつもりが、いつの間にかこんな時間になっておりまして、、、補習をすっぽかして大変申し訳ございませんでした!」
「それは本当か?」
と高魚は訝しげに訊く。
「勿論ですとも!」
「まぁいい、次同じような失敗は繰り返すんじゃないぞ。一応、東堂に罰を与える。」
俺の偏見だろうが、俗に「かっこいい」と呼ばれる女性の殆どは性格にサディスティックな部分がある。「罰」と聞いた時は俺の人間としての尊厳を否定される(端的に言えば奴隷にされる)と勘違いした。普段汗をあまりかかない俺でも額は汗の粒で埋め尽くされた。
俺が固唾の飲んで高魚が何と言い出すかを待つと、
「陸上長距離の高地合宿に付き合え。」
その一言に意表を突かれた俺はリアクションに困った。高魚はさらに続けて、
「お前はシャトルランで196という数字を叩き出した。そういうわけで陸上部に来てもらう。今後は最低週一でもいいから顔出しに来い。」
ふと我に返るが、部活なんてしてる暇はない。
「ですが、俺生活のためにバイトしてるんですよ。部活なんて到底……」
俺が渋っているところを割り込んで、
「解ってるさ。だから陸上部も週一のバイトだと思えば、お前の才能も無駄にならないし、金も稼げて一石二鳥だろ?」
両掌を天井に向けて高魚は語る。
「金も稼げるとはどういうことですか?」
「そのままの意味だ。」
正直、教師と生徒間に私的な金銭のやり取りがあっていいのだろうか、というのが俺の率直な疑問である。
「えっと、本気なんですか?」
「勿論さ。時給だって1万までなら払える。」
時給1万ってヤバい仕事なんじゃ……それはないか。
「なぜ、時給出してまで俺を?」
「それは、お前が好きだからだ。」
「え?、??」
ここに来て衝撃発言。俺は思わず左足を一歩分後ろに引いた。
高魚は俺の目の奥を見ている。それは俺の心理に焦点を合わせているようだった。
しかし、職員室の喧騒で掻き消され俺以外に聞いた人間はいないようだ。また、これらの発言の前後に明瞭な感情の起伏が見られないあたり、変な意味ではなさそうだ。
さらに高魚は椅子から立ち上がり、俺の左耳元でなんとか聞こえる程の小声で
「お前は魔法に長けている。私は呪術を教えている身としてあまり大声では言えないが、東堂の呪術力以上に魔法力を信じている。この合宿、部活は魔法の訓練も兼ねているんだ。」
と真剣な表情で言った。
俺は正直嬉しくはなかった。なぜなら、俺が魔法師だという事実を無闇に広めたくないからだ。俺の魔法は大規模で爆発するため、人気のない山間部であっても合宿している部員には知られることになるし、一歩間違えれば負傷者を出しかねない。それに妹とディメノの世話をするのは他でもない、俺だ。その俺が居ないことには何をしでかすかは判らない。
「合宿の件は特別な事情があれば断ってもいい。」
そして、高魚は椅子に座った。
「では断ります。」
「なぜだ?」
「妹の世話とか、ディメ……いえ、帰省とかで忙しいので。」
うっかり口を滑らせてディメノの世話と言いかけた。ディメノの存在は口外してはならない。誰かに念を押されたわけではないが、数多の組織に追われている一少女を危険に晒すわけにもいかないだろう。
「期間はそれほど長くない。1週間でどうだ?勿論、妹さんも大歓迎だ。」
何より気になるのは人数だ。
「何人で行く予定ですか?」
「先生やお前、マネージャーとかも合わせたら6人になる。みんな、良い子たちばかりだから魔法が使えるとか、どうとかは気にしないさ。もともと陸上長距離は女子しかいない。だが高地合宿の場所は山奥の山奥にあるから、熊が出て来た時のために男子も丁度欲しかったところだった。そういうこともあって、全員歓迎してくれるに違いないだろう。」
俺一人、男として熊に太刀打ちできるのか、熊が出て来るような所をなぜ合宿地に選んだのかなどの疑問はさておき(さておける訳がないが)、とにかくこの場で決断しなければならない。
ここまで来て断るのは後ろめたさに苛まれそうなので、認めるに至った。
「じゃあ、合宿も陸上長距離も参加します。」
俺は渋々合宿を含め、陸上部の助っ人みたいな形で半強制的、半誘導的に入部する羽目になった。
XII
「やぁ、トドヤン、高魚のちゃんねーに扱かれた感想は?」
教室に帰って来て、比較的仲の良いクラスメートの葛麻左吉が嬉しそうに俺に訊いた。
「どういう意味だ?」
と適当に訊き返す。
「おっと、トドヤンも解ってきたな!」
とこれまた嬉しげに言う。
そして傍で笑みを浮かべる長宗。何か勘違いらしきものをしているようだ。
「違う。そういうことじゃない。高魚が俺を陸上長距離の合宿に勧誘しただけだ。」
「おい、ホントかよ!?嘘なら嘘だと言えばデコピンくらいにしてやる。」
「本当だ。疑わしいなら高魚に聞きゃあいい。まぁ、東堂が渋りに渋った結果やっと首を縦に振ってくれた、とか言うだろうな。」
俺は後頭部をポリポリと掻きながら怠そうに言うと、すかさず葛は俺の額にデコピンをした。
「何すんだよ!」
葛の側で半ば空気と化している長宗は和やかに此方を見つめる。
「いやぁ、返事を渋る理由もねぇだろうよ。」
と葛は俺を馬鹿にした様子で両手を天秤の皿のように上に向けながら言った。
「どういうことだ?」
やれやれという顔をしながらも真面目なトーンで、
「解ってないな〜。いいか、お前は今から人生で最も幸せな瞬間、このディアースに生を享けて良かったと思う瞬間が訪れる。」
と言う。俺は、ごくりと音を立てて唾を呑み、
「それはどういうことだ?」
と訊く。
「耳を掻っ穿いてよう聞いとれ。そしてその魔法にしか使えない脳みそに叩き込んだれ。」
「おい、学校では俺が魔法を使えることに関して言うなと言っただろ!」
そのまま葛は続けて、
「お前の入らんとする陸上長距離は皆にとっての崇拝の対象、つまり、アイドルというわけだ。存在すら知られない廃部寸前の校内一の陰キャ部だったが、今年入部した1年がすべて女子でしかもハズレが無い、つまり全員可愛いんや。かわいい娘が多い女の楽園。それ目当てで男子が入ってきてもおかしくはないが、男が全くいないのは際立った走力などの能力持たないからだ。それで多くの男子部員の首が斬られた。お前は高魚のねーやんにスカウトされたことの有難みが解ってないようだな。」
改めて長宗を見るが、やはり無言で微笑んでこちらを窺っているだけだった。果たして長宗の眼には俺と葛のやり取りがどう映っていたのだろう。
「そうかい、お前がそう熱く語るなら有り難み持って合宿しないとな。」
俺は今にも溜め息をつきそうな気分だ。
俺は女がどうこうで物事を判断しない人間だ。勘違いするな、女に興味がなく男一筋とかそういうのじゃないからな!
話が盛り上がって(?)、ふと時計を見ると、バイトの時間になっていた。
「あ、いけね、バイトが入ってるんだった。んじゃあな!」
とバッグに急いで荷物を詰めて教室を出る。
「トドヤン、寂しいよおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ここまで全く口を開かなかった長宗が、急に何か言ったかと思えば廊下まで猛ダッシュで駆けて来て、俺の左脚にしがみついてきた。
「離せ、気持ち悪い。」
「やだやだー!」
長宗は幼児退行したかのように駄々をこねる。大の高校生がこんなことしてたら態とであってもイタいし、周囲の視線が痛い。
ここが廊下だということもあり、通りかかった女生徒からはもれなく「キモい」と言われる始末。長宗とは知り合って4か月弱になるがキャラがまだ固定されていない。基本良い奴なんだがな。
「ほぉら、いけまちぇんよ~。」
葛がわざとらしく長宗に言い寄る。葛も加わりトリオ漫才のようになってしまった。(あれ、俺も頭数に入ってしまった。)そのせいでイタさが倍増だ。すると長宗は、
「くすん」
長宗は俺から離れた。泣き真似が如何にもわざとらしい。
「いい子でちゅね~。」
と言い葛はこれまた態とらしく長宗の頭を撫でると、また長宗は俺の左脚にしがみつく。俺は切実にこの場を離れたいのだが。
「おい、漫才に俺を巻き込むな。」
呆れた俺がそう言うと、長宗は俺から離れすっと立ち上がり真面目な口調で、
「漫才じゃない、家族コントだ。」
「一緒だろ!」
俺はツッコミ口調(どんな口調だ)で言う。
「とにかく俺をバイトに行かせろ!」
俺はそういうと葛は、
「トドヤン!俺も長宗もお前を気遣ってんだよ。これから2学期まで、トドヤンは合宿やらバイトやらで俺らとはなかなか会えなくなる。その間に事故にあって死んだり記憶喪失になったり、どこかの変な組織に攫われたりしてもらっちゃ困るわけよ。」
と、馬鹿馬鹿しいことを言い出した。
「まさか、そんな。」
「そのまさかが起きないとも限らないだろ!今、この瞬間トドヤンと関われる最後のチャンスかもしれないんやぞ。」
葛の熱を帯びたような発言からは、嘘がないように思えた。
「そこまで心配してくれてるのか。」
「そうさ!それが親友の義理ってもんだろ?」
「葛、長宗。」
ここで締めれば、本物の友情物語みたいな感じでそこそこ良い締まり方になるだろうが、えてして葛は一言多いのである。
「ってなわけで、陸上長距離のラブラブ合宿頑張れよ!あ、これであの方たちの着替えとお風呂シーンを撮ってくれ。報酬は......」
葛は長宗がいつの間にか持っていた値の張りそうなビデオカメラを俺に渡し、俺の肩を軽く叩いて言った。俺はこれ以上ここに留まっても何も進展しなさそうだったので、渡されたビデオカメラを適当に後ろへ投げ、葛は他にも何か言っていたようだがそれを無視して急ぎ足で帰った。
「うわっ!危ねぇ、麻左吉ナイスキャッチ!」
「おい!トドヤン、話は終わってないぞ!」
俺はバイトに遅れそうなので、廊下を駆け抜けていった。
「きゃっ!」
と女子生徒の声。
俺は出会い頭にその女生徒にぶつかり倒けた。(ギャルゲかよ。てかそれベタすぎて逆に最近見ないわ。)倒けた拍子で頭部に何か布のようなものが被さり視界が遮られる。少し人肌のような温かさを感じた。
俺は被さっているものを外す。紺色の背景に白とターコイズブルーのボーダー柄が強調される。
何も考えずに上を見る。見たことのない顔だ。天然モノの茶髪のボブカットで黒縁の眼鏡を掛けている。健康的な小麦色の肌で目や鼻の作りはそう悪くはない。その女子生徒はやや取り乱し、頰を紅潮させこちらを見つめる。そして、俺は答案用紙の採点ミスを見つけた時のように視線を下のボーダー柄と顔で往復させる。
すると、
「見た……よね……」
と涙目で俺に訊ねる。
漸くここで気付いた。あのボーダー柄は男が立ち入ってはならない秘境なのだ。俺はそれとは気付かず、頭から突っ込み、凝視とチラ見を繰り返していた。
「あ、これはこれは。大変申し訳なく思ってる所存でありまして、今後は努めて再発防止に努めようと……」
俺は頭に鈍い衝撃を受け、先の見えない闇の中を彷徨っていた。この後の記憶はない。